03-44 盗み聞き
「で、ちゃんと調べてきたんだろう?報告を聞きたいのだが」
「それより説明が先ネ。彼を引き込む為、重要ヨ」
「あぁ?んなもん待たせておけば良いだろうが。メンバーを増やすのは後でも出来るんだよ。だが状況は常に動いてる。いいタイミングを逃したらそれで終わりだぞ」
「その言い分は一理あるネ。でも説明するて約束したヨ。だいいちすぐ済む、それを後回しには出来ないネ!」
「なんだよ、主である俺よりもこの坊主のほうが大切ってか?」
「あるじ?ボスは主と違うネ!気分的には近所のおじちゃん…カ?」
「何故疑問系だ!?」
いつの間にかシンを放置して話を始めたシェイラとモロン。
遊んでいる暇はないのだけれど…と言いかけたが、自分から意識がそれている2人を見てシンは地面に膝をついて低姿勢をとった。
これは奴隷が主にする格好で、自分はランクが下であると明確に表す格好でもあるが、今はそれにならって低姿勢をしているのではなく、地面に生える低い植物に手を伸ばすためだった。
動いたシンに対してモロンがチラリと一瞥したが、特にどうこうするわけではなさそうだと判断した様子。すぐにシェイラとの会話に意識を動かしたようだ。
草加は依然として離れた位置に置かれていて、手を伸ばしても届かない。いまだ眼を覚まさないが、呼吸も脈拍も正常なように見える。
今は目の前で安全を確認できている草加よりも、行方をくらました月野を探すほうが先だ。
シェイラの話も聞きたいが、今シンにかまっている暇が無いのならその時間を有効に活用させてもらわなくては。焦りばかりで先走って、無駄に時間をつぶすよりは今は自分の持てる力をもって行方を捜索しよう。
闘技場で確認した時にはマッサージ屋をまっすぐ目指している月野と、その後ろを追尾するように距離を開けて走るガスパールが確認できていた。移動した時、おそらくマッサージ屋で何かがあったと思われる。
なぜならばそこまでは1本道ではないにせよ、人が結構通る道だったはずだから。攫うにしても、襲うにしても、店の中という人目を遮ることが出来る場所を選ぶだろう。
だとしたら、自分たちが店に到着した時は犯行直後という事になる訳で、隠れるにしても逃げるにしても時間が足りない。月野達はまだこの町の中にいるはずだ。
魂に打ち込まれた種は、すでにこの町を覆うほどには広く地中に広がっていた。いたるところに芽を出していて、すでにこの町は監視下にあるといっても過言ではない。だが、プライベートを侵害するのは…という思いがあってあまりこの植物のパスを積極的に使用したり、情報を集めるためと他者の家を覗いたりすることはしなかった。
だがそれが今裏目に出ているのだとしたら、やっぱり良心は捨て去るべきなのかもしれない。だいいち口外しなければ秘密が漏れることもないのだろうしな。
シン(八月一日)は目を閉じて植物に意識を集中させる。
まずは一度部室の確認をしてみた。
部室の扉の前で、おそらく草加と自分を待っている雨龍たちが見える。会話の内容は「帰ってくるのが遅い」といった内容だ。今はまだちょっと遠くに散歩しに行っている程度の時間だが、これ以上遅くなると本格的に心配させることになるだろうな。
とりあえず安全を確認できたので、本命である月野捜索に切り替える。
自分も走って移動したりして、探し始めるのに時間が少しかかってしまった。なので月野達の移動も落ち着いて、どこかに腰を下ろしていると考えられる。
探す相手は知っている人物で、ガスパールが敵側の人間だとすると彼と月野はおそらく一緒か、近い場所に居るだろう。そして彼はさらわれた月野と違って自由がある程度あるはずだ。彼を探す方が手っ取り早いかもしれない。
そんなことを考えながら、今現の町の中で外を移動している人影を探した。
求める情報を提示すると、それに応えるかのように膨大な情報が脳内に入ってくる。目を閉じた瞼の裏をスクリーンにしているかのように、移動している人物を植物視点で見上げる格好で映像が流れ、切り替わっていく。まるで写真が僅かな時間で切り替わっていくフォトフレームを見ているよう。それなのに一瞬で目当ての人物では無いと把握するために意識を集中させていた。そのせいかこの間わずか数秒であったが、軽く頭痛を覚えた。
「…やはり、もう移動はしていないようだ…」
モロンとシェイラの会話にかき消されるほど小さな声で結果を呟くと、今度は各家庭の敷地内に侵入している植物に眼を切り替える。
こちらも先ほどと同じように、各家庭を見ていく。相手がどれくらい大きなグループかもわからなかったので、条件をつけて絞るのではなく、端から1件ずつしらみつぶしに覗いていった。
そして今自分達が居る場所のほぼ正反対の町の端に近い建物に、怪しいものを発見した。
端にあるという事は、裕福層ではないということの証でもある。それなのに、庭に木材が置いてあるのだ。木材といっても直径20cmほどで長さは100cmちょっと位のものだが、人の手によって切り倒された事は明らかだ。それにこの世界では木材は宝石と並ぶ貴重品。そんなものが庭にごろごろしているのに、こんな端に住居を構えるのはおかしいといえる。
「ここ…か?」
庭の土壁に近い場所に生えていた植物に成長を促す。本来なら直接触れていないと操作は出来ないのだが、魂の種によって広がったこの植物だけは地中でつながっている事もあり遠隔操作が可能だった。
そして建物の近くまで地中の根を這わせてから、怪しまれない位置で地上に芽を出させて伸ばす。こっそり窓と思われる場所に伸ばそうかと考えて、どうせ覗くならこっそりも何も無いな、と思い直すと家の壁である土の中に芽の先端を食い込ませ、そのまま貫通する直前まで成長を続けた。
そして植物が感じている空気の振動で、中に人物が居て会話をしているのだと理解すると、意識をその植物に同化させるように一度深く深呼吸をした。イメージは幽体離脱。自分の耳で聞き、自分の目で見ている感じ。
『魔王を殺す。速やかに』
「!?」
聞こえた会話は物騒なものだった。魔王を殺す、魔王とはだれか。
…いや、こんな事誰だって分かる。魔王といえばこの町では1人しか居ない。
『でも…所業を代行するって、それじゃあ君が今度は恨まれるじゃないか。魔王と違ってガスパール、君には朱眼や特別な力なんて無いんだよ?狙われでもしたら…』
…こっちは誰だろう?聞いたことは無い声だ。だが、ガスパールを名前で呼んでいることから彼の知己であり、親しい人物であるといえるだろう。同じグループだという事は確実だが、結構重要な会話を今していると思われる。ならばこいつも重要な位置に居るのかもしれない。
『掃除をする人間を狙う人間が増えるという事は、この町のルールがおかしいと気付くやつが増えるって事だ。それに、俺ならば話し合いをしようと思ってくれる人間が出るかもしれないだろう?…このチームのメンバーも居るし、八百長だって仕組める』
なるほど。あの制度の事を言っているのか。自分が、八月一日がシンの身体に入ったきっかけでもある、掃除という殺戮の事か。自分は一命を取り留めてからずっとアルトゥーロの傍に居た。彼が何を思ってあの行動を起こしたのか、ある程度知っているつもりだ。
だが、この町の、この世界に住む人間の問題だからこそ、自分には関係ないと思ってきた。
『…もう決めたの?それでいいの?』
心配する相手の声に、さわやかな笑顔で返事を返したガスパール。
盗み聞きするタイミングが遅すぎて、重要な部分を聞き漏らした気がするが、十中八九アルトゥーロが行っている殺戮に反対のメンバーなんだろう。
何故あんな行動に出ているのか、なんとなく察知もしている様子。だけど殺害という方法を選ぶしかないのは、魔王の瞳のせいなんだろう。
会議や討論でもあるように、反対意見が出るのは何も悪い事ばかりではない。
魔王とこのチームが言葉を交わす事が出来たとしたら、この町はさらに発展していく可能性もあるのに。
と、上に伸ばすためにバランスを支えようと地中に伸ばした根が、地下に不思議な空間があるのを察知した。植物の茎や芽の部分ではないために、やや鈍い感覚が伝わるだけだがどうやら中に何かが居る熱を感じる。その調度上の階にガスパールが居る事から、ここが監禁場所である可能性は高い。
シンはスッと意識を自分の身体に戻して、顔を上げた。視線の先ではまだ言い争いをしているシェイラとモロン。そこに割り込むように口を開く。
「戻る。時間、大切。仲間、心配。後で、話」
そういって地面に横たわっている草加に近づくが、やはりシェイラが待ったをかけた。
「待つね!話すぐ終わるヨ。大丈夫、怖くないネ!」
「待った。もう、だいぶ。時間無い。帰る。急いで」
「…彼を巻き込んだのは悪かたヨ。でも…」
「ほかのご主人、心配。彼、心配。帰る、急ぐ。話、聞く。後で」
「心配?まだそんなに遅い時間違うヨ?これくらいなら一人歩きもするネ。彼は男性、心配されるほどヤワ違う思うヨ?」
「消えた。…マスター、1人。探す、皆。今、警戒。遅い、心配」
「何!?誰か居なくなったのか!?」
それまで興味なさ気にシェイラとシンの会話を聞き流していたモロンんだったが、シンが月野が行方不明になった事を言うと顔色を変えて食いついてきた。肩をつかんでゆすられると、その勢いに思わずおされて上半身をのけぞらせるが、肯定の意味をこめてうなづく。
「くそっ…いつの話だ?」
「今日」
「時間帯は!?」
「先ほど」
「…そうか。シェイラ、仕事だ。行動できる仲間を集める、移動するぞ!」
「だから話してあげないと、シン参加できないネ。何も分からない、かわいそうヨ」
「帰ってきたら報告してやれ!今は時間が惜しい」
「あぁ!もう、待つネ!ボス!!…シン、私は行くヨ。話後で聞かせるネ、逃げたら怒るヨ!」
シェイラは呆然と立ち尽くしているシンとさっさと歩き去っていくモロンを交互に見比べて如何しようか考えてから、シンにそう言葉を残して、モロンの後を追いかけるようにして走っていった。
「え、何?…彼らも何か、動いていたのか?」
思わずポツリとつぶやいてから、月野の方へ行くか草加を部室に戻すべきかを考えて、すぐに草加を安全地帯に送り届けようと判断。担ぎ上げようと草加の傍で膝を突いたところで、そばにあったモロンが出てきたドアが静かに開いた。
“ギーッ…”
何製なのか、蝶番が軋む。
シンは完全に背中を向けていた扉へ、ガバッと振り返る。
「…元気そうだな、シン」
明かりの無い暗い室内。そこからかけられた言葉。怪訝そうに眉を寄せると、そこから黒い布をまとった男性が現れた。膝を突いて上半身だけひねって振り返っている体制のまま見上げていたら、小さく笑う気配がする。
「分からないのか?俺だよ」
そういってフードのように頭にかけていた布を方に落とす。
あまり日焼けしていないようで比較的白い肌に、整った容姿を縁取る黒い髪。そして特徴的な『朱色の瞳』。
「あ…ご、主人…」
こちらをまっすぐ見つめる彼。
それにこたえるようにまっすぐ眼を見つめ返しながらそう声を出せば、いつかのようにやわらかく、アルトゥーロは笑った。




