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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-35 誘拐未遂?

あれ?


視界の端で動いた気がした小さな影。視線を向けた先に延びる細い通路、おそらくT字のようになっている道の突き当たりの通路を何かが通ったようで、それを追うように顔を向けたがそこには何の姿も見えなかった。

いや、大会の参加者と思われる人は大勢居るのだが、動いた影と同じ位のサイズのものは存在していなかったのだ。既に通り過ぎてしまったのか、目の錯覚だったのか。


「どうしたの?サヨちゃん」

「…ううん、なんでも…」


…気のせいかな?

一瞬だけ足を止めてみた月野だったが、舞鶴に問いかけられて首を振った。その後で視線を戻そうとしたとき、1人の男が同じルートを歩いていったので言葉が途中で途切れた。


「あ…」


この大会に出場している人の中では珍しい肥満体系、ゆったりとした歩きながら、威圧を放つその様子は、何回か合ったことがある奴隷商モロンだった。


「あの人は!…確かあの時の奴隷商の人やわ」

「あの時?…って、シン君を見つけたときの?」


じっと1つの方向を見ていた月野の視線の先を追うように、舞鶴たちも通路の先を見ていたようだ。通り過ぎた人物に気づいて思わず走って曲がり角まで近づいた月野。彼女を追っていきながら、奴隷商に出会った時の事の話を聞いていた舞鶴が腕を組んだ。


「あいつも出場者…じゃないよね。腕輪が無いみたいだし、何となく戦えそうじゃないし。観戦しに来たのかな?」


そんなつぶやき似も近い舞鶴の疑問にガスパールが答える。


「そうかもな。あいつが闘技場にまで出てくるのは珍しいけど、奴隷商が会場に来るのは特別珍しいわけじゃない。だって出場者の半数以上は眼帯奴隷だからな」

「そう…なの?」

「一般奴隷なら多少考えてもらえるけれど、眼帯奴隷だと…。怪我したりして使えないと思われた奴隷は売られるし、大会のために臨時で購入した奴隷をまた売ったり、奴隷商にとっても商売のシーズンなんだよ」

「生活支援のシステムなのに?そないな事するん?」

「仕方ないのさ。言って回っても広がらない。眼帯奴隷は犯罪者だから、素直な奴隷がいないっていうのも問題だし、受け入れるほうも「問題を起こすだろうから…」って考えてるところがあるんだよ」

「なるほどな…」

「あ、あの奴隷商、小さい子を追いかけてるみたい?」


背後で話し合う2人の会話を聞きながらもモロンの様子をこっそり伺っていた月野は、小さな影を行き止まりの通路に追い込んでいるらしい光景に小さな声を上げた。そして細い通路にあるさらに細い通路に曲がっていくので、月野があわてて追いかけた。それを舞鶴たちも追いかける。


「ちょっとちょっと、堂々と誘拐とかしちゃって奴隷にするつもり?」

「ま、まさかそんな…そんな酷い事するわけ…」

「いや、わからないヨ。奴隷商は汚いネ。罪もでっち上げる、簡単ヨ」

「シェイラさん…」


助けたほうが良いのだろうか?見た感じ小学生低学年くらいの大きさだ。布をすっぽりかぶっているので顔や性別は確認できない。当たりをキョロキョロと見回してみるが、探している親のような人も見当たらない。そしてさらにこの道、この先が行き止まりという事もあってこっそり覗いている自分たちがいる通路もあわせて人通りが少ない。たまに誰かが通る事があるが、それでもよく見る光景なのだろう。ちらりと視線を向ける事はあっても足を止める人がいなかった。


「ねぇ、このままでええの?」

「…どうするつもりかわからないが、下手に手を出すとこちらに火の粉が飛ぶ。知り合いじゃないなら捨て置いたほうが良い」

「けど…」


ガスパールの非情ともいえる言葉に思わず言葉を返しそうになるが、フッとシン青年を助けた時の事を思い出した。自分達と何ら関係ないこの世界の人たち。わざわざ手を出さなくても、生きていけるかもしれない可能性。逆に、手を出したことで狂わせるかもしれない運命。現に唯一の奴隷であるシンも、自分達に出会わなければ大会に出場しなかっただろうし、攻撃を我慢して腕が痛々しいほどにあざだらけになることもなかったのだ。そして遠くない未来に移動する自分たち。家やある程度の財産は残せても、彼を一人にしてしまう事が確定している未来。

迷惑なことをしているのだろうか。


釈然としないが、ここは見送るべきなのかも知れない。

身を引くシェイラとガスパールに続いて、この場を離れる前にもう一度。明らかに幼い子供に見えるシルエットに悲痛な顔で視線を送れば、偶然にもガバッと顔を上げた子供とばっちり視線が合ってしまった。


「お、おねぇちゃん!」


今にも泣きそうな声でダッとこちらにかけてくる子供。いや、すでに泣いていた。大きな大人に追い詰められて、すでに恐怖がマックス状態だったようだ。知った顔らしい月野のめがけて走り出し、モロンは壁際にいた子供が自分の横を走っていくのを見送った。

…あれ?だがマテ?聞いたことがある声だぞ?


「あれぇ!?もしかしてあの子、ビッキーちゃんじゃないの?」

「はっ!そうや。確かにビッキーちゃんやね。なしてこないな場所に!?」


泣きながらの声に判断がワンテンポ遅れるが、ここはさすがチャラ男の舞鶴。すぐにその子が女児で何処の誰だか気づいて驚いた声を上げた。

そうこうしているうちに月野までたどり着いたビッキーは、ガシッと月野にしがみついてワンワンと泣いている。


「よしよし、いい子やね。もう大丈夫よ」


さっきまでは非情にも見捨てようとしていたのだけれど、知り合いとわかったらそうも行かない。相手も保護者が現れた事で無理に捕らえようとは市内だろう。そんな事を考えながら、よいしょっと月野がビッキーを抱き上げて通路の先に視線を向ければ、その場にまだモロンは立っていた。

反対側は行き止まりなのだから立ち去る事は出来ないのだろうが、彼は何も言わない。何か言った方がいいのか?と思ってちらりと隣にいた舞鶴を見るが、彼は怒ったような表情でモロンをにらんでいるだけだった。先ほどと立場が逆転、今度はモロンが追い詰められている構図だ。


「行くヨ。長居は無用ネ」


暫くの間の睨み合い。

沈黙を破ったのはシェイラで、モロンのことは完全無視して月野の服を引っ張った。それに反発なんてしようとも思わず、ひかれる力に従って身をひるがえす。

それに従うように、舞鶴もフイッと顔を背けて月野達を追った。


その様子を見ていたモロンは、いまだ何も言わない。ただ無言でじっと見ているだけ。

若干不気味さを感じながらも、その場から逃げるようにその場を去った。



**********



「なんなのさあれは!?こんな小さな子も堂々とかっさらうなんて、この町どうかしてるよ!?」

「どうかしてるって言われても…ここしか知らないからなぁ」

「ガスパールさん、子供は宝だよ!?安全かつ安心して暮らせるようにしないと!」

「しないと!…って言われても、俺そこまで権力あるわけじゃないし」

「そういえば、ビッキーちゃんはアルトゥーロ様の娘さんやろ?一番権力がある人の子供やんか。なのに勝手にさらったら、誘拐になってしまうんとちゃう?」

「…そうだよ!これは事件だよ!警察…は無い?ならどっか警備隊とか屋敷の人とかに報告しなきゃ!」

「熱心だな、お前ら」

「誰かがやるって思ってたらあかんって学んだばかりや。舞鶴先輩、お店の皆には悪いけど、アルトゥーロさんの屋敷寄ってから戻る?」

「うーん、正直彼に会いたくないけど…ビッキーちゃん送り届けるついでに屋敷に行って…」

「やだやだ!おうち誰もいないの!寂しいのぉ!!」


大分落ち着いて来たビッキーだが、まだ完全に泣き止んだわけでは無く月野の服にしがみついてまだ静かに泣いていた。屋敷に送り届けようと話をしていると、思わず声を出して拒絶を示す。


「おうち、誰もおらんの?じゃあ…せやな。お店で預かっておこうか?」

「うーん、今一人にするのかわいそうだし、最近頻繁にマッサージ屋に来てたから、ビッキーちゃんがいないってわかったら屋敷の人も探しに来る…かな?」


とりあえずビッキーを連れてお店に戻ることにした。歩きながら「何故こんなところに一人でいるのか?」と聞いてみると、月野と一緒に学んだ薬草で、お父さんの傷を治すんだ!と元気な返事が返ってきた。手にはちょっとグチャッとしてしまった薬草が数枚。父親のために持ってきたらしかった。

という事は、闘技場にアルトゥーロもいたのかもしれないが、今更戻る時間はない。


「本当は戻って探してあげたいんやけど…。ごめんな、うちらと一緒にお店でいい子にできる?」

「うん!またいっぱいお薬教えてね!」

「うん、ええよ」


とりあえず何とか泣き止んだビッキー一同はホッと胸をなでおろした。


「じゃあ、私ここまでネ。その子しっかりおもりするヨロシ!あと夕飯期待『大』ヨ。ヨロシクネ!」

「あ、シェイラさんおおきに。夕飯のことは、しっかり伝えとくわ」

「皆にも頑張ってって伝えといてね。シェイラちゃん」

「任せるねネ!」


闘技場の外に出たところでシェイラは立ち止まって月野達を見送った。暫くはそのまま手を振っていたが、姿が見えなくなるとキッと視線を鋭くしてくるりと振り返る。そして歩いてきた道を足早に戻って行った。

目指す先は先ほどの行き止まりの通路。

少し前から気配を殺して静かに近づくと、まだモロンは立ち去っていない様子だった。


「…ん?誰か一緒に…」


ぎりぎりまで近づいて通路の中をうかがうと、モロンの正面に、こちらに背を向けるようにもう1人誰かがが立っている。さすがに会話の声は意識して小さくしているのだろう。何を言っているのかさっぱりわからない。しょうがないのでビジュアルの観察。

黒い布を頭からかぶって、おそらく顔も隠しているのだろう。伸びる手足で性別は男…と観察していると、何の前触れも無くその人物が振り返った。

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