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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-56 追い討ち

青い月明かりが落ちる夜道を、迷いも無く突っ走るシン。

アルトゥーロに草加をおさえられて作戦に協力する事にはなったけれど、あれから個人で自由に行動できるようになるまでが長かった。



巡回しているチームとは別に、あの場所とは別の支部みたいな場所で増員要請があった時のためにと待機させられていた。飛び交う指令は当然ながら砂漠の言葉。理解はできるが、返事はできない。というか、目的地が決まっているため無関係な場所への突撃命令を聞こえないふりをして無視したりしていた。その間もこの町に広がる“能力の蔦”を使って月野と草加を見守るが、その最中にモロンと共にシェイラがやってきたのには驚いた。


「あれ?シン、あんたもやっぱりこっちに来たわね。…って、さっきは暗くて気づかなかったけど、その服の汚れってもしかして血なの?怪我してるの!?」


にっこり笑って近づいたシェイラが堂々と山の言葉で語りかけてきた。火の灯りに照らされたシンの服の赤黒い汚れに思わず眉を寄せて駆け寄ってくるが、大会で負傷したときのもので、今は痛みはあれど問題は無い状態。だから、そんな事より今は彼女が使った言葉をごまかす方が先だ。慌てて周囲の人を確認するが、作戦に忙しいのかこちらに注意を向ける人は居ない。だがシェイラの隣に居たモロンは別だった。


「大丈夫、自分の、ちがう血。だけど、その…」


しれっと嘘をついて血のことを誤魔化しながら、砂漠の言葉で対応しつつ、山の言葉を使っていいのか?と、思わずモロンを指指しながらも言葉を詰まらせてしまう。そんなあせるシンんとは対照的に、問題ないという返答をうけてホッと安堵した後にモロンを一瞥して意味ありげにシェイラが笑む。それを見て、今度はモロンが少しだけシンに近づいて口を開いた。


「してる。勉強。この言葉、難しい」

「っ!…シェイラ、彼に山の言葉を教えてるの?」

「そうよ。私が砂漠の言葉を教えてもらう代わりにね。交換条件って奴よ。もう…2年は経つかしら?」

「難しい。実践。無いから。上達。ない」

「そこは、上達しない、ね」


今度こそ本当に驚いた顔をしたと思う。モロンは山の言葉をある程度理解し、シンが砂漠の言葉を使うような片言ではあるが、山の言葉を喋れている。だが、異国の言葉、という説明だけで山の上の民という事は言っていないらしい。

そこはデリケートな問題だからな、言いたいけど言い出せないというシェイラの気持ちもわかる。


緊張した空気が一変し、何だかとても平和な気がした。

お互いが歩み寄ろうとしている、そんな風景を見られた気がした。だが、植物の監視の目に、とある建物に近づいていく人物の姿が映ったのに気付くと、行動するべく立ち上がる。どうやら接近しているのは自分達領主チームの仲間のようだが、敵との接触に月野がどうなるか分からない。


「どうした?まだ何も、指示来ていないね。きっと行動もう少し先よ、今は身体休めるといいね」


先ほどまでさんざん山の言葉で話していたが、いい加減戻した方がいいと判断したんだろう。不思議そうな顔をしながらも砂漠の言葉を使うシェイラだったが、その引き留めるような言葉に一度笑みを向けてから、さっと身を翻した。


この町である程度自由に動くために大きく権力のある組織に巻かれたけれど、いざというときに動けないのでは意味が無い。


そういえば目的地周辺に既知の者が居たのも確認している。彼らも引き連れて敵陣に飛び込もう。

そうすれば事後処理に、困る事はないだろうから。



**********



質量のある重たいものが落ちる音。背中に伝わる地面の振動と、小気味良いほどに気持ち悪い何かが折れる音。


「…え…」


動きを制限されたわけでも、大声で怒鳴られたわけでもない。ただ瞬間に訪れた無音に、思わず驚いて動きを止めた。

視界は涙でゆがみまくって、明かりの無い暗い室内のせいで、何が起きたか分からない。

知っている声が聞こえた気もしたが、パニックになっていてよく覚えていなかった。そんな中で誰よりも先に動いたのはベナサールだった。


「ガ…ガスパール…!?」


サッと駆け寄って地下を覗く。そしてすぐに地下へ降りていった。地下の奴隷たちもザワザワと騒がしくなってきている。


「お前…なんてことしてくれたんだ!」


何が起きたか分からずにポカンとしたままベナサールを見送った月野だったが、傍に立っていた男にそう言われながら睨まれ、また上に覆いかぶされる前にと佇まいを直し、涙が滲んだ瞳を見つめ返しながら頭の中を整理しようと試みた。


「…え、う、うち…」

「ガスパール!…血、血が!しっかりして、ガスパール!」


自分はいったい何をした?

乱暴されそうになったから、ジタバタと暴れはした。だけど、最初に触れてきた男を撃退した後は、誰にも当たった覚えは無い。気付かなかっただけか?いや、そんなはずは無い…はずだ。でも、睨んでいる男の言葉は月野が手を加えてガスパールを傷つけた、という風に捉えることが出来る。いったいどうした?何があった?分からない。どうなるか分からない恐怖と、何をしてしまったのか分からない恐怖で眼に見えてガタガタと月野は振るえだした。

そんな時。


“バン!!”


突然あいたドア。

また男が増えるのか、また問題が増えるのか、と肩を震わせてビックリした月野だったが、入ってきたのは見覚えのある眼帯奴隷だった。


「シ…ン君…?」

「な、何だお前は!」


無言でサッと部屋を一瞥した後で月野に近づこうと足を踏み出すが、男達は仲間ではないシンに警戒を強め武器を構え前進を止めた。緊迫した空気が漂うそんな中、ガスパールを担いだベナサールが階段を上がってくる。


「ベナサール!ガスパールさんは…」

「息はある。でも頭を打ったみたいで意識がない。出血もひどい、すぐに手当てしないと。その女はガスパールを害した罪で眼帯奴隷にするから、片目抉って鎖につないでおいて!で…そっちの眼帯奴隷は何?」


シンを警戒しながらも、心配そうな声をベナサールに投げかける男達だったが、担がれて出てきたガスパールに小さな悲鳴を上げてしまった奴もちらほらといた。頭を庇ったのか、片腕が変なほうに曲がっている。あの嫌な音は腕が折れる音だったようだ。だが、それでもガードしきれなかったのか水を頭からかぶったような出血が痛々しい。

背負いなおすために軽くジャンプしたベナサールに「駄目だ」と月野は言ってやりたかったが、身体が震えて声を出すことが出来なかった。頭を打ったのだとしたら、変に動かしてはいけないのに。…といっても、適切な処置が出来る人も施設もないのだった。誰に助けを求めればいいのかも分からない。

それでも肩を抱いて震えを抑えて、せめてこれ以上状態を悪くしないようにあまり動かすなと言おうかと僅かに身を乗り出した。だがそれを見てか、偶然同じタイミングだったのか、その時シンも動いた。


まずは一番近くに居た男に肉薄し、みぞおちに一撃。とっさの攻撃で蹲りかけた相手の手から、槍のような武器を奪った。そして一度距離を開けて、出入り口の扉近くにまで後退する。


「うわっ、何だこいつ!」

「奴隷の癖に武器を持つなんて」

「所詮眼帯奴隷だ!一人欠けたって誰も気にはしない、やっちまえ!」


突然攻撃に移ったシンに驚いてワンテンポ遅れるが、荒事に慣れているのかすぐに反応して見せる。

だが一度廊下を一瞥したシンは、敵の態勢が立て直される前に足のバネを使った大きな1歩でベナサールまでの距離をつめ、槍独特の長いリーチを生かして男どもの壁が完成する前に刃をまっすぐに突き出した。


「シン君!」

「まて!やめろ、シン!」


開け放たれた扉からかけられた声。シンを追いかけてきたのだろう、慌てた様子で部屋に駆け込んで来たのは草加とアルトゥーロ(しかし黒布のおかげで不審者)だった。だが彼らの制止の声もむなしく、突き出された刃は確かに肉体に傷をつけ、あたりを赤く染め上げる。


「なっ…お、おい!ガスパール!」


シンが狙ったのはベナサールでは無く、彼の背中のガスパールだった。瀕死の重傷の彼に刃を当て、追い討ちをかけたのだ。自分が狙われたと思ったベナサールは短めの剣で対応しようとしていたが、人を背中に背負ったままの戦闘はさすがに経験が無かったのだろう。気配りが足りず、簡単に守るべき相手を負傷させた。


そしてバランスを崩し、背負ったガスパールの重さにつられるようにベナサールもその場に足を着くが、立ち上がって武器を構えるよりもガスパールの状態確認を優先させたようだ。地面に寝かせて容態をみるが、折れた片腕、ぱっくり割れた頭部、そして槍の一撃で切り裂かれた喉元。たとえ今現在生きていたとしても、どう考えても助かるとは思えなかった。


シンは追撃はせずに武器を構えたまま待機している。

呆然と立ち尽くす男達。ガスパールの傍で顔を覗き込むベナサール。あまりの出来事に皆が皆呆然と固まってしまっていたが、誰よりも早く復活したアルトゥーロが口を開いた。


「何故、怪我人にとどめをさした?放置したとしても、助かる怪我ではなかったはずだ」


シンに向けた質問だった。彼を突いた武器はその手に持ったまま、首を動かしてアルトゥーロを見るが口は開かない。だがアルトゥーロの言葉に傷口を手でおさえて止血していたベナサールがバッと顔を向けて彼のフードに隠れた顔をにらみつけた。


「何なんだお前達は。私はお前達を知らない。という事は敵側の奴らか!?…くそっ、お前達ガスパールの手当てを急げ!あいつらは私が片付ける!」


殺してやるとでも言うかのような勢いで武器を握りシンたち新たに入ってきた3人を睨むベナサール。だが誰よりも扉に近いその3人が出口をふさぎ、手当てを遅れさせていた。


「邪魔だお前ら!そこをどけ!」

「少しは落ち着け。そんな分かりやすい攻撃じゃ、丸腰の相手にもかなわないぞ」


あせったベナサールが突撃していくが、反応したシン片手を挙げて止めて自分で対処した。振り下ろされた剣の軌道を読み、軽く身体を捻るだけで交わした後に武器を持つ手首を握って勢いを利用して地面に転ばせる。その騒ぎにまぎれて月野の傍に走った草加が、彼女を守る位置に立ち、じりじりと後退してガスパールたちの居る場所に戻ることに成功していた。それを視界の端に捕らえつつも簡単に地面に倒れたベナサールを膝で抑えながら顔を再びシンに向けた。


「…何故追い討ちをかけた。短い時間とはいえ苦しむくらいならば、死なせてやろうと思わせるほど、こいつの事を慕っていたか?」


言い回しは変えたが、質問自体は同じ事。助かるとは思えないほどの重症だった。ほうっておいてもきっと彼は死んだだろう。だが、それでも手を下したその本意は何か。足の下で暴れながら騒ぎ出すベナサールに、少し体重をかけて押しつぶして黙らせる。その間もフードの影になってるアルトゥーロの瞳、それをまっすぐ見つめ返すかのようなシンの視線は揺るがなかった。


そしてポツリと言葉をこぼす。


「自分が殺した。それで良い。…それが、良い」


言葉の意味をはかりかねた草加と月野はただ呆然と。

大体予想通りの返答だったアルトゥーロはやるせないと言うかのように息を小さくこぼして、僅かに顔を伏せた。

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