03-53 騒がしい夜が始まる
「ガスパール!大変だガス…パールは?」
年代は30代くらいだろうか。男性2人が駆け込んできた。だが、先ほど出て行ったばかりのガスパールが当然この部屋に居るわけも無く、部屋に入ってきて目的の人物が居ない事がすぐに分かるとその男達はベナサールへ視線を向けて問いかけた。
「そこの餓鬼が腹減ったっていうから、何か探しに行ったよ。それより、何があった?」
なんとなくカチンと来る言い方だったが、先ほどの怒気が紛れたので月野は黙ったまま、耳を傾けることにした。走ってきた奴らもベナサールに話を促されてやってきた目的を思い出すと、室内に入りながら口を開く。その際『餓鬼』と呼ばれた月野を確認するようになんともネットリした視線を向けられて居心地が悪く、視線が合わないように必死に逸らす。そして男達が入って来るその時ちらりとドアの向こうを確認した月野だったが、普通に普通の廊下が見えただけで、新しく来た人2人も含めて大人3人から逃げ切れるとも思えなかったので、行動に起こす事はせずに伏せ眼がちの視線で男性2人を追いかけた。
「あぁ、そうだった。それが、相手の動きが思っていたより早いんだよ」
「早い?どういう事だ」
「見回りの連中がこちらに近づいているみたいなんだ。今のところ別のアジトで寝床替わりに使っていた家が2つ侵入されてるけど、そこにいたのは一般人として暮らしている奴らだったから、いろいろ誤魔化して特に問題にはなっていない」
「だが、確実にこっちに近づいてきてるぞ。庭にある木材だけでもなんとか隠しておかないと、覗かれた瞬間にアウトだ」
「なに!…何故だ?事を起こす場所も分散させたし、大きな事件は起こさないように気を付けたはずだ。バレるのが早いぞ」
「それが良く分からないんだ。向こうに情報通が入ったのか、もしかしたら俺たちのチームに裏切り者がいるのかもしれない。だが、そんなことよりも今はこの状況を何とかしないと」
「ほかのやつらは?」
「分担して報告に行かせてる。だがとりあえずガスパールさんに報告して指示を仰ごうと思ってたんだ」
ここまで言われてからベナサールは顎に手を当てて考え込むそぶりを見せる。しかし長考せずにすぐ視線を上げると、びしっと月野を指さした。
「ここは証拠が多すぎる。すべてを隠すのは無理だろう。幸い、外に出てるのはそれほど重要ではない物資だし、相手にとられても問題はない。それよりも、この女を連れて先に別の場所に避難する事は可能か?毒薬作りはこの作戦の重要な鍵だ、今奪い取られるのはまずい」
「普段なら問題は無かったんだか、なんだか今夜は人通りが多いんだ。もしかしたらこっちに巡回が着てるのかもしれない」
「そうか。では…むやみに移動するのは危険か。とりあえず私がガスパールに知らせてくる。その間これが逃げないように見張っていてくれ」
「わかった」
「すぐ戻る。くれぐれも、逃がすなよ」
そう言うとベナサールは部屋を出て行った。残された月野と、知らない男2人。気まずい空気を紛らわせるかのように、ゴリゴリと植物をすりつぶし始める。すると、走ってきたらしい男達が思ったよりも近い位置に座り込んだ。
「…」
そして無言で月野を見つめている気配がする。そちらを見ないようにしているので良く分からないが、なんともいたたまれない。意を決して顔を上げると、やはり2人ともこちらに視線を向けていた。
「な…何か?」
「いや。監視、しているだけさ」
月野の質問の返事はいたって普通。だが、その視線はどうにも上から下まで観察されているような、絡みつくような視線で思わず少し距離をあけようと動いてしまう。
「どうしたのさ。逃げるの?」
「…あの、近いんですが」
この部屋で作業をし始めたときと同じ、自分ひとりに監視が2人なのだが、これならナイフをちらつかせはするけれど必要以上に接近してこなかったベナサールのほうが良い。そう思ったとき、男の1人が手を伸ばして月野の腕を掴んだ。
「何!?」
「うっわ、細いな。お前」
「いや、女児なんてそんなもんだろ。そろそろ伽が出来るくらいじゃね?」
あわてて振り解こうと手を振っても、非力な月野の力では逃れる事が出来ずにニギニギと腕を握られてしまう。その行動と後の言葉に嫌悪感をあらわに顔をしかめると、男達はとても楽しそうに笑った。
「なぁ、結構良い顔してるし、ちょっと遊んでやろうぜ」
「そうだな。毒が造れればいいんだから、手があればそれで十分だろ?体の相性がよかったら、足を切って囲うのも良いかも知れないな」
「またかよ。お前、それやって女が成長しちまうと捨てるくせに」
「だってよ、動物だってそうだけど、幼いうちが一番かわいいんだ。仕方ないだろう?」
ニタニタと笑う男達の会話。一瞬頭が真っ白になってしまったが、言ってることは理解できた。このままではおもちゃにされてしまう。2人してお互いに笑いあってる隙を突いて腕を強く引っ張るが、瞬発力が高ければ握力も強く、逃げる事はかなわなかった。だがジタバタと暴れたために、さっきまで作業していた道具や取り分けられていた植物類が散らばっていく。
「放して!ウチに触らんといて!」
「静かにしろ!いきなりなんだよ、いいからおとなしくしてろって!」
「いやぁ!!助けて!誰か助けて!」
「だから、五月蝿いんだよ!」
1人が腕を抑え、1人が口を抑える。それだけで体の自由なんて奪われて、恐怖で体が硬直してしまった。しかし、状況はそれ以上悪くはならなかった。
「何をしている。この緊急時に」
静かな怒気を含むそこの声に3人の視線が扉のほうに向く。と、そこには小さな壷を持ったガスパールが居た。
「ガスパールさん、これは…」
「監視してたらいきなり騒ぎだしたんですよ。だから静かにさせていただけで…」
しどろもどろといった様子で弁解する様子をじっと見ていたが、怒るでもなく入室すると、月野の上に乗る用にして抑えていた2人をスッとどかして月野を助け起こした。
「あ、ありが…」
月野の感謝には応えず、しかも言い終わる前に視線を再び男たちに向けると、指示を飛ばしはじめた。
「まずは証拠を隠す。報告をうけて外の資材は片付けさせている最中だ。あれさえ隠せば、此処は奴隷の保管場所として言い逃れも出来るだろう」
「ほかのやつらは?」
「既に分散させて、移動させてる。逃げるのも手ではあるが、此処の場所は1度調べを受けて敵の目をかいくぐる事が出来れば後は比較的安全な隠れ家にする事が出来るだろう。顔が割れていない、奴隷商としてもぐりこませているやつを残して移動だ」
「分かった」
多くを語らず、多くを聞き返さず、ガスパールの言葉を聞いて男2人は部屋を出て行った。チラリと出て行く時に振り返った視線が月野とぶつかるが、特に何を言うでもなくその姿は闇に消えていく。2人が見えなくなったところでガスパールは持っていた壷を月野に渡した。小柄な女性である月野の片手に納まるほど小さな壷は、中に何か入っているようだ。
「大丈夫か?」
「はい。…これは?」
質問を返しながら、月野は壷のふたを開けてみた。
「それは、トバルス付近で採取される、植物の種だ。天日に干してそのまま食べる。これくらいしか今は用意できなくてな、我慢していてくれ」
そういわれて、無いよりはましだと頷いた。
それよりも、気遣うようなやさしい声色にどっと安堵がこみ上げて、思わずウルッと来てしまったのを隠した。
「さて、とりあえず移動してもらうよ」
そう言うと、ガスパールはまるでビッキーにしていたように、月野をひょいと抱き上げた。
「うわっ!うち、歩けます!」
「逃げられたら困るしね。それに今忙しいんだ。悪いが我慢してくれ」
そのまま運ばれた先は1つ隣の建物だった。あまりまわりをじっくり見ている暇もなく、1つの部屋に連れて行かれると、最初に押し込められていたような地下へ続く扉のようなものが地面にあるのに気付く。傍に控えていた人物にガスパールが無言で合図を送ると、その扉に向かって槍のようなものを突き出し、別の人物が4度扉をたたいてから扉を開けた。
“チャリ…カシャン…”
金属がこすれるような音。それと同時に何かが居る、という気配が湧き上がってくる。ガスパールはその中に足を踏み入れ、一番下まで行く前に月野を降ろした。
「大人しくしていてくれ」
それだけ言うと再びあがっていってしまう。あわてて説明を求めるために追いかけようとしたが、槍のような物を持っている人がその武器で威嚇してきたためにその場で足を止め、その隙に扉は再び閉じられてしまった。




