03-50 貴方の傍に
防犯カメラって、便利だよな。
スイッチ一つで明かりがつく電気も。科学の力は素晴らしい。
若干現実逃避みたいなことを考えながら、草加は目の前で忙しく動いている人たちを見ていた。
あの後、黒い布の人…なんて呼ぼう?黒布の人?黒い人?…の後についてこの部屋にやってきたわけだけど、そのときは誰も居なかった。当然と言うか、この部屋も暗かったのだが彼が明かりを入れる事は無く、後から別の人が入ってきた時点でこの部屋を出て行った。
特に何も考えず彼についていこうとした草加だったが、
「お前は此処にいろ。いずれ人が集まってくるはずだから」
「え、でも…あなたは…」
「俺は少し外へ出てくる。俺が居るとほかのやつらの仕事が滞るからな」
…どういうことだ?かなりの権力があって、皆が萎縮してしまうという事だろうか。そんな事を問いかけるまもなく彼は部屋から出て行ってしまった。
そして窓から月明かりが入るだけの薄暗い部屋で、今は数名の人が動いている。今更ながら、ランプやろうそくなど、明かりがあるのは特別なのかもしれない…と思い始めた。それか、夜の秘密作業だから、明かりをわざとつけないのかもしれない。だが、人工的な明かりが無くても、室内は月光で十分見渡せるくらいには明るかった。もしかしたらこれがこの世界ではデフォルトかもしれないな。そんな室内には時折、人が新たに入ってきて、報告をして、そして再び出ていく。
「報告します。闘技場付近に待機していた者ですが…」
「外へ通じる門の前では…」
「トバルスとは逆方面にある住宅地の一角で…」
「中央部での巡回では…」
話を盗み聞きしている身分で視線があってしまうと気まずいので、目線は伏せたままで耳を澄ませる。
話を聞く限りでは、ところどころに配置していた部下、もしくは仲間が怪しい人物に関しての報告をしに来ているようだ。
そしてその話を聞きながら、彼らは地面(床が板張り等ではなく、砂になっている。家の中でも床が外と同じ部屋は珍しくなく、部室メンバーの個人の部屋もこんな感じ。リビングになる大部屋は石が敷かれていたけれど)に直接大雑把な丸を書いてそれをこの町とみたて、報告を受けるたびに何やらしるしを書き込んでいた。
文字は無いけれど、地図に似たものは使うんだな。
この町が大体円形をしているというのもわかっている様子。
ちゃんとした区画に分かれておらず、大雑把な位置関係ではあるが、目立つ建物や地形を利用して、大体の位置を決めているようだ。
じっと地面の地図を見ていて、報告を受けた時に異常がある場所には×、問題ないところには○、ちょっと怪しいと思われる場所には△を書き入れているのだと理解した。忙しそうに出入りする人や、地図を作り上げていく人。
それをただ見ているだけの草加。
…何だかとても居辛い。
1人だけ何もしてないって、居心地悪い。
黒い人が出ていくときに「これ、俺の連れだから」的なことを言っていたのは気づいていたが、まさかそれだけで自分には何の指示も飛んでこないというのだろうか。彼はそれほどまでに権力があるというのか。
まぁ、草加には土地勘もないし、仕事を言いつけられたところで遂行できる気がしないのだけれど。
でも、チラチラと向けられる視線が、正直痛い。
たぶん、知らない顔に興味をひかれているのだろう。しかし、その興味本位の視線が「あいつ何してんの?」「働かないなら出て行ってくれないかな」「本当に味方?新顔だし、信じられないな」とか思われてそうで不安になる。周りと同じことをしていたい。典型的な日本人の習性かもしれない。
「…なんだか、胃が痛い気がする。…何もできないかもしれないけれど、何かしなきゃいけない気がする。てか、そんな雰囲気」
この場所から逃げたい。
月野のことも心配だが、まずは最初に自分が仲間と合流しておかないと、皆に心配をかけるだろう。もうかけてるかもしれない。自分がどれくらい寝ていたのかがわからない。まだ暗いし、大分寒いから深夜帯だと思われるけど。というか、シン君はどうした。「彼は手伝うぞ」と言っていたから、彼と会えると思って自分も部室に帰るのは後回しにしたのに。まさか嘘つかれたのだろうか。知ってる人がいないってだけで、ここまで心細くなるとは。
草加はフゥと小さくため息を吐き出して、開けっ放しの窓空外を見た。明り取りも兼ねているそれは、高い位置に設置されているが、別に高すぎるという事も無く普通に外を見ることが出来る。と、窓の外黒い布がチラリと見える。窓枠に近い場所で、もしかしたらこの部屋の外の壁に何かあるのか…と思って近づいてみたら、自分を此処に誘導した黒い服の彼だった。
「あ。あの人、あんなところに。…もしかして話を聞いてるのかな?どうせなら中に居ればいいのに」
彼はこの部屋の壁の窓に近い場所に背中を預けて、月を眺めているようだ。窓に近いという事は、この部屋の話を聞いていたということだろう。此処で草加は少しだけ悩み、まったく知らない人達と同じ部屋に居るくらいなら、少しだけでも話したことがある知らない人の傍に居ようと思い、窓枠に手をかけた。
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一人、外に出たアルトゥーロは先ほど室内に放置してきた草加のことを考える。
放置してきた部屋に居るのは自分の正体を知っているメンバー達だ、きっと自分がいては仕事にさしつかえる。
そういえばまだ、彼(草加)の名前は聞いていない。だが、マッサージ屋の一員であることは知っている。他人を簡単に信じそうなところは、少し危うさも感じるけれど、好ましい人間である事に違いは無かった。
「このまま、何事も無く終わればいいが…」
今、誘拐犯を捕らえるための作戦に出ている。先ほどは調子に乗って悪ノリし半ば脅して協力を取り付けてしまったが、実際のところ草加に頼むべき任務は無いに等しい。
此処は作戦のいわば本部。別働隊が行動し、その結果を報告、または指示を出す場所であり、この場所で戦闘が起こる事はまず無いのだ。敵に踏み込まれなかったら。
窓から聞こえる中の会話もしっかり耳に入れながら、次はどの作戦を指示しようか、ひと段落着いたらどうしようか、最初に考えるべき問題は何か、と顔は月に向けたままで眼を閉じて考え込んでいた。
「…ん、よっと!」
そんな時すぐ隣で声がした。驚いて視線をそちらに向けると、草加が丁度窓を乗り越えようと窓枠に飛び上がり、片方の膝の脛を乗せてバランスをとっているところだった。
「な、何をしている?」
「え、見て分かりません?乗り越えようとしているところですよ」
「それは分かるが…ちゃんと出入り口があるんだぞ。何故そんな所から?」
「だって場所知りませんし。仕事している人たちにワザワザ中断させて道を聞くのはどうかと思って。それにあなたが見えたのでね。回ってきたら居なくなってた、なんてガッカリしたくないし」
「ガッカリ?…何故?」
「何故って。あなたの傍に行こうとしたのに、行った時には居なかった、なんてなったらショックでしょう?」
「…何故?」
「え、何故って。だから、あなたの所に行こうと思って…」
「いや、それは聞いた。だから、何故俺のところに来ようとした?」
会話をしながらも、草加は窓を危なげなく乗り越えて外の地面に着地した。その身軽な身のこなしを見ながらも、呆然とした態度がなかなか直らない。自分の…朱眼の魔王の…傍に行こうとした?一般人たちメンバーが居る安全地帯に置いておいてやったのに、そこから出てきて傍に寄るなんて。顔は影によって隠されたまま。それでも信じられないといった視線を向けていたら、あきれられているとでも勘違いしたのか少し困ったように草加は笑った。
「部屋に居ろ、といわれましたけど、仕事している人達が居る中で、僕一人何もしないで居るのは…何と言うか、耐えられなかったんですよ」
「そんな理由で此処に来たのか?」
「すいません、迷惑でしたか?知らない人達に囲まれてるより、同じ知らない人でも会話した事がある貴方の所に居ようかと…思って」
「俺の…所に…」
もし相手が女だったら、恋に落ちる自信がある。
きっと眼を隠しているからだろうけれど、今までだって誰よりも貴方が良い的なことを言って、数多く居る人間の中からアルトゥーロを選んでくれる人間なんて居なかった。もしかしたらエルビーやビッキーならば自分を1番に考えてくれるかもしれないけれど、それは血族であったり任務であったりという繋がりがあるからだ。
赤の他人に言われると、嬉しさも全然違う。
ほころびそうな顔を一生懸命耐えていると、その沈黙で不快であると思われたらしい。少しシュンとした感じで草加が再び窓枠に手をかけた。
「すいません。戻りますね。別に邪魔をしようとしたわけじゃないんです…」
「あ、いや、待て」
足をまげて屈伸のバネを使って飛び上がろうとする草加を、反射で呼び止めたアルトゥーロは、寄りかかっていた壁から背中を離して草加のほうを向いた。
「別に邪魔ではない。今はまだ事は順調に進んでいる。あまりこの場所から離れないというならば、何処にいたってかまわないさ」
「…ありがとうございます」
不意に言われたお礼に今度こそポカンとしてしまった。
自分は誘拐まがい、そして脅迫までして此処に縛り付けているという自覚があった。確かに好きな場所に居て良いという許可は出したけれど、正確には違うけれど、誘拐犯にお礼を言う被害者なんて居るのだろうか?
無駄に警戒してピリピリしているのが普通じゃないのか?
困惑しているアルトゥーロをよそに、草加は窓のしたの壁に背中を預けるようにして地面に腰を下ろし、胡坐をかいた。その様子に危機感は感じられず、安全地帯とでも思っているのだろうか。それが何故かアルトゥーロにも居心地が良く感じる。
「僕に仕事が来ないのは、やはり信用されてないから、なんですかね。…まぁ、ぶっちゃけますと地理も分からないし、この団体の目的も分からないし、出来る事なんて無いですけどね」
「いや、まぁ…そうだな」
「そういえば、僕どれくらい寝てたんでしょう?分かりますか?」
「正確な時間は分からないが、それほど経っていないだろう。少なくとも、朝はまだ迎えていない」
「どれくらいのタイミングで出会ったのか分からないですが、24時間経過しているわけではないようですね」
「24…時間?」
「あ、この場所って時間…どうやって計ってるんです?」
「そんなもの、太陽の位置と、夜は寒さの段階だろ。…まさかお前は違うのか?」
「い、いえ。僕も同じ感じです。ただ、仲間内で時間を言う時には決まりがあって、それが癖で残ってしまって…」
日本での言葉はこちらでは通用しないようで、あわててフォローを入れながら、アルトゥーロと草加は差しさわりの無い事柄で談笑を続けた。
シンと合流しないといけない。会えないとしても部室には帰らないといけない。そして月野を探し出さないといけない。やるべきことはたくさんあって、その重要性もわかっているのだが、今はあせっていても仕方が無い。脱走したって迷うだけ。黒い人に問い詰めたらおそらく返り討ち。そう考えた草加はあえて待つという事を選んでいた。
緊張感漂う作戦本部の横での談笑は、思ったよりも楽しかったが、その時間は唐突に終わりを告げる事になる。
何人目だったか、数えるのも忘れた来訪者。本来ならば部屋の中まで言って中の人に報告をするのだが、その人は違った。何処から来たのか、まっすぐに外に居る草加たちのほうへと走ってくる。そして黒い人の前に膝を着くと、数秒間息を整えるのに使った後で口を開いた。
「…報告します!…ビ、ビッキー様が、何者かに…さらわれたようです」
「っ!?」
報告を聞いて、アルトゥーロは弾かれたように1歩前に踏み出し、走ってきた人物に近づいた。だが、言われた言葉がすんなり脳内に入っていかない。言葉をかみ締めて言われた事を何とか理解しようとしているようだ。草加はビッキーのことを知っていたために驚いたが、やはり自分の身内ではないためにすぐに冷静を取り戻した。
そこで気付いたのは、小刻みに震えている伝令と、声に反応して外を見ているのか、先ほどまで会話が聞こえていた室内が耳鳴りがするほど静まり返っている事。
それと、座っている草加の丁度目線にある黒い人の拳がギリッと音が聞こえそうなほどに強く握られた事だった。




