春だったね
手紙なんてアナクロな手段を、君は笑うだろうか。
君が実家に戻っていると聞いた時、思い出したのは土手のたんぽぽと、埃くさい砂利道だ。
不貞腐れて自転車を曳く僕の後ろを、鞄を下げて歩く君。
ああ、君の鞄を自転車に乗せるなんてことも、思いつかなかったんだね。
「ねえ、次の機会もあるよ」
「うるせえ」
部活動のレギュラーに入れなかった僕は、君に不機嫌をぶつけていた。
君はもう、僕のことを忘れてしまったろうか。
地元で就職した僕に、都会の大学生になった君が似合わないと決めたのは、僕自身だった。
君が何を勉強したいのかよりも、僕よりも社会的に優位な立場に立ってしまうのが、イヤだった。
だから君が下宿を決めた時、僕は迷わず別れを告げた。
「必ず戻ってくるから」
「その時には、俺なんか相手にしねえよ」
自分の尺度で相手の感情を決め付けるなんて、僕はどれほど傲慢だったんだろう。
泣きながら帰った君の上には、まだ淡い空の色があった。
電話にも出なかった僕を、思い出として残しておいてくれるなら。
君の部屋のくもりガラスをこっそり叩いて、覗いた顔にキスしたね。
君の家の庭にある桜の花が、祝福のように舞った。
君の家の前を通るたびに、その部屋に灯りが灯っていないか確認することが、癖になっていたんだ。
自分から手放した君の優しさを思うたび、僕はただもう一度、君に微笑んで欲しかった。
女々しいと笑われても会いたいのに、君に撥ね付けられることが怖くて、自分から連絡はできなかった。
必ず戻ると言った君の言葉が、僕のためになのかどうかも、知らなかったから。
君の言ったことが嘘じゃなかったと知った、四年目の今日。
君の名前を丁寧に記し、切手を貼る。
裏書には、僕の名前だけにしておこう。
土手の広い砂利道は、強い風に砂埃が舞っているだろう。
記憶の季節はいつも同じだから、手紙の書き出しの言葉は決まっている。
春だったね。
fin.