別離
『扉』が瓦礫へと変化していくのをアルビレオ達は見つめると、アルビレオだけが深いため息をついた。
「お前等なんて来なければ……」
そう言いながらアベルは先ほどアルビレオが斬り落とした剣を拾いに行くと、両手に構えてアルビレオに切っ先を向ける。
「さっき斬った人二人も、君達の大事な人なら謝罪しよう。すまなかった」
アルビレオは率直に言うと切っ先を向けているアベルに対し頭を下げた。
「なら……ここで死ねよ!」
アベルはアルビレオに涙声で叫ぶと、アルビレオの首を狙い剣を振り上げ下ろそうとする。その間もアルビレオはアベルに頭を上げることなくじっとしている。
耳元で何かと剣の刃がぶつかり、剣が石畳に落ちた音を聞いてアルビレオは顔を上げる。
目の前には後ろ姿のレイとアヴィスが、それぞれ爪とナイフを手に持って立っていた。
「アルってば……また悪い癖が出たね。そんなに簡単に自分の命を粗末にしたら駄目だよ」
「そうだよ。ここでアルが死んだら私達が悲しむだけなんだからね」
「レイ……アヴィス」
レイとアヴィスに諭された言葉にアルビレオはただ悲しそうな表情でアベルを見つめる。
と、街全体が地震が来たように揺れ始める。
「なんだ……?」
咄嗟にしゃがんだアルビレオは周りを見渡すと、一人・二人……と次第に周りに居た街の人々が蒼い炎と変化していく。
「もう、サズさんの禁忌は消えてしまうんだね……」
カインの腕の中で蒼い炎と変化しているバルドルを見つめながら、カインがしんみりと呟いた。
「彼ハ呪イニ掛カッテイル様ニハ見エナカッタ。ドウ言ウ事カ、説明シテ貰エルカナ?」
オブシディアンの言葉にカインは頷くとその場で立ち上がる。
「簡単に言えば魂の暴走です。サズさんが持っていた槍を壊してしまったから、この街の人達は形を保てなくなり今までの怒りを噴出させているんです」
「槍……ガ?」
オブシディアンはカインの言葉が信じられないようで、まだ辺りを見回している。
視線を周りに見回してみると、確かに蒼い炎となった人々は街そのものを破壊しているようで街のあちこちから炎が上がっている。
「だからアルさん達は今のうちにこの街から逃げてください。今ならまだ街は全部壊れてないから出れるはず」
「カイン。君はどうするんだ?」
アルビレオが呟いた言葉にカインは一瞬表情を強張らせると、
「ボクはここに残ってこの街の最後を見届けるよ」
そう笑顔で答えた。
「カインが残るなら僕も残るよ」
しゃがんでいたアベルが立ち上がると、頬を伝っていた涙を服の袖で拭いた。
二度目の地震が起きると街の周りを囲っていた壁が崩れ始め、湖の水が広場に流れて血と混ざりあっていく。
「早く!」
アルビレオ達を逃がそうとカインは、急かす言葉を投げかけるがアルビレオだけが動こうとはしなかった。
「レイ、オブシディアンさん。先に皆を連れて外に逃げてください」
「アル君。君ハドウスルノダネ?」
ディアナがシリーナの傷とレイのヒールを気遣ってか、白い馬を召喚するのを横目で見ながらオブシディアンはアルビレオへと声を掛ける。
「オレは……この子達を説得します。大丈夫ですよ。すぐに追いつきますから」
アルビレオはオブシディアンの見つめる視線に笑顔で言うと、追い払う様なジェスチャーをする。
「アル! 死ぬなよ! 死んだらディアに魂拾ってもらうからな!」
「縁起でもない事言わないでよ!」
「私ハ拒否サセテモライマス」
レイが馬の背に乗り、焦る様な事を言うとすかさずアヴィスとオブシディアンが突っ込みを入れた。
「拒否するなぁぁぁ!!」
レイの言葉が木霊すると、白い馬とオブシディアン達は街の外に向かって走りだした。
レイの言葉にはは。っと笑い声を上げると、アルビレオはカインとアベルに向きあった。
「なんで……皆と逃げないのさ」
「言ったろ。君達を説得するって」
アルビレオはその場でしゃがむと、カインの目を見つめながらさらりと言いのけると、カインとアベルの頬に一発づつ平手打ちをした。
「あいつは死神を怨めと言ったが、元はオレ達が来たからこうなったんだ。だから、今この痛みを持ってオレを怨め」
「そんなの……怨みのすり替えじゃないですか」
アルビレオは静かに立ち上がるとカインとアベルの後ろにある蒼い炎を見つめ、カインとアベルは叩かれた頬をさすりながら俯いた。
「ああ。そうだよ。そうするしか君は……カインは動かないじゃないか!」
「あの人に姿かたちが似てるからって! ……じゃあさっきのアベルが貴方を斬り殺そうとしたのにレイさんとアヴィスさんに止められたのは何でですか!」
カインは頬に当てていた手を下げると、両手を握りしめながらアルビレオに強い口調で言う。
「あれは……」
アルビレオがカインの強い口調に言い淀み、次の言葉を言おうとした時三度目の地震が起き湖の水がだいぶ広場へと流れ込んでくる。
「……もう此処で言い争いは出来ないようだ」
ブーツに染み込んで来そうな水量を見ると、アルビレオはカインを抱っこの体勢で抱き寄せ、アベルを脇に抱えると広場から脱出しようと走り始める。
「何やってるんですか。下してください!」
アルビレオの肩と頭を叩きながらカインは下してもらおうとダダをこねたが、アルビレオは更に両腕の力を込めると、大通りを駆け抜けて一直線に門の所まで行こうとしたが――
大通りはすでに家の瓦礫と炎が道を塞ぎ、通れる状態ではなかった。
アルビレオは目の前の惨状に舌打ちすると、わき道を通って門まで行こうとどの道を通れば安全かしばらく考え始めた。
「左の横道から展望塔に行く通りへと出れるよ」
脇に抱えていたアベルの口から思わぬ助け船が出た事に、カインは驚くと同時にアベルへと怒ったがアベルはカインの言葉など聞いては居ないようだった。
「……もう広場には戻る気はないみたいだし。僕達がこの街と心中する事を許さないって顔してるし。『非力』な僕等は少しでもこの人の役に立つ事をしてあげないと。なぁに、街から出てもこの人を殺せるチャンスはいくらでも来るさ」
「お前。当人の前で良くそんな事平気でペラペラ喋れるな。両手が塞がって無かったらお前の頬を両手でつねるぞ」
後半の物騒な意見に少し引き気味に言ったアルビレオは、アベルの言葉に呆れて短くため息を付くとアベルの言葉通り左のわき道へと侵入した。アルビレオ達の後ろから影が二つ付いて来ている事には三人は気が付きもしなかった。
「少し遅すぎ……」
街の外、開かれた門の傍でアルビレオ達を待っているレイ達は、門から見える街の中の惨状に手を出せずに居た。
あちこちで火の手が上がり、炎の竜巻が何本も発生し街そのものを破壊している。
街の外に出た時に、アヴィスが気がついて中の建物の炎を消そうと魔法を使ったが門の部分で水の力が弾かれて外の草を何本か凍らせるだけだった。
「外ニ出ルト、中ニ入レナイトハ……」
「街全体が結界の役割でもしてるのかな?」
首を傾げ見えない壁になっている門を触りながら、オブシディアンとレイは会話をしていた。
「ソレニシテモ、コンナニアッサリト、私達ハ街ノ外ニ出レテ、イイノカシラ?」
白い馬の背を撫でながらディアマンテは疑問を浮かべたが、その疑問に答える人は居なかった。
「あ……アルの足音」
アヴィスの白い耳がピンと立ち上がると、右側から少し煤けたような姿のアルビレオ達が大通りへと走ってくる。
「もう少しだ! アル! がんばれよ」
門の外で見えない壁を叩きながらレイはアルビレオを励ます言葉を投げる。
後五十歩で門を抜け、外に出れる。と思った所で開いていた門が音を立てて閉まり始める。
アルビレオは二度目の舌打ちをするが、疲労のせいでこれ以上走る速度は上げられない状態だった。
――アルさん、私が門を止めますからその隙に街の外へ出てください。
死神のテレパシーのようにアルビレオの脳内に直接声が響く。声の主はバルドルだった。
――そうはさせんぞ! バルドル! 私をもう一度裏切る気か!
後ろからサズの声が響くとアルビレオは後ろを一瞬振り向くがアルビレオの眼ではサズとバルドルの魂は見えなかった。
――私はもう父さんのやり方に辟易していた所です! 私は……もう貴方の言いなりにはなりません!
蒼い炎がアルビレオ達を追い越すように一瞬重なると、ふっと足の疲労が消えたように感じられた。
「……ありがとうバルドルさん。お前ら速度を上げるぞ!」
そう言うとアルビレオは少し身体を低くして、風の抵抗を少しでも少なくすると走る速度を上げるように大股で石畳を蹴り上げる。
――逃がしはせんぞ! 大人しくわしの新しい身体となるのだ!
サズの怒号と共に街に出現していた炎の渦が、強さを増して門の入口を壊そうと左右から迫って来るのが見えた。
後二十歩と言った所で前方から白光した腕が差しのべられ、すがるようにカインとアベルが手を伸ばしたとたん、三人は門の外へと放り出された。
アルビレオに抱きあげられていたカインは、アルビレオの腕と肩を踏み台にすると器用に地面に着地をし、門へと近づくと両手で見えない壁を叩きはじめる。
「バルドルさん! 何でこんな所で最後の力を使っちゃうのさ!」
カインのせいでバランスが崩れたおかげでアベルもアルビレオの腕から抜け出すと、カインと同じく見えない壁を叩きはじめる。
「そうだよ! 僕等の為に使わなくてもいいのに……」
――私は三人のために使ったのです。どうせ私はここから出られませんから。
蒼い炎はバルドルの姿に変化すると、閉まりかけている門の隙間から片手を見えない壁へと押しつけながら優しく言った。
――カイン。アベル。アルさん達を困らせるような事はなるべくしないでくださいね。
「嫌だよ! バルドルさん! そんな事……そんな事言わないでよ!」
「嫌だよ……バルドルさん。消えないで。僕達良い子にしてるからさ!」
バルドルの手のぬくもりを確かめるように二人の小さな手は、何度も見えない壁をひっかく。
――アルさん……強引に押し付けてしまいますが、二人の事よろしくお願いしま……
「す」とバルドルが言う前に門が閉まり、中で渦巻いていた炎の渦が雄たけびを上げる様に爆発を起こす。
「バルドルさん! 開けてよ! バルドルさんってば!」
アベルは力任せに門を叩くが数ミリでも動く気配はなかった。
カインは泣いていたが、はっとした表情でオブシディアンへと近づくと土下座を始める。
「死神様……僕達の命と引き換えで良い。バルドルさんの命を――」
「ソレハ無理ナ注文ダ」
「なんで!」
カインはオブシディアンに食いかかる様に黒いローブを掴む。
「モウ……コノ街ニ魂ハ居ナイカラ」
「居ないって……そんな! もう誰も残っていない……なんて……」
カインは地面にへたりこむと黒いローブを離し、目の前の現実を受け止められないと言う様にバルドルの名前を連呼しながら泣き続ける。
街全体が砕かれ壊れ……最後に音も無く消えるとその場所には円形に切り取られた草原が出現した。
「Mortem nobis memoriam」
黒と白の死神は草原に向かって深々と一礼しただけだった。
カインとアベルのおかげで地面に激突したアルビレオは、「痛た……」と呟きながら二人が居る方へと振り向いた。そして、目の前の光景に目を見張った。
街全体が数字のゼロとイチへと変わり、所々の数字が文字化けを起こしまるでウィルスのように街全体を覆い始める。
文字化けの数字達は街全体を覆い尽くすと、一瞬で文字化けの欠片すら残さずに目の前から消えた。
(この光景は……どこかで……そうだ……)
◇◆◇◆◇
「ま……待て……代わりってなんだ……」
粉々に砕かれた床に倒れた男は背を向けた騎士に向かって手を伸ばすが、騎士は男の声が聞こえていなかったようで騎士は王の間を出て行ってしまった。
男はなんとかして王の間を出ようとしたが、まだ身体全体が痺れていて両手両足は動かせる状態ではなかった。
(消去か……。データ消去されたらどうなるんだろうな)
そう思いながら男は大穴から覗く青空を見つめた。しばらくすると視線の端に何か碧色の数字が目に付いた。
視線をそこに移すと、いつの間にか城全体がゼロとイチの数字が表示されている。
(そういえば……オレ、いつの間にこの世界に居るんだろう。現実世界ではどうなってるのかな)
ふと男は現実世界の事を不安に思ったが、男に答えを提示できる者は誰も居ない。
(やりたい事たくさんあったのに……GM・シグナルさんに一勝でもしたかったなぁ)
はぁ。とため息をつくと不意に寝転がっていた身体が落ちて行く様な感覚が全身を支配する。
男は落ちて行く感覚に抗おうと、反射的に右手を伸ばしたが掴んでくれる物は何も無かった。
◇◆◇◆◇
「アル……アル……アルってば!」
アヴィスの声と身体の揺さぶりでアルビレオは我に返る。
「あ……ああ……」
「顔色悪いよ? 少し休む?」
不安そうな表情のアヴィスを安心させるように
「大丈夫だよ……」
アルビレオは無理に笑顔をつくると立ち上がり、背後から昇る朝日を見上げようしたがアルビレオの意識はそこで途切れた。