03-30 怪しい人
「じゃあ、今日はここまでネ。また明日来るヨ」
「毎日ありがとう、おかげでちょっとずつ強くなってる…気がするよ。それよりごはんは持った?」
「もちろん!貰ったネ。これが目当てだヨ?を忘れたらここに来る意味無いヨ」
「そうだった。じゃあ、気を付けて帰ってな。また明日」
「タクミ氏も元気で頑張るネ!」
「あぁ」
屋敷から雨龍に見送られて歩いて行くシェイラ。
まる1日ずっと新たな主人を鍛えていた。男性優位のこの世界で、女性である自分に武術を教わろうという男性は珍しい。というか、かなり希少。人の目がある中で堂々と「教えてくれ」とか言われると、逆に周りの目が主人に行かないかと心配になるくらい、素直な人たちだった。
もともと体を動かしていた数名はかなりハイスピードで対人戦を覚えていく。武器と言えば剣が主流だが、雨龍は肉弾戦を得意としていて、それもかなりパワフル。シェイラは戦力になるとみている。だが、シェイラとの訓練をした後もかなり長い時間をシンとトレーニングしていた鷹司だけはなかなかコツがつかめないのか、苦戦していた。それでも筋は良いほうだと思う。今回の大会で戦力になれなくても、あと数年生き延びることが出来ればきっと立派な戦士になるだろう。
そんなことを考えながら、今のシェイラは一応の仕事を終えて食事をもらった後で屋敷を出て、良い気分のまま散歩をしていた。そろそろ夕方になろうかという頃合いで辺りはだんだんと影が長くなっていたが、まだまだあたりは明るくて気温は依然として高かった。もっとも、この場所に住んでいる人間にとって30度近い気温なんて「涼しい」という分類に入るのだけれど。
「あぁ、あんなところで寝ちゃって…風邪ひいちゃったらどうするんだよ」
鼻歌交じりに歩いていたら、曲がり角から上半身をのり出してどこかをじっと見つめている変な人を見つけた。強い日差しを避けるために布を巻いてフード代わりにして顔を隠している人は珍しくもないので、黒い布ですっぽり覆われている格好のその人は別に格好が変というわけではない。
だが、おそらく隠れているのだろう曲がり角で、じっとどこかを見ながらぶつぶつ呟いている姿は何というか…近寄りがたい。人通りは多めではあるが、その人がいる位置は微妙な荷物や壁具合で死角になっているようだ。シェイラは見なかったことにして通り過ぎ、忘れようと思っていると今度は前方から声をかけられた。
「あれ?シェイラさんじゃない。もう帰るところ?」
「うん?…おぉ!ホクトちゃんネ!そう、私帰るところヨ」
声にスッと視線を向けて相手を見つけると、知った顔がこちらを向いて手を振っていた。シェイラは少し歩調を速めて近づいていく。なぜこんなところに…と思ったが、あぁ、そうか、ここがお店だたか。と思い直した。主人はこの場所で珍しいマッサージ屋なるものを経営している。シェイラはやってもらったことはないが、噂は上々だ。
「毎日ありがとうね。夕飯も一緒に食べて帰ればいいのに」
「そこまで待ってたら暗くなるヨ」
「だから、お泊りしゃえば良いのにってお誘いよ。毎日通うの大変じゃない?」
「大丈夫ネ。これは仕事ヨ?毎日やる当たり前ネ」
「うふふ、そうね。私たちだって毎日仕事してるんだったわ。生活するために仕方ないけど、たまにはみんなでお休みしたいなぁ」
「休める人は、贅沢ネ!余裕がある人、うらやましいヨ!!…おヨ?」
わははと笑いあいながらそんなことを言っていると、フッと視線を向けた先に椅子の上で丸まって寝ている少女が見えた。おや?あんな子このメンバーには居なかった気がするけれど…と、ここで天笠がシェイラの視線に気づいた。
「あぁ、彼女?」
「知ってるネ。魔王の子供、有名ヨ」
「あ、そっか。ビッキーちゃんはお父さんが有名だもんね」
「なんでここに?この子もメンバーの1人だったカ?」
「違うわ。彼女はちょっと前にサ…いえ、遊びに来たんだけど、仕事が始まっちゃって待っててもらったら寝ちゃったみたいで」
月野に会いに来たわけだが、彼女はまだ部室の中。今ここで名前を出して、シェイラにまで不在を確認させるのはまずいと思った天笠は言いかけて誤魔化した。まだ店の中にお客さんもいて人口密度が高いため、幸いにも1人かけていることには気づかなかったようだ。
フーンとどうでもよさそうな返事を返したシェイラだったが、バッと振り返って歩いてきた道に視線を向けた。
その瞬間。
一度は気づかなかったふりをして通り過ぎた黒づくめの人間と視線が合った気がした。が、こちらが振り返ったのを見ると、ずっと陰でモジモジしていた(ように見えた)変質者は一度堂々と姿を現した後に何事もなかったかのように歩きだし、去って行ってしまった。
「…どうしたの?シェイラさん」
「ううん。なんでもないヨ」
あの怪しい奴はなんて言っていた?確か、
『あぁ、あんなところで寝ちゃって…風邪ひいちゃったらどうするんだよ』
声色や体格からして、男性だと思われるそいつが見ていたのはビッキーだったのか?
…怪しい。
が、シェイラはすぐに視線を戻して声をかけた天笠に心配ないと笑って見せた。確信はないし、気のせいかもしれない。変に騒ぎ立て無い方が良いだろう。
するとナイスなタイミングで声がかかる。
「失礼、ビッキー様を迎えに来た」
イケメンボイスに振り向けば、茶色い髪の魔王の側近、エルビーが立っていた。
「あ、エルビーさん…だったわよね。ビッキーちゃん、遊びに来てくれたのはよかったのですが、相手が出来なくて気が付いたら寝てしまっていて…」
「大丈夫だ。こちらで引き取る。迷惑をかけた」
「いえ、そんなことはありません」
ちらりチラリとあたりを見てアルトゥーロが来ていないか探してしまうのは一度経験した恐怖からだろう。それを感じながらも気にした様子はなく、慣れた手つきで眠っているビッキーを抱き上げて滑らかに一例した。
「では。邪魔をした」
「いえ、お気になさらず」
「あ、ちょっと待つネ、茶髪の兄ちゃん」
「…俺ですか?」
そのまま帰ろうとしたエルビー。それを見送ろうとした天笠。
だが、シェイラは先ほどの変質者のことを伝えようと思って声をかけた。
が、呼びかけたは良いが、そのままの状態で、勘違いかも知れないし迷惑かも、と考えて口をつぐむ。第一、ビッキーはこの町一番の権力者の娘だ。たった一人でフラフラしているとも思えない。エルビーだって良いタイミングで姿を現したんだから、遠くで見守って居たのかも。だったら、変に首を突っ込む必要はないだろうと思い直す。
「うん。なんでもないヨ。イケメン兄ちゃん、拝めたネ。眼福、眼福」
「…はぁ」
わざわざ呼び止めたのは人の顔を見るためだったのか?とでも言いたげに眉を寄せるが、特に何も言わずに会釈してから身を翻し、歩いて行ってしまった。
「イケメンの彼、よく来るのカ?」
「え?えっと…そうね、たまに顔は見るかしら」
天笠の言葉に、フーンと声を出しながらも腕を組んだシェイラ。何やら考え込んでいる様子。
それとは別に天笠は「イケメンって、普通に使えるんだ。…あ、そういえば翻訳がどうとか船長言ってたっけ?本当はなんて言ってるのかな?」なんてどうでもいいことを考えていた。
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その日以降、ビッキーは頻繁にマッサージ屋へと遊びに来た。
お菓子目当てなのかもしれないが、月野にくっついて薬の話をしている時間が多く、月野もこの世界の情報を得られるようで願ったりかなったりらしい。
男性陣は、鷹司が始めた早朝マラソンにほぼ全員が参加するようになっていた。自分たちは大会に出ないから…と思っていた連中も、身体は鍛えておいて損はないと思い直した様子。
さすがに戦闘訓練にはついて行けないようだが、それでも大分動けるようになった。…と思う。
準備期間はあっという間に過ぎていき、大会開催日が近づいて来ていた。
進行が亀すぎる(焦
そしてサブタイトル考えるのが面倒になってきた…
キャラが多くて、あっち書いて、こっち書いて…ってやってたら、ほぼ1日ごとの記録になってきてしまった。
何だかのんびり過ぎてテンポが悪…
というわけで、がっつり日程スキップする事にしてみたヨ。




