03-34 不手際による蓄積
右から攻撃が来る。相手は左手で武器を持っている。…左利きは珍しくないのか…じゃなくて。
後ろに飛びのいて逃げるか、相手の懐に入って次の攻撃につなげるか、考えられる時間はほんのわずか。こういう時に体を動かすのは、考えた結果脳から与えられた指令ではなくて、何回も繰り返し、身体に刻まれた記憶。そして深く考える前に、経験に従って身体が勝手に1歩を踏み出す。
結果、武器を持っていた相手の手首に自分の手を当てて攻撃の軌道をそらしながらガシリとつかむ。そのまま攻撃の突進力を利用して、軽くひねってあげれば、ほら簡単に吹っ飛んで…
「…あ」
違う、違う!こうじゃない。このままでは相手に勝利してしまう。思いのほかうまく力を移動させることができて、放り投げた相手はきれいに放物線を描いて飛んでいった。「あ!」という顔をしながら視線で追えば、その体が地面に落ちてバウンドする様子が何故かまるでスローモーションのように見えた。
地面に突っ伏している対戦相手。相手が動いたらこちらも行動にすぐ移れるように、腰を落として相手を観察。何がいけなかった?はやり考えるより先に体が動いてしまったところか。こうなったら1発2発は殴られるの覚悟で…って、立て。立ってくれ。これ以上勝利を重ねるわけには…
「…参った!負けを宣言する!」
なかなか起きないな、と思ったらどうやら気絶してしまっていたらしい。
相手の仲間が確認して敗北宣言をした。
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「…」
「お、お疲れ、鷹司」
「…あぁ」
「ナガレ先輩、ナイスファイトでしたよ」
「駄目だべそれ…」
2日目が始まって既に3戦を終えていた。戦い方はそのつど、総当りだったり、勝ち抜きだったりするのだが、負ける気がさらさらないシェイラ、何もせずに相手の心を折ってしまう雨龍、負けようと意識しているのになかなか思うとおりに身体が動かない鷹司の3人で勝ち点を稼いでしまい、結果今日も無敗だった。
1度負ければ出場権をなくすと思っていたのだが、思い出したかのように補足されたガスパールの
『今まで危なげなく勝ってるから心配ないと思うが、1回2回負けたくらいで諦めんなよ?奪った腕輪も使えるんだから、今まで奪った腕輪が全部なくならない限りは予選参加者のままだからな。残りの試合もがんばれ。なぁに大丈夫さ、このまま行けばあっという間に予選通過出来そうだからよ』
という説明で愕然とした。
初戦で負けるのが一番楽だったわけだ。訓練に力を入れすぎたのか?自分の力を正確に理解していなかったのか?いったい何がまずかったのか。むしろ何もしないほうがよかったのかもしれない。一度フルボッコにされるだけで済んだだろう。いや、今からでも遅くは無い。負ける練習を…と考えた鷹司は視線をシン青年に向けた。
すべての試合で負けを取っている草加とシン。草加は防御力アップのおかげで意識すれば簡単に負傷できない身体のため、服はボロボロだが怪我らしい怪我はしていなかった。
だが、シンは違う。
普通の肉体でありながら「負ける」というチーム目標のために実力を出さずに敵チームの攻撃を受け続けている。急所への一打は避けているが、ガードに使っている両腕は痣だらけで見ていてかなり痛々しい。
今は早朝にやってきた月野が傷に効く薬を塗って、試合に出て解けかけた包帯を巻きなおしていた。
「はい。これで大丈夫や。あまり無茶せんでほしいけど…これもお願いしたのウチらやしな…ごめんな、痛いやろ?」
「大丈夫。痛くない。血。流れてない」
「うん…早よ終わるとええな」
「あの…。…人多いチーム。総当たり。俺が出る。多く。負ける。確定(人数が多いチームと総当たり戦を選んで、俺が数回出れば、それだけで負けが確定するけど)」
「でもそれだと、シン君がもっと痛い思いしちゃうんじゃない?」
本来ならば奴隷が主に物申す事はないのだが、どうしても負けられないと頭を抱える主のために「こんな案もあるよ」と少し迷った様子を見せてから口を開いた。今までは総当たり戦でも勝ち抜き戦でも大丈夫なように、ある程度人数が近いチームとばかり戦っていた。対戦相手を自分たちで選べるっていうのもおかしな話だが、こちらにとっては好都合。ただ、相手がこちらより人数が多かった時でも、雨龍がいるおかげか、シェイラの圧倒的な強さのせいか、比較的早い段階で相手チームの心が折れている様子。
だが2日目になってからは本気で勝ち抜きたいチームばかりが残っていて、部室メンバーの無敗記録にビビッてしまうチームも多くなった一方で、鷹司が意図的に負けようとして軽傷で負けられそうなチームも減ってきていた。要するに、強豪が残っているのだ。
それでも戦わなくてはいけないのだが、シンの体は1戦1戦では微々たる傷も、大分蓄積されているように感じる。両腕の包帯を心配そうに見ながら舞鶴がそう言えば、シンは笑って首を振った。
「痛くない」
嘘つけ。
いつも通り柔らかく笑うシンの腕を舞鶴がつついてみるが、彼は顔色一つ変えない。嘘も上手ならば、嘘を本当に思わせるのも上手だ。
とりあえず先ほど4勝目をあげてしまった。これ以上は本気でどうにかしないと、と考えて鷹司は日程を整理しようとガスパールに視線を向けた。
「ガスパール、予選って大体何日間だ?」
「何日?そうだなぁ…去年は1か月くらいやってたぞ?」
「は?去年は?」
「おう。一昨年は半月くらいだったけどな」
「なしてそんな…あやふや?」
鷹司の問いに、ガスパールは後頭部をかきながら苦笑いを浮かべた。
「一応上位20チームって言ってるけど、どうやって20チームが選ばれるかっていうと勝ち抜いた20チームってことなんだよ」
「へば…予選で20チームに絞られるまで、続くと?」
「そういう事だな」
その言葉にバッと闘技場内へ顔を向けた鷹司。そのままさっと視線を動かして大雑把に勝ち残っているチームを数えた。…目測だが50はかたい。これなら…
「まだ、だ。…まだ間に合う。…シン、動きの確認サ付き合え」
「了解」
躊躇うそぶりを見せることもない。主の声にすぐさま頷いたシンは、鷹司と少しみんなから離れて壁に近づき、ほかの人の迷惑にならないあたりで再び『負けるための』動きの確認をし始めた。それを見ていた月野がふぅと小さくため息を吐き出した。
「…なんか、勝てる力があるんに負けなきゃいけないなんて、勿体ないな」
「そうだね。でも、そうしないと余計な問題抱えることになりかねないし」
月野の呟きに答えながら、舞鶴は今朝持ってきたバスケットを開けて荷物をしまい始めた。
今日2人は大会出場メンバーのために朝食を差し入れしたのだ。夕飯はシェイラの伝言で必要ないとわかっていたが、朝食はどうなるかわからなかったので念のため、それに様子がわからなかったので状況確認と情報交換という意味もかねて顔を出した。
大会の会場では大盤振る舞いされた夕食(勝ち残っているチーム限定)の残りが朝食となっているらしく、朝から脂っこくて分厚い肉なんて食えるか!と思っていたところでの差し入れだったのでかなり助かった。
「さてと、そろそろ戻ってお店の方に行かないと」
「せやね。準備を全部みんなに任せてきてしもたし。急いで帰らな」
「あぁ、そうだったな。それにしても、マッサージ屋は闘技場から遠いから集客は望めないかと思ったが、思わぬところでいい評判が役に立っているようだ」
「役立つどころじゃないよタクミン。大会で人数が3人抜けただけでテンテコマイだよ!…うぅ、猫の手も借りたい…」
「すいません、しかも運動部でマッサージの施術担当が2人も抜けちゃったわけですしね…」
「あ、謝らんといて草加君。仕方ない事やん?うちらの方は大丈夫、残った人で何とかする。せやから、大会は皆に任せたよ?何とかなるって信じてるさかい、うちらの方も心配せんで大丈夫や」
お互いにお互いが心配。
でも仲間だから。信じてる。
そんなやり取りにホンワカしていると、今まで試合を見ていたシェイラが振り返った。
「そんな忙しいカ?ならお手伝い雇えばいいネ」
「お手伝い?」
「私みたいな人の事ヨ。屋敷で使用人とするなら、奴隷が一番、それは仕方ないネ。使い捨てできる駒、便利ヨ」
「使い捨てって、僕たちそんなつもりでシン君を雇ったわけじゃないですけど」
「それは見ててわかるネ。でもそういう人ばかりじゃ無いヨ。これしょうがない事。…おっと、話ズレたカ。屋敷に入れるのは奴隷、仕事場に入れるのはお手伝い、大体こんな感じヨ?」
「仕事場にお手伝い?…アルバイトみたいな感じなのかな?」
舞鶴の言葉にあぁ、と声を出す部室メンバーたち。何だそれは?という顔をしながらも、シェイラはお手伝いと奴隷の違いについて簡単に説明した。
メリットとしては、奴隷を持っているとある程度待遇を得られる。場所代金が安かったり、買い物でもちょっと安くしてもらえたり。生活支援している人、という事で世間体は良い。だが、奴隷は見た目が悪いと考える人も多い。
普通の奴隷であれば服などで焼印を隠してしまえば一般人と同じだが、眼帯奴隷はそうもいかない。前科もちは嫌厭されがち。しかも普通の奴隷よりも実際のところ眼帯奴隷の方が人口が多い。みんなこの場所で生きるために盗みを働いたりして眼帯奴隷になってしまうのだ。屋敷での防犯であれば鎖でつないで置いておけるので一般奴隷よりも眼帯奴隷は重宝するのだが。
そういう奴隷が店にいると、お客は何となく入りたくなくなる。
そのため、防犯で奴隷、仕事で手伝いの一般人を雇い入れるのが常識となっているのだ。
「へぇ…そうなんだ。で、そのお手伝いさんってどうやって募集するの?」
「それは知らんヨ。そこのあんちゃんに聞くネ」
給与等はどうするのか、労働時間は基本どれくらいなのか、わからないことは多いが今の時期は忙しいため魅力的に聞こえる。お手伝いさんのことを考えて舞鶴はさらに情報を求めたが、シェイラは知らんとあっさり告げて、続きをガスパールに聞けと押し付けてしまった。
「教えてもいいけど…とりあえず行くか?そろそろ帰らないとなんだろ?」
「あぁ、そうだね。じゃあタクミン、お手伝いさんの件はこっちでも皆と話して考えてみる。今日は帰ってくるの?」
「帰りたい。風呂、入りたい…」
「昨晩は身体を拭くくらいしか出来ませんでしたしね」
「帰るカ?それは危険ヨ。闇討ちされるヨ」
「そんなことする奴が本当に…」
「いるよ?」
「いるんですか!?」
シェイラったらまた冗談を…と笑い飛ばそうとした草加だったが、ガスパールが肯定したために驚いて質問を投げ返してしまった。
「どうしても勝ちたい奴は外で出場者を狙ったりもする。本当はルール違反だが、そこまで見てるやつ居ないしなぁ。だから屋敷に戻るなら気を付けろよ?…何なら護衛してやろうか?」
「いえ、もうちょっと考えてから決めます。ありがとうございました」
闇討ち…そこで腕輪を全部奪われたら、あっさり予選落ちできるんじゃ…なんて考えた草加は慌てて考えを振り払い、心配してくれるガスパールにお礼を述べた。
**********
「やっぱ、差し入れもってきてよかったわ」
「そうだね。それにしても日程やプログラムが組まれてないなんて、この大会大雑把すぎだよ」
「プログラム…?いや、毎年こんな感じだぞ?」
闘技場の戦闘スペースを離れて、店へ向かう月野と舞鶴。それを一応道案内と護衛としてついてきたガスパールも後に続いていた。と、後ろからパタパタと走ってくる足音が聞こえる。まぁ、闘技場という特殊な場所のため、走り回る人も珍しくはないので意識していなかったのだが、それが自分たちに声をかけたので足を止めた。
「みんナ!」
「シェイラさん?」
「どないしたん?何かあった?」
「違うよ。大会の仲間は今忙しいネ。心にゆとりがある私が、お見送りヨ」
「あぁ、お見送りか。でも…一人で大丈夫か?」
「大丈夫ネ。私は強いヨ、襲ってきたら、返り討ちネ」
ガスパールはシェイラが女性という事を知っていたので心配してみたが、いらぬ気遣いだったようだ。最初は身体を布で覆って正体を隠していたが、勝ち進むうちにちらほらとシェイラが女性ではないか?という話が飛び交ってきていた。まだ噂の段階なのは、高めの声しか確認していないからだろう。
男性でも声が異様に高い人はいるものだし。
「それと、今日の夕飯は肉が良いヨ。体動かして疲れたネ。我、肉ヲ所望ス」
「うふふ。わかったわ。ホクトちゃんに言っておくな?たぶん用意してくれると思うわ」
ただの見送りじゃなかった。しっかり自分の要望を言う彼女は清々しさを覚えて大変好ましい。
笑いあいながら闘技場を出ようとしたとき、ふと小さな影が月野の視界の端を横切ったのが見えた。




