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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-47 脅迫

暗い地下。

土の壁に囲まれた部屋で、ひたすら壁を叩き回っていた月野は、疲れを感じて天井にある扉に向かう階段に腰掛けて休んでいた。

この場所自体が広いわけではないのだが、薄暗いこの部屋をビクビクしながら移動していたら思っていた以上に気力と体力を消費してしまったようなのだ。


窓が無い部屋に唯一の出入り口である天井の扉の隙間から橙色の光が降りてきている。

おそらく蝋燭か何かで明かりを取っているのだろう。不規則に揺れる光は、日の光というより、火の光だと判断できた。

はじめのうちは扉が開かないかと押したり引いたりたたいてみたりしてみたのだが、上から「静かにしていろ」とでも言うかのように扉を乱暴にノックし返されてからはそっと耳をつけていた。扉の傍で椅子に座っているのか、時折たったり、座ったりという動くときに生じる音がかすかに聞こえるだけで、あまり詳細が分からない。そのため意を決して薄暗い部屋を調べてみようと思い扉の傍を離れたのだ。

残念な事に上にいるガスパールのところにベナサールが来たのは扉から離れたその後。、扉の傍に居たら聞き取れたかもしれなかったが、彼らが小声でやり取りした事と、暗い部屋の広さを確認しようと不安でドキドキする気持ちを抑えながら動いていたせいで、自分のことでいっぱいいっぱいだった月野は彼らの会話はばっちり聞き逃していた。


「思ったより、広ない部屋やわ。…けど…やっぱ地下…なんかな…?」


室内をぐるりと回ってスタート地点である階段に戻ってきた月野は、歩いた経路を思い返していた。

蝋燭1本あるだけで、十分に照らす事が出来ると思われる広さの室内は、闇のおかげで何処までも続いているかのような錯覚を覚える。

壁伝いに歩いてきたので、別の部屋も、外に出る通路も、窓やドアも無い事を確認したが、見慣れた4角形の部屋ではなく、土壁を掘っただけのような丸みがある壁だった。地面も踏み固められているようだが、綺麗な平らではなく、ちょっとボコボコしている気がする。

此処は砂漠だ、洞窟のようなものを掘れる場所といえばトバルス以外は見当たらない。

貰った屋敷は土をブロック状にしてレンガを作っていたので、こちらもなじみのある四角い部屋だった。この部屋のような荒削りな部屋は、もし平地に作ろうと思うと逆に作るのが面倒そうにも感じる。


「…。…?」

「…何かしら?誰か…来たの?」


1人モンモンと考え込んでいると、頭上で何かが動く気配と人の会話が聞こえてきて、そっと扉に耳を当てるという少し前にもしていた恰好をとる。それにしても薄い板1枚だと思っていたのに、案外とこの扉は防音がしっかりしている…と思ったが、向こう側の人が声量に注意しているだけだな、と思い直した。

暗い室内に唯一の光が漏れて下りてくるくらいの隙間はあったのだ。

セルフ突っ込みを自分の考えに入れながらも、外の様子をうかがうために耳を澄ませた。


「…遅かったな。何か問題でもあったのか?」

「いいや。すぐにでもこっちに連れてこようと思っていたけど、これはこれで有名だからな。人気のない時間を待とうという事になったらしいよ」

「布でくるんで荷物の運搬を装ってくれば時間なんて気にせずに済んだのに」

「君がそれを言うのか?ガスパール。君が連れてくる役だったなら、絶対同じように暗くなるまで待ってい

ると思うよ?」


「…ガスパール…さん…。ほんまに悪い人…やったん…?」


何の話をしているのかはサッパリ分からないが、聞いたことのある声色に、少しだけ安堵してしまうのはいけない事だろうか。自分を攫って連れてきた相手がガスパールだとしても、別に拘束されているわけでは無い現状にあまり危機感を覚えられずにいる。それよりも、話している相手は誰だろうか。男性にも、女性にも聞こえる独特な声色では、誰と会話をしているのかさっぱりとわからない。

僅かな情報も聞き逃すまい、と知らず知らずに気合が入って耳に神経を集中させたとき“ガンガン”と扉が乱暴にノックされた。

ノックというよりは、踵で踏み叩いたといった方が正しいが、姿が見えない月野には分らない。


「きゃ!」


当てていた耳にダイレクトに音が響いて、思わず小さくうめくと、さっと階段を降りて一番下に蹲り、頭を扉から遠ざけて抱える。鈍い痛というより、突然のショックに耐えていると“ギギッ”と独特な音を響かせながら頭上の扉が開かれた。


「…おやおや、階段で待機していたの?もしかしてすきを見て飛び出すつもりだったのかな?」


扉を開けたであろう名前を知らない人物が口を開く。

耳鳴りのような頭痛はすぐに収まり、かけられた声と開かれた扉のおかげで一気に明るくなった辺りに慌てて顔を上げた。


「飛び出す?まさか。彼女はただの幼い娘だ。逃げたいとは思うだろうが、自ら敵地に飛び込んでいくような勇気はないだろう」

「でもさ、追い詰められると何をするかわからないじゃないか。それに幼い子っていうのは危険を感知するのが不得手だからね、無謀にも突っ込んでいったりするかもしれない。それに案外こういうおとなしい子が化けると、怖いものだよ?」

「経験談か?ベナサール」

「…ふふっ。それより、お願い事。また頼むんでしょ?」


冗談を言い合うような軽いテンションで会話をしていたガスパールとベナサールを、怯えた様子で見ていた月野。褒められているのか貶されているのか良く分からないベナサールの言葉にムッと眉を寄せるが、確かにこの人の言う通り。逃げなくてはと思うのに、我武者羅に飛び出す事が出来なくなるくらいには周りが見える大人に近く、帰りたいと思うのに提示された要求を素直に呑めない。かといって誰かを傷つけるなんて「いけないことだ」と言って突っぱねる勇気は自分にはなく。誰かがきっと来てくれる、そんな淡い期待にすがってしまう位には子供のままだ。


扉を開いたベナサールは会話をしながら、軽く扉を押しやって、反対側に倒した。“ガンッ!!”と大きな音を立てて地面に木の板が外れると、ちらりと向けた視線の端に完全に外れた木の板が見えた。普通のドアのように蝶番があるわけでは無く、床のくぼみにはめ込んでいただけの扉だったらしい。大きな音に首をすくめてしまったが、すぐさま視線を会話している2人に移す。

すると、その視線に反応したかのようにベナサールの背後にいたガスパールがそばに寄ってきた。彼の腕には白い布に巻かれた何かが抱かれている。


「先生、俺のお願い、覚えてる?」

「お、お願い?…さっき話した事…よね?ガスパールさん」

「そうだ。魔王退治を手伝ってくれって話。あれの答え、もう出た?」

「…出たも何も、誰かを傷つける薬なんて、作れるわけないわ」

「そう言うと思った。でも、それじゃ困るんだよ」

「だ、だいいち、まだこの辺の植物も全部見切ってへんし、どんな効能があるのかも把握してないんよ?うちも知らん事を聞かれたって困る…」


殺しなんてしたくない。直接手を下すわけではなくても、自分が作った薬が命を奪う事に使われるなんて嫌だ。今このときは自分が此処から逃れる事を一番に考えていた。自分の力は十分ではない。だからこそ、使えないと判断し、見限ってほしい。そしてどうしてもやるというのなら、ほかの誰かを…。

後から思い返してみたら罪悪感で潰れそうになるのだが、自分は関わりたくない、自分ではない誰かを見つけてほしい、そんな思いがあふれてきた。

縋るように言い募る月野を見て、ガスパールは手に抱えていたものから布を取り払った。


「…っ!?…な、なして此処に??」


思わず口を閉ざし、驚愕に瞳が揺れる。彼の腕に抱かれていたのは、自分達が送り届けたはずのビッキーだった。


「知ってる…よな。この子は魔王の娘。そして、おそらく唯一、魔王の瞳を恐れない存在」


抱いているガスパールを父親とでも勘違いしているのだろうか。ビッキーはとても安心した様子でスヤスヤと眠りについていた。いったい彼女をどうしようというのか。今までは既知だったために何処と無く「彼が私を害する事は無いだろう」と思っていたが、幼子を抱えても真剣な顔でにらむ彼の様子に恐怖を覚え、しかしそれを悟られないようにと睨み返した。


「ビッキーちゃん、どうする気?」

「毒薬さ、最初から全部先生に頼もうなんて思っていないんだよ」


ガスパールが何をするか分からない。でも、ビッキーちゃんは守らなきゃ、と考えていた月野の言葉だったが、返された答えには何が言いたいのか良く分からず眉を寄せた。そこで今まで黙っていたベナサールが手にナイフを持って立ち上がり、階段を数歩下りると口を開く。


「有効そうな薬草は集めてあるよ、先生。これでもトバルスに頻繁に足を運んで、色々調べてきたんだ。そんじょそこらで売ってる薬よりは、効果はあると思ってるよ」

「なら、何で全部自分でせんの?うちに頼る必要、無いやんか」

「そこなんだよ。効果はあるはずなのに、なぜかうまくいかない。どうやっても睡眠を促すだけ、にとどまってしまうみたいなんだ」


水汲みの池のほとりにも自生していた、毒のある植物。実際のところ、毒を持つ草花は結構ある。それらを採取し単体で食べると、虫や小動物なら死に至ることが確認できているが、人間ほどの大型動物になると体調を崩す程度で済んでしまう。かといって動物性の毒腺は臭いや色がきつく、一発でばれる。

試行錯誤を繰り返しているのだが、うまくいかず行き詰っている。そんな時に現れたのが色々な薬草をミックスする方法を取る月野だったのだ。


「あれには衝撃だった。薬草を混ぜるという事を試した奴はおそらく居ないだろう。1つの植物に1つの効能。それで十分だったんだ。それを混ぜるとか。…それと、相乗効果…って言ったか?…のおかげで効果が高まるなんて、知らない知識だった。俺達が集めた素材はすべて託す。だから、先生に仕上げを頼みたい」


ベナサールの後に続くように、あと少しなんだ、と語るガスパール。

人を殺す薬を作れという内容でなかったなら、すぐに了承してあげられるのに。

返事が出来ずにいれば、蝋燭の火が揺れる音が耳に響いた。風でも吹いたんだろう。だが、ずっと無言で居る事も出来ない。

少し下に下りてきていたベナサールは、比較的やわらかい表情だったものをいったん落とし、返事をしない月野をにらみつけた。


「もういいんじゃない?ガスパール」

「落ち着け、ベナサール。まだ話の途中だ」

「このままじゃ、こういう平和になれてしまった奴は、返事を絶対に返さない。ガスパール、君は優しすぎるんだ。そんなやわらかい言い方じゃ、逃げ道を完全にふさげないよ?だいいち魔王側の人間かもしれない。もしそうなら、たとえ殺されても協力はしないだろう」


そういってベナサールはナイフを持ち上げる。炎の光を反射してきらめく切っ先は、一度月野に向けられてから、スッとガスパールの腕の中のビッキーに突きつけられた。


「な、何を!」

「あなたが首を縦に振れば、すべてうまくいくんだ。最初から拒否権なんて無いんだよ。…いいかい?これから薬を作ってもらう。そして出来上がったものを魔王側の人間に試す。もし死ななかったら、ビッキーを君の目の前で痛めつける。そうだな、指を1本切り落とす、でどうだい?」

「やめて!…わかった、うち、頑張るから。…お願いやから、ビッキーちゃんは返してあげて!」

「それを決めるのは君じゃない。でも、無傷で帰れるかどうかは君しだいだよ」


月野の願いは簡単に袖にされ、思わず涙が1筋零れ落ちた。

だがようやく帰ってきたいい返事に、満足そうにうなづくベナサールは、まったく気にした様子は無い。

それを見ていたガスパールは、ベナサール同様うれしいはず。しかしまっすぐに月野を見つめたまま、無意識のうちにビッキーを抱く手に力を入れた。


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