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新聞紙>X

作者: 上下左右

 [新聞紙>X]

 問1 Xを求めよ



「第5小隊が絶命したというのは、考えすぎだろう。あの隊はダニトリー少佐が指揮をとっているはずだ。まさか貴様は彼が殉職したとでも云いたいのかね」

 セミの鳴き声が窓の外から聞こえてくる。今の季節は夏だ。

 小学校の教室を二つ合わせたくらいの小さなこの部屋は、世界の平和を守る人虫駆除隊の本部である。

 顎にひげを蓄え、不服そうな表情で、左側の窓際の座椅子に深々と腰かけている男__ハエ・タタキ大佐は兵士を睨みながらそう言った。

「しかしですね大佐。連絡が取れない、帰還しない、という致命的な二つの条件が揃ってしまいましては、そう考えざるを得ないのですよ」

 兵士にしてはやけに高圧的な態度をとっている彼は__サッチュウ・スプレー二等兵。

 数多の戦場で手柄をあげている、人虫駆除隊選りすぐりの歩兵ではあるが、しかし上官に対する礼儀をわきまえないという、わかりやすい理由によって昇進を制限されている高校生の少年兵だった。

「貴様は知らないのか? ダニトリー少佐は並大抵の人虫であれば百体は悠然と駆除する我が軍最強の兵士なのだぞ。そんな彼がたかが人虫に敗北するなどあり得ん。なんだ貴様は、ダニトリー少佐を打ち負かす自信でもあるのか? ないのならばそういうバカげたことは言うべきではないな」

 ふふんと鼻を鳴らし、自慢げなハエ・タタキ大佐。しかし、とスプレー二等兵は思った。

 確かにダニトリー少佐は強い。たとえスプレー自身が百人、束になって襲いかかっても片手であしらわれてしまうだろう。だが、彼の戦い方は作戦というにはあまりにもお粗末な、力業のごり押し作戦だ。むろん勝てない人虫が現れても不思議ではないだろう。そして今回、ついにそのような敵が現れたのだ、とスプレー二等兵は予想していた。

「確かにダニトリー少佐は私の勝てる相手ではありませんが、しかし彼を越える力を持った人虫が現れたとてなんらおかしいことはないでしょう。いえ、むしろ少佐はよく今までそういう敵に出会わなかったと思います。なにせ戦法が正面衝突のみですから。多分あのときの大作戦の結果も、運に味方されたものなのだと思います。__今回は大方、力だけで勝ち残ろうとしたことへのなによりの報いですね」

「......貴様、本当に上官をなんだと思っている」

「上官は上官です。それ以上でもそれ以下でもありません。礼儀を払うかどうかは各個人への尊敬の有無によります」

 スプレー二等兵は至極真面目な表情だった。

 あきれたように、はあ、とハエ・タタキ大佐はため息をつき、困ったように頭を掻きながら呟くように云う。

「まあ良い。貴様の態度はいつものことだ。矯正しようとも思わない。__報告、ご苦労であった。帰ってよいぞ」

「ありがとうございます」

 浅く一礼して身を引くスプレー二等兵。

 振り返って部屋から出ようとすると、しかし廊下の方から騒然とした走る音が聞こえた。

 なんだ、と思っていると、唐突に猛烈な勢いで眼前の扉が開く。

 そこで現れたのは、この世の終わりでも見てきたのかと思うほどに憔悴しきった二等兵だった。

 というより、その兵士はスプレーのルームメイトの、ボウチュウ・パック。ダニトリー少佐の部隊に、先日、配属された友人だった。

 驚きを隠せずに戸惑うスプレー二等兵。対して、先ほどまで椅子に腰かけていたハエ・タタキ大佐は、立ち上がり彼を怒鳴りつけた。

「ノックくらいせんか! ここは本部であるぞ! 今日は私以外の上官がいなかったから救われたものの__ムシトリ・ハウス中将でもいたら貴様らの命はなかったようなものだ!」

 しかし、

「なぜ私、スプレー二等兵も含まれているのでしょうか」

 スプレー二等兵の場違いな質問に頭を冷やされたのか、落ち着きを取り戻して、ハエ・タタキ大佐は言う。

「......中将は恐ろしいお方だ。気に入らない部下がいればことごとく殺していく。もちろん私も例外ではなかろう__と、すまなかった。声をあらげてしまって」

 大佐は再び椅子に腰かけた。そして「何があったのだ」と、パック二等兵に訊ねる。

 訊ねられた彼は、網膜にいやというほど貼りついた映像伝えようと試みるが、しかし何故か声が出なかった。

 不思議そうな表情で、スプレー二等兵とハエ・タタキ大佐が、パック二等兵を見つめている。

 そんな中でスプレー二等兵は、おそらく自分は先刻見た地獄を忘れられないから声が出なくなってしまったのだろうと、考えた。だから近くにあった書類を一枚ひっつかみ、裏面の白紙に、胸ポケットから取り出したボールペンを走らせる。

『ダニトリー少佐は殉職、ついで午前より連絡のとれなくなっていた第1、3、7、8小隊の全滅を確認しました』

 書き上げたそれを二人に見せると、ハエ・タタキ大佐はよりいっそうしかめっ面になり、その隣のスプレー二等兵はというと、どこか納得したと云うような表情をしていた。

 ハエ・タタキ大佐は椅子に座ったままで、おずおずとパック二等兵に訊ねる。

「冗談ではないのだな」

 パック二等兵は、頭を縦に振った。

「まあこんなところで冗談を云うのであれば即死罪であるが__しかし、そうだったのか。小隊が五つも壊滅するなどあり得ないことだと思っていたのだがな。パック二等兵? だったか。君は、何を見たんだ」

 恐れていることを見せまい、と強がりながら、ハエ・タタキ大佐はそう訊いた。

 するとパック二等兵は震える手で紙にひと文字ずつゆっくりと書いていく。

『人虫なのかどうか、わからない怪物に出会いました。首を跳ねれば人虫は死ぬということなのですが、奴は落ちた首をはめ直すことができるようです。そして人虫とは云え、人の要素も入っているわけですから、心臓を貫けば絶命する__という従来の考え方も奴には通用しませんでした。魔兵(魔法を使える兵士)のファイアも、傷ひとつ付けることすら不可能で、燃え盛る火の海から奴は平然と姿を現しました。そして僕が奴の背後に見たのは、午前から連絡のとれなくなっていた全小隊の死体の山でした。もちろん中にはムシ・コナーズ准将、その他、佐官達の亡骸を発見。ダニトリー少佐は、この事態を報告するように、と僕たち兵士に呼び掛け、時間稼ぎのためにひとりで奴と戦闘を始められました。逃げている途中で、追ってきている奴の姿が確認できたのでおそらく少佐は殉職、そして僕以外の兵士は皆、奴に殺害された__というものです』

 思わず息を飲む、ハエ・タタキ大佐。

 そんな人虫があっていいのだろうか。いやパック二等兵が云っていた「人虫かどうかわからない」という言葉は案外間違っていないのかもしれない。ここまで、ある種ゲームのチートのようなものを見せられてしまっては、そう思わざるを得なかった。

 窓の方に目をやると蝶々が舞っているのが見える。お前は気楽そうで良いなとハエ・タタキ大佐は小声で呟いた。

 ふとスプレー二等兵に目をやると、彼は何かを考えているようで、思わず声をかけてしまう。

「なんだ。何か疑問点でもあったのか」

 はっと、我を取り戻したかのように顔をあげて、スプレー二等兵は云う。

「いえ、疑問点というほどのものでもないのですが......」

「参考になるかもしれん。云ってみろ」

「__パック二等兵の云っていた人虫ですが、僕の予想があたっているのならば__奴を駆除できるかもしれない」

「それは本当か!?」

 椅子を蹴飛ばすようにハエ・タタキ大佐が立ち上がった。

「ええまあ__ですが、僕の予想があたっていなければ、どうにもなりませんね__」

「__いや、それでもいい。貴様に頼み事がある」

「はい。なんでしょうか」

「その人虫を倒してきてはくれまいか。これは個人的な頼みだ。もちろん報酬も山のように用意しておこう」

 頼まれてしまったが、しかし、とスプレー二等兵は思う。

 もし予想が外れていたのならば、自身が死亡することだって、大いにあり得る。

 命と報酬を天秤にかければ、重い方は確実に命だ。

 だがしかし、倒せる敵を倒さなかった時の悔しさは、昔いやというほど味わっている。

 なら、

 ここで逃げるは人虫駆除隊二等兵の恥だ、とスプレー二等兵は思った。


「報酬はいつもの100割増しでお願いしますよ」

「承知した」


 どこにその敵が居るのかを聞いてから、では行って参りますと本部を後にした。

 途中寄り道をして、ゴミ箱から、奴を駆除するための道具を拾う。

 もし敵がスプレー二等兵の予想しているものであれば、彼の右手に握られている『それ』で倒すことは容易だった。


                ☆★☆★☆★☆★☆★


 廃れて使えなくなった自動ドアをこじ開けて進む。埃の舞うここはとある俳ビルの中だ。

 細い廊下を歩いていると、大きな広間が見えてきて、スプレー二等兵は気を引き締める。

 そこに今回のターゲットの人虫がいるのだ。彼はとてつもなく緊張していた。

 不意討ちで倒すわけでもないから、堂々と広間に突入する。

 すると廊下を歩いている時には見えなかった、部屋の端が見えて、そこに黒いスーツに身を包んだ男が仁王立ちしていた。

「おやおや。あなた、ひとりなのですか」

 低く冷たく、その声はどこか湿った場所を好むような虫を感じさせた。

「僕はひとりだ。お前を駆除しに来た」

 すると男は笑い、そして云う。

「わたしのくびをみてください。ほら、わかるでしょう?」

 男の首は遠目に見てもわかるくらいに__5cm程度ずれていた。

 首を切り取られて、もとの位置にはめ直そうとし、そして失敗したのがありありと見えた。

「つぎはひだりむね。しんぞうですね。みてください」

 男の左胸からは謎の液体が噴き出していた。

 駆除隊の誰かに心臓を突き刺されたのだろうが、あいにく、全く効果がないようだった。

「えっと__」

「ファイァああああああああああああああああ!」

 最後の力を振り絞ったのだろう。

 敵の背後にあった死体の山__スプレー二等兵はてっきり普通の壁だと思っていた__から、ひとりの生き残った魔兵が飛び出し、術式ファイアを唱えた。

 とたんに熱風と爆音が唸りをあげ、灼熱の炎が轟々と辺りを包み込む。

 なにがなんだかわからないままにこの戦闘は終わってしまったのか?

 と、考えたスプレー二等兵だったが、そんなに現実は甘くない。

「せつめいのてまがはぶけました。わかりますでしょう?」

 燃え盛る炎の中から、右手に先ほどの魔兵を突き刺した敵が、平然とした表情で現れる。

 炎も効かないということは__とスプレー二等兵は、心の中で色々と合点がいった。

 段々と近づいてくる敵は、余裕の笑みを浮かべて云う。

「けつろんからさきにいいますと、あなたではわたしにかてません。というよりだれもかてないのですよ。なにせわたしはむてきのじんちゅうですからね」

 本人が自分のことを人虫と云ったのだ。

 それはもう、スプレー二等兵の勝利を確実にしたようなものだった。

「では、あなたをころしますね」

 右手に刺さっていた魔兵を投げ捨てて、人虫はスプレー二等兵に襲いかかる。

 人虫の右手の刃に触れる、という瞬間、彼は、数年間戦場で培った戦闘技術を生かし、難なく攻撃を避けた。

 驚いた敵の背後に回り込んだスプレー二等兵。

 ポケットに押し込んでいた武器を取り出し、ほとんどノーモーションで降り下ろす。

 

 __ここまではダニトリー少佐でも可能だったはずだ。

 しかし少佐は、使う武器を間違えた。

 たとえ、どれだけ良質な剣__聖剣エクスカリバーやデュランタルを使ったとしても、こいつには勝てない__


「ぐわあああああああああああああああぁ!?」

 頭を抱えて悲鳴をあげる目の前の人虫。

 いつもなら毛ほども効かない攻撃が、なぜだ__という感覚だろう。

 時間がたつにつれて人虫の顔がぐにゃりぐにゃりと歪んでいく。

 やはりこいつは__アレだったのか。

「おまえは、なんで、わたしを......」

 スプレー二等兵はほっとしたという、安心感を携えた声で、説明するように云った。

「たしかにアレなら、首を切られても繋ぎ直せるし、焼かれても死なないし、そのうえ心臓は山のようにあるんだからひとつくらい機能が停止したとしても生きてますよね。でも、よく云うじゃないですか」



 __アレって、新聞紙で叩かれたら死ぬって、知りません?__




 [新聞紙>X]

 問1 Xを求めよ


 途中式


 X=アレ=ゴキブリ


 答え ゴキブリ

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