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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
103/146

03-31 帰路記録『砂漠03』

「…来る」


満点の星空が夜の砂漠に光を落とす。家々が密集した土壁と土壁の間。そんな狭い細道に立って夜空を見上げながら、八月一日はポツリと呟いた。

たとえ寒かろうが暑かろうが、主が服を与えなければ上着を羽織ることすらできない奴隷という身分。しかし、今日だけは「してはいけない」という盗みをはたらいて、かなりボロい布をアルトゥーロの屋敷から1枚拝借し、屋敷を脱走していた。

顔を隠すようにフードのように頭にかけて、今のボロい服と首輪を隠すように体に巻いている。この世界では服も簡単なつくりが多く、こういう格好は普通に一般的で、眼帯と首輪さえバレさえしなければ堂々と歩いていても問題がない。


今日は、おそらく部室がつながる。

今回は、きっと仲間と会える。

今度は、絶対に間違えない。


一番大切なものは何?



自問自答を繰り返し、自分の意思を確認し、優勢順位を最終確認。

大丈夫、今度は絶対、大丈夫。


「…っ!…」


と、考えをぶった切るように突然の痛みを感じて、土壁に背中を預けてズルズルとその場にうずくまった。

体が内側から壊されるような、ジクジクと広がる痛み。激痛ではないために、我慢することもできなくはない。

だが、痛いのはいやだ。たとえ死ぬことに慣れ始めていても、この感覚は好きじゃない。

早く終われと念じながら、痛みの波が過ぎ去るのを待ち続けた。


「う…痛っ…」


大丈夫。耐えられる。と思ったのに、眼帯をしていたほうの目が突然鋭く痛みだすと声を出すのを我慢できない。少しでも痛みが和らぐようにと両手で痛む患部を押さえるが、意識が飛びそうな激痛に思わず顔をかきむしるよう指に力を入れ、意図せず引きちぎるように眼帯をはずしてしまった。そのとたんに顔に当てていた手の中に何かがこぼれるのを感じたが、気にしている余裕はない。


…それから暫くして。

そう時間もかからずに、痛みは唐突に消え去る。


「…お、終わった…?」


痛みに耐えていたために、不規則になった呼吸を肩で息をしながら整えつつ何とか立ち上がる。

人通りが少ない場所を選んだが、誰かが偶然通りかかるとも限らない。ただ立ち止まっている一般人を装うために佇まいを直して、ゆっくりと目を開けた。


するとその()()に、夜の星明りが飛び込んでくる。


つぶされた片目が復活している。

が、そのことに驚くことはなく、一度空を見上げてからすぐにあたりを見渡して周囲を確認した。

良かった、目撃者は居ない。

それよりも、視線が先ほどより少し高くなっているようだった。手を出してみると、訓練などでついた無数の傷が消えていて、日焼けしたはずの肌も白くなっている。布の前を開いて服をめくってみると、ひどかったはずの火傷のあとも消えていた。


たぶん姿()が変わったんだ。

部室がつながった瞬間に、この世界の「シン」から、部室メンバーの「八月一日ホヅミアコン」へ。

前のブラートの町(1章の世界)でも経験した変身だったが、あの時もしっかり確認する事は出来なかった。

今回こそは、と思いながら再びあたりを見渡すが、ガラスも無ければ、当然水もそこらへんに落ちてはいない。自分の姿を確認できるものがないことに心の中で舌打ちするが、慌てていても仕方がない。とりあえず部室がどこにつながったのか、調べなくては。


人気が無い事を確認してからその場に膝を着き、地面に手を当てようと腕を伸ばす。と、そこで握り締めていた右手に何かがあることに気づいた。


「…何だ?」


手を開いてみると、そこに乗っていたのは青い水晶のようなきれいな石だった。

なぜこんなものが?もしかして、先ほどの目の痛みの後にこぼれた物体はこれだったか…と考えてフッと理由に思い至る。


この青色は、姉であるシェイラの瞳の色と同じだ。そして、その弟であるシン青年とも同じなんだろう。

おそらく、アルトゥーロがえぐった目の代わりに眼窩(がんか)に入れてくれたものだろう。この場所で生活してわかったことだが、眼帯奴隷の片目に石を入れるのは珍しくはない。眼帯で隠れてしまうので、主のお気に入りだったりすれば宝石を加工して財産を隠したり、憎しみで傍に置いている場合は苦痛を与えるためにいびつな形の石を入れたり。顔の形が崩れないようにと、適当に拾った石を自分で入れている者もいる。



手のひらの中の青い石を目の前にかざしてみた。

星や月の光を緩やかに反射して、青く輝くそれはとても綺麗だ。

「お金」という存在がないこの世界だけれど、宝石という概念は存在した。取引や買い物でも、こういった綺麗な石は値打ちがあるものとして処理される。

もう少しすれば、きっとこの世界にも金銭が生まれていくんだろう。効率よく買い物をするために、人々の生活を向上させるために。そんな発展途上の世界の中で、この大粒の石がどれほどの価値を持つのかわからない。


人の手によってかなり綺麗に磨かれた完全なる球体の石。

肉体の中に入っていても違和感すら感じなかった重さ。

特別何かしたわけではないが、自分は主である朱眼の魔王に好かれていたのかもしれない。たとえ勘違いでもそう思えるほど、自分に対する労わりを感じた。


「ありがとう、ご主人様。だけど俺は、あなたの下には戻れない」


口元に薄い笑みを浮かべて眼を伏せてから、感謝と謝罪の言葉をこぼした。

そして今度こそ地面に手をつけて、船長が魂に刻んでくれた種を大地に穿ち発芽させる。


「大地に根を伸ばし、この町を覆って、すべての死角を埋めてくれ」


地面に広がっていく緑色、しかしそれはしだいに茶色く変色し、土と同化していった。枯れているわけではなく、この場所に適した姿に変わっていったのだ。自分を中心に波紋のように広がっていくそれを感じながら、仲間との再会が近づいたことに胸を躍らせた。



**********



アルトゥーロの屋敷から姿をくらませて約1週間程経過した夜。

地面に打ち込んだ種は順調に成長を続けて、この町よりも広い範囲にまでその根を伸ばしていた。地面にひざをついてその茎に触れて、じっと眼を閉じている八月一日。


「…あぁ、やっぱりあの店の中が怪しいなぁ…」


植物を通じて得られる情報を脳内で処理しながら、そう呟いた。


八月一日が得た能力は、軽い静電気のような刺激を発生させる事。今はそれを使って細胞を成長させている。それともうひとつ、植物に触れて意識を集中させることで、その植物を通してあらゆる情報を得ることが出来るというものだった。


たとえば森の中の木に触れれば、自分が森の中のどの位置に居るのかがわかるし、その木が大地に張った根に接触している別の植物からも多くのデータを得られる。動物が移動するときに触れて揺れる植物や、踏み折られる雑草などの情報のおかげで何処にどんな生物が居るのか、という情報まで森の中の1本に木に接触することでわかるのだ。


これだけでもかなり有力なマッピング能力だが、これよりも正確な姿を映像や音声として詳細に情報を得るには魂に刻まれた種を使って植物を成長させ、それを媒体とする必要がある。そのためにあの夜に種をこの世界の大地に埋め込み、微電流を使って成長を促し続けたのだ。その間ずっと成長の様子を観察していたこともあり、部室の把握に1週間ほどの時間がかかってしまった。それでもどちらかといえば早いほうだが。



よし、あまり顔を出すタイミングが遅れると行き難くなるし、とりあえずは扉を確認するためにマッサージやへ行ってみよう。そう思い至って立ち上がる。暗い裏路地を迷うことなく歩いていって、大通りに出ようとしたときだった。


「…?泣き声…か?」


ふときこえた声に足を止めて耳を澄ませた。子供だろうか?位置を把握してみると、マッサージ屋を出た仲間の進行方向に近い。一抹の不安を感じて先回りすると、そこには奴隷の集団が居た。


「…助けて。…痛いよ…」


顔を出した八月一日に気づいた少年の一人が、そういいながら手を伸ばしてくる。暴力を振るわれたのか、顔がはれていて擦り傷も多いようだ。思わず駆け寄って体を支えて患部を調べてしまった。見たところこの子達は眼帯奴隷ではない。ということは、犯罪者ではないので、奴隷商も飼い主もそう乱暴に扱わないはずなのに、なぜこんなにもボロボロなのか?


「悪いが、俺は医者ではない。薬も持っているわけではない。痛みが和らぐように、祈ることしかしてやれない」

「…うぅっ」


正直に告げれば顔を腫らした子供ががっかりした様子で涙を流す。

八月一日はしっかりと抱きなおしてから、腫れている部分に手を置いて意識を集中させた。微電流で細胞を成長させる力を使って、少年自身が持っている自然治癒力を活性化させる。絶望に泣いていた少年は、次第に和らぐ痛みに心地よさを感じているようだ。目は閉じたままでいつの間にか泣き止んでおり、呼吸が安定してきた。術者は外から刺激を与えてやるだけで、患者自身で患部を治すこの方法は、対象者にかなり負荷があるらしい。過去に施術してあげた人はかなり疲れたと言っていたし、この泣いていた少年は今にも眠ってしまいそうな勢いだ。

その状況をさりげなく確認しながら、八月一日はこの現象をごまかすために視線を動かして周囲を見た。それに近くに居た別の少年が反応する。


「ねぇ、お兄さん僕たちを買ってよ」

「…なぜ」

「何故って…ここには居たくないんだ。殴られるのはもういやなんだよ」

「ごめんね。俺も生活に余裕があるわけじゃない。だから助けられない」

「でも、でもさ…」

「たとえ暴力を振るわれてもある程度食事が得られる今と、暴力は振るわれないが家も食事もままならない未来。選べるとしたらどちらが良い?」


まだ売られる前だったか。だが、奴隷を売り物として扱うならば、それなりに養える力が必要なはず。待遇は決していいとはいえないけれど、飢える心配ないだろう。この場所を連れ出したところで、家も財も持たない自分では、あまり状況が改善さえれるとは思えない。

ゆえに助けられない。

それを正直に告げながら、寝落ちてしまった抱いていた少年を地面に降ろした。腫れは大分ひいているが、まだ少し赤みが残っていて完治させてはいない。完全に治してしまうと疑問を持たれた場合困るし、頼られるようになっても困る。なによりも下手に希望をチラつかせないように、その場を去ろうと身を翻した。


「助けてくれたって良いじゃんか!子供のままじゃ、何も…何も出来ないんだよ!!」


己の無力にイラついて、現状の理不尽さに怒りをぶつけるような叫び。それを聞きながら背を向けたままで立ち止まるが、振り返ることはしない。

彼らはこの場所より発展した世界を知らないから。この地で、この場所で、生きられるはずだ。

わずかな時間考えて、また再び無言で歩き出した八月一日の背中に更なる声が追いすがる。


「子供なのが悪いの?貧乏な家が悪いの!?…ねぇ、いったいどうすればいいのさ!!」

「…」


その声にもう一度立ち止まった。そして肩越しに振り返って視線を向ける。


「…あきらめないで。未来にきっと、いいことがあるから」

「え?」


そうであってほしいという願望だけけれど。

何を言ったのか、その真意を測りかねて少年が声を上げるが、八月一日はすでに再び歩き始めていた。が、道に出ようとしたときに進行方向から人の気配を感じてさっと身を隠すように壁に背をつけて息を殺す。それを見て誰かが近づいて来ているのがわかったのだろう。こんな時間に出歩く人と言えば、水汲みの為の男性か、荒くれ者と決まっている。暴力を振るわれないようにと、奴隷となった少年たちも、寝ている少年を中心に蹲って隠れようとするかのように小さくなった。


そしてこちらを覗き込んだ人影が小声で会話を始める。


『人?…子供も居るみたい?』

『なしてこないな場所におるんやろ?』

『野宿かな?でも…皆かなり薄着じゃないですか?』

『うん、このままやとあかんな…』


「…(この声は)!!」


思わず驚愕にフリーズしてしまった。


追い求めた場所と、会いたかった人たち。感動で思わず涙がこぼれるかと思った。

が、奴隷に近づこうとしている2人の姿に気づいて慌てる。今は飼い主、もしくは奴隷商が傍に居ない。非力そうな外観でむやみやたらと近づいたら簡単に盗人と思われて奴隷にされてしまうだろう。

だから八月一日は音も無く、彼らの前に立ちはだかった。


「こんな所に何の用?」


驚きで足を止める2人。


「…迷子なの?」


と声をかけながら視線を向けて、正面から確認した月野サヨと草加リヒトは記憶と違うところはまったく無く、安堵で目頭が熱くなる。

だが、ばれてはいけない。今はまだ、他人で居なくては。


「送ってあげようか?」

『い、いえ…大丈夫です』

「連れは?2人だけなの?」

『な、何でそないな事聞くんです?』

「…いないの?」

『おるよ!これから水汲みに行くんや』

「そう。…でも今は2人だ。こんな遅くに子供だけでこんな所を歩くなんて、危険だよ?」

『…』


これから水汲みか。

大変な重労働なのに、女性の月野が行くことを決めたのか。

2人は警戒心丸出しで威嚇しているようだが、対する八月一日はその反応すら楽しむように、久しぶりの再会に一人で感動していた。



**********






「では、ある程度形になった…ってところか?」


マッサージ屋の部室の前。シェイラが帰って、メンバーが帰ってきて、今は夜中の就寝時間。一人部室にやってきたシン(八月一日)は、いつぞやの時のように部室のドアをわずかに開けて船長と会話をしていた。


「そうだね。やっとここまで来たというか、1ヶ月も無い短期間でよくがんばってくれたと思うよ。それに、ナガレが立候補してくれるとは思ってなかったし…案外優勝も狙えるかもしれないね」

「何故?」

「ナガレは…良い意味で、思い切りがいいから。たぶん、仲間のためには汚れ役だって買って出てくれる」

「なるほど。それより、勝利の根拠は?」

「そうだね、たとえば…正座していると足がしびれるその理由を知っている人が居ないから」


船長の質問に、まったく考える間隔をあけずに返事をした八月一日。それを受けて、船長は扉の向こうでうなづいた。


「…人体の構造について、知っている人が居ないから、ということか。なるほど、急所を狙えば、非力でも勝利を狙えるというわけだな」

「船長さんは説明しなくても理解してくれるから、楽というかなんというか」


みなまで言わなくても理解してくれた。

そのことに笑みを浮かべながら視線を落とす。


さて。戦いが始まる。

彼らにとってはじめての生死問わずの戦闘だ。


出来ることはしたはずだ。

そしてこれからも、自分に出来ることは自分がやるつもりで居る。

だけど、いざというとき仲間を信じて、その背中を見送ることが出来るだろうか。


どうなるかわからない未来に抱く不安を隠すように、八月一日は一度声を立てて笑ってみた。


不安も確かにあるけれど、一人じゃないというだけで何でも出来る気がするんだ。

大会まですっ飛ばすって言ってたのに、間に過去話挟んでしまいました(苦笑)


次こそは大会に…なる予定。

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