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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
113/146

03-41 細い路地で

「草加さん!」


目の前で倒れた草加に駆け寄り、地面に倒れこむ前に抱きとめた。そのまま身体の負担にならないようにそっとひざを折ってその場に寝かせると、彼を倒した目の前の人物を睨んだ。


「いきなり、ひどいんじゃない?」

「…」


男である自分の膝を枕代わりにさせるのは、意識があったら決して嬉しい事ではないだろうけれど、地面にそのまま寝かせるよりは幾分かマシだろう。安静にさせてから草加の額に手を当てて、微電流で細胞を活性化させて治癒を促しはじめた。

何度か部室に行っているが、船長からは部室メンバーが特殊な能力を得ている事を聞いてはいない。もしかしたら自分が得たような能力をほかのメンバーも得ているのだろうかと考えてはいたが、それを確認しようとはしていなかった。それでも、大会での戦闘で負けが続いても痣ひとつ作らなかった事から、何らかの理由で防御が高いんだろうと予測していた。怪我が無いならそれに越した事はないのだが、今回攻撃を受けたのは頭だ。見えないところで脳内出血でもしていたら、それこそ命に関わる。

睨みあげた相手はタジタジと数歩後ろに下がったが、逃げ出す事はしなかった。


「ご、ごめん。避けられると思って…」


シンの気迫におされるかのように謝罪を口にしたそれは女性のもの。サッとかぶっていた布を肩に落とすと、そこには今日の昼間に姿をくらましたシェイラが居た。


「彼は俺とは違うんだ。あの速度、しかも初見で対応できるはずが無い。稽古をつけてあげていたのだから、どれくらいの実力があるかくらいわかるはずでしょう?」

「う…」

「まして、戦いが初めてだという事も知っていたはずだ。経験が少ない事も、いざというときに動けないだろうという事も」

「それは…そうだけど、シンがいたし、大丈夫かなぁって…」

「彼が俺の言葉を聞いていた無かったのは気づいたはずだよ?それ以前に、勝手に姿をくらまして俺たちがどれだけ心配して探し回った分かっている?」

「ごめん。ちょっと半強制的にやらなきゃいけない事ができてさ」

「それでも、何かしら痕跡を残す事、あなたなら出来たよね?」

「ご、ごめんって!もう、怒らないでよシン!あなたの怒り方って静かな分余計に怖いんだから」


お互いに滑らかな口調での会話。口から出るのは、本来ならこの場で理解できる人が居るはずの無い、山の言葉。マッサージ屋の面々に世話になるようになってから、お互いに初めてこの言葉で会話をした。いつもはシェイラが山の言葉で声をかけてもシンが反応をしなかったのだ。何処で誰が聞いている川からない、そういうジェスチャーをして返す言葉は砂漠の言葉。だからシェイラもそれにしたがっていた。

だが今回は、この怒りを正確に彼女に伝えるために使い慣れない砂漠の言葉ではいけないだろうと判断んした様子で、静かながらも怒気を含ませた落ち着いた声色で語りかけるように口にしていた。


「うっ…」

「っ!?…主様、平気?」


まだ言いたい事はたくさんあったが、腕の中の草加が小さく唸って身じろいだのに気づき、視線をそちらに落とした。頭を軽く振ってから山の言葉から砂漠の言葉に切り替え、草加に声をかけるとシェイラがあからさまに安堵の息を吐き出す気配がする。シンの視線が外れた事で安心した様子だったが、後で話を聞かせろという意味をこめてもう一度睨んでみたらコクコクと頷いたので、今はよしとしておこう。


「…あ、あれ…」

「主様、気分、悪い?大丈夫?」

「平気。え…シン、君…僕は…」


意識がはっきりしない様子でポツリポツリと言葉をつむぐが、どうやら眠気が襲ってきているようで言葉は意味を成さず、再び眼を閉じてしまった。だがその後に聞こえるのは定期的な呼吸音。ここでハッとしてシンは草加の頭部から手を離した。

微電流の流れがスムーズな事で神経系に異常が無い事が確認できていた。どうやら脳内の出血も無い様子。それでも念のためにとシェイラをにらみながらも『手当て』を続けていた結果、過剰に回復させてしまって疲れが出てしまったのかもしれない。

何事もやりすぎはよくない。大事になる前に草加が唸ってくれたおかげで気づけてよかった。彼の防御の強さがこれ以上の回復を拒んだのかもしれないが、そんな事に気づけるほど彼のことを今は知らない。


「…彼、何か問題でも起きたの?」

「いえ、ただ疲れが出ただけでしょう。明日になれば眼を覚ますはずだよ。…それより、姉さんは何をしていたの?大切な…ってほど重要視していなかったんだろうけど、大会を放り出してまでやらなきゃいけないことだったんでしょう?」

「あ、うん、そうなのよ。シンになら話しても良いわ。でも…ここではだめよ。一緒に来て」

「え?」


再び眼を閉じてしまった草加を見て、シェイラは山の言葉でシンに言った。彼の頭を抱えているような格好のシンの腕をつかんで立たせようとするが、膝を草加に貸しているために促されるままに立つ事は出来ない。

腕は引っ張られたのを振り払わなかったので持ち上げられたまま、怪訝そうな顔をしてシェイラを見上げる。どうしてここでしゃべる事が出来ないのか?この言葉ならたとえ聴かれていても内容を把握される心配は無いだろうに。


「なぜ 此処では…」


疑問を問いかけようと口を開いた時、曲がってきた大きな通りに人の気配が近づいてきたのを感じた。別に新たな敵が出現したわけではない。太陽が落ちたばかりの夕方暗くなったとはいえまだまだ人間の活動時間の範囲内。ただの通行人と思われる。それでも何となく口を閉ざして気配を探ってしまうくらいには今の自分は他人の気配に警戒をしているようだ。それはシェイラも同じだったようで、軽口を叩いたりシンに怒られて縮こまっていた時とは違うキリッとしたその瞳は戦士のものだった。


「シン、思っている以上にこの場所は物騒で、よりも大きな問題を抱えているわ。そして、事を成すために動いている私達の周りには、敵側の人が多すぎる」

「…敵側?私達って…まさか姉さん…」


ここには山の人間はシェイラとシンしか居ない。山の上は狭い世界だ、10数年もその場所で生きていれば、ほぼ全ての人間を把握できる。しかも人数が多いからと山から落とされた人間も、自分達が山で生活していた期間では年寄りが数名。それがずっと生活してきた砂漠の村で見かけないのだから、山の人間は実質2人だけといっても良いだろう。

それなのに、シェイラは『私達の』と複数を表す言葉を使った。

アルトゥーロの屋敷で再会した後はたまにシェイラがやってきて簡単な言葉を交わすだけだった関係だ。その『達』の中にシンが居るとは思えない。という事は、この場所で彼女は仲間を作った事になる。

それは砂漠の民なのか、砂漠に降りてきた山の民なのか。どちらにせよかなりリスクがある行為だろう。真意を測りかねてシンが問いかけようとしたわずかな隙を見て、シェイラはサッと身をかがめてシンの膝の上で眠っていた草加を抱き上げた。軽々とお姫様抱っこで。

意識が無くてよかった…かな。こんな場面で起きていたら、恥ずかしくて落ち着いてなんか居られないだろう。男として。そんな冷静に事を考えかけて、あわてて立ち上がって草加を抱きかかえているシェイラをまっすぐ見た。


「本当にいったい何を…」

「この際だから言わせてもらうわ。自分が思うとおりに行動するとあなたは言ったし、私はそれを容認するつもりだった。けれど、今私達には多くの仲間が必要なの。だからあなたにも手伝ってほしい。…まずは話を聞いて?安心して引き込める相手は、もうシン、あなたしか居ないのよ。…実は、言い出すのを躊躇っていたんだけど、あなたは私の気配に気づいた。だから…やっぱり手を貸してほしいの」


真剣な瞳で見つめ返されてしまい、シンは僅かな時間考えてから小さく息を吐き出した。


「…。…分かった。とりあえず話を聞くよ。でも、それで手伝うかどうかは分からないよ?」

「えぇ、大丈夫。あなたは絶対手伝ってくれるわ」

「…何?その自信」

「だって、あなたは優しい子だもの。それに…」


自信満々で語るシェイラは、笑顔で弟を見つめていたが、サッと身を翻して細い路地の先へと駆け出した。


「人質はとったわ!彼が手伝ってくれるとしたら、あなたも当然付き合うでしょ!?」

「何!?ちょっとシェイラ!冗談はよせ!」


シェイラは草加も巻き込むつもりのようだと今更ながらに気づいた。まずは店に戻って彼を置いて…と一人で今後の行動を考えていた事がすべてパーだ。まだ大人になりきっていないとはいえ、男性を抱えて路地を走る女であるシェイラ。なのにその速度は全然緩まない。


あぁ、部室の仲間が来るまでは騒がず目立たず静かに過ごそうとしていた事があだになったようだ。以前はシェイラより体力も筋力もあったのに、グータラしているあいだにシェイラに追い抜かれていた。

それでも草加を抱えて走る事はシンにも出来るだろうが、荷物を抱えているシェイラに追いつけない事に、今は焦りを覚えた。


相談の内容がどんな事か分からないが、お人よしの部室メンバーなら内容によっては手伝うと言い出しかねないな。




部室がつながったときのために何をして居ればよかったのか。

この世界の、周囲で使われていた砂漠の言葉は必死になって覚えた。おかげで片言でも怪しまれずに会話が出来る。

一番金がめぐる場所を調べた。…まぁ、この世界には金という概念が無かったので早々にあきらめたが。

一番情報が集まる場所を調べた。これは酒場や人が訪れる闘技場、後は店だが、部室メンバーも店を開いた事で人の流れが発生して、メンバーが意図して集めようとすれば、大体の情報が集まるほど人の流れも良いといえる。


だが、部室メンバーの事中心に考えていた。

彼らのことしか考えていなかった。周りを全然見ていなかった。

この世界がどれほど危険で、誰が危なくて、何処が鬼門か調べなかった。

眼に見えている町の情勢とは別に、どのような裏事情があるのかを徹底的に調べなかった。

それが今現在の危機となっているならば…


今更ながら自分の行動の駄目さ加減に内心で深いため息をついた。

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