03-38 帰路記録『砂漠04』
裏路地の奴隷の子供たちの前にやってきた月野と草加は、この世界の言語、砂漠の民の言葉を使ってしゃべっていた。一瞬他人の空似カと思って日本語で話しかけてみたら、日本語で返してきてくれたので彼らが部室のメンバーであると確信をする。
布で顔の大部分を隠し、マフラーのように首にも巻いてこの声で自分のことがばれないように工夫する。そのまま仲間との再会に思わずウキウキで話をしてしまった八月一日だったが、人の気配を感じてスッと眼を細めた。
『…なんだお前、客か?』
この世界では珍しい太めの体系は、裕福な生活をしていて十分に食事を得られている事が簡単に予想できる。つながれた奴隷がいる場所に戻ってきて「客か?」と尋ねた彼は奴隷商なのだろう。
…そういえば、アルトゥーロの屋敷でチラリと姿を見た…様な見てないような気もする。
「いいえ。丁度側を通りかかった通行人です」
砂漠の民の言葉にこちらも同じ言語で対応する。
屋敷での生活という下積みがあったおかげでリスニングはある程度自信がある。だが基本無口キャラで生きてきたためスピーキングは心もとない。とっさに口に出る言葉は、再会してから頻繁にやってきてくれるシェイラが教えてくれた『役に立つ10の受け答え』とか『喧嘩になったら効率よく相手を煽る方法』とか、効いていた当時は「使えるのか?この言葉。というか、使い道無いのでは…」なんて思っていたおせっかいな言葉だった。やってきては出どうでもいい事を語ってくれる、暇なのかな?なんて思っていたけど、今は感謝だ。
『なら、とっとと失せろ。見せもんじゃねぇんだよ』
とりあえず言葉は通じている様子。反応も帰ってきたから選んだ言葉はおかしいわけじゃないだろう。だが普通に普通の返事をしたはずなのに、けんか腰なのは…彼の性格か、それとも返事を間違えたか?
様子を見るために今度はちょっと強気に出てみる。確か、喧嘩を売るときの言葉は…
「なら、こんな所に放置せずしかる場所へ連れて行ってあげたら良いのでは?」
そうこれ。
相手の気が短そうでいて、沸点が低そうな(もしくは機嫌が悪そうな)相手を怒らせるには、正論をえらそうに語ってやると効果的、といっていた。それに奴隷商に効果抜群とも言っていたはず。そして相手が普通の人だったら「あぁ、そうだね」位の返事で収まる。なんとも使い勝手がいい言葉だ。
普通の奴隷は生活支援を求めている一般人といっても過言ではない。そのため、それなりに扱いには気をつけないといけないはずだ。こんなに乱暴に扱っていてはそのうちこの町から消されてしまうだろう。しかも子供だ。アルトゥーロだって子供がいた。きっとそれなりに重い処罰が科せられるはず。
『…うるせぇ!今機嫌が悪いんだ、早く消えろ!じゃねぇと一発ぶんなぐるぞ!』
予想通り怒り出した。
よし、言質はとった。これで彼の前から去ることが出来る。
…と、月野と草加を連れて離れようとしたが、奴隷商が地面を鞭で叩いた行動で、奴隷としてつながれていた子供が1人泣き出してしまった。反射的に駆け出そうとした月野、その腕を素早くつかんで止めると、非難するような視線を向けられた。
『なにしはるん!』
「君こそ何をするつもりだ」
わかってる。君は優しい人だ。泣いている子を、ほうっては置けないんだろう。
『泣いてるやん。助けてあげな…』
ほらやっぱり。でもね、この世界ではその優しさは命取りだ。
「助けられるのか?」
『…え?』
一度奴隷に落ちたものは、主の命令に従っていれば生きることができる環境に居心地の良さを覚えるものが多い。一般奴隷は自立支援の仕組みなのだが、当人に自立しようという意思がないと半永久的に放り出すことが出来ない。わざとつらい仕事をさせ続けて自立心を持たせるか、使いつぶす、または大会などに参加させて怪我を負わせて処分しない限り。
「君に、助ける事が出来るのか?」
『なんで?…なに言うてん?』
この世界に日本のような警察は無い。
捨て子や孤児を育てる施設も無い。
一度差し出した救いの手は、その後の振りほどく事はかなわない。
拾った命はその後一生、拾った者の荷物となる。
近い未来にこの世界からいなくなるのだろ?
だったら人間をそばにおいてはいけない。
傷つけてまでも放り出すその覚悟がないうちは、誰かを助けるなんて考えてはいけない。
その後、月野にターゲットを絞ったらしい奴隷賞に賄賂を握らせてその場を辞した。
所有しているもので価値がありそうなもの…と言ったら、眼の中に入っていた青い石なんだけど、価値がいまいちわからない自分がずっと大切に持っていても仕方ない。部室のみんなのために使おうと思っていたし、ここで仲間を助けられるなら安いものだろう。
少し戻った通路で、月野と草加を呼ぶ雨龍の声を聴いた。
あぁ、懐かしい。
彼らには話たいことよりも、聞きたいことの方が多いけれど、駆け寄りたい衝動を一生懸命抑えていた。どうやって正体を明かすべきか決めかねていたのだ。
ジャジャーンと登場するのもなんか違うし、かといって「じゃあどうするんだ?」と聞かれるとかなり困るんだけど。
そういえばこの後水汲みに行くといっていたはず。メンバーで行くのか。水汲みは何度か屋敷でも体験したけど、結構重労働で危険な仕事だった。男性2人は良いとして月野も水汲み…水汲み?
あれ、そういえば水汲みに行く…って言ってたのは聞き間違いじゃないよな。でも荷物が…少なすぎやしないかい?ほかにこの場所には部室メンバーは見当たらないし、おそらく3人で行くつもりなのだろう。
もしかして、日を跨ぐって知らないのか?
正体がどうとか考えている場合ではない。まだ水汲みメンバーが町中にいるうちに、必要な荷物が足りないことを教えてあげないと。夜の砂漠は野宿するには寒すぎる。気温を維持できる設備がないと、風邪をひくだけじゃおさまらないぞ。
彼らがお互いに会話しているすきをついて、八月一日は静かにその場を立ち去り、噂にもなっていたマッサージ屋へまっすぐ目指した。
今の自分がいうよりは、別の仲間に言ってもらった方が素直に聞けるだろう。それに今言って一度帰って用意して、ってなるよりは足りない荷物を教えて持ってきてもらった方が時間がかからないだろうと考えた結果でもある。
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部室、そして船長との初めての接触は扉越しだった。
植物を伸ばして情報を得る能力のおかげでお店の中に別の拠点があると把握していたのもあったが、店に近づくにつれて、引っ張られるような感覚を覚えていた。扉を隠している布の前まで来たら、根拠のない確信が心の中にあった。
やっとたどり着いた。
やっと再会できる。
だが…
懐かしい部室。そのドアは記憶にあるものと変わらない。そっと触れてみたは良いが、開けることができなかった。
何かに妨害されているわけでは無い。心がためらっていたのだ。やっぱり止めておこうか…なんて弱気になった時、そんな心を見透かすかのように扉のノブが回されて、僅かに開いた。
「!!」
慌てて扉から手を放して距離を取ろうとするが、隠れなくては、という気持ちと、もしかしたら気づいてくれるかも、という気持ちが交差して足が動かない。そんな八月一日に、控えめな声がかけられた。
「…もしかして、八月一日アコンか?」
「…。…君は…」
聞き覚えの…あるようでいて、全く耳に馴染みのない声は、そばにいた八月一日でさえ危うく聞き逃すかという小さな声を発した。
誰だ?…と思ってすぐに返事を返してしまう。
「はやり。鍵が強く共鳴していた。そばにいる事はわかっていた。だが…やっと、来てくれたか。あぁ、我の事は覚えて…ないだろうか。我はシステム。この船を動かすもの。そして八月一日、君の魂を引っ張り、再び仲間と引き合わせると約束した相手だ。…忘れてしまったか?」
「あぁ!君か!…覚えてる。忘れてないよ!…そうか。やっと…やっと…」
勘違いでも間違いでもなかった。そのことに感動して言葉が詰まると、僅かに開いた扉の向こうで小さく笑うような気配がした。
「このときがくるのを待っていた。やっと面と向かって話ができる。とりあえず中に…」
「待って。今中に誰かいる?」
「いや、このフロアには誰もいないが…何か?」
というか、フロアって何?園芸部の部室は1階建てだったはずなんだけど?なんて考えながら扉を開こうとした相手に対し、扉を抑えて開けるのを止めた。怪訝そうな声色ながら、八月一日の質問に応じる彼はこれ以上力を加えて扉を開こうとはしない。
心待ちにしていた再会なのに、まだ心の準備ができていなかったようだ。いまさらになって会いに行くのに不安を覚える。そんな不安な気持ちを零しながらも、とりあえず、水汲みにテントが必要だという旨を伝えて、用意していないならもって言ってあげたほうがいいと付け加えた。
「あぁ、そうだったか。情報収集が万全ではなかったな」
「仕方ないよ。まだこの世界に来て…1週間ちょっとでしょ?」
「それはわかるのか?」
「うん。…だって、見た目が変わったからね」
「…どういう事だ?」
彼の質問に、部室が世界につながったとき、姿がこの世界に下りたときの現地の人から園芸部部長である八月一日アコンへと変貌を遂げた事を伝えた。
「しっかり詳細を確認するには姿見の変わりになるものが無かったから、たぶんなんだけど。視界に入る髪の色も白髪から金髪に変わってるし、あったはずの傷痕が消えてるからそうなんだろうな…って」
「…見ても良いか?」
「え…」
「我が、直に確認したい」
「…うん。良いよ」
しばらく考えた後で了承すれば、扉が大きく開かれて、声の主と顔を合わせる事になった。
お互いの瞳に写るのは色違いだが同じ顔。事情を知らないものが見れば、一卵性の双子と思われるだろう。一瞬彼の姿に驚いた八月一日だったが、そういえば自分の姿を使えば良いと言ってあげたんだったと思い出した。
「八月一日。確かに、君だ。我の記憶に刻まれている姿と寸分の狂いも無い」
「そ、そうなの?…でも…うん。確かに俺、こんな顔だった。随分長い時間を別の人として生きてきたから…忘れかけてたなぁ…」
しみじみとつぶやけば彼も少し眉を寄せた。しかし、ここでしんみりしたいわけじゃない。なるべく明るくなるように声色を調節して、そっくりな彼に微笑みかけた。
「とりあえず、俺の合流は少し考える事にする。なんだか…なんて言い出せばいいのか…よくわからなくて。ごめん」
「謝る必要はない。我は、乗組員の言葉に従うだけだ。…だが、こちらと合流しないで大丈夫なのか?姿が変わったのだとしたら…住処とか…」
「あぁ、うん。それは…ちょっと困ってる。君と顔が同じだから、外ふらついてるのをメンバーの誰かに見られたら…そっくりさんで誤魔化せると思う?」
食事の心配はしていない。何処へ行っても食べる事が出来ないからだ。睡眠も取れないからだのため、正直言って拠点は必要ないのだが、この顔のままふらつくのはちょっと問題があるきがしてそう言うと、彼は胸ポケットから分かれる際に彼に残した『鍵』を取り出した。
そしてスッと八月一日に差し出す。
「何?受け取れって事?」
「いいや、君に持っていかれるとちょっと困る。だが、触れてみろ」
「?」のマークを頭上に浮かべながらも手を伸ばして鍵に触れた。すると、身体から何かが抜けていくような不思議な感覚が八月一日を襲う。思わず手を離して彼に視線を向けると、何処となく満足気な顔で笑んでいた。
「何?」
「…見てみろ。変身の完了だ」
そういって部室内に大きな鏡を出現させた彼。突然の魔法に驚くが、それよりもその鏡に映っていた姿にもっと驚いた。
「こ、これは…この人の身体じゃないか!どうやったの!?」
「なるほど、これがこの世界の本来の君の姿なんだな。からくりは簡単だ。魂のみで世界を飛ぶ君と、部室内の君の存在がこの世界の肉体を八月一日の姿に変えた。ここまでは理解していたか?」
「なんとなくね。部室がつながった世界があまり無いから、確信を持って言う事は出来ないけど」
「かまわぬ。…それで、その大きくなった存在の力を少しだけ奪ってみただけだ。なに、魂を削っているわけではないので、死や消滅におびえる必要は無い」
「そうなんだ。…あ、じゃあ、ちょっと手を加えてもらっていいかな?」
「…何?」
「白髪をもっとくすんだ色に、瞳の色をもっと紫寄りにしてほしいんだ。この姿もちょっと…出歩くには人目が気になるんで」
「お安い御用だ」
こうして魔法がかけられた八月一日は、戻ってきた瞳の片方を眼帯で隠して、夜の街に消えていった。
**********
力の使い方を思い出せ。
植物を使って情報を得るのも自分の力。だが、それとは別に得たもうひとつの力で植物を成長させていただろう?
静電気のような微弱な電流、それを使って成長を促し、植物を育てていたのだ。
それを応用してみよう。
動物に使うのは初めてだが、自分の身体で試す事が出来るのはいいチャンスといえるだろう。
折れた骨、ちぎれた肉、飛び散った血…はつなげられないから再び血が作られるのを待つしかないけれど、患部をやや乱暴につかみ、意識を集中させる。
「なした?シン。大丈夫か?」
鷹司が心配そうに声をかけてくれた。
だがそれに答えている時間は無い。
“パチッ…パチパチッ!”
「なっ…!」
傷口から飛ぶ放電の音と光に、驚愕を隠せない鷹司。そんな彼に、痛みを堪える必死な表情を向けた。包帯のしたで傷口がみるみる小さくなっていくのを感じる。だが、本来時間をかけて治るべき傷を細胞の活性化で促進させているに過ぎず、かなり疲れがたまる。最初の被験者が自分でよかった。副作用があると不安だったし。
「傷はすぐに治るよ。大丈夫、俺は大丈夫。それよりも、一人にした彼女が心配だ」
「彼女って…誰?」
「月野さんだよ」
いったい誰が一人になったのか、気づいていないんだろう。それに口調に戸惑っている様子を見せるが、必死な態度の八月一日に今は突っ込んで聞くのはやめようと思っているようだ。ありがとう、空気が読める君が好きだ。
それよりも、ガスパールを調べなかったのは自分の失態だ。
仲間に近づく彼に不審を覚えなかったわけじゃない。だけど、奴隷として傍に行く前からの知り合いのようだったし、彼と仲良くしている仲間の様子から心を許していたのも事実だ。
そして今、月野を追いかけたガスパールが、簡単に追いつけるにもかかわらず、走って彼女に並ぶでもなく一定の距離を保って彼女を追いかけている状況が植物から伝わった。
おそらく視界から外れないくらいは離れていて、それでも追いかけていると思われない適度な距離を保ったまま。
何も無いならそれでいい。
けれど、一度感じた違和感と膨れだした不安は事態を確かめるまでは治まらないだろう。
「マッサージ屋に向かった天笠さんたちを追いかけよう。雨龍さん達は…こっちにいるはず」
植物のおかげでマッピング、周囲把握ができる八月一日は、迷うことなく彼らのいるほうを探し当てると、鷹司が何かを言い返す前に走り出した。
一度チラリと後ろを向けば、彼も一応ついてきてくれている。
あとでちゃんと説明するから。
だから今は、俺を信じて。
アコンと船長を色違いにしたの忘れてた(笑)
なので、一文を変更しました。




