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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-37 そしてまた一人…

どうして怪我を負ったのか。

それは簡単に予想できていた事で、でも実際に起こるなんて真剣に考えていなかった事。


度重なる戦闘、それすべてにおける負けという負傷。

それが蓄積された腕は、当の昔に限界を超えていた。簡単に言えばこれだけ。


それが月野たちが来る直前の試合で爆発してしまったのだ。

痣だけだった身体に傷がつき、血が流れた。

負傷直後あわてて雨龍と草加が医者を探しに駆け回ったが、この大会では傷を負った人物は処分対象になるし、大怪我を怪我を治すという考えが無い。当然医者がいるはずも無く、どうしたものかという時に月野達がやってきたのだ。

はじめはこの悲惨な現場と出血を見て驚き、クラッと来た草加が、後から来た月野や天笠に一応状況を伝えてから場面を見たほうがいいかと思って引き止めたのだが…大丈夫だったようだ。悲惨な状況に心配していた女性陣よりも、猫柳の方が痛ましげに思わず顔をしかめて視線をそらしていた。


「どうだ?鷹司。怪我の状態は」


怪我をした時は慌てていたため、自分たちが処置をするより先に誰か医療の心得がある人を探すことを選択した。しかし散々探し回って得た情報が「医者なんていない」なんてしょうもない事。

今更ではあるが、怪我の具合を見ている鷹司に雨龍が声をかけた。


「…骨をやられてるようだ。これじゃ…」


シンは決して言葉にしないけれど、痛みを強く訴えている様子の右腕。そちらを刺激しないように左肩に手を置いて、身体の様子を調べていた鷹司が言いにくそうに口を開いた。


「すいません。…使い物。ならない」

「そんな事ない!…それに、誰もそんな風に思ってなんか…」


思わず言い返した草加だったが、語尾はだんだんと小さくなってしまった。一番冷静でいるのは当事者であるシンなのかもしれない。怪我をしたら役に立たない。そんな思いで発せられた言葉なのだろう。それを聞いて、悲しそうな、悔しそうな顔をする部室メンバーとは違い、ガスパールは仕方ない、という風に一度小さく息を吐いて口を開いた。


「じゃあ、処分するしかないな」

「処分って!?」


思わず顔を上げて反論する天笠。それを片手をあげる事で制して、再び言葉をつなげる。


「使えない駒は養うだけ無駄だ。先生たちだって余裕のある生活をしているわけじゃないだろう?眼帯奴隷は本来その罪によって処罰されるべきなんだ。今まで生きてこれただけでもこの眼帯奴隷は感謝しないと」

「シン君はええ子や!そんな、勝手な事言わんといて!」


この世界の常識だろうが、部室メンバーにとってはそう簡単に受け入れられそうにない。思わず月野がそう言い返すと、さすがにガスパールもバツが悪そうな顔をして見せた。

だがその顔に気づくことなく、月野はさっと身を翻す。


「うち、すぐ傷に効くクスリ持ってくるわ!気休めかもしれへんけど、無いよりマシや」

「あ、ちょっと月野ちゃん、一人じゃ危険だ。僕も…」

「いや、俺が行く。あんたはココで仲間といてくれ」


使う時がこなければ良いと思いながらも、こんな時のためにクスリを備えていたのだ。さすがに骨折は薬だけではどうにも出来ないが、止血したり、傷を何とか手当する事は出来る。そう思って走り出した月野の後を、猫柳があわてて追いかけようとした。しかしガスパールがそれを言葉でとめてからすぐに追いかけるように走り出すと、半ば茫然とその背中を見送ってしまった。


「…骨折は添え木でもして安静にしておくしか対処のしかたが思いつかないけれど、傷ならサヨの薬で何とかできるかもしれないわね」

「そうだね。幸い折れた骨が突き出したりしていないようだし、縫うような傷は…あるのか無いのかわからないけど…縫合は無理…か。…シン君、痛くない?大丈夫?」


天笠がつぶやくと、猫柳が反応する。そして月野たちを見送った顔を、腕を押さえているシンに視線を戻してからわずかに屈み、心配そうに声をかけた。

痛くないわけが無いだろう。そんな事がわからないわけではないのだが、そう尋ねずにはいられなかったのだ。そして返ってきた返事はなんとなく予想が出来ていた言葉。


「…はい。大丈夫。それより、彼女。ご主人、1人。心配」


大丈夫と言って微笑みながら、一人で走って行った月野を心配する様子を見せたシンに、再び皆が眉を寄せて、痛そうな顔をした。月野はガスパールが追いかけてくれたから大丈夫。そう言いわれながらも、もぞもぞと立ち上がろうとするシンを雨龍が止めると、笑顔は少し心配そうな表情に変わる。

無理してる。無理させている。それを理解している。そしてそれを受け入れているシン。こちらからは「何故言わなかったんだ」と責めることは出来ない。これも主である自分たちの命令で、シンはそれに従ったに過ぎないのだから。

最善を選ぶように考えてきたはずだった。犠牲が少ないように選んだはずだった。その結果が彼の負傷であるならば…。

無言でそれぞれ考えをめぐらせている部室メンバーの面々。だんだんと重くなっていくその空気をとりあえず払拭するかのように、鷹司が顔を上げて天笠を見た。


「…おい、天笠」

「あ、はい。何です?」


名前を呼ばれてハッとした様子で天笠は鷹司に視線を向けた。しっかり眼が合ってから、一度考え込むように鷹司がスッと視線を横にはずす。


「月野、薬草を育ててまで薬ば研究してたな」

「えぇ。してましたよ」

「…部室で?」

「はい。部室で…部室で!!」


月野が薬を揃えようと考えたきっかけが大会に出場する事が決まった時。その頃からあまり部室のあるマッサージ屋に行かなくなった鷹司は、月野が自分たちのために薬の研究をしてくれている事を知っていたが、薬草を栽培しながら…という部分で勝手に「へぇ~、部室に菜園増やしたんだ」と思っていた。その彼女が薬をとりに行く、といって去ったわけだが、目的地は当然部室になるのでは?と思った。だがよくわからないので確証があるわけではない。そのため仲良しで近くにいただろう天笠に確認を取ったら、彼女もハッとした様子であわてて駆け出した。


「そうだったわ!薬も道具も部室の中。皆屋敷に引き上げちゃったんだから、ガスパールさんがいたらどうにも出来ないじゃないの!!」

「あ、ちょっと天笠先輩!」

「今度こそ僕が行く!皆疲れてるだろうし、僕に任せて!」


手を伸ばして走り出しかけた草加を止めたのは猫柳。草加が何かを言い出す前に、走り出した天笠を追いかけて猫柳も走り去ってしまった。


「…とりあえず傷薬だけでも、無いよりはマシ、か。鷹司、シンを頼んでいいか?俺と草加で添え木になりそうな物を探しながら、シェイラの行方も調べてくる」

「あぁ。頼んだ」


とりあえず今は使っていない剣を鞘に納め、添え木の代わりに腕に当てて、布を巻きだした鷹司を後ろから見ながら雨龍が言った。鞘は何かの皮でできているのか、添え木の代わりとして使えそうになかったのだ。少々大きすぎて添え木としては優秀とは言えないが、こちらはないよりはマシ。作業をしている鷹司は振り返らないが、言葉には確かに返事を返したのを確認して、草加と雨龍もその場を離れた。


シェイラも朝仲間を見送ってから戻ってきていない。大会の合間で探し回ったのだが、結局見つけられずじまい。彼女の不在に月野達が気づいていたのかはわからないが、シンの怪我にショックを受けていて、質問を受ける暇も説明する時間もなかった。

何かあったのか、何かに巻き込まれたのか。彼女は強い。おそらく無事でいる可能性が高いが、それならなぜ戻ってこないのか。自分の意思で戻らないことを決めた可能性もあるが、彼女が抜けた穴をシンが埋めていた事で、彼の腕が耐えられなくなって壊れてしまった。うまく負けられるようになった鷹司もその負担を分けようとしたのだが、シン本人の希望と周りからの指摘や視線で、どうしても眼帯奴隷のシンの出場が多くなってしまったのだ。


強いといっても彼女は女性だ。誰かにどこかへ連れ込まれたとしたら、最悪の事態として辱めを受けている可能性もある。心配だとは思うが、彼女が部室メンバーじゃなくてよかったとも思ってしまう鷹司は、小さく息を吐き出した。


「…心配」

「心配?…あぁ。そうさな」


誰のことを言っているのかわからなかったが、シンの呟きに反応した鷹司は、手際よく布を腕に巻き終えて右腕を固定させると改めてシンを見た。何やら考えているような顔で瞳は地面に向けて伏せられているその顔をマジマジと見つめる。

鷹司の視線を感じながらも、シンは何かを探すように視線をサッと動かした。壁際の少し離れたところに、屋敷にも似たようなものがある雑草を見つけると、よっこらしょと立ち上がってそちらに近づく。

そして再びひざを地面について、すぐ行動が出来るような体制のままそっとその茎に触れた。


「何…してんの?」

「…しまった、彼女を1()()にさせた…」


思わず尋ねた鷹司。その返事として帰ってきたのは小さいながらもはっきりとした呟きだった。



**********



急がなくては。

まだ太陽は沈みきっていない明るい道を、ひたすらに走り抜ける月野。不思議に思った通行人が振り返って月野を見るが、そんなのに気づく暇はない。普段運動をあまりしないためにあっという間に息が上がるが、それでも足を止めてはいられない。

苦しい呼吸をごまかす様に腕を振り、マッサージ屋へと駆け込んだ。


「はぁ…はぁ…せや、皆屋敷に戻ったんやったな…。それはいいとして、急がんと…」


誰もいない店内に一瞬ぽかんとしてしまうが、そうだった、皆は風呂で汗を流した後屋敷に移動したんだったと思い出して誰もいない店の中を歩いていく。そして壁にかけられた布の向こう、部室の扉の前に立ち、開く前に少し呼吸を整えようと胸に手を当ててその場でわずかにうつむいたときだった。


“がばっ!”

「ん!?」


後ろから誰かの腕が回されて、口を押さえられる。突然の事であわてていると、首元に強い衝撃を受けた。

『何!?誰!?どうして、こんな…』

何が起こったのか理解出来ずに心の中で疑問が爆発するが、それが声になって出て行く前に意識が落ちる。

そしてクタッと力が抜けるその身体を、後ろにいた人物がそっと抱きかかえた。


「ごめんな、先生。今はオヤスミ」


小さな声でささやかれた言葉。当然それに返事を返す人は居なかった。


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