01-04 こいつ動くぞ!
九鬼は自分が見た物が信じられなかった。
目が覚めたら別世界、割れたガラスの隙間から覗く瞳、そして色々あってポロリした人体模型の目、ロッカーの中の棺。連続して起きた不可思議な出来事などか霞んでしまうほどの衝撃といえよう。
ロッカーの中の棺。木製の窓を開けると、そこに居たのは「鷹司」だった。
木製の棺おけ、そしてそれを封印するかのように撒きつけられた鎖は、中央部分にある南京錠で施錠されていた。
「つまり、俺がこの中サ居ると?」
「はい」
「生きてる?それども死んでんの?」
「…うーん…覗き込んでも胸部は良く見えないんで…呼吸してるか分からないけど、パッと見は良い顔して寝てますよ」
「ほう。んだか。なんが…見比べて違ぇどごとがは?」
「違う所…特にコレといって…あ、服装も一緒みたいですね」
「…へば、俺は偽者なんかの?」
「さぁ?…って、何で先輩が偽者なんですか。こっちが偽者かもかもしれないじゃないですか」
そういってロッカーの方を指差す。中身が知り合いと分かったら何故か恐怖が和らいだ。中が分からないっていうのは思いのほか恐怖心を煽られていたようだ。
視線を向けても窓が閉じていた時より全然平気で、窓に顔を近づけて何が見えるかと覗き込む。もともと理科室内が薄暗く、棺の窓も小さいせいで眼で得られる情報は少ないが、見えないという鷹司のために質問にしっかり答えられるようにガッツリ観察した。
鎖の太さは直径1センチくらい。結構ぶっとい。コレはペンチがあっても切れ無そう。南京錠も鎖と同じ鉄製だが、簡単なハートのマークが隅に彫られていた。
死体を封印?脱走防止?…この鎖の必要性はあるのだろうか。
まったく意味分かんない。
「…俺は本物だ。記憶もある。だば、それば証明すら術はねぇ。だべ?…言葉だげで信じてぐれんの?」
「う…信じたい…ですけど…」
「だろ?俺も信じて欲しいばって、偽者の自覚が無ぇだげとがだったら不味いし」
混乱している九鬼と違い、鷹司は冷静だった。もう吃驚するほど。
立場が逆だったら「俺が本物なんです!信じてください!」って泣いて縋ったかもしれないだろうなぁ…と話をしながら想像する九鬼。そしてその時の鷹司はどうするんだろう、と考えながら現実逃避し始めてハッとし、しっかり対応しなくては!と軽く頭を振る。
暫くそんな感じで観察を続け…
「たぶん俺がこの部屋から出らんねぇのは、こいづのせいだろう。どっちが本物か偽者なんかは分かんねぇが、【鷹司ナガレ】どいう人物は1人で良いってごどだべな」
「…それって、どういう事…ですか?」
なんとなく何が言いたいのかは理解していた。それでも質問を言葉にしたのは、別の可能性もあるかもしれないと思ったから。しかし九鬼の想像は裏切られる事無く、察しているだろう彼を見て少し困った笑顔を向けてから、鷹司は静かに口を開いた。
「九鬼。…お前、俺ば殺せる?」
*****
鷹司の言葉は単純明快だった。
同じ人物が2人居るから、何かの力に干渉して出られないのだろう。ならば片方を消せば出られるんじゃないか?というものだ。
即答で「無理です。俺には出来ません」と答えたが、棺が見えないし触れないので自分では片方を消す事は出来ない。動いてる自分は、こっちが本物であると断言できるので、自殺なんてしない。怖いし。
ならば九鬼にどちらかを消してもらうしかない。鷹司は九鬼の判断に従うよ。というか、従うしか解決策無いっぽくね?
…という事らしい。
「…もう、何でこんな事に…。高校生の、しかも親しい後輩に自分の殺人勧めるなんて…先輩のバカー!…この棺、こじ開けられないかなぁ…って無理か。釘深く打ちすぎ!そしてこの鎖も邪魔…もう!死んでるッポイ方のナガレ先輩!聞こえてるなら起きて!!」
「俺ば置いて他んどごサ行っても良いぞ」
「一人じゃ無理!廊下怖い!」
どうしようと悩みながら、棺をロッカーごと揺らして開かないか試しつつブツブツと独り言を呟いていたが、鷹司の突込みには直ぐに反応。こんな事直ぐに結論出せるわけも無くこの状況を乗呪うが、逆の立場だったら鷹司はサクッと自分を手にかける気がする。そう考えれば立場が逆じゃなくて良かったのかもしれない…とモンモンと変な方向に思考がずれて。
「はぁ…全て投げ出して布団の中で丸くなりたい…」
「…」
「時間的にはもう夕方でしょ?…あ、夕飯食べてないや。お腹は…減ってないけど」
「……」
「って、先輩!無視しないで…あれ?何してるんですか?」
九鬼がロッカーの前で大きい独り言を言っている間に、鷹司はその隣の人体模型を弄りまわしていた。
ポロリした眼も回収したようで、バラになったパーツが近くの机の上に山盛りにされている。
「あぁ。暇だったんで、直そうかど思て」
「暇って…俺に重要ミッション押し付けといて。丸投げっすか?」
「仕方ねぇべ?俺サ出来ら事は無ぇんだ。それに…」
「…それに?」
フッと言いよどんで視線を人体模型から九鬼に移した鷹司。それを真っ直ぐ見返して先を促せば、若干困惑している様子で何度か口を開くが、言葉を選んでいるのか声を出すのに時間をかけて。
「なんか…これ、分かる」
「分かる?これ…人体模型?え、何が言いたいのか分かんないです」
「んだな。…えぇっと…」
いったいどうやって説明したものか…と再び考え込みながらも手を黙々と動かし続け。
「さっき、コレ、触った」
「え?…あぁ、はい。人体模型の頭外した時ですね?俺が絶叫上げた時ですね」
「んだ。で、そん時この人体模型が動ぐど分がった」
「動く…って?」
「間接が曲がらってだけだばのぐて、電気流せばランプで血の巡りの再現や、ポンプで呼吸で肺が膨む様子も再現できら。つまり、ロボット?みてぇの」
「え、何それ。動く人体模型?ハイテクでキモ怖!…じゃなくて、触って仕組みが分かったって事ですか?」
「キモコワ…。…あぁ。分がった。触っただけで」
「…え…」
「…」
2人して沈黙し、見詰め合う。言いたい事は分かる。言った事も理解できる。しかし、納得が出来ないといった様子で暫し固まるが、論より証拠!と人体模型を直せば証明できるだろうと再び手を動かし始めた。
いろんな臓器を取り外した内部は、普通の人体模型と違ってパーツがはめ込まれているだけではなく、色々な配線が伸びていた。ロッカーを後回しにした九鬼が見守る中、設計図も無いのに見たばかりの人体模型を直していく。その様子はかなり手馴れていて、初見だなんて信じられないくらいだった。
道具が無いから上手く接続できないとか愚痴りながらもあっという間に組み直しが完成し、ふぅと一息ついて
「できた」
「早かったですね。何か適当に突っ込んでるように見えましたけど」
「まぁの。自分だば何で分かんか疑問…。さて動作確認すっか」
「…やっぱ動かすんですね」
コンセントは直ぐ隣にあった。木造校舎にコンセント…何だかマッチしていない気がするが、そこらへんは気にしない。スイッチがOFFなのを確認してからコンセントをさした瞬間に“パチッ”と音がして1回瞬きをした。
「ひぃぃいい!!!!」
「…おま、ビビリ過ぎ」
真正面から見てしまった九鬼が情けない声を出すのをジト眼で見る鷹司。しかしその後は人体模型には何の動きも無かったので、やっぱりONにしないと動かないよな、とスイッチに指をかけた。