A Cappella!!
「ねぇ、そこの君!アカペラやらない?」
声を掛けられたのは、自分だろうか?
一応振り返ってみる。
講堂から続く道に桜が舞っている。
近くにそれらしき人は……いない。
「ねぇ、こっちだって」
でもやっぱり下から声はする。
……下から!?
恐る恐る目線を下に動かすと、ちっこい女の人と目が合った。
ショートボブの髪と、くりっくりのまーるい目が印象的だ。
その目がきらっと光り、がっちりチラシを握らされた。
そしてもう一度。
「アカペラやらない?」
そう、これが僕とこっちゃん先輩との出会いだった。
僕は上田健太。
今日、大学に入学した。
好きなものは、漫画とアニメ、それと読書。
コミュニケーションは、得意な方じゃない。
数少ない友達は、皆ばらばらの学校へ進学してしまった。
おかげ様で現在はぼっち(笑)
こうして一人、入学式を終えてバスへ向かう。
もちろん目立つことも苦手。
でも、悲しいかな。
僕の身長は180センチジャスト。
普通は羨ましがられる高さだけど、おかげでどうしても目立つ。
「ほら、あの人背高いね」
「でも、なんかね~」
そんな声が聞こえた。
これでイケメンだったら僕の人生変わってたか?
なんて考えを、頭をぶんぶん振って飛ばす。
こっちゃん先輩に声を掛けられたのは、そんなときだった。
むっちゃ可愛い。
第一印象はまずこれだった。
身長は150センチない位だろう。
僕との差は30センチ以上。
道理で振り返っただけでは見えないはずだ。
サークルの勧誘ということは先輩だろうか?
でも、失礼な話だがそんな風に見えなかった。
「アカペラって知ってる?」
「いえ……」
女の人としゃべるのはいつ以来だろう。
声が掠れた。
「じゃあさ、ハモネプって番組知ってる?」
「いえ……」
テレビは見ないため、そういうことには疎い。
「あ~。知らないかぁ」
困ったように笑う顔も可愛いなと思ってしまう。
「アカペラは歌だよ。でも普通に歌うんじゃなくて、ボーカルから伴奏、リズムに至るまでのすべてを人の声だけで表現するんだ。それでね……」
先輩は、楽しそうに説明していたのだが……ぱたっと説明を止めた。
「なんとなく伝わってる?」
「えっと……」
正直ぴんと来ない。
それが先輩にも伝わったらしい。
途端にしゅんとなってしまった。
それから、深く考え込み……。
ぱーっと顔が明るくなった。
「百聞は一見にしかず!明後日のサークルオリエンテーションにおいでよ。講堂で2時からステージがあるから」
「はあ」
「絶対来てね」
「考えておきます」
それだけ聞くと、先輩はどこかへ行ってしまった。
最初はオリエンテーションなんて行く気はなかった。
新しく人間関係を作るのは正直なところ面倒だ。
サークルなんてその最たるものでしょ。
でも、なぜだろう。
すごく気になった。
あの先輩を虜にしている事ってなんだ?
知らず知らずに足は講堂へ向かっていた。
人は思っていたより多かった。
前の方に1人で行く勇気はなかったからそっと後ろの方へ座る。
2時ジャスト。
舞台の下手から男女合わせて5人が出てきた。
一昨日声を掛けてくれた女の人は真ん中にいた。
全員がマイクを持っている。
ラ~。
ハーモニカの音を一番右の人が短く鳴らした。
講堂内が一瞬の静寂に包まれる。
スゥ……。
5人が揃って息を吸う。
次の瞬間、僕は音の渦に飲み込まれた。
最初は驚きと共に上手い感想が出てこなかった。
言葉にならない。
曲名は分からなかった。
多分流行りのJポップだろう。
あの先輩が歌詞の部分の担当らしい。
あの小さな体の何処から、あんな大きな声が出ているのだろう?
低くてもパンチの効いた低音で歌うAメロ。
伸びのよい声でBメロを歌い切り、一気にサビの高音へ引っ張っていく。
バンドを引っ張っているのは彼女だった。
でも彼女だけじゃない。
一番左の人は、まるでドラムセットのようだし、次の人はどこから出しているのだろう?って位の低音が僕の頭の中にガンガン響く。
コーラスもきっちり合っていて気持ちがいい。
何よりもステージ上の5人は楽しそうだった。
お互いを信頼しきっているのがよく分かる。
ジャン!
周りから起こった拍手で、はっと僕は現実に戻ってきた。
「ありがとうございました!」
5人は舞台袖へ消えていった。
僕は講堂の裏へ向かって駆け出した。
講堂の裏口についた。向こうから5人がやって来た。
ここまで来て、僕ははっと我に返った。
普通、勧誘した人をいちいち覚えてるわけないじゃん。
急に恥ずかしくなり、踵を返した。
でも、
「あれ?一昨日の子だ」
「ん?こっちゃんの知り合い?」
「うん、勧誘したの」
そう仲間に伝えると、先輩はこちらにぱたぱたっと駆け寄った。
「来てくれてありがとう!アカペラってどういうものか体験できた?」
とっても嬉しそうにこっちを見てくる。
おっきな目に見つめられ、何も言えなくなってしまった。
でも、勇気をもって伝える。
「……な…うに、……」
「ん?」
「あんな風に歌えるようになれますか?」
予想以上に大きな声になってしまった。
びっくりしたのか先輩の目は更におっきくなった。
でもすぐに笑顔になって、
「うん、なれるよ!」
その日に見た先輩の笑顔を、僕は一生忘れない。
読んでいただきありがとうございました。
アカペラに少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。