03-46 3人目
所変わってマッサージ屋。
「いくらなんでも、ちょっと時間がかかりすぎやしないか?」
「…だな」
「どこまで行っちゃったのかしら?…たぶん部室覗くだけだからそんなに時間かからないって分かってるはず…よね?」
「えぇ、特に何も言わなかったけど、たぶん分かってると思う」
部室の前で話をする雨龍、鷹司、天笠、猫柳の4人。
とりあえず草加とシンが帰ってくるのを待っていたのだが…。いったいあれからどれくらい時間が経過しただろう?完全に夜の暗闇が町を包んでしまった今になっても草加たちは戻ってきていなかった。
「何かあったとしか思えない。…あぁ、月野が居なくなったばかりだったのに、2人だけでフラフラさせるんじゃなかった!」
「でも、サヨと同じく人攫いとは限らないわ。ちょっと散歩が楽しくてついうっかり遠くに足を運んだ結果、迷子になった…とか…」
「迷子だばシンが対応できるべ。あいづはこの町の人間だ。それよりも考えだぐながったが、シンも向こうの人間だ、って可能性もあるぞ」
「向こうの…って事は、誘拐犯側の人間って事!?ちょっと冗談やめてよ。彼、いい子だったじゃないか!僕らの言う事素直に聞いてくれてたし…」
「だがあいづ、拾われて来ただろ。奴隷商を介さずに。シンに掛けた金っはほぼゼロだ。…あぁ、この世界に金は無ぇから…必要経費?入手するための対価?…そんなやつ。…彼も生きてんだ、世話する為の食費はしょうがね出費だが、メンバーの一員サなるまで掛けた手間は無ぇ」
「無料より高い物は無い、と?彼の目的は、俺達のテリトリーに侵入するためだった…かもしれない?」
「あぁ。一番肝心の『近づいた目的』についてはまったぐ分かんねぇし、この予想が正しいかも定かではないが」
シンがいい子だと信じて疑わない天笠と猫柳、そして鷹司の言葉に冷静に反応をして見せた雨龍。問いかけに対して肯定の意味をこめて頷きながら返せば、天笠と猫柳の信頼が揺れ、雨龍の表情が翳った。あの夜の襲撃の時は全力で阻んでくれたし、大会に向けて戦い方を教えてくれた。こちらが何か頼めば、彼は嫌な顔ひとつせずに頷いて動いてくれた。それが全部演技で、本当の目的を欺くためだったとしたら…
「あぁ…やっぱり俺、ちょっと探しに行ってくる」
「落ち着け。下手に動けばば月野や草加のように、攫われっかもしれん」
「じゃあどうするんです!?やっぱりじっとこの場所で待機し続けるなんて…出来ないわ」
今にも飛び出して行きたいのを必死に堪えている様子の天笠が不安の色を隠せずに鷹司に向かって口を開くが、彼も解決策があるわけではない。考えをめぐらせながら眼を伏せると、とたんに泣きそうな顔になった。それを受けて雨龍も悲痛な面持ちで店の前の通りへ顔を向ける。その表情から、彼もまた心配で居てもたっても居られないといった心情が読み取れたが、自分が1人で飛び出すと鷹司たちが心配するだろうし、かといってここに1人も残さないのは万が一草加たちが帰ってきたときに問題が生じる。
不安を抱える相手を慰めようにも自分達も同じような気持ちのため、誰一人として言葉を発する事が出来ない。何も出来ないままでただただ時間が過ぎていく。と、唐突に雨龍が顔を上げて口を開いた。
「…やっぱり、探しに行こう」
「だが、誰が残る?」
「いや。全員で行く」
「全員…3人で動くんですか?でもそれだと草加君達が帰ってきた時が…」
「大丈夫だ。伝言を残す」
「伝言?…あぁ、そうか」
自分で思っていた以上にテンパっていたようで、雨龍の言葉に合点がいった鷹司は「何か書くものを…」とあたりをキョロキョロ見渡した。だが、不安からか頭の回転が鈍くなっている天笠が眉を寄せる。特に何も言わないが、猫柳も同じ状態らしい。
「え?何?…伝言って、誰に残すの?船長?でも、部室を知られたくなくてシン君を連れて行ってもらったのに、彼に頼むのは本末転倒じゃない?」
「ちがうよ。伝言は字にして残す。日本語で書いてな」
「あ、そうか!」
ここまで言って、猫柳も分かったという風に手を叩いた。
この世界の言葉は、船長の力で会話に困る事は無い。だが、文字は別だ。前の世界でもポスターを読めなかった。それはこの世界でも同じ事。…といっても、この砂漠の町に文字は無いらしいのだが。
知らない世界の文字は読めない。という事は、日本語で書かれたものは、この世界の人には読むことが出来ない暗号となるわけで。パッとその場にかがんで石を拾うと天笠はガリガリと地面をかき始めた。それを見て、まるでチョークのようなやわらかい石のようなものを見つけ「これで机代わりの棚の側面にでも書けいいかな?」と思って拾い上げていた鷹司は、無言でそれをそっと隠した。
「探しに行くって書いて残せばいいのね!もし戻ってきたら、この場所に居てって言う?」
「いや、屋敷サ移動してもらった方が良いべ。通りの人気は店のほうが多いが、草加ば仲間の居ら場所サ行かせたほうが安心だ」
「そうだな。あと、もし俺達がいない間に店に戻ってきていたら居場所を把握するためにも『屋敷に向かう』と残しておいてもらおう」
「OK、わかった。伝言残してから行ってね、って書いとくわ」
そんな時、フッと通りを走る人の足音が聞こえてきた。
店の前の通りは、それなりに人が通る比較的大きな道。夜になって肌寒くなってもまだ通行人は途絶えないし、走る人だって当然居る。だが、それは確実にこちらに近づいてきた。
通り過ぎる通行人かもしれないが、地面に字を書いている天笠を見ていた雨龍は、チラリと鷹司を見る。
彼も気付いていたようで軽くうなづいてから店の入り口へ視線を向けた。
丁度そのタイミングで、人が1人、駆け込んでくる。
「すまない、まだ誰か居られるか!?」
「わきゃ!」
「…何その悲鳴」
「た、鷹司先輩つっこまないで!びっくりしたんですよ!!」
「しっ!!ちょっと静かに!」
人の気配にまったく気付いて居なかった天笠が変な声を上げると、思わず鷹司が突っ込む。シリアスがぶち壊しだ、と言いたそうな猫柳がそれを抑え、そのやり取りを苦笑いで見ながらも、雨龍は視線を中を確認する前に声をかけたその人へ移した。警戒して拳を握っていた雨龍だったが、その声に幾分か警戒をゆるめる。
「エルビーさん、何かあったんですか?そんなに急いで」
全力で走ってきたのか、膝に手をついて苦しそうに肩で呼吸をするエルビーは、見た事の無いあせった様子で真剣なまなざしを雨龍に向けた。普段ならば逸らされる視線が、今はしっかりと正面からぶつかる。
「よかった、まだ居てくれて。…あの、こちらにビッキー様は来て居ませんか?」
「え?ビッキーちゃんならお家に送り届けたはずよ?」
エルビーの言葉に、しゃがみこんでいた天笠が立ち上がりながら返事をすると、その表情は驚愕に揺れた。まるで泣き出しそうな、不安そうな顔は一瞬で苦々しいものに変わり、呼吸を整えるために前かがみだった姿勢を伸ばす。
「すいません、その話を詳しくお願いします」
「え?だから、昼間…いえ、昼前に闘技場でビッキーちゃんに会って、その時1人みたいだったからお店に遊びにおいでって言って一緒に此処に来たのよ。でも夜遅くなってきたのに誰もお迎えに来ないから、おうちのお屋敷に送り届けたはず…だけど?」
「屋敷に?」
「えぇ。一度帰ってみたらいいのでは?屋敷を確認しました?」
「今日は…ずっと居ましたよ。今日は屋敷から出ていません」
「え?…それってどういう事?」
ずっと闘技場に居た雨龍と鷹司には分からない事。黙ってエルビーと天笠の会話を聞いていた鷹司が、口を開く。
「まさか…彼女も消えたのか?」
小さな呟きは、静かな店内でやけに大きく響いた気がした。ぽかんとしていた天笠も、鷹司の言葉にハッと息を呑んで、1歩エルビーに近づく。それを見て彼は無言で1度うなづいた。
「…そうです。この時間になってもお姿が見えず、今探していました」
「そんな!でも確かにちゃんと送り届けたはず!」
「失礼ですが、誰と一緒でしたか?」
「送るときは、僕と…」
「私、あとサヨ…えっと、薬草に詳しい小さい子と…」
「ガスパールさんも」
猫柳と天笠が交互に答え、ガスパールの名が出ると表情に怒気の色が強くなった。思わず1歩後ずさってしまった天笠に代わり、雨龍が口を開く。
「彼、何か問題でもあったんですか?いい人に見えましたが…」
「いえ…まだ確かな事は何も。…お手数かけました。では俺はこれで…」
「待て」
聞きたいことは聞いた、とでもいうのか、エルビーはすぐにビッキーを探しに行くために身を翻す。がそれを鷹司が止めた。
「俺達を疑わねぇの?」
「犯人であったなら、この場所に残っては居ないでしょう。ビッキー様はアルトゥーロ様のご息女。下手に手を出せば簡単に死罪になるのですよ?それが分かっていなくとも、探しに来られてしまう店に残っているとは思えません」
「そらそうだわな。信じてもらえてるようで何より。で、探す当てばあんの?」
「…それは」
鷹司の質問には言葉を濁す。おそらく、心当たりの場所は回った後なのだろう。
一度深呼吸してから、冷静に考えてみる。月野が居なくなったのはガスパールが怪しい。草加が帰ってこないのはシンが怪しい。ではビッキーは?
彼女を最後に見たのは、闘技場へ来る前に屋敷に送って行ったという月野、天笠、猫柳の3人。そして屋敷で別れた。その時に居たガスパール。…やっぱこいつ怪しい?
「そういえば、アルトゥーロ…様の屋敷なんて良く知ってたな」
同じように考え込んでいた雨龍がそう口にすると、当時の事を思い出したのか、猫柳と天笠が微笑を浮かべた。
「最初はビッキーちゃんが案内してくれてたんだけど、余計に迷子になっちゃってね」
「それで、ガスパールさんが正しい道を教えてくれて、屋敷まで…」
「待ってください。ガスパールが道案内をしたのですか?」
「そ、そうだ…ですよ?」
猫柳の言葉を途中でぶった切るように言葉をかぶせたエルビー。そしてその言葉に肯定した事で、思いついた事を鷹司が声にする。
「遊びに来ていたビッキーを送っていった。だが、だれも道を知らん。…その屋敷、本当に合ってたのか?」
天笠がまさか、と言いたそうな顔をするが反論するように口を開く。
「でも、屋敷の人をビッキーちゃんは知っているようだったわ。居なくなって探してたっていってたし、送ってきてくれてありがとう、って…」
「演技されてたの?でも…そんなまさか…」
「領主であり、魔王の…絶対権力者の娘。政治的に活用できる」
雨龍が小声でそう言うと鷹司はしっかりとうなづいた。
「その屋敷、案内できますか!?」
エルビーが猫柳と天笠に問いかけるが、2人は困った様子で顔を見合わせる。
「それが…ごめんなさい、最初に迷ってしまったから、いまいち位置が把握出来ないの」
「そう、ですか…。では、我らの屋敷に来てください。送った先が本当に正しかったかだけでも、確認してほしい」
天笠の言葉に落胆した様子を見せたエルビーだったが、すぐに切り替えて頭を下げる。
4人はチラリと仲間内で視線をあわせてからうなづいた。
そして代表して雨龍が答える。
「分かりました。案内してください」




