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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-54 モロンは良い奴?

ガスパールは月野をこの場所に連れてきた、いわゆる敵なのに、その行動やかけられる言葉の優しさがとても残酷だ。

自分を悪い状況に追い込んでいるのに、いざというときは助けてくれる。そのたびに「彼がいてくれてよかった。彼がそばにいてくれれば安全だ」なんて思ってしまう。浚われておそらくまだ数時間くらいしかたっていないが、それでも見知った彼が離れてしまった今、とても不安に駆られてしまう。

もしかしてこれがストックホルム症候群というやつだろうか。

犯罪者と近くにいすぎて、情がわき、自分も今度は「ガスパールさんの為に」とか言いながら嬉々として毒作りをし始めるんだろうか。そんなことを考えると、えも言われぬ恐怖に思わず体が震えて肩を抱いた。


“チャリッツ…”


ここで聞こえた金属音にはっとして顔を上げる。そして扉に繋がる階段のほうを向いていた顔をパッと後ろへ向けた。


「…誰か…おるん?」


暗闇にそう問いかけるが、返事はない。だが、確かに誰かの息遣いと何かがいる気配がした。しばらくはガスパールにもらった壺をまるでお守り変わりにするかのように抱きしめてジッと暗闇をにらんでいたが、もともと薄暗い部屋に居たせいか目が地下の暗さに慣れるのは早く、すぐに人がいることが確認できた。


そこには鎖に繋がれた奴隷と思われる人が数名身を寄せ合っていた。今も彼らが動くたびになる金属音で、先ほどの音はその首にはめられた鎖の首輪から出た音だとすぐに分かった。

中には子供もいるようで、彼らも月野を興味深げに見たり、鎖に繋がれていない月野を警戒したりしている。突然入れられた月野に周りの人たちが興味を持って、ビシビシと突き刺さるような視線がとても気になる。

と、その中で一番月野の近くに居た男性がヌッと近づいてきた。暗い中で近づいてきたその姿に思わずびっくりして叫びかけるが、必死に声を飲み込んで喉を鳴らすだけに堪える。幸いにも鎖が


「え、えと…何か?…あ、あの…うち、サヨいいます。よろしゅう」

「何持ってる。お前」

「へ?あ、これ?これは…」


とりあえず自己紹介をして敵意がないとアピールしてみたが、そんな事には興味は無いといい足そうに壷をじっと見ている彼。ガスパールに貰ったものを説明しようと口を開くが、言葉が出てくる前にひったくられて奪われてしまった。


「食いもんだ!」

「何!?俺にもよこせ」

「あ!ちょっと、な、なにしはるん!」


あわてて取り替えそうと手を伸ばすが、クルリと月野に背を向けて、許可も無く壷の中身を口に入れていた。


「それ、ウチが貰ったもんや。返して!」

「五月蝿い!」

「きゃっ!」


身長差があるおかげで、取り上げられてしまった壷には手が届かなかった。しかも纏わりついた月野を振りほどくために腕を大きく振ったせいで、壷の中の種がばら撒かれてしまう。すると、それを見て周りで静観していた奴隷達もえさに群がる魚のようにワッと集まって来て貪り始めてしまった。そして月野は人の波に押されて端へと追いやられてしまう。


「あ…」


部屋の隅の安全地帯と思われる場所に追いやられ、思わず呆然とばら撒かれた種に群がる人達、その光景を見ていたが、強引に奪われた事に悲しさがこみ上げて胸の前で手を組んでうつむく。

思わず強引に取り替えそうとしてしまったけれど、先に言ってくれれば分け与えたのに。

全員にいきわたるかは分からなかったけど、なんなら1回くらい食事を抜いたってかまわなかった。これまで比較的規則正しくきちんと食べられてきて居たから、少量の食料を譲る事くらい簡単に出来たのに。

なのに彼らは強引に奪うという手段で月野から食料を奪った。

壷を持っていた時点で食料と察したのか、とりあえず持ち物を奪ってしまえという考えだったのかは分からないけれど。

ジワリと涙がにじんで、しかしそれがこぼれないように必死に絶えた。


「何…しはるん…って言った」

「ふぇ?」


グッと眼を瞑ってうつむいていた月野に、彼女の言葉を繰り返すように口にした声が届いた。涙でにじむ視界をクリアにするために眼を擦る。と、そこにいたのは子供の奴隷数名だった。皆ボロを着ているが、病的にやせたりはしていない。必要な分に足りているかは分からないが、食事をきちんともらえているようだ。

その中の1人の男の子が代表して口を開いた。


「あんた、裕福層の子供だろ?何でこんな所に居るんだよ」

「え?裕福って…うち、違うよ」

「誤魔化すなよ。前お前の兄貴が助けてくれてたじゃんか。あいつは今日一緒じゃなかったのか?」

「兄貴?…え?何言うてんの?」


話が見えずに首をかしげると、話しかけてきてくれた男の子も同じように首をかしげた。そして振り返って仲間と思われる子供達のほうを向いて声を潜める。…が、距離が近いのでばっちり聞こえているのだけれど。


「あれ?違ったのかな?おっかしいな。あの時の人だと思ったのに」

「勘違いじゃないの?日の入り直後とはいえ、灯りが傍に無くて夜で暗かったし」

「そうね…お兄さんのほうなら、少しお話したからなんとなく覚えてるけど…」

「覚えてるって、顔隠してたよね?」

「でもこの子の言葉遣いは、確かに独特であの時の子と特徴が似てると思うよ」

「だったら余計に、こんな所に居るのは変じゃない?だってあの時奴隷商に賄賂渡して逃げ切ったんだよ?あんな事が出来るの、貧困層じゃまず無理だよ」


ヒソヒソと、しかししっかりと聞こえる声に耳を傾けていた月野はフッと思いあたる場面を思い出した。

あれは水汲みに行く直前の、細い裏路地に入ったときの事だ。子供がつながれているのを見つけて、奴隷商と初めて出会ったときの事。


「あ!もしかして、裏路地におった…?」

「そうだよ!ほら、やっぱり勘違いじゃなかっただろ!?」

「何よ。あんただって顔じゃなくて言葉遣いで判断したくせに!」

「僕だって怪しいと思ってたよ!」


なんだか口げんかに発展していきそうな場の雰囲気を感じて、月野はあわてて流れを帰るべく口を開いた。


「あ、あの時はごめんな。助けてあげようと思たんに、なんも出来なくて」

「ん?…あぁ、大丈夫だよ。あのおっさん、鞭とか使ってたから俺達もビクビクしてたんだけど、思ったより悪い待遇にならなかったし」

「おっさん…ってあの時の奴隷商の人?確か…モロン…って名前やったやろか?」

「あぁそうそう!あの丸っとしたおっさんな!」


寂しい気持ちと沸きあがる恐怖を誤魔化すために、子供達とのおしゃべりに興じる月野。

笑いながらもモロンの事を語るその様子に、悲壮感は見られない。それに彼らの情報で、モロンは思ったよりも良い奴であるらしい事が分かった。「ぶっ叩くぞ!」と言いながら鞭を振る事はあっても、大人でも子供でも、奴隷に傷をつけることは無かったし、「のたれ死んでしまえ!」とか言っていてもしっかり食事を用意してくれる。

適度に運動させるために定期的に外に出してくれるし、焼印で苦しまないようにモロンのところの蛇の刻印は白抜きになっていた。


「ほかのところは皮膚に当たる面が多いから、火傷もつらくて痛いって聞いてたから怖かったんだ。でもあのおっさんのところの焼印は蛇の縁があたるだけ。確かに痛かったけど、治るのも早かったよな」


そう話してくれた子供達の様子から、モロンはまるで親のように思われているんだろうということがヒシヒシと伝わってきた。最初は怖かったけれど、今は頼れるおっさんであるらしい。


「そうなんやね。皆がしんどいめにあってなくて良かったわ。けど、ほんなら此処はモロンさんの奴隷商って事なんやろ?ガスパールはんも奴隷商の仲間やったんね」

「え?ガスパールって…誰?」

「知らんの?此処の偉い人みたいやったけど…。けど、いくらモロンさんが良えお人やったとしても、人をさらって奴隷にするんは駄目やと思うわ」

「え!?お姉ちゃんさらわれて来たの?」

「うん。いきなり後ろから眠らされてな…」

「それは違うよ!」


ガスパールとモロンは仲間だったのか…と思っていたら、男の子が勢い良く否定してきた。泣きそうではないけれど、あせっているような表情で拳を握って一生懸命に説明をする。


「嫌な事は人にしちゃ駄目って言ってたもん!」

「あのおっさんがそんな事するはず無いよ」

「ほんとに良い人だったんだよ。奴隷商で、怖い感じだったけど。…最初は」


男の子につられるようにモロンの無罪を訴えだす子供達。思わずどうしようかとオロオロしてしまった月野に、比較的年齢層が上の男の子が口を開いた。


「あのな、俺達も同じなんだ」

「同じ…って?」

「気を抜いたわけじゃなかったんだけど…いや、油断していたんだな。俺達は鎖につながれていたし、一般奴隷として躾の最中だったんだ。だから、まさか俺達が狙われるとは思っていなかった」

「狙われるって…まさか君達も…?」

「うん。モロンの奴隷商からつれてこられたんだよ。というか、移動したのかはいまいちわかっていないんだ。気がついたら寝てしまっていて、眼が覚めたら此処に居た。あの店から遠いのか、近いのか、誰がこんな事をしたのかも、実は分かっていなくて」


外に出られる時間帯だった。病弱だったり、本人が拒絶しない限りは、定期的に日光に当てて運動させる。運動といっても、このグループは子供達だ。駆け回って遊びまくるのを許可していただけだったけれど。思っていたよりも悪くない奴隷生活だった。まだ売られる前だったから、躾の段階だったけれど、この場所で働けたらどれだけ幸せだろうか、なんて考えたものだ。

だけど、その日々は簡単に崩れ去った。

連れ去られたのはつい先日。だが、自分達は奴隷だから、モロンは決して探しには来ないだろうと思った。


寂しそうにそんな事を語る彼らに耳を傾けていたときだった。

出入り口の扉が一瞬開き、中に2名ほど滑り込んできた。そして慌てるのをこらえるように口をひらく。


「来るぞ!死にたくなければ静かにしていろ!」

「お前達の存在がばれたら、全員処分されちまうからな!」


慌てて口を閉ざし、静まり返った地下室。沈黙で耳鳴りがする。いったい何が始まるのだろうか、不安で地面に腰を下ろしていた月野は膝を抱えて小さくなった。そんな時…


「…此処が奴隷の保管場所か」


上の部屋に誰かが踏み入る気配がした。

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