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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-43 夜の顔

薄暗い室内で、明かりをつけずに外を眺める黒い布をかぶった男。

先ほどまでモロンと話をしていたのだが、今は席をはずしていて室内に彼一人。

昼間は暴力的に強い光と熱を振り撒く太陽だが、夜になると僅かな残暑も闇の中に解けていき、開け放った窓からは既に冷気が入り込み始めていた。


「…闇夜、か…一切の光が届かない夜とは…なんと恐ろしい事か…」


窓際に立つ彼には、控えめながらも静かに存在を主張するような月光が降り注いでいるが、ぐるぐると淀む自分の思考を例えるように、ぽつりと言葉を吐き出した。


自分がしたい事と、しなければいけない事が一致しない。

自分の望む未来と、今の自分の行いがかみ合うとは思えない。

それでも『今の自分』を止めることが出来ないのは、自分の手で守れる命がわずかでもあると知っているから。このままではいけないとは思いながらも、足を止める事は出来ないと理解していた。


“…シャリッ…”


何だろう?

物思いにふけっている中で、僅かな物音を聞いて知らない間に下がってしまっていた顔を上げた。布の影で隠れている瞳をさらすようにわずかに布を押し上げて、視界を広げてあたりを見る。自分が立っているのは家の中だが、窓際という事もあり、ちょうど中と外の境界線と言えるだろう。

外を向いていたこともあり、おそらく音は外からしたものを拾ったのだろうと思われる。自慢ではないが腕にはそれなりに自信があり、後ろに誰かが来たとしても気配を察知することが出来るだろうが、『シャリッ』というか『ジャリッ』というか、あの独特なこすれる音は砂を踏んだ時によく聞くものだと覚えがあったからだ。

この家がある場所は町のはずれに近い場所。

塀は高さ200cmほどで、大人の男性の目線をとりあえず遮る程度の高さがあるだけの土壁に過ぎない。強く殴ったり体当たりしたりすれば簡単に崩れるだろうが、それでもパーソナルエリアを守るには必要な壁で、比較的防音率も高かった。あのわずかな音が家の中にいる自分に聞こえたのだとしたら、侵入者かもしれない。

さて、音の発生源はどこだろうか。

この間僅か数秒で、さっと考えをまとめると男は視線を外に集中させてよく見ようと目を細めた。


その時だった。


軽やかな身のこなしでありながら、豪快に、壁を飛び越えた影が1つ。

月の光を反射しているのか、青い光をまとっている髪は銀色に輝き、その顔は何処か明確な目的地があるのか真っ直ぐと前を見据えられていた。塀を飛び越えたというのに何処にも掠らなかったのか、壁を踏む音どころか風をきる音すらさせなかった。無音のままで気が付いた時には、着地のために地面に足をつく。

しかし次の瞬間には強い踏み込みでもう既にその場所に居ない。その間も砂を踏み込む音すらしない。

完全なる無音。

息をするのも忘れてしまったようで、男は姿が完全に見えなくなってから思い出したかのように息を吐き出した。


「…まさか、アレはもしや…」


月の光が辺りを照らしてはいるが、闇が強い夜の中。

その容姿どころか体型すら正確に把握する事は出来なかったが、その動きには見覚えがあり、懐かしさが募った。

僅かな時間考えて、すっと身を翻した。



**********



「ちょっと…シ、シン…あなた、何でそんな…涼しい顔してるの…よ?…」

「大丈夫?姉さん、とりあえず草加さんを預かる」

「だ、だ…め!…彼は人質なんだ…からね!」


草加を抱えたままで走り抜けたシェイラは、民家(…なのかな?正直言ってどんな家が一般的なのか分からないけど)に進入し、玄関なのか裏口なのか分からないが、扉の前で立ち止まるとさすがに草加を地面におろして肩で息をして呼吸を整えようと前かがみになった。

おそらく昔はシンのほうが早かったために全速力でここまで駆け抜けたのだろう。しかも荷物を抱えて、である。後を追いかけていただけだったシンだが、トップスピードは落ちていたが持久力はまだまだ健在だったようで、同じ距離を同じ速度で走ったにもかかわらず、こちらは肩が大きく上下するほど呼吸は乱れていなかった。


それよりも奪われた仲間を取り返さねば、と1歩近づくが、シェイラは草加とシンの間に入って妨害をする。最優先で安全を確保すべきは草加なのだが、シンの実の姉というシェイラも傷つけるにはちょっと抵抗がある。そのため強い態度を出せずにいたが、もし部室の仲間に害が及ぶようならばこちらも対応を考えなければ、と僅かに表情を硬くする。その僅かな表情の変化を感じ取って、シェイラは「もう」と小さく息を吐き出すと腰に手を当てて困ったように笑った。


「大丈夫、心配しないでよ。…怪我させるとか、そういう目的じゃないんだから」

「…本当に?」

「なぁに?私が信用できないって言うの?」

「シェイラ姉さんは信じられる」

「わたし“は”なのね?」

「それよりも、俺をここまで連れてきたのは何でなのかな?話だけならあの場所でも…」


呼吸が落ち着いてきたシェイラと軽口を言い合ってとりあえず場を和ませるが、とりあえず用件を聞いてすぐに戻ろうという気持ちが強く、やや適当な返事を返してしまう。一瞬ムッとしたような表情を見せたが、気にしないでくれるのだろう。肩をすくめて話し出そうと口を開いた。


そのとき、壁のドアがスッと僅かに開く。


「…なんだよ、どこの野良猫が騒いでいるのかと思ったら、うちの飼い猫だったか」


隙間から外を確認したのだろうその人物は、シェイラとシンを見て確認すると扉を大きく開いて自分も1歩外に出た。この厳しい環境では珍しいふくよかな体系と、なんとなく嫌な感じのするニタニタとした笑顔、彼はこの町で比較的有名な奴隷商、モロンだった。

彼に対してニカリと笑う笑顔を向けたシェイラは今までしゃべっていた山の言葉から砂漠の言葉に切り替えて大きく手を振っりながら口をひらいた。


「ボス、私飼い猫だたか?知らなかたヨ?」

「あん?首輪つけてないが俺の命令で動いてるだろ?立派な飼い猫じゃないか」

「飼い猫…シェイラのほうが、言いやすい思うガ、何故飼い猫になたか?」

「…何言ってんだお前。俺の命令で動いてるから、って説明してやっただろうが」

「あ…の。シェイラ、勘違い。たぶん。名前、飼い猫。違う」

「…はぁ?」


モロンに『飼い猫』と呼ばれて名前だと勘違いしたらしいシェイラに、シンが見かねて口を挟めばモロンが『こいつ馬鹿じゃないの』といいたそうな視線でシェイラを射抜いた。だが彼女は彼女でなれているのか、軽快に笑って済ませるだけ。どうやらこれもいつもの事らしく、モロンもそれ以上突っ込まなかった。


「で。どうしたよシェイラ。もう仕事は終わったのか?…ん?お前何持ってきてんだ。もしかして奴隷にするやつ連れてきたのか?」

「違うネ。彼は私の雇い主様よ。今手伝いしてるネ。ご飯おいしい、天国ヨ」

「あぁ、あのマッサージ屋の坊主か。…で、何でこんな所に連れてきた?」

「人質ネ。ちょっとくつろいでもらったら帰る思うヨ。さぁ、お茶出すヨロシ」

「マジで商品に並べるぞ?」

「それは困るネ!シンが怒るヨ。彼怒ると怖いネ。手伝ってほしいから、怒るの駄目ヨ」

「シン?…それはこっちの眼帯奴隷の事か?」


今までどうでも良さ気な感じでシンのことをスルーしていたが、シェイラが話を振ると改めて視線をシンに向ける。そしてなにやら記憶に引っかかるものがあったのか、腕を組んで顎に手を当て、まじまじと観察してから手をたたいた。


「あぁ。あの幼女の連れか。…あぁ、あの女もマッサージ店の関係なのか。この坊主にもそういえば見覚えがあるなぁ」

「その節は。どうも」


初めて会話を交わしたときはかなり好戦的なイメージを受けたモロンだったが、今は…どうだろうか。

あの時は月野を半ば強制的に彼の敷地の中に連れ込もうとした。それを妨害したのもシンだ。だが、女性であるシェイラに乱暴をするような感じでもなく、軽口を言い合える位には気心が知れている様子。まして彼女は山の民。怪しい人物には近づかないだろうと思われる。


彼の本当の姿が見通せずにフッと眉を寄せて眼を細めれば、その表情に何を思ったかモロンが挑戦的な態度で笑って見せた。

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