03-32 初日
大会のせいでざわつく闘技場の会場内。
本番前に下見もかねて闘技場を訪れたときは、これほどまでに熱気に包まれていたと記憶していない。
入退場で列を作るとか、観客席での観戦マナーを注意するとか、そういったことをする運営委員のようなものは存在せず、リングと客席の区別も曖昧だ。そして目の前の闘技場で繰り広げられる戦いに触発された血気盛んな人たちが、いたるところで暴動まがいの問題を起こしていた。
しかし、それを注意する人は居ない。
周りに居た人も止めるどころか掛け声をかけて、煽る始末だ。
雨龍たち出場メンバーはそんな喧騒の中をなるべく目立たないようにして歩いていた。
「…すさまじいな」
「そうですね、雨龍さ…わっ、いきなり立ち止まらないでください」
「草加、お前は俺の後ろで何をしているんだ?」
「え?僕?わからないですか?隠れてるんですよ」
「…そ、そうか」
何馬鹿な事を…と思うが、隠れたくなってしまう気持ちはわからないでもない。周りの参加者を見ても、身長が低めな草加はこの雰囲気に圧倒されてビビッてしまったようだ。
だが、それよりも。
「ねぇ雨龍さん」
「なんだ?草加」
「やっぱ、男性ばかりですね」
「…そうだな」
「大丈夫なんでしょうか?シェイラさん」
「…どう、だろうか?」
周りを見渡すとほぼすべての参加者(と思われる人)は男性だった。力を競う大会なんだから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど。もともとあまり男女差別の意識が無かった部室メンバーは、シェイラが立候補したことになんら疑問を持たなかったのだ。それにこの世界は男性優位社会ということも忘れていた。
「ほかの出場者なんて、気にする必要ないヨ。皆は自分のこと、考えてれば良いネ。ほら、会場まであと少しヨ」
「シェイラさん、でも周り男性ばかりですよ?大丈夫なんですか?」
「なんネ?私が負ける思うカ?」
「いや、そう言いたい訳では無いが…。シェイラさん、あなたは確かに強い。だがしかし、やはり性別による基礎パワーの差というものがあって…」
「心配するは、私に1度でも勝ってからにするネ。私強い、知ってるだショ?」
「だしょ、って…はい。知ってますけど、でも…」
確かに彼女は強かった。単純に腕力があるとか、そういうわけではない。だが、素早い身のこなしや、力をいなして反動を利用するカウンター技がさえていた。
最初のうちは当然そんなこと知らないため“女性だから…”なんてなめてかかったら、あっという間に地面とキスする羽目になったほど。おそらくすでに、匂いをかいだだけでどこの土だかわかるだろう。
…いや、嘘ついた。土の匂いなんてどこも同じにしか感じない。
戦いの訓練中に、身体の動きや、攻撃に対する対処法などを観察するためにシェイラとシンの組み手をよく見せてもらった。もともと遠慮がないシェイラよりも、奴隷であるシンがちゃんと力を実力を発揮できるかと心配もしたが
『全力をだせるか?』という問いには『彼女。主。違う。全力、勿論。勝つ、当然(彼女は主ではない。勿論全力を出すし、当然勝つつもりだ)』という勝利宣言をもらった。
それでも女性であるということで手加減をして…いたのかどうだか動きが凄すぎてよく分からなかったが、戦いの様子を長く観察できるように、お互いに大技は避けて初心者でも真似できそうな動き主に、長時間大きな動きでわかりやすく戦ってくれた。ちなみに真似してみたらかなり疲れた。こまごまと長時間動くのは大変だ。これを簡単にこなすシェイラとシンはどれほど体力があるというのか。
それにこの2人、息がぴったりでまるで踊っているようだった。
しかしそれでも、いつも最後はシェイラが吹っ飛ばされて終わる。これも威力を抑えているのか彼女の受け方がうまいのか、シェイラは綺麗に着地していて、今までの訓練で怪我は無い。
そして悔しそうに何やら喚くことから彼女の負けが続いているようなのだが、ひとしきり悔しがったあとでシェイラが再びシンに突進してくというエンドレスが続く。
無限ループって怖くね?
「気を引き締めろ。そろそろ会場入りだぞ」
戦い方を思い出すように回想していた草加だったが、黙っていた鷹司が口を開いて発言した言葉に草加は自分の頬をパチンと叩いた。
出場エントリーは済ませているが、どういった手順で参加するのかがまったくわからない。経験があるらしいシェイラの言葉に従って、闘技場を突き進んでいるだけ。
どこへ行けばいいのか。誰に声をかければいいのか。
案内係がいないのも問題だな。
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「もう大会始まってるかな…」
マッサージ屋では、そわそわとしながら残りのメンバーが仕事をしていた。詳しいプログラムなんてものがないために、何時から始まって何時で終わるのかもわからない。むしろ、今日中に大会メンバーが返ってくるかも不明だ。
参加者じゃない人は大会を観戦することも出来るらしいのだが、生活を守るために戦いに出でてくれている雨龍たちのためにも、こちらの仕事をおろそかにも出来ない。しかも闘技場ということで会場にはあまり安全じゃない人が集まるらしい。なので、単独だったり少人数で行動するのは危険だという情報を入手して、おとなしくしているべきだろうと結論付けたが、やっぱりどうしても気になる。
それに今日は大会が開催させるせいで忙しいのか、午前中はお客さんが入ってこなかった。
「やっぱり早く店を閉めて闘技場に行ってみる?」
お店の用意を終えて、簡単な掃除も終えて。それでもお客さんがなかなか入ってこないために暇な時間をもてあましていた天笠が、傍にいた月野に向かってそうたずねた。この日のために怪我対策として薬をそろえていたのだ。そばにいなくては役に立たないかもしれない。
「けど…しっかりお店は開けとかんでええの?」
「お客さんが入るならしっかり仕事はするべきだと思うけど、午後もこの調子だったらあけているだけ時間の無駄な気がするわ。それか、場所をもう少し闘技場の近くにするとかね」
「そっか。でも移動は大変なんとちゃう?」
「どうかしらね。聞いてみるだけなら…」
「いや、それは無駄かもしれないよ?」
天笠が名案とばかりに手をたたくが、言い終わる前に舞鶴が口をはさんだ。2人してそちらを向いて先を促すと、磨いていた砂時計を片手に近づいてくる。
「今回の大会は年に1度の大イベントだけど、同じような模擬線みたいな事は毎日やってるみたいだから…ここぞって集客目的で店の場所を変える人は少ないみたいだよ」
「つまり…何が言いたいんです?」
「地理的に、人が集まる良い場所はすでに店が建ってるってことさ」
「あぁ、なるほど」
「言われてみれば、納得やわ」
この町の中心部に近い代わりに闘技場からは少し距離がある。この店を知っている人でなければ、わざわざここまで足を運ぶ人はいないだろうとも思えた。
仕方ないからほかの店がどういう経営をしているかを調査して、早めに切り上げるのも手だな…と思っていると入口に人影た立つ。
「おぉ、ここはちゃんと店開いてるんだな。人数がいるってそれだけで優位に立てるよね」
「あ、ガスパールさんいらっしゃいませ」
そこに立っていたのはすでに常連となって顔も名前も知られていたガスパールだった。さわやかな笑顔で入ってきた彼に、月野が笑顔で対応する。
「今日はちょっと奮発してウサギ肉だよ」
「おおきに。いつもお世話になります」
「このお店お気に入りだからね。今日は全体的に疲れたから、全身コースでお願いしたいんだけど」
「はい。では中へどうぞ」
ウサギ肉(丸々数匹の死体)を出されるとちょっとビクビクしてしまうが、これもこの世界では大切な食糧。無駄にはできないと心を鬼にして両手で受け取る。そのあとであとの対応を天笠が引き継ぎ、マットへと誘導した。勝手知ったるといった様子でマットまで歩くと、その上に腰掛ける。それを見ながら、世間話でも、と天笠が口を開いた。
「今日はあまり人が来ないんですよ。やっぱり大会だから、ですかね?」
「あぁ、きっとそうだろうね。ほかのお店も規模縮小してるだろ?店番とかの男手が大会にとられちゃうからね。大体いつもこの時期はこんな感じさ」
「なるほど。…もし人が来ないなら早めに閉めて観戦しに行こうかと思ってるんですけど…って、ガスパールさんは大会のほうは?」
「俺?俺のチーム、実は去年の優勝チームでね。今年は免除されるんだよ」
「あら、そうなの?」
「そうなの。観戦も決勝に近くなると客席は込み合うから、今の段階で見ておいたほうがいいとは思うが、たぶんこれから忙しくなるんじゃないか?この店は」
「…え?どういうこと」
「いや、ただの勘だけど…とりあえず今日は普通に営業して様子見したほうがいいだろうな。もし観戦に行きたいなら、少人数なら俺が引率してあげるし、遠慮なく言うといいよ」
大会免除とかそんな話もあったのか。初めて聞いた。失礼にならない程度の返事で流そうかと思ったが、後に続いたガスパールの言葉に思わず聞き返してしまった。
その時はなぜだろうと思ったが、あまりガスパールも自信がありそうではなかったので強く尋ねることはしなかった。それでも助言通り1日だけは普通に様子を見ようと思っていたら、彼の勘が当たって午後からかなり忙しくなった。
大会帰りの負傷者、観戦していて疲れた人などがマッサージ屋に流れるように移動してきたのだ。
「ホクトちゃん、もう一人はいるよ」
「OKサヨ、奥に案内して!…九鬼君、守屋君と協力してマットもう1枚追加して!」
「わかった!キョウタロウ、マット取りに行くよ!」
「ちょっと待ってケイシ。こっちのマットの掃除が…」
「あ、俺が手伝うよ。ネコちゃん、あとは一人で平気でしょ?」
「大丈夫です、チアキ先輩。…あ、ちょっと待って!行く前に向こうのタオル取ってください!」
「軽食追加持ってきたよ。…あ、タオル私が取るから舞鶴先輩はマットお願いします。アンナ、そっちの準備は良い?」
「待ってミッキー、すぐ準備するわ!」
あっという間に戦場と化した。
ガスパールは「手伝おうか?」と言ってくれてしばらくマッサージ屋でオロオロしていたが、倉庫代わりの部室に彼を入れることはできない。できることも少ないとなると、ぶっちゃけいるだけ邪魔だった。
だがそれを言う前に自覚したらしく、月野に声をかけてから帰って行った。
観戦に行きたいと思っていたことは、客足が途絶えるまですっかりと忘れて、普段以上の集客にメンバーはぐったりしてしまった。




