03-40 また1人、もう1人
ちょっとおかしい一文を発見したので、修正。
内容に変更は無いです。 15/08/06
月野を追いかけるようにすぐ後を追った天笠、猫柳。闘技場でシンに言われてマッサージ屋を目指した鷹司、雨龍、草加。
雨龍達を迎えに行ってから店を目指したはずなのだが、店に着いたタイミングは一緒だった。道中で何かいざこざがあったのかもしれないが、そんな事より月野の安否確認が先、という事で部室を確認。
…しようとして、シンの存在が邪魔であると気づいた。彼が居たら扉を開けることができない。空気を読んだ草加が手をたたいて口を開く。
「み、店の中には居ないみたいだね。僕周りをちょっと見てくるよ。シン君、付き添ってくれないかな?」
「…(コクリ)…」
さすがにシン(八月一日)もこの場で躊躇うのはおかしいと判断。というか「あ、自分が邪魔なんだな」と正確に現状を把握して草加の提案に従った。
とっさにしゃべっていた日本語も、今は抑えていつもどおりに戻っている。鷹司は心中モヤモヤしている様子だが、説明を求めるにしても今はマズイとわきまえてくれている様子。
草加がシンを連れてマッサージ屋を出て行くと、すぐさま天笠が部室のドアへ手をかけた。
「どうだ?」
そう時間を空けずに出てきた天笠に向かって雨龍が問いかける。
「居ないわ。船長も来てないって言ってたし、途中で何かあった…のかしら…」
「だが、ガスパールさんがついていったはずだぞ?」
「『彼女を1人にさせた』」
「…どうした?鷹司」
「シンがいった言葉だ。天笠は…無事。だば“彼女”サ当てはまんのは月野しかいね」
「1人に…させた?…それって、シン君はガスパールさんが怪しいって…思っていたって事?」
天笠の言葉に鷹司は返事を返さずに肩をすくめた。言葉だけ聞くなら、そういう意味に取れるけれど、話を聞いていないから実際はどうなのかわからない。
「話を、聞いてみる必要がありそうだな」
雨龍の言葉にうなづいた後、この後どうするかを話し合った。
ほかのメンバーは屋敷に移動して居るのを知っているが、ここにくるまでに屋敷には寄らなかったので、当然ながらほかのメンバーはこの場には居ない。この自体を報告し、必要とあらば捜索するために動いてもらわなくてはいけない。
「もうちょっと早かったらよかったんだけど…」
「夜に…なるな」
薄暗く張り始めた辺りに気づいてから店の外の空を見上げた。あの暑苦しいまでの太陽は夜の冷気にバトンタッチ、暗くなったら思うように動けなくなるだろう。それに探しに行ったメンバーがまた何か事件に巻き込まれるという二次被害が起こる可能性もある。
とりあえず、屋敷のメンバーに連絡を入れよう。そのために誰かが屋敷まで行かないと行けないのだが、変な事件もあったし1人で行動するのは控えるべき。
部室に居てもらえば安全は確保されるが、シンと草加が帰ってきたときに誰も居ないと問題になるかもしれない。
それに、チラリと部室を覗くだけだ。そんなに時間はかからないと分かっているだろうし、きっとすぐに戻ってくるだろう。というわけで、空気を読んで離れてくれた草加たちが帰ってきてくれるのを待ちながら、今後の対策を話し合う事にした。
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「よし、十分離れたかな…」
草加とともにマッサージ屋から離れたシンは、何度か曲がり角をまがって適度な距離を開けたあとで立ち止まった。先導するように前を歩いていた草加が立ち止まって振り返ったので、従っていたシンも足を止める形になったわけだが。
「大丈夫?無理に歩かせちゃったよね。とりあえず座ろうか」
「…え?」
「『え?』じゃなくて。傷、酷いんだから。…さっきは先頭を走ってたから声かけられなかったんだけど…痛いでしょ?」
「いや、その…」
「あれ、添え木替わりの剣取ってきちゃったの?駄目じゃないか」
「あ…の…」
走る前に治しました。とか言っても良いものだろうか…と考えて、駄目だろうな。と結論。
シン(八月一日)の治癒能力は、細胞を微弱な電流で刺激して、自己治癒能力を高めるというもの。時間が経てば治すことが出来る怪我や病ならば、自分の体力を犠牲にして瞬時に治癒が可能となる。
だが、これは決して魔法ではない。
そのために傷が深ければ傷跡が残るし、重い病だったならば後遺症が残ることもある。治癒を使った後は身体が怠く、かなり疲れるのもその代償だ。
今は急いで骨折と致命傷になりそうな部分だけ手を入れて治した。そのため見た目はまだちょっと痛々しい傷が見えるわけで、シンは黙って草加の言葉に従うべく通路の端によって地面に膝をつく。
「血は…止まってる?傷の具合は…良いのか悪いのかちょっと判断できないけれど、とりあえず失血は防げるから…よしとしようかな」
「大丈夫。痛くない。あまり」
「あはは。大会中は『痛くない』だったけど、今は『あまり、痛くない』になったね。…ってことは、かなり痛いんじゃないの?」
「…(首を横に振る)…」
本当なのか、嘘なのか。草加には判断ができないが、骨が折れる怪我が『あまり痛くない』で済むはずがない。この世界の人は丈夫なのか?痛みに鈍感なのか?と思いながらも、とりあえず解けかけていた包帯を巻きなおしてあげた。その間、シンはそばに生えていた植物をなでるように指を這わせ、視線を伏せている。
それを見た草加は、やっぱり痛いのだろうと考えて、全然時間が経過していないけれどマッサージ屋に戻ろうと決意。
「よし。本当は安静にしていてほしいんだけど、月野先輩を探さないとだけど夜は危険だから、やっぱり一度店に戻ろうか。…ゴメンね、シン君。歩ける?」
店をでてまだ全然時間が経過していないが、部室の中をチラリと確認するくらいであれば今引き返しても問題ないだろう。安静にするにしても、屋敷まで戻ってもらわないといけないわけで。月野失踪で焦る気持ちを懸命にこらえてシンを気遣い、声をかけた。シンは首を縦に振り、草加の言葉に了承を示すと、立ち上がる。
「じゃあ、なるべく傷に障らないように…」
ここまで来たときと同じように、草加が先導して店に戻ろうとしたときだった。
「…っ」
ガバッと勢い良くシンが振り返って後方を見る。1歩前に出して歩き出しかけたが、シンに視線を向けていたためにその動作に気づいた草加は動きを止めた。
「…どうしたの?何かあった?」
「気配…いや、なんでも…」
「え?何か…誰か?…が居るの?」
思わず正直に言いかけて、ごまかそうとするシンの受け答えに思わず声を潜めて、彼が視線を向けているほうを見る。まだ太陽が落ちきっているわけではないが、あたりは暗くなり始め、眼を凝らしても良く見えない。一度チラリとシンの顔を見てみたが、彼はまだまっすぐと通りの向こう、おそらく気配が感じられただろう場所を見ていた。だが、動こうとはしない。
シンは心の中で葛藤していた。
誰かの気配を感じた。というか、植物の情報網で、傍に誰かが居るのは知っていたのが、こちらに何かしてくるような奴では無いと思ったのだ。だから気にせずこの場を去ろうとしたのだが、今になってその存在はこちらへ視線を向けて様子を伺っている。
こちらがお前に気づいたぞ、というアピールをしてみても、それは立ち去ろうとはしない。
何か用件でもあるのだろうか?
「日が落ちてくると暗くなるのが早いね。…僕には良く見えないんだけど、誰かが居るの?」
「…」
なんと答えるべきだろうか。もう居なくなったと嘘をついてこの場を去るか、それとも…。うん、変に首を突っ込んで草加まで何かあっては大変だ。ここは気のせいだったという事にして店に戻ろう。
とシンが考えていると、返事をしない彼をどう思ったのか、草加が不意に歩き出した。シンが視線を向けていた先、気配を感じる道の奥。
あわてて引きとめようと手を伸ばすが、その手が腕をつかむより先に、草加は視界に何かを捕らえた。
「居た!」
「あ、ちょ、まっ…!」
身を乗り出すように前に出た草加にさすがに危機感を覚えたか、傍に居た気配がサッと距離をあけて離れ始めた。そのときにやっと姿を見つけた草加が走り出し追いかけ始める。
負傷が原因で少し動きがぎこちない腕は服の裾すらつかみ損ねてするりと手から抜けていく。シンは急いで草加の背中を追いかけた。
「待って!危険、1人。戻る!一度!」
わずかな差でのスタートダッシュだったが、お互いに運動が得意なせいか、距離が一向に縮まらない。追いつけない間も一生懸命呼びかけるが、色々といっぱいいっぱいだったらしい草加は目の前の存在を追いかけるのに真剣になってしまったようで、聞こえていないのか返事をしない。
前を走る不審な姿は、次第に濃くなる闇にまぎれるかのように薄暗い色の布ですっぽりと全身を包んでいて、まさに「不審者です」って言っているような感じだった。ひらひらと風になびく布の端にあと少しで手が届きそう。スタート時の距離というハンデすら埋める追い上げで、逃げる相手に後一歩まで迫る。
そんな相手は今までずっと直進していたわけだが、次第に縮まる距離に何を思ったか、元からそういう道を通る予定だったのか、サッと細い路地に飛び込んだ。
当然草加も追いかけるために飛び込むが、その後姿にシンが声を上げた。
「だめだ!草加さん、飛び込まないで!」
あれ?そんな綺麗にしゃべれたっけ?…なんてチラリと後ろを一瞥してしまったのがまずかった。
飛び込んだ先の路地には、追いかけていた相手が身を反転させてこちらに正面を向けていた。
ワンテンポ遅れてそれに気づき、急ブレーキをかけつつ思わず眼を見開き「あ!」と声を上げるより早く、目の前の相手の腕が振るわれる。
“ガツンッ!”
とっさに身体が動かなくて受身を取ることもできず、脳天に振り下ろされた腕、そこに握られた鞘に入った剣を見つめてしまって心の内で舌打ちをした。そしてフッと意識が遠のき目の前が暗転。
あぁ、殴られてしまった。シン君は止めようとしてくれていたのに。
気絶って…はじめてかも。こんな感じなんだな…
そんな事を思いつつ、遠くで自分を呼んでいるような気がするシンの声を聞きながら、その場にドサリと倒れこんだ。




