それでも、私はまだ貴女の手を離せずにいる
僕は、カヤルの盾だ。
何があっても、誰が敵でも、僕はカヤルを護る。
そう、あの日誓った。
僕とカヤルが出会ったのは、5つの頃。
僕の一族はもともと、武道の家系で隠密や要人警護として働く人物を数多く輩出してきた。
そのこともあって、僕は生まれた時から様々な訓練をつまされていた。
いつか現れる、『誰か』を護れるように。
そうして僕は、カヤルと出会った。
彼は、ある王族の落胤で、本当に厄介なことにある特別な資格を有していた。
彼が原因で争いが起きるほどに。
「リクハは、誰かを護るために修行してるんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、リクハのことは僕が護ってあげるね」
あの日、訓練で失態を犯してボロボロだった僕の手当てをしてくれた小さな子供。
優しい言葉は、彼が忘れてしまってもちゃんと僕は覚えている。
だから僕は、彼の盾でいられるんだ。
「初めまして、カヤル・ロウレン。僕が今日から君の盾になるリクハだよ」
「は? どうして私が貴女に護られないといけないんですか?」
成長した子どもは、愛想笑いもしないような冷ややかな青年に育っていた。
「どうしてって、カヤルが言ったんでしょ? 目立つ護衛は嫌だから、年が近い人間で少人数にしてくれって」
「だからって、どうして女性なんです。意味が解りません」
「だって、腕が立って、君に年が近くて、誰の護衛もやってないの、僕くらいだったんだもん。僕なら同じ学校に通ってもおかしくないでしょ?」
本当は、もう二人、候補がいたのだ。
本家のキリトと、その弟のキヨト。
でも、どうしてもカヤルの盾になりたかった。
「言っておきますけど、私は貴女に護られるつもりはありませんから」
「うん、いいよ。僕が勝手に護るだけだから」
「あの馬鹿のせいで、どうしてあんたが危険な目に合わないとなんないのよ!」
「心配してくれてありがと、メルト。でも僕は、カヤルの盾だから」
「盾云々じゃないわ。男なら、か弱い女のピンチくらい、颯爽と助けにきなさいよ!」
通信機から響く友人の声に思わず苦笑すると、思いの外傷に響いた。
「大丈夫、僕はか弱くなんてないからさ」
「あ、ちょっと、リク…」
一方的に通信機を切って、目を細める。
油断して、血を流しすぎた。
安定しない視界の角で、条件反射的に捕らえたトラップを避ける。
身体の動くままに最小限の動きで押さえても、その反動ですら耐え切れなくなってきていた。
「下手踏んだなぁ」
送られてきた手紙に書かれていた言葉。
絶対にカヤルには知らせるわけにはいかなかった。
そもそも、盾のはずの僕が、カヤルを巻き込むなんて馬鹿げている。
それで血が上って、結局こんな窮地に陥っているのだから情けないとしか言いようがないのだけれど。
零れ落ちた言葉の先で、弾けた魔法をかわすと眼前に鉛玉が光る。
反射的に閉じた瞳の前を、風が横切った。
「満身創痍、ですね」
呆れたような言葉に目を開く。
鉛玉を弾きおとしたのは、
「カヤル、どして」
「それはこちらの台詞です」
何故何も云わずに行ったのですか?-冷ややかな言葉が怒りからくるものだと知って小さく笑う。
「馬鹿だなあ。僕はカヤルの盾だよ?」
「私は認めていません」
「カヤルが認めてくれなくても、変わらないよ」
悲鳴をあげる身体を無視して、ナイフを放った。
カヤルに向けられた銃口の主を貫いたのを見ないままに、その反動でカヤルの腕を引く。
「リクハ!」
「舌噛むよ。黙って」
耳元を過ぎる弾丸にカヤルの弾いた鉛玉を当て込めて軌道を変えると、背後でざわめく気配がした。
近づいてくるのは良く知る足音。
嫌になるほど、規則正しい歩き方に、カヤルの視界を遮って間に立つ。
「やっぱり君か。ローウェン」
呟いた声に、カヤルが僅かに瞬いた。
ローウェン・ルシャット。
僕とは違う一族のその男は、政府の機関に属して要人警護を生業とする。
そして裏では、必要とあれば誰を消すこともいとわない闇の狼。
カヤルと一緒の時には、一度だけ学校の帰りに鉢合わせしたことがある。
「あらら、ばれてたかー」
「どうして貴方が」
訝しげなカヤルに解らないように、ローウェンに黙れと告げると、彼はくつくつと楽しそうに笑った。
「黙れないよ、リクハちゃん。君が敵か味方かで、このゲームは大きく変わる」
「それは、どういう意味です?」
「本当に、何も解っていないんだねー、そのおぼっちゃんはさぁ」
放ったナイフは、ローウェンが首を傾げたせいで、後ろの男の耳を飛ばす。
「ぎゃあぁあ」
「うるさいねぇ」
振り向きもせずトリガーを引いたローウェンの後ろで、男が声を失って倒れた。
「危ない、危ない。リクハちゃんが本調子だったら、黙ったのは俺かなぁ」
「妙な厄介事に、カヤルを巻き込むな」
「心外だねぇ。俺は巻き込まれてる側だと思うけど?」
「何言って」
「大体さ、原因はそのおぼっちゃんじゃん? それさえ、」
僕が繰り出したナイフを避けて、ローウェンは肩を竦めた。
「あのさリクハちゃん、その怪我で俺に勝とうなんて無理だってわかってるでしょ?」
「僕はカヤルの盾だ」
「はいはい。まったく、立派な忠誠心だね」
ローウェンの後ろの男たちが構えた銃口を睨むと、不意に耳慣れた足音が耳に入った。
「あーあ、タイムアウトか」
肩を竦めたローウェンが後ろの男たちに銃を下ろすように手を振る。
「囲まれる前に撤収するよ」
「ローウェン」
「今日は引くけど、次会う時までに考えておいて。君がどっちにつくのか」
じゃあね―さっと姿を消した男たちの代わりに、背後の茂みが揺れて現れた狼達が此方には目もくれず消えた男たちを追っていった。
あれは、本家の先駆だ。
もう、大丈夫だろう。
「カヤル、大丈」
「何やってるんですか!」
振り返った途端、飛んできた罵声にきょとんとすれば、カヤルが乱暴に腕を掴む。
「何って」
「それでも一応女でしょう!? 大体貴女は!」
僅かに腕が震えている。
でもこれは、僕じゃなくて、
「カヤル、どこか怪我したの? どこ、見せ」
「怪我をしてるのは、あなたの方でしょう!」
「え? でも、カヤル震えて、」
「全く、手酷くやられたもんだな。リクハ」
「ほんと、ボロボロじゃん。なっさけなー」
苦笑と共に降ってきた言葉に、カヤルがはっとして僕の腕を離した。
「セン兄に、キリト」
木の上から顔を見せたのは、本家付きの二人だった。
センは僕の兄弟子で、キリトは先程の狼達の主人だ。
二人ともかなり腕の立つ方で、本家でも一目置かれている。
ローウェンが逃げたのも当然だ。
ひょいひょいと木から降りてきたキリトが、品定めるようにカヤルを見る。
「うん。坊ちゃんは怪我なさそうじゃん、なによりなによりー」
「あの、」
「あぁ、坊ちゃんは何も気にすんなよー、なっさけねーのはリクハだからな」
「なっ! リクハは、」
「ま、坊ちゃんが無事って時点で及第点ではあんだけどねー」
「キリト、カヤルに余計なこと言わないで」
僕が口を挿むと、キリトは軽く肩を竦めた。
それから徐にセンが僕の肩を叩く。
「何?」
「カヤル君はキリトが見てるから、お前はいい加減落ちろ」
「でも、」
「及第点っつったろー?」
呆れたように肩を竦めたキリトに、僕はほっとして頷いた。
「ありがと、セン兄。キリト」
がくんと唐突に力を失ったリクハにはっとすれば、軽々とセンが彼女を抱き上げる。
「相変わらず軽いな、リクハは」
「てか、この怪我でよく動くよなー。そこはほんと、尊敬するわ、俺」
呆れの入り混じったように呟くキリトに改めてセンに抱かれた彼女を見る。
「酷いん、ですか」
「ん? あぁ、言ったじゃんよ。坊ちゃんの落ち度はなんもないって。結局俺たちが怪我するってのは、訓練不足ってことだっからさー」
掠れた声に、キリトがばんばんと明るく背中を叩いた。
結局、こうやって線引きされる。
リクハは多分、どんなに酷い怪我をしても、彼ら以外の前で意識を手放すことはないのだろう。
そう思ったら、悔しくて泣きたくなった。
だからだ。
「さってと。リクハは本家だけど、坊ちゃんはどうすっかなー」
「あの!」
「んあ?」
「私も連れて行ってください」
キリトの言葉に、思わずそう言っていた。
通信機が音を立てる。
『カヤル!? リクハは!?』
キーンと耳に響く高い声に、思わず機械を耳から話す。
「メルト、煩いです」
『はぁ!? 煩いってなによ! リクハはどうし』
「今、治療中です」
『治療ってどこ? あたしもそっちに、』
「詳しいことは言えません。取り敢えずリクハは無事ですから、落ち着いてもらえませんか」
呆れたように呟くと、向こうの温度が下がる。
『落ちつけ? よくもまあ、あんたそんなこと言えるわね。リクハが何のために』
「怪我の様子を知らないあなたに言われたくありません」
『はぁ!? なによ! なんで本当に、リクハがあんたの盾なの! 意味わかんないわ!』
捲し立てるような言葉は、先程からの苛立ちを無造作に撫でて、いつもなら躱せるはずの感情を思わず引き寄せてしまった。
「それは此方の台詞です」
『は?』
「私がリクハに護られることに納得していると? どうあっても彼女に護られるだけで横に並ぶこともできないことをのうのうと甘受していると? ふざけないでください!」
吐き捨てるように紡いでから、はっと気づく。
暫くの沈黙の後で、先に口火を切ったのはメルトだった。
『ごめん』
「はい?」
『無神経だったわ。ただでさえ、女の子に護られてるってだけで男としてのプライドずたずたなのに、リクハ、あんたには絶対に弱みみせないもんね。好きな子がそれじゃ、あんたは立つ瀬ないわよね』
「…今、聞き捨てならない台詞を聞いたような気がするのですが」
『なによ。あんた、リクハが好きなんでしょ?』
「貴女と一緒にしないでいただけますか」
『良いじゃない。あたしリクハ好きだもーん。あんたになんかあげたくないくらい好きだわ。だから、』
小さなすすり泣きが聞こえた気がして、思わず言葉を躊躇う。
「メルト?」
『だから、リクハが死んじゃったらどうしようって、すっごい心配だったんだからね! この馬鹿! 冷血漢! 根暗! 根性なし!さっさと連絡してきなさいよ! あたしがどんな気持ちだったか、解んないっていうなら』
「すみません」
『っ』
「すみません。私は、」
ローウェンが去って、リクハが振り向いたとき、本当は怖かった。
ローウェンが、ではない。
あの時、リクハは何でもなさそうに笑っていたけれど。
リクハが、死んでしまうんじゃないかと。
盾だと、そう言って隣に立つようになってから、リクハは無茶ばかりだ。
リクハに傷ついてほしくないのに、手放したくない。
傍にいて欲しいのに、それは同時にリクハが怪我をすることに繋がる。
矛盾ばかりだ。
『カヤル』
「はい」
向こうのメルトが何を悟ったのかはわからない。
けれど、
『リクハが起きたら、連絡してっていって。会いに来てって言って。絶対だからね』
返事を待たずに切れた通信機を見下ろして、ずるずると座り込む。
「馬鹿、ですね。私も」
零れた言葉を聞くのは、素知らぬ顔をして夜空に浮かぶ十六夜月だけ。
そらみみプロジェクト その6 『主従』




