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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
127/146

03-55 堕ちる

少々痛い感じの記載あり。

苦手な人はご注意を。

「まだ大会は終わっていないというのに随分と男の奴隷が多いな」


頭上から聞こえる男性の声。顔は見えないけどなんとなく若そう。

そして地下で会話して居た月野たちはまったく気がつかなかったが、上の部屋に別の奴隷の男性が入ってきていて、地下への扉を隠しているようだ。地下への扉が話題に出ないし、今更ながら扉の隙間から入ってくる光が無い事に気づく。それに今しがたやって来たらしい新しい声の主は、不思議そうな声色を出しながらも部屋に入ってきては居ないようだ。


「はい。大会で使えなくなった奴や、既に敗戦したチームの奴隷を回収してるんですよ」


それに応えるのは別の男性の声。なんだか似たような声色で、どっちがどっちだか分からなくなりそうだ。


「なるほど、行動が早いな」

「どうせ囲いきれない奴隷は餓死させるか不法に捨てられるだけなんですから、すぐさま回収に移るのが悪い判断とは言えないでしょう」

「確かに。それじゃなくてもこの時期は捨てられた奴隷が増えるからな。それにしても…こいつらが大会で役に立ったのか?見た感じ戦闘向けでは無い気がするが」

「だからこそ、大会終了前に投棄されたのですよ。貴方の想像通り、使えなかったのでしょうね」


男達の会話の間にも、上に居る奴隷らしき人が動くと“チャリッ”と鎖の音がする。なんとなく屈辱的なことを言われているような気がしたが、言い返さないのは奴隷だからなんだろう。それか、その通りだと納得しているのかも。

ここから脱出したいし、残してきた人たちが気になるところではあるが、今は黙っているしかなさそうだ。隠れていて、しかも自分だけではない。そんな際程までとは違う状況に、少し安堵してしまったようだ。


“クー”


「ん?なんだ?」

「え?何か聞こえましたか?」


上の人たちの会話に集中していたときだった。自分では意識していても我慢できると思っていたが、空腹に耐えかねた月野の腹が控えめに鳴った。ビックリしたのは月野だけではなく、周りの奴隷たちの視線を集めてしまい、恥ずかしさと焦りを感じた月野はワタワタと手を振って誤魔化そうとする。


「え、あ、や。その…」


小声で言い訳をしようと思ったところに、先ほど上から滑り込んできた男性が近づいてきて乱暴に地面に押し倒した。


「静かにしろ!死にたいのか!?」

「…っ!」


耳元で言われる声でこの人も焦っているのだろうと判断出来た。この人は槍のような武器をもう片方の手に持っていて、鎖でつながれては居ない。奴隷ではないようだ。

ふと現実逃避しかけてそんな事を考えたが、静かにしろと言われてもおなかが減って腹がなるのは自然な事で、そんな生理現象を意図的に止めるのは難しい。出来る人も居るのかもしれないが、月野にとっては意識して心臓を止めるのと同じように不可能だ。だから悔しくて言い返そうかと口を開くが、かなり強い力で抑え込まれて呻き声すらあげられない。苦しさに顔をしかめながらも耐えることにした。


「気のせい…か?」

「はぁ。いったい何を聞いたのですか?私には分かりませんでしたが…ネズミでもいたのでしょうか?」

「ネズミか。もしそうなら、今日の晩飯はご馳走だな」

「そうですね。まずは捕獲するところから、ですけど」

「「あははは」」


かなり急な突撃視察のようだったけれど、聞こえる会話はホンワカとしていてとても危機感は感じない。

意図的に殺伐としてた雰囲気を隠しているのか、それとも見に来た人が緩い気性の人なのかは分からないけれど、その間もだいの大人に押さえつけられ続けていた月野は苦しさに身じろぎをした。


「おとなしくしてろと言っただろうが!」


月野を押さえつけながらもじっとして上の会話に聞き耳を立てていた男が小さな声でそう言うが、力で押さえつけられている月野は何とか身体を横にすることが出来た。


「殺されたいのか!?じっとしていろよ!」

「だって、苦しかった…」

「しゃべるな!」


言い訳をしようとしたら口を押えられてしまった。その際僅かに持ち上げていた頭を腕に押されて地面に強打してしまう。静かにしてほしいのだったら力をもう少し緩めてほしいと言おうとしたが、涙がにじんだ眼で睨むだけにとどめるしかない。

すると、すぐに立ち去るかと思われていた上の人たちが、数歩室内に入ってきた気配がした。


「そうだ、知らないかもしれないが、最近外周付近にある家から人がさらわれたり、奴隷商の商品が盗まれたりといった事件が頻発しているんだ」

「そうなんですか?それは知らなかったですね。いつごろから事件が起きているのでしょう?」

「さてな。事件が始まった詳しい日時はわからないが、ここ最近の出来事であることは確かだ。お前たちも奴隷を扱う仕事だろう?もしかしたら狙われているかもしれない。気を付けるんだぞ」

「はい。お気づかいありがとうございます」


聞いている感じだと警備の人と店の店員の普通な会話に聞こえる。その後数秒無言の時間が過ぎたが、しばらくして「では、忙しいのでこれで」という普通の挨拶で出て行った。

警戒してその後も地下では緊張の沈黙が流れるが、そのさらに数分後に上の人が扉を開けて中を確認しだすと、皆ホッと息を吐き出した。


「終わったか。どうだった?」

「奴隷商として顔を売っておいた人間を作っておいて良かった。あまり怪しまれずに終わったよ。それにしても、途中の音はなんだったんだ?」


会話をしながら立ち上がった男性。その下敷きになっていた月野もやっと息が吸えると油断したところを、腕をつかまれて強引に立たされた。


「こいつだ。この…なんだ、女だったのか。タダの餓鬼かと思ったが」

「へぇ。結構かわいい顔し照るじゃん。で?それが泣き出したの?」

「いや、どうやら腹がなったらしい」

「え、マジで?」


からかわれているのだろう。馬鹿じゃないの?とでも言いたそうな嘲りの視線を受けて顔をそむけるが、腕をつかまれている男が月野を強引に引っ張って行く。


「な、何?…もう終わったんとちゃうの?」

「終わったよ。敵の目は誤魔化せた。お前のおかげで危なかったがな」

「なら放して。もうウチ抑えとかんでええんやろ?」

「何言ってんだよ。お前は奴隷じゃないだろ?こんな場所においておいたら俺達が怒られちまう」

「え…」

「それにお前のせいで危険な事になりかけたんだ。落とし前つけてもらわねぇとな」


確かに、自分はさらわれたけれど奴隷として連れてこられたわけではない。だが、そういった男の顔がいやらしい事を考えているのが丸分かりの下品な笑みを浮かべていたので、ちゃんとした扱いをするために連れて行かれるのでは無いだろうと察してしまった。


「い、いやや!此処におる、うち上には行きたくない!」

「はいはい、暴れるとその足切り落としちゃうぞ」


小柄な女性という事もあり、どんなに暴れても月野では逃げる事が出来ない。同じ部屋に居た奴隷達は「女だし仕方ない」というあきらめの眼を向けるものや、自分には関係ないと顔すら向けないものがほとんどで、さっき少し話していた子供達は助けたいけど出て行けないとオロオロしていた。

抵抗らしい抵抗も出来ないまま、地下から階段を上がって上の部屋に放り出される。すっ転んだ体制からすぐさま身体を起こして身構えると、部屋の中には男性ばかり数十人も居た。奴隷としてこの部屋に集まっていたのだろうが、既に鎖はつながれておらず、外れた枷が転がっている。


「え、奴隷…は…」

「こいつらは構成員だよ。結構あくどい事してくれる奴で、顔がバレてる可能性があったやつらさ。眼帯奴隷って顔が隠せるから、こういうときに頭数として数えてるんだよ」


月野の疑問に丁寧に答えてくれる男が、ニヤニヤと笑いながら覆いかぶさってきた。


「ヒッ…」


慌てて這うようにして逃げるが、すぐさまつかまってしまう。


「いきがいいと嬉しいね、何度でも楽しめるじゃないか。此処の奴らが満足できるまで、付き合ってくれよ」


知らない男達に囲まれて見下ろされている。ニヤニヤとした笑みに恐怖を感じる。一瞬のうちに頭の中が真っ白になった月野は大声を上げた。


「いやぁぁあぁぁ!!」

「なっ!だ、黙れ!」


限界だった。

シンは怪我していたはずで心配だったし、自分がどうなるのかも不安だったし、いやらしい眼で見られるのにも耐え切れなかった。怖かった。逃げたかった。だけど抜け出せない。沼にはまったかのような今の状況に、絶望していた。

突然の大声に驚いた男達が慌てて黙らせようと手を伸ばすが、ジタバタと動いた月野の足が一番近くに居た覆いかぶさってきていた男の股間を蹴り上げた。


「ひぎゃ!」

「おい、静かにしないか!」

「人が集まる、とりあえず口をふさげ!」


カエルがつぶされたかのような悲鳴を上げて飛びのいた男は、飛び上がるように月野から逃げて急所を押さえて蹲る。だが、そんな仲間よりも大音量で叫び続ける月野をどうにかするほうが先と判断し、手を伸ばす。

と、誰かが走ってくる気配がして、慌てて月野を静かにしようと手を伸ばすが、触れるより先に扉が開かれた。


「いったい何事だ!」

「が、ガスパールさん…」


今まで何処に行っていたのか、ガスパールが顔を出すと「まずい」と顔色を曇らせるが、地面に倒されている月野と周りを囲っている男たちを見て何が起きたのか察したらしい。ツカツカと入ってくると離れろと手で示し、月野の傍に歩き始める。


「この娘は作戦の鍵を作る重要な存在だと教えなかったか?」

「えっと…」

「別に傷つけるつもりじゃないよ。ただ、楽しませてもらうかと思っただけで」

「毒を造れる人間で遊ぶと?お前心を殺すつもりだったのか?最悪生きることに絶望したら簡単に人間を命を投げ出すぞ。そうした女を見たのも、1人や2人じゃないだろう」

「でも毒作りだろ?だったら手だけ残して俺達が面倒を見るとか…」

「手だけ残して?足を落とすつもりだったのか!?」

「だってそうすれば逃げられないし、俺達が見張ってれば変なことも出来ないだろ?」

「足を切って、完治するまで待てというのか?それとも足を切り落とすという重症を負わせてそのうえで作業を強要するのか?そこまでさせて心が痛まない奴らだったのか?それにこれ以上時間を無駄に出来ないと分かっていたと思っていたが、俺の見込み違いだったのか?」

「そ、それは…」

「それにそんな事して従わせても、誰も幸せになれないぞ。だいいち、そんなやり方今の魔王と同じじゃないか」


ガスパールの言葉にグッと言葉を飲み込んだ男達。

やはり、同じ場所に隠れてあげればよかった。

もう叫んでいるのか泣いているのか分からない声をあげ続けている月野に近寄り、ガスパールはなるべく優しく声をかける。


「先生、落ち着いて。先生、サヨ先生。大丈夫、もう大丈夫だから」


そっと伸ばしたガスパールの手を、月野はわけも分からず振るった腕で豪快にひっぱたいた。


「いやぁ!!触らんといて!あっち行ってよ!」


触れられるほど近く。

落ち着く前に傍に寄ったのがいけなかったのかもしれない。


手を払われて動きが止まったガスパールに、月野の足が襲い掛かる。といっても所詮少女、ジタバタしているランダムな動きとはいえ、簡単にかわせるし威力も知れたもの。だが、ガスパールはいったん距離を開けたほうが良いと判断して上体を引いて避けてしまった。


「なっ…」

「あっ!」


すぐ後ろには蹲っていた男が居たことに気付かず、そいつに足を取られ後ろに倒れこむ。


「ガスパール、いったい何事?早く黙らせないとさっきの奴らが戻ってくる…」


ガスパールを追いかけるように入ってきたベナサールも、思わず眼を見開いた。周りに居た男達も驚きでとっさに動くことが出来ない。


仲間に躓いて、後ろに倒れていくガスパール。蹲った仲間の体で変な風に足の稼動領域が制限されてしまって、上体を捻る事しか出来ない。それでも地面に手をつくことが出来れば軽症ですんだだろうに、倒れこんだその先に床は無かった。


「ガスパール!!」


空けられたままの地下への階段。その暗闇が広がる。

思わず叫んだベナサールだったが、それとほぼ同時に地下への階段に頭から落下していき、何かが折れるような嫌な音がした。

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