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終焉から始まる世界  作者: 綾瀬 明
蜃気楼の街
10/19

祭り

 アル達は焼き立てのパンが入った紙袋を持って宿屋へと戻ると、一階の喫茶スペースでシリーナとアヴィスとカインが仲良くお茶をしている所だった。


「あれ、もう身体は大丈夫なのか?」

 そうアルはアヴィスに声を掛けると紙袋を渡す。


「お帰りー。うん。カイン君がお見舞いに来てくれたから大丈夫だよ」

 あれ。と、アルの後ろに居たディアナに気が付いたようで手を振った。

「アヴィス様、シリーナ様お久しぶりですわ。アヴィス様はお怪我をしたとアル様から聞いたのですが、本当に大丈夫ですの? なんなら私が魔法で治しますわ」


 ディアナはアヴィスのそばまで行くと、彼女の髪を優しく撫でた。


「大丈夫だよ。シリーナとカイン君が看病してくれたし……」

 ディアナに撫でられたアヴィスは、上機嫌の笑顔で答えた。

 アヴィスを撫でていたディアナの耳元でオブシディアンがぼそりと耳打ちをすると、ディアナが微かに頷いたのをアルとシリーナは見逃さなかった。

「何かあったのか?」

 シリーナがアルに向けて疑問を投げる。

「ああ、ちょっとね……」

 アルはシリーナ達が座っている席の隣の席から椅子を持って来て座った。

 ディアナとオブシディアンもそれぞれ隣の席から椅子を持って来て座る所だった。

 アルは先ほどの事をシリーナ達に話した。


「……結局レイは見つからなかったから、一旦宿屋に戻って来たんだ」

「なるほど。その西にある鉄格子の先と魔物が気になるな」


 コーヒーを一口飲んだシリーナが、ふむ。と頷く。


「あの魔物は、鉄格子の先で漂っていた気配に少し似ていた」

「似ていたとは?」


 いつの間にかコーヒーを注文していたオブシディアンがアルとシリーナに向かって言った。


「召喚されていた物が。とでも言っておこう」

「と言う事は、オレ達を襲った敵があそこに潜んでいたと?」

「何処から見ていたかは判らないがね」


 じっとオブディアンはカインの事を見ていたが、カインがオブシディアンを見る前に彼は視線を逸らした。

 アヴィスとディアナはアルが買って来たクリームパンをおいしそうに頬張っている。


「ディアナ。パンはそれぐらいにしておけ。でないとアンバーにまた『太ったか』と呆れられるぞ」

「うっ……そうね……」


 そう言いつつも、ディアナはクリームパンを食べ続けた。


「ところで、カインと言ったね。君のおじいさんに会いたいのだが今から行っていいかね」

「えっ……えっと……おじいちゃんに聞いてみないと判らないや……」

 オブシディアンの問いかけに、カインはそう答えると席から立ち上がった。

「おや、カイン君此処に居ましたか」

 入口から男性の声が聞こえると、こちらに近づいてくる気配がした。

「あ……バルドルおじさん」

 アル達は近づいてきた男性を見ると、軽く会釈をした。


「おじさん、あのね。この人達がおじいちゃんに会いたいって……」

「ほう、二日連続で珍しいですね。ですが、生憎今日はお祭りを取り仕切るので親父は忙しいのですよ」

「祭り……ですか。それは大変な時に来てしまったようですね。よろしければどんな祭りの内容なのか聞いてもよろしいですかね」


 笑っているバルドルに対して、オブシディアンが問いかける。


「はっはっは。ネタばれを聞いたらせっかくの祭りが楽しめなくなりますので、見てからのお楽しみ。と言う事にしてもらえませんかね。……ところで、貴方がたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか」

 バルドルの言葉に、慌てた様子でオブシディアンは席から立ち上がり、彼に向かって深々と頭を下げた。


「これは失礼しました。私はオブシディアン。彼女はディアマンテ。彼女の社会勉強で各地を旅している者です」

「オブシディアンさんとディアマンテさんですか。見た所、何処かのお嬢様と執事と思うのですが、ご出身は?」

「首都ドラグーンですわ」


 バルドルとオブシディアンの会話に乗るようにディアナが答える。

「首都ですか……ほう、それはそれは。何も無い街ですが、今日の祭りを楽しみにしていてくださいね。最後にアッと驚く仕掛けを用意していますから」

「ええ。お祭りは何百年ぶり……いえ、二十年ぶりに見ますの。だから楽しみですわ。ディアったら、三十年ぶりに見るからってネタばれはいけませんよ」


 ディアナは笑いながら、オブシディアンの腕を軽く叩いた。

「申し訳ありません。お嬢様。私とした事が……」

 オブシディアンはディアナに軽く頭を下げる。

 まだ笑っているバルドルは、カインの手を握るとアルに軽く頭を下げて宿から出て行った。

「バルドル……何か引っかかる」

 二人の背中が見えなくなるまで、オブシディアンはじっと入口のドアを見つめた。


 祭りは午後六時からだと宿屋の人から聞いたアル達は、それぞれの部屋でのんびりと時間が来るのを待った。

 

 そして午後六時――


 祭りの開催を祝う煙花火が何発か空へと上がる。

「うわー。出店がいっぱいある」

 街全体が小さなランタンで彩られた夜の街は人でごった返していた。


「アヴィス! あんまり買い食いするなよ」

 アルが楽しそうに食べ物の出店を覗きはじめたアヴィスに向けて言うが、

「大丈夫だよ」

 と笑顔で答えた。


(あれ、絶対全ての食べ物制覇しようとしてる顔だな)

(まったく。アヴィスは食べ物の事になると元気になるんだから)

 はぁ。とアルとシリーナは同時にため息をついた。


「二人とも、お祭りなのにため息なんてついていたら楽しい気分が台無しですよ」

「そうですよ。せっかくのお祭りなんですし……」


 オブシディアンとディアナはそう言いつつ、いつの間にか手には綿飴とフィッシュ&チップスが握られている。


「あっちにポップコーン売ってるって」

「それもいいですわ。何種類か買って展望塔でバルドルさんが言っていたクライマックスの仕掛けを見物しましょう」


 アヴィスとディアナの話が盛り上がったので五人は人の波に乗るようにポップコーン屋で何種類かのポップコーンを買い、コーヒーショップではアイスコーヒーを人数分買った後で、展望塔へと上がって行った。


「うわーここから広場の中央まで見渡せるよ」

 手すりから乗り出して見ているアヴィスの隣にアルは陣取ると、先ほど買って来たポップコーンを一粒食べた。

 視線の先には、大道芸人達が中央広場で自分達の技を観客に見せている最中だった。

「……にしても、この展望塔こんなに中央広場が見えるのに誰もいないなんて」

 ディアナもアイスコーヒーを飲みながら辺りを見渡す。

 この展望塔に居るのはアル達だけだった。


「昨日の昼は結構人居たんだけどなぁ」

「もしかしたら、夜はこの展望塔が封鎖されるのに気がつかずに裏側から入ってしまったとか?」

「それはありうるかも」


 そうのんびりと話をしている内に、中央広場ではショーのクライマックスが近づいていた。

 誰かが壇上に上がったようで、ひときわ大きな感嘆の声が風に乗って聞こえてくる。


「今宵最後のクライマックスは、『冥府の扉』による死者復活です!」

 その声が聞こえると、オブシディアンとディアナの顔つきが変わった。

「『冥府の扉』……この街にあったのか」

「何? その扉って……」

「何年かに一度、供物を捧げるとその扉から大切な人が戻ってくるとかいう噂だ」

「それでは、湖にご注目ください!」


 スポットライトのような強い光が湖を覆うと、光が当たっている水面が空へと浮かび上がる。

 まるで滝底に水が落ちるかのような水音が静まると、一枚の扉が光に反射し錆ついた色を浮かびあがらせる。


「あれが……」

 アルは息を飲むと、冥府の扉を見つめる。塔から見下しているはずなのに扉の直径は、この街の門よりも大きく見えたのは気のせいだろうか。

 まるで――

「城の門扉のようだ……」

「あれ見て!」

 アヴィスが扉より下の方を指差した。


 全員がその方向を見ると、サズと純白のドレスを着た紅色の髪の人物が扉に近づこうとしていた。

 ツッ……とオブシディアンは舌打ちをすると、そのまま手すりを越えて空へと身体を投げる。


「アル君。一緒に来てくれ」

 塔の外壁に立ったオブシディアンは、返事も待たずにアルの服の首元を掴むとそのまま地面に向かって走りだした。

「ちょっと……ディア! 後で説明してくださいよ!」

 塔から跳躍したオブシディアン達に向かってディアナは叫ぶ。

「さて、茶番はこれぐらいにしておきましょうか?」

 ディアナは塔の内側へと視線を向けると、何処からか鉄扇を取り出して広げる。

「茶番……って。相変わらずディアナ達の行動は良く判らないよ」

 アヴィスが肩を竦めると、シリーナもまた同じように肩を竦めた。


「それは、僕達もだよ」

 湖に反射された光が、二つづつの深い水色と碧の虹彩を浮かび上がらせる。

「何時気がついたの? イレギュラーさん」

 アベルがディアナを睨みながら質問を投げる。


 ディアナは口角を上げながら広げた鉄扇で口元を隠すと、

「さっき。この場所に来た時から。と答えておきましょうか」

 広げていた鉄扇を閉じたあと先端をアベルとカインに突き付ける。

「ほら、だから何人か配置しようって――」

「うるさい! そんな事をしたらあの親父の駒が減るだろ」

 カインが最後まで言おうとした言葉を遮って、アベルはカインに向けて怒ったような声を出す。


「兄弟喧嘩をするのなら私達が居ない時にでもするのですね」

 鋭いナイフのような声と共に、アベルとカインの間の隙間に入り込むように一本のレイピアが石の床に突き刺さる。

 ばねの様に柄が細かく震えているのを見ると、二人は血の気が引いた表情で誰が投げたのかを確認した。

「ああ……シリーナ様ごめんなさい。思わずレイピアを力強くぶん投げてしまいましたわ」

 ディアナの言葉にシリーナは何か言いたそうだったが言ってもしょうがない。という表情でため息をつく。

 つかつかとヒールの靴音を響かせながらディアナはレイピアを引き抜くと、

「よかったですわ。刃は欠けていなかったようです」

 明るい声で言ったのだが、目は笑ってはいなかった。


 それに気がついたアベルとカインは、「ひぃ……」と微かに怯えた声でディアナを見上げた。

「さて、次はあちらですわね」

 ディアナは怯えている二人を気にすることなく湖へと視線を移した。

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