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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
124/146

03-52 毒作り

-ゴリゴリ。ゴリゴリ-


ゆらゆらと揺れる灯りの近くで、月野は数種類の植物をすり鉢ですりつぶしていた。

今居る場所は囚われていた地下のすぐ上の部屋。窓もドアも普通にあるが、しっかりと閉じられている窓側にはベナサールがナイフを持って待機していて、出入り口のドアのほうにはガスパールがビッキーを腕に抱いてその道をふさいでいた。2人に挟まれる形で、部屋の中央部に座り込んで作業をしている。


なるべく一生懸命に薬を調合しているように見せかけて、なるべく時間をかけながら今後どうするべきかと考えをめぐらせる。とりあえず今作ろうとしているのは、ガスパールたちが独自で調合し、調べ、作成したという睡眠薬らしきもの。すりつぶす前に材料にと用意された複数種類の植物を手にと手確認してみたので、これらを調合すれば睡眠薬が出来るだろうことは簡単に想像が出来た。


「一度作って完成している薬だといっただろ。それなのに、何故そんなに時間をかけてお前が作る必要があるんだ?必要なら別のやつに指示して作らせるぞ」


どうやらすぐに何とかなるとでも思っていたらしいベナサールが、慎重かつ丁寧に植物をすりつぶしていく月野に向かってそう声をかけた。イラついているのか分からないが、声色はちょっと不機嫌そうだ。


「これ見つけたんウチとちゃうから」

「だから、知ってるやつに手伝わせるよ?って言ってるんだろ」

「作り方知らんとアレンジも出来んの。文句あるなら、自分でやったらええやんか」

「別に文句つけてるわけじゃないさ。でも、同じ薬作るなら、やり方知ってるやつ呼んできて作らせれば時間短縮になるじゃないか」


まぁ、そう言うだろうな。ベナサールからしてみれば、自分達が考えた薬を月野は今試してみているわけなのだ。最初から知っている人が作業したほうが効率が良い。だが、今考えるべきは効率ではなく、逆にどうすれば逃げられるか、脱出路を考えるための時間を稼げるか、というわけで。怪しまれないように気をつけながら口を開く。


「教えてもろた手順を確認しながら、どんな所で変化をつけたらええか調べてるんよ。最初から誰かに頼んどったら、分からん言もあるさかい、自分でやってるんや」

「なら、作業できるやつ傍においてそれを見ながら調べればいいじゃないか。さっきから、草を選ぶのも、ぶつ切りにするのも、時間かかりすぎだよ?もしかして、嘘ついたり変な事考えてるんじゃないだろうね」

「もう、さっきから何なん?これがうちのやり方やのに。口だすんやったら、自分でやればええんよ」


内心でビクビクしながらも強気な口調で返してみる。此処には援護してくれる友達も、背中に隠してくれる仲間も居ない。相手からは時間制限も設けられなかったし、気持ちを落ち着かせる事も含め、めいっぱい時間を稼ごうと思っていたわけで。相手が焦る気持ちも分からなくは無いが、この場面では敵同士。相手の意をくむような真似は絶対にしない。だが、おそらく失敗続きでイラつきがたまっていたんだろう。ベナサールは月野の言葉にムッと眉を寄せてナイフをむけた。だが、近づこうと1歩踏み出した所でずっと聞いていたガスパールが声をかける。


「…やめろ。落ち着けベナサール」

「だってこいつ…」

「やめろ。ベナサール」


言い募ろうとしたベナサールを、同じ言葉で静止すると乱暴に1度ため息をついて窓際の壁に戻り、壁に背中をつけた。それを若干苦笑いで確認してから、視線を月野に移すと、ガスパールと月野の視線がぶつかる。

何か言いたそうな、何を言うか迷っているような。そんな顔でじっと視線を投げかけられていたが、軽く首を振ってから申し訳なさそうに笑った。


「どれくらい時間がかかりそうだ?先生」

「…サヨです。ウチの名前」

「おや、教えてくれるの?…名前、呼ばれたくないと思ったのに」


ずっと先生と呼ばれていても別にかまわなかったのだが、問われた「時間」を答えたくなくて、自分の名前を名乗った月野。そういえば、彼に名乗った事があっただろうか?今思い返してみるとガスパールは誰にも名前を聞いていなかった気がする。一番最初にお互いに自己紹介した時に名前を言った…かどうかは覚えていないが…その後は、ほとんど『先生』とだけ呼んでいたような。

もしかして、意図的に名を聞かないように、名を呼ばないようにしていたのだろうか?


「…うち、名のらんかったやろか?初めて会うた時」

「さて、どうだったかな。それで、その作業は時間がかかりそうかい?」


純粋な疑問の答えを返してくれる事を期待して正直に口にしたのに、ガスパールは乗ってくれなかった。同じ問いを繰り返した彼に、これ以上焦らすとベナサールが怖いと思って視線を手元に落とす。


「うち、此処に来たの最近やさかい、植物ん事を知る所から始めへんとあかんのや。せやから時間、かかると思う」

「具体的には?」

「わからない。けど、1日2日では出来んと思う」


これは実際に本当のこと。こっちに来てからまだあまり時間が経過していない。やっとこの場所での生活に慣れ始めたころであり、今はただ、この砂漠の町で生きるのに一生懸命だったのだ。確かにマッサージ屋で持ち込まれたりする植物を使っていろいろしてみたりはしたけれど、いきなり人を殺すための毒を作れとか言われても、そう簡単にいくわけがない。

だがそれよりも、ずっと我慢していた深刻な問題がる。


“ぐー…”


突然月野のおなかがなった。

夕飯を食いっぱぐれて、今までは緊張もあって気にならなかったのだが、ある程度余裕が出てきた頃から空腹に襲われ始めていたのだ。

ガスパールとベナサールはポカンとしていたが、顔を真っ赤にしてうつむく月野を見て状況を察した様子。ベナサールは鼻で笑って視線をはずしたが、ガスパールは隠そうともしないで月野の目の前で小さく笑い出した。


「なんだ、おなか減ってたのか。言ってくれれば良いのに」

「言えるわけないやん。強制的につれてこられて、ウチ怖くて…」

「闘技場に来る前に…あぁ、食べて無かったね。そういえば」


店から闘技場まで同伴したんだった。夕食をとっていなかった事を失念していたよ、と肩を揺らすと視線を月野から窓際のベナサールに移す。


「何か持ってくるよ。その間1人で大丈夫だろ?」

「…こんなやつに食い物をやるなんて勿体無い」

「そう言うな。俺達の希望を生み出せるかも知れない人だぞ?誠心誠意を持ってお世話しないとな。…ちょっと待ってな、すぐ戻る」


そういってガスパールはビッキーを抱いたまま部屋を出て行った。

程々の広さの部屋に月野とベナサールの2人だけ。最初からの印象もあって、月野はベナサールがなんとなく怖く感じて、一生懸命作業をしているように見せるためにゴリゴリと草をすりつぶす作業に戻る。ベナサールも月野がぬくぬくと平和に生きてきた人だと思っているため、あからさまに嫌そうな顔をするが、アルトゥーロが欠けた監視を補うため、扉のほうに走っても追いつけるようにと少しだけ月野に近づいた。


「…お前、まだその作業してたのか。いくらなんでも、遅すぎるぞ」


近づいてきて手元を見たベナサールにそう指摘されてピクリと肩がはねるが、すぐに何事も無かったかのように作業を開始する月野。


「そう?ごめんな、色々考えながら作業しとったから、どれくらい時間がたったか分からなかったわ」

「嘘だな。大方逃げ出す方法でも考えていたんだろ。毒、作る気あるのか?」

「何でそんな事聞くの?作る気があるか無いかでゆうたら無いわ。せやけど、作らんって選択肢は選べんのやろ?ほなら、やるしかないやないの」


自分はおとなしい性格だと思っていた。初対面の人相手にこうも突っかかっていけるとはびっくりだ。おかげでベナサールはまた機嫌が悪くなりだした様子。しまった。理不尽な状況に自分自身もイライラがたまっていたようだ。自分が我慢すればよかったのに要らないことした。だが、そう思っても言ってしまった言葉を無かった事には出来ない。じりじりと近づいて来るベナサールの気配を感じてはいたが、怖くて顔を上げることが出来なかった。

そんな時、ガスパールが消えた先、ドアの向こうから人が走ってくる足音が聞こえた。

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