03-51 黒い人
「どういう事だ。ビッキーがなぜ…」
わずかな沈黙の後で黒い人が口にしたのは、そんな疑問だった。彼の素性を知らない草加は、警戒している中で犯罪が起きてしまった事に対して怒りを感じているのだろうと勝手に勘違いしているが、誰にも問いかけなかったのでその勘違いを訂正することはなかった。まぁ、素性を知ったところで同行できないので、そんなことは些細な問題であるともいえる。
「そばに誰もついていなかったのか!?周りの大人は何をしていた!」
「そ、それが、昨日の昼間、闘技場内ではぐれてしまった後マッサージ屋の方がたに保護されたところまでは確認しているのですが…」
そして連絡に来た人物は聞き及ぶ限りの情報をアルトゥーロに伝えた。
草加はなぜこの情報だけは中に入って仲間と思われる彼らに伝えないのか疑問に思うが、此処は空気を読んで口をはさむことはしない。
「うまく誘導されてしまったという事か。エルビーは何をしていた?」
「主様の言いつけ通り、屋敷にて待機されていたもようです」
「何てことだ。狙うのは領主の命であるとばかり…。奇襲を警戒して警備の人数を増やしていたのに、それが裏目に出たというのか…だが、ガスパール…といったか。あの男が本当にビッキーをさらったのか?」
「おそらくは。あのものが手を下した瞬間は見ていませんが、実行犯ではないにせよ状況からみても敵の一員とみるべきかと」
「そうか…」
目の前の会話を聞いていて、草加は苦虫を噛み潰したように表情をゆがめた。ガスパールさんは店の大切なお客だ。店を始めた当初から通ってくれた常連の1人でもある。月野が居なくなったときのことを考えて、彼が何かをした可能性があるとは思っていたけれど、正直なところ信じたくは無かった。
それにしても黒い人は魔王の側近らしいエルビーさんを呼び捨てている。彼自身もやはり、高い地位に居る人なのかもしれない。
窓のところに立っていたアルトゥーロは窓から中を覗き込み、地面にかかれた地図を確認しながら口を開く。
「今までの報告で怪しい場所が絞れたか?」
「は、はい。町の中心部から遠い住宅街の一角に怪しい情報が集中している箇所があります」
「分かった。…お前、何か報告する事があるならば、中のやつらに話しておけ。俺はこれから出る」
ビッキー失踪の報告をしにきた人に1言告げてから、返事も待たずに歩き出したアルトゥーロを草加があわてて追いかけようと1歩踏み出し口を開く。
「あ、あの!ちょっと待ってください。まさか1人で行くんでs…」
そしてハタと気が付いて、最後までいう前に途中で言葉が途切れた。
こんなこと、部外者である自分(草加)が気にすることじゃない気がする。ビッキーは確かに知り合いで、さらわれたなら安否が心配な相手ではあるが、右も左もわからない場所で何をするべきかも理解していない草加がどうこう言うなんて思い上がりも甚だしい。だいいち、彼が1人で向かうとは限らないのだ。外に出ている仲間と合流するとか、どこかによって仲間を集めるとか、きっと色々と考えているはず。
「いえ、なんでもありません。お気をつけて」
思わず伸ばしかけた手と同時に視線を下ろすと、首を振って1歩下がった。だが、それを律儀にも立ち止まって振り返ってくれた彼は、僅かな時間考えた後で小さく息を吐くと同時に言葉を紡ぐ。
「お前も来い。気になるのならば」
「え…僕も?」
良いのか?と聞こうと顔を上げるが、その時にはすでにアルトゥーロは歩き始めていたので、慌てて背中を追いかけるように駆け出した。
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「あの、どこに向かっているのですか?」
「報告から推測した怪しい現場付近だ」
「あの報告は、すべて同じチームがしでかしたこと、なのですか?」
「さあ、そこまでは分からん。だが、悪事を働く人間は、なぜか同じような場所に固まるようだ。中心部からは遠い場所、さらに言うならば、トバルスとは逆方向の町の端は人が通うようなこともないからな」
「なるほど。人気が少ない町の端、隠れるには良い場所、ってことなのですね」
おそらく全速力で走りたいのだろうけれど、はやり距離もあるし夜という足元が暗い時間帯。2人は駆け足程度の速度で道を駆け抜けながら、会話をしていた。魔王としてやってきたアルトゥーロの声を草加は聞いたことがあるのだが、その時は朱眼によって恐怖の方が勝っていた。強烈な記憶だったのだが、それは声という音よりも、朱眼というイメージの方が鮮明で、会話している相手が魔王であるとはいまだ気づいていない。
「それよりも、特に何も考えずについて来いといったが、お前…戦えるよな?」
アルトゥーロはつい部下に接している感覚で草加を連れてきてしまったことをいまさらながら気にしていた。大会に出場していた事は知っているが、どれほど腕が立つかは分からない。そんな心配を払拭するかのように、明るめの草加の声が返ってくる。
「えぇ、一応戦える…といっても大丈夫かと思います。一応、闘技場で大会にも参加していましたし」
「戦績は?腕輪をいくつ集めた」
「えっと…初日はまぁまぁ善戦したのですが、やはり勝ち残ってくるところは強いチームばかりで。今日は負けが続いて残り3つです」
意図的に負けを重ねた事を言わなかったために、草加の返事でアルトゥーロは普通のチームよりは強そうだが、中の中、もしくは中の下くらいの実力だろうと推測。
「そうか。だが、少なくとも1日は耐え切った実力があると考えて良いだろう。武器は持っているか?」
「あ、あの」
「なんだ」
「僕は信用に欠けるから戦わせない、と、おっしゃっていたのでは?」
あぁ、そうだった。ついうっかり「こいつ使えるな。よし!」と思ってしまったが、確かに戦わなくて良いと言ったのだった。言われて気付いたアルトゥーロだったが、さも「分かってますよ」とでも言うかのように口を開く。
「あくまで保険だ。これから危険な場所へ赴こうとしているんだ。自分の身くらい、自分で守ってもらわねばな」
「あ、そうですね。でも…武器になりそうなもの、何も持っていないのですが。そういえば貴方も、丸腰じゃないですか!?」
「あぁ、俺は…」
眼の力があると武器を使わなくても敵を倒せるので、危険な夜の掃除作業でも武器を持つという行為が習慣づいていない。エルビーが傍に居てくれていたら、まるでお前は俺の嫁か?とでも言いたくなる程甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだけれど。…まぁ、視線は合わないままで、だけれども。
そんな事を考えていたら、ハッとした顔で草加が軽くうつむいた。
「あ。もしかして武道家、とかですか?武器を使わず、肉弾戦が得意とか。…すいません」
「何故、謝る?」
「え、だって、なんだか余計な事に突っ込んだ気がしまして。それよりも、武器、借りられるのでしょうか?」
「そこらへんの石でも拾って、武器代わりにするしかないな」
「え、仲間と合流されるのではないのですか?」
「仲間?何故?」
「何故って…だって敵のエリアに踏み込もうとしているわけですよね?あ、もしかして敵がすでに何人だと、分かってるのですか?」
「いや、情報で得られたのは大まかな場所と、大まかな人数位だが…」
「下準備も無しに…まさか僕がついていくといわなかったら、本当に1人で特攻するつもりだったのですか?」
敵陣に単独で特攻をかけるのは自殺行為と同じだろう。純粋な驚きの質問だったが、なんとなく「あんた馬鹿なの?」って言われているような気分になる。娘であるビッキーがさらわれたと聞いて、少なからず動揺していたと今になって理解したアルトゥーロは、もやもやした気持ちを怒りで爆発させないように口を噤んだ。
「とりあえず、このまま怪しいと思われる場所まで走るぞ。武器は適当に拾って来い。もし手に入れられなかったら、全力で逃げる事だけ考えろ」
チラリと草加を一瞥し息が切れていないかを確認。決して遅くは無いスピードで駆け抜けているが、草加もぴったりと並走してきている。内心その体力に歓心しつつも、再び前を向いて少しだけスピードを上げたアルトゥーロ。突然のスピードアップに少し慌てて草加もスピードを上げ、離れないようにしながら控えめに口を開いた。
「あの。僕の名前はリヒトです。貴方の名前を伺っても?」
3度目の正直。いつまでも黒い人、と心の中で呼び続けるわけにも行かない。ついうっかり声にしてしまったら失礼だし。過去に質問したときは質問されたことに気付いていなかったのか、意図的に流したのか、返事を貰う事は出来なかった。だけど今なら。2人だけで走っている今、少しばかりの情も芽生えてきた気もする。期待をこめて視線を向けるが、アルトゥーロは少しばかり考えてから息を吐き出した。
「好きに呼べ」
本名を名乗るわけには行かない。別に名乗っては駄目というわけではないけれど、きっと朱眼の魔王だと知られたら、この砕けた態度も改まってしまう。そんな寂しい気持ちからの返答だったのだけれど、当然草加にその気持ちが伝わるわけが無い。
なんでもいい、好きにして、どっちでもいい。
そんな曖昧の答えが一番面倒だって知らないのだろうか?
若干イラっと来た草加は、もういっそのこと黒い人で呼んでやろうかと割とマジで悩むのだった。
展開が…お、遅すぎる気がする。
でもだらだら続けても面白くないし、そろそろ色々動かしていく予定です。
なんかすいません…




