03-48 誰が彼らを連れて行ったか
エルビーの先導によってアルトゥーロの本来の屋敷にやってきた雨龍、鷹司、猫柳、天笠の4人。
屋敷の前まで走ってきて、門のところで立ち止まる。背の低い植物がまばらに植えられているその庭は、部室メンバーにくれた屋敷と同じくらいの広さがあるように見えるが、障害物があってそれほどの広さという事はそれ以上に広いんだろう。それでも汚く感じないのは、配置も考えられているからだと思われる。
それにしても砂漠の真ん中の町に植物を植えるだなんて、飲み水は貴重だといってる割にどうやって世話しているのかと疑問も感じる。
「どうです?此処がアルトゥーロ様の屋敷ですが、こちらに…」
「違うわ。ここじゃない!」
ビッキー行方不明を受けて最短距離を駆け抜けたが、眼にした屋敷が記憶と違う、と天笠と猫柳は首を横に振った。
「こんなに綺麗にな庭じゃなかったと思う。外壁の高さは目線より上…だけど、此処の屋敷よりは低かったかもしれない」
「建物の周りは…だめだわ、皆土壁で同じように見えるから、位置がいまいち把握できない。でも送り届けた家は此処じゃない。これだけははっきり分かるわ」
周囲は何処も似たような風景で、簡単に見分ける事は出来ないのだけれど、それでも送り届けた場所とはしっかりと違うという事だけは分かる。決定打にはかけるような発言をしながらも、きっぱりと否と答えた2人にエルビーが心配そうに視線を屋敷から2人に移した。
「どうすれば…もう一度迷ってみたら道が分かりますか?」
「いや、そりゃねぇべ。どうせなら闘技場から逆にたどったほうが…」
「なるほど!その手があったわね!」
「いや、でも既に日が落ちているんだ。今からじゃ逆に難しいのでは?」
まだ日の光が出ていれば違ったかもしれないけれど、既に日が落ちた闇の中では見慣れた道だって迷う事がある。そんな中1度しか訪れてない、しかも他人の先導があった場所を探し出すなんてそう簡単ではないだろう。鷹司の言葉に名案とばかりに手をたたいた天笠だったが、冷静に雨龍が口を挟めば「そうだ」と気付いて目を伏せる。
「とりあえず、僕達も仲間に今起きている事を教えるべきじゃないですか?夕飯の時間は当に過ぎている…と思うし」
「…だな。まず、何が起きてっかも、知らせねぇどいかん」
「何も言わずにタダ待たせてるだけって、待ってるほうは心配するものね」
「捜索を続けるにしても、いったん打ち切るにしても、まずは連絡をきちんと仲間内でまわさないと」
草加達が戻ってきているかもしれないし、仲間に連絡を入れたい。そういう考えで口を開けば、ずっと聞いていたエルビーが屋敷から視線をはずして顔を部室メンバーに向けた。
「あの、そこまでビッキー様を気に掛けてくれるのはうれしいのですが、あなたがたも暮らしがあるのですよね?そういえば大会は勝ち進んでいると伺いましたが」
「…それがビッキーちゃんだけじゃないのよ。ちょっと前に…」
事情を知らないエルビーは純粋にビッキーを心配して動いてくれていると思っているようで、月野が居なくなってしまい、草加が帰ってきていないという事実を告げるべきかとフッと迷い、天笠はしゃべっていた口を閉ざして言葉を止める。そのままチラリと仲間を見れば、言うべきか否か、と迷っている様子。しかし雨龍が一度大きくうなづいた。
「いいと思う。話しても」
「…雨龍さん…」
「確かに、誰が犯人なのか、分からない状況だ。だけど、エルビーさんは俺達と同じ、被害者の仲間、というポジションな気がするんだ」
そういってエルビーを見る。最初は「何を言っているんだ?」とでも言いたそうな顔をしたが、すぐに何かを察知した様子でハッとした表情に変わり、1歩踏み出して雨龍と距離を縮める。
「ま、まさか、あなた達の仲間の誰かも…」
「居なくなった。さらわれた可能性が高いが、証拠をつかんで居るわけじゃない。だが、ビッキーちゃんの失踪に誰か犯人が居るのだとしたら…タイミング的にも無関係とは思えなくて」
「ですが…失礼ですがどなたが居なくなってしまったのか、伺っても?」
「ん?あぁ、さらわれたのは月野サヨ、よくビッキーちゃんと一緒に薬を作っていた女の子だ」
「あぁ、あの方ですか。…確かに、ビッキー様とも仲がよろしかったようですし…目的は分かりかねますが、無関係ではないかも…知れませんね」
もしも誘拐犯が同一人物、または同じグループだとして。
アルトゥーロを攻撃するためにビッキーを狙ったのだとしたら、月野は言う事を聞かせるための人質といったところか。逆に月野目当てで狙ったのだとしても、ビッキーを盾にすれば言う事を聞かざるをえないだろう。少女を狙った奴隷商が手を出した、という線も捨てがたいが、月野はまだしもビッキーはそれなりに有名人だ。奴隷としてさらわれた、という可能性は低いが…もしかしたらこの2つの失踪事件はまったく関連が無いという可能性もある。困った事に。
そんな事をエルビーと話していたが、黙って聞いていた鷹司が思い出したかのように口を挟んだ。
「あと、草加も」
「…え?」
「月野だけでねぇ。あと一人、居なくなってんだ」
シンがそばにいて、一緒にいた草加も居なくなった。その事を端的に告げると、考え込むようにエルビーは腕を組んだ。
「彼が…人をさらったと?」
「証拠は無ぇ。だば…状況がな…」
「にわかには信じられませんが、話を聞く限りだと…」
話を信じきれないといった様子のエルビーに猫柳が首をかしげる。
「もしかして、エルビーさんはシンのこと、ご存知なんですか?」
「え、えぇ。あなた方のお宅に居る眼帯奴隷ですよね。一応知っていますが…何故です?」
「いや、奴隷で、しかも眼帯奴隷だというだけで彼は…なんと言うか…生きにくいような生活をしていたように見えたので。それは出会う人がことごとく「眼帯奴隷なんて信用できない」という態度をとる方だったというのもあるのですが、エルビーさんは…その、なんというか…」
「彼らとて、人間ですから。最初から否定するのはどうか、と思っただけです。それにあなた方が懐に入れた存在でしょう?あまり悪く言うのもどうかと…思ったのですが」
眼帯奴隷を信じている、というよりは、シン青年自身を知っている、というように見えた。だがそれをなぜかうまく伝える事が出来ず、エルビーも何故か的確な返事を避けているような雰囲気でうまく言葉にする事が出来ない。
「とりあえずは連絡をまわそう。月野と草加、そしてシンが居なくなった事を屋敷に居る仲間に伝えなくては」
「あ、それで、先ほどうやむやになったのですが、大会のほうはどうですか?」
「大会?…なして今そんな事?」
「月野さんはともかく、草加さんは大会出場者です。まだ資格の腕輪があったなら、大会出場者に犯人が居る事も考えられます」
「そうか。月野と犯人が同じとは限らないというわけだな」
「そうです。何を目的として、彼らがさらわれたのか。真実は違うとしても、まずは可能性をあげるだけでもしておかないと」
「なるほど。昨日は勝ち続けていたが、今日は負が続いて、残りの腕輪は3本…だったはずだ」
「それを彼は所有していましたか?」
「していた。お手伝いさんと奴隷には持たせないほうがいい言われて、草加、俺、そして鷹司が1本ずつもっている」
そういって雨龍は腕章のような布のそれを懐から取り出して掲げて見せた。一応狙われたら困ると思って隠していたのだが、自分達がいくつこれをもっているのか、正確に把握しているほかチームが居たのかもしれない。
月野とビッキーはつながりもあるため、同じ輩にさらわれた可能性は高い。だが、草加は大会出場者という事で、腕輪を所持していた。もしも大会関係者に犯人が居るなら、勝ち進んでいるやつらを調べれば分かるはず。もしそうだとしたら、草加を見つけるのは簡単かもしれない。
何も知らない雨竜達は、状況から最悪を想像する事しか出来なかった。




