美人妹”じゃない方”ですが、選ばれたのは私です。
アメリアは魔法学園が長期休暇になり、妹のフローラとともに王都の実家のランセル伯爵家へと戻る。すると程なくして舞踏会が開かれた。
いつもどおりに、妹のフローラとともに参加する。
アメリアのことをエスコートするのは婚約者のバルトルトの役目なのだが彼は一曲アメリアと踊ったきり後は妹のフローラとずっと踊っていた。
前年にはこんなことはなかったのだが、バルトルトはマナーも気にせずフローラと見つめ合い二人きりの世界に浮かれている。
そんな二人の様子にアメリアは難しい表情をして、二人が休憩にダンスの輪から抜けてくるのを待った。
「あら、お姉さまったらどうしたの。そんなに不細工な顔しちゃって」
バルトルトにエスコートされて戻ってきたフローラはアメリアを見るなりそう言った。
「ただでさえわたくしと並ぶと酷いのに、そんな顔していたら誰も寄りつかないんじゃない?」
フローラはウェーブかかっているのに、つやがあって美しい金髪をわざとなびかせて、口角を少し上げてとてもかわいく笑った。
その表情にバルトルトもとても楽しげに笑う。
「年子で顔も似てるからな、比べれられるのは当然だな」
「……バルトルト、同じ相手とばかり踊るのはよっぽどなかのよい婚約者でもない限りはマナー違反よ」
「なんだ、僻みか?」
「あら、不細工って心まで不細工なの?」
アメリアは彼らの言葉を気にせずに、当たり前の指摘をした。
しかし二人は即座にそれを醜い僻みだと断定する。
アメリアの主張はマナー的には間違ったものではないはずなのに、美しい妹を相手に文句をいっているというだけで僻みだと断じられる。
「そういう話ではなく……今までこんなことは無かったじゃないの。バルトルトも、フローラも……」
今までも、少しばかり、バルトルトが妹びいきなのを知っていたし、フローラには意地の悪いことを言われるときもあった。
しかしこんなに決定的なことは今までなかったのである。
だからこそ、アメリアは戸惑って問いかけた。
すると、二人は無言で顔を見合わせる。その合間には、舞踏会を彩るワルツの音色が流れる。そしてフローラが口を開く。
「え? でも当たり前のことじゃない? お姉さまよりわたくしの方がいいなんて誰でもそうに決まってるでしょ?」
「……だな。アメリア、お前社交界でなんて呼ばれてるか知ってるか? ランセル伯爵家の、フローラじゃない方。だぞ? お前はそれだけいいとこなしで、フローラのおまけみたいなもんなんだよ」
(フローラじゃない方……なんて……)
たしかにそう言う区別のされ方をしているのは知っている。
フローラは美しい。
バルトルトの言葉に愉悦を覚えて歪んだ笑みを浮かべていても、肌は白磁のような白さで美しく輝き、唇はみずみずしく潤っている。
どこをとっても一級品の美を持った令嬢だ。
そしてなにより派手で目も大きくて髪色も派手で華がある。
同世代の女性は誰も隣にならびたがらない。
姉妹として当然のようにそばに居るアメリアをそういうふうに区別するのは何ら不思議なことではなかった。
「そうだとしても、バルトルトの婚約者は私よ。どんな言い分を持っていてもそれは変わらないじゃない」
「……」
「……」
アメリアは、それでも正しいことを言った。彼らの話題のすり替えにわざわざ乗るつもりはない。
アメリアの主張は間違っていないはずだ。
「……」
「……っ、はははっ」
しかし、アメリアの言葉を聞いて、バルトルトは笑い声を上げた。
「いや、いやいやっ、なぁ、アメリアわかるだろ? フローラは私の手を取ってくれた。私はフローラに選んでもらえたんだ」
「……それならバルトルト様にふさわしいのは、どっちだと思う? お姉さま。じゃない方のあなたと、わ、た、し」
フローラは頬に人差し指を当てて、唇をとがらせた愛嬌のある顔をする。
「……」
どちらがふさわしいかと言われると、その答えをアメリアはすでに持っているのだった。
アメリアは正しい答えを持っているが、なにもバルトルトとフローラはただ愛し合っているからという理由で、婚約者はフローラがふさわしいと思っているわけではないと思う。
彼らがあれほど自信満々なのにはとある理由があった。
舞踏会を終えると、数日後にはバルトルトの実家であるアルトマイヤー公爵夫人のサロンが開かれた。
もちろんアメリアとフローラの両方に声がかかり、大きな応接室にはソファーセットや複数の肘掛け椅子が置かれ、主催者であるアルトマイヤー公爵夫人を中心に話題が展開する。
「ところで聞きました? あの商会が新しい美顔クリームをだしたのだとか」
「ええ、知っていますわ。実はわたくしもう試していますの」
「そういえば、伯爵家で新しく雇われた髪結い職人は良い腕みたいね」
「前年、魔法士の資格を得た美容魔法士のかたがいらっしゃらなかったかしら?」
あちこちで飛び交う会話はどれも、美容に関することばかり。
その中心で、アルトマイヤー公爵夫人は、あれこれとせわしなくさえずる夫人たちの言葉を聞いてうっそりと微笑んでいる。
アルトマイヤー公爵夫人の肌はとても成人に近い子供を二人も持つとは思えない輝きをしている。
貫禄があるのでうら若い乙女には見えないがそれでも実年齢よりも十以上は年下に見える。
「あの美容魔法士はたしか、西の辺境伯夫人が囲っているのではないかしら?」
アルトマイヤー公爵夫人が言うと、疑問を持っていた夫人は、ぱっと表情を明るくする。
答えがわかったことよりも、彼女に答えてもらったことが嬉しかったように見える。
コクコクと生徒のように頷いて、「そうなんですのね」と元気に言う。
「せっかく、気にかけていたというのに検討している間に王都にもいなくなっていて気がかりだったんですの」
「あらそれはたしかに残念だったでしょう。けれど、そうして美を求める姿勢が大切だとわたくしは思いますわ」
「は、はいっ」
アルトマイヤー公爵夫人が前向きに励ますと夫人は瞳をキラキラとさせて、頷く。
そこに近くに座っていたアメリアも会話に混ざる。
「来年卒業の、魔法士であれば私から紹介も可能ですよ」
「あら、アメリア様、ありがとうっ。そうね新しい魔法士の才能を見極めてアプローチしなければ」
夫人がアメリアの言葉に息巻いていると、アメリアの隣からフローラが自慢げな笑みで口を開く。
「本当に、アルトマイヤー公爵夫人はとても素晴らしいことを仰るわね。わたくしつい感動してしまう」
フローラの言葉に、夫人は彼女へと視線を移し小さく頷いた。
「ええ、そうね」
「やっぱり、美しさというのはとてもとても大切なものだもの。一点も曇りのない美というのはそれだけでたくさんの人も物も動く素晴らしい財産だわ!」
「……」
「だからこそ国一番の美人が集まると噂される権威あるサロンをもつアルトマイヤー公爵家には美しさこそ重要よね」
フローラの言葉は若干文脈を無視していていて会話になって居ない。困惑した夫人は黙り、まわりはフローラに視線を受ける。
しかし、フローラはまったく動じていなかった。それどころか、問いかけるようにアルトマイヤー公爵夫人を見ていて、そのスタンスに一瞬の緊張が走る。
けれども、ふっとアルトマイヤー公爵夫人は微笑んだ。
「ええ、その通り……ランセル伯爵令嬢は変わらず美しいわね。玉のような肌に、つやのある髪、わたくしは心の底からランセル伯爵令嬢のことを買っているのよ」
「!」
「将来がとてもとても楽しみね」
アルトマイヤー公爵夫人の言葉に、フローラは瞳を輝かせ、さらに笑みを深めて、勝ち誇った表情でアメリアのことを見やる。
これがフローラがバルトルトの婚約者として自身がふさわしいと考える理由であることは明白だった。
アメリアは行動を起こすことに決めたが、そうすると一人迷惑のかかる相手がいる。
ちょうどアルトマイヤー公爵家にいるのだし、都合よく会えたりしないだろうかと考えていると、幸運なことに彼はちょうど帰宅したところだった。
「ごきげんよう、オリヴァー様」
「ごきげんよう」
帰宅する夫人たちの波にちょうど遭遇しているのはバルトルトの弟のオリヴァーだった。
彼は、にこやかに帰宅する夫人たちに、挨拶を返していて、アメリアに気がつくと、表情を明るくしてアメリアの方へとやってきた。
「アメリアさん。学園ぶりですね、長期休暇は楽しんでいますか? フローラさんもごきげんよう」
オリヴァーはアメリアに話しかけるついでみたいに、フローラへの挨拶を付け加えた。
オリヴァーのような態度を取る人間は珍しい。大体はアメリアに話しかけながらもフローラにチラチラと視線を送る男性が多いのだ。
それなのに、こんな対応をされたことがフローラは気に食わなかったのか、ふんと顔を背けてずかずかと一人で歩いて行く。
「お姉さま、明日のわたくしの衣装選びもあるんだからさっさと帰りましょうよ」
「いいえ、先に行っていて、フローラ」
「……ふんっ」
アメリアの言葉にフローラは機嫌を損ねて去って行く。
「あ、申し訳ありません。なにか不愉快に思われるようなことをしてしまったようで……」
「いいのよ。それより久しぶり……と言うほどでもないけれど会えてうれしいわ。オリヴァー様」
「私もです」
「ところで、今度、お茶に誘ってもいいかしら。……少し話したいことがあって」
切羽詰まっているわけではないが、こうなったからにははやく対処したい。
手紙でいちいち窺いを立てる時間がかからなくてとても助かった。
これですんなり予定が決まれば、長期休暇中にけりがつくだろう。
そう目算を立てているとオリヴァーは少し考えてそれから「急ぎなら今でもかまいませんよ」と朗らかに笑ったのだった。
そうして、アルトマイヤー公爵家の応接室でオリヴァーと向かい合うと彼はなんだかソワソワしていて、アメリアは首をかしげた。
「どうかしたの? オリヴァー」
「あ、……その、制服姿以外を見るのは珍しいから、つい緊張して」
「っふふ、別に珍しいものじゃないわよ」
「そうなんですけど……」
そう言って、ソワソワ汗をかく姿を見ているとなんだか、不思議な気持ちになる。
フローラ相手ならまだしもアメリア相手にそんなになる人なんて見たことがない。
きっとアメリア以外のクラスメイトと学園外で、会ってもこんな調子なのだろう。
「あ、それより、用事があったのではありませんか? アメリアさん」
「そうだった」
ふとオリヴァーの方から問いかけられてアメリアはこうして彼と向かい合っている意味を思い出す。
しかし、いざ言おうと考えるとどんなふう伝えたらどんなふうに伝えたらいいのかと少し考える。
(一から百まで全部説明することも……できないことはないけれど……)
けれどもそれをすべて言うことはアメリアの……なんというか教示に反するのだ。
教示というと聞こえがいいかもしれないが、単純にひけらかしたいことではない。
「……少し、バルトルトとのことで悩んでいて……」
「! ……もしかしてフローラ様との関係のことですか?」
「よくわかったわね」
「少しばかり噂になっているものですから」
まずは、少し情報を開示してオリヴァーの知識を確認するために言った。すると彼は即座にバルトルトとフローラのことだと気がつく。
「兄に対する制裁でしたら、私のことはお気になさらずやってください。ただでさえあなたのことを尊重しているとは言えない兄でしたし」
「……でも、それで面倒を被ることになるかも……私が動いてその後どうなるかまではわからないのよ」
気さくに言う彼を心配してアメリアは言葉を紡ぐ。
バルトルトは跡取りでオリヴァーは補佐という立場になるそう決まっているのに、バルトルトを糾弾すれば、立場が揺らいで厄介な事情に巻き込まれる可能性があるのだ。
それを好機と捉える人もいるかもしれないがオリヴァーはそんな野心家ではない。
彼はどちらかというとのんびりとしている方だろう。
そんな友人の家庭事情をかき乱す可能性があることを簡単にはできない。
「あなたが反対するなら……私……」
このままでもいいとは思えない、しかし、穏便に済ませるという手もあるかもしれない。
「そう言われても反対なんてしません。私はこれでもあなたのこと……その、……ええと……大切……だと思っているので、少し家が混乱するぐらいなんてことないんです」
途中一生懸命に言葉を選んだ彼は、最終的に大切という言葉を見つけて、公爵家の跡目問題という非常にデリケートな問題をなんてことないと言い放つ。
どう考えてもそんなわけがなく、以前気楽な次男を気に入っているとも言っていたのに、急な方向転換にアメリアは困惑して、諭した方がいい気がしてきた。
「なんてことないって、あなた……」
「……事実ですよ?」
「……」
「アメリアさん。むしろお手伝いしたいぐらいです。だって、結婚相手とのことってとても大切なことじゃないですか」
さらっとした笑みでそう言われて、無頓着すぎるのかそれとも、逆に覚悟が決まっているのかまったくわからない。
しかし、どちらにせよその選択は覆らないように見えた。
ならばアメリアにできることは今説得することではないだろう。
「……ありがとう」
「いーえ、お礼を言われるようなことなんて、できていません」
「それでもありがとう」
どういう意図であれ、まっさきにアメリアの幸せを優先してくれたことそれは案外嬉しいことだった。
そして同時に、なんでも優先されて注目される妹がいたとしても、自分は、ただ当たり前の幸福を望んでいいのだと、わかっていたはずなのに改めて実感したのだった。
アメリアはアルトマイヤー公爵夫人に話を通した。
バルトルトとフローラには、「二人の関係は見過ごすことができない、だからこそ白黒つけるための話し合いを開くことにした」と手紙を送った。
場所はアルトマイヤー公爵夫人が整えてくれて、応接室では公爵夫人とアメリアと、バルトルト、フローラの四人が向かい合っていた。
普通ならば、浮気相手とともに呼び出され、母親と婚約者が並んでいれば、顔を青くして処罰を待ったり、言い訳を始めるのが定石だ。
しかし、フローラもバルトルトもただアメリアに敵意のある視線を向けるだけで、アルトマイヤー公爵夫人には、気さくに話しかけた。
「悪かったな。母上のことを巻き込むつもりなんて到底なかったんだ」
バルトルトの言葉にアルトマイヤー公爵夫人は静かに彼を見やった。
「ただ、アメリアが想像より大げさに反応して困ってるんだ。……母上だって、本当は新しい婚約を考えてくれてるんだろ?」
バルトルトの言葉にフローラはこくりと頷いて目を細める。
「だって昔からずっと、サロンでも社交界でもフローラのことを褒めてたし、私たちが結ばれたからには、喜んで応援してくれるに決まってる」
バルトルトは自分の考えを一切疑わず、母に問いかけた。
前置きなどはなくあっという間に話の核心にたどり着き、アメリアに口を挟む余地はなかった。
アメリアは自分の考えに間違いはないという確信はあった。
しかしあまりにバルトルトの言葉や態度が直球で、自分こそが正しいのだと信じて疑わない姿に、明確な理由のない不安に襲われた。
自分の正しさには理由があるはずなのにそれでも、少し表情がこわばってアルトマイヤー公爵夫人を見やる。
同時にアルトマイヤー公爵夫人もアメリアを見やっていた。
それから、口紅によって薄く色づいている唇が薄く開き、長く冷たいたため息がゆっくりと吐き出された。
「……アメリアさん。この子いつからこんなに、お馬鹿だったのかしら? あなた知っていた?」
「……い、いいえ」
「はぁ、酷く驚いてしまったわ。危うく叫び出すところだった」
「っふふ」
「なによ。本当に驚いたのよ。……まったく」
絶世の美女は困っていても美しく、彼女が冗談を言うとついアメリアは笑ってしまった。
その反応に、アルトマイヤー公爵夫人もくすりと笑って、それからバルトルトとフローラに視線を向けた。
「それで、フローラさんとの新しい婚約の話、だったかしら?」
アメリアに向けていたときとはまったく違う冷たい目線と声音で彼らに問いかける。
バルトルトもフローラも、アルトマイヤー公爵夫人の変わりように二人とも言葉を失った。
「……たしかにフローラさんはとても美しいわ。それはもちろん認める」
「な、なら」
「でも、フローラさん、あなたもわかっているでしょう? あなたを一番美しくしている人は誰? 美を一番追い求め、それを実現しているのは、誰?」
アルトマイヤー公爵夫人は、頬に手を添えてうっそりと微笑んで問いかけた。
その質問に、フローラは眉間にしわを寄せて困惑顔で返す。
「それはもちろんわたくし。……わたくしが美しいから褒めてくれていたんでしょう? アルトマイヤー公爵夫人」
そこでやっとアメリアは口を開いた。
「アルトマイヤー公爵夫人が、褒めてくださっていたのは……フローラ、あなた自身の生まれ持った美しさではないわ」
「っ、?」
「私があなたに施していた、美容魔法の効果を褒めていただけに過ぎないのよ」
「え?」
「私だって、アルトマイヤー公爵家という美しさと権威のある場所に嫁に入ると決まったときから考えていた。私はどう美しくあるのか、自分になにが出来るのか」
そうして考え、結論を出した。
自分が美しくなる必要はない。
アルトマイヤー公爵家のサロンに貢献するという意味ならば、ただでさえ美しい女性をさらに磨き上げて看板にする。
象徴的に美しい女性が二人もいればサロンの噂も広がり、多くの人がより美しくなるために参加したくなる。
それが、アメリアがアルトマイヤー公爵夫人に示した、自分のなせることだった。
最初はそのあり方を喜んでくれるかはわからなかったが、フローラの磨き上げを初めてしばらくした後に、声をかけられ、自身の考えを共有したのだった。
「その結果が、あなたを美しくすることの手伝いだった。それをアルトマイヤー公爵夫人は買ってくれている」
「……でも、わたくしはお姉さまより……」
フローラは納得できない様子で、ぐっと拳を握り絞り出すような声で言った。
その言葉にアルトマイヤー公爵夫人が答える。
「たしかにあなたは美しいかもしれない、でもそれは顔の造形が他人よりと整っているというだけでしょう? それだけの人間なんてたくさんいるのよ。フローラさん」
「っ……」
「え? ……は?」
バルトルトは、押し黙ったフローラと母親を交互に見つめていて、状況について行けてない。
そんな様子のバルトルトにも、アルトマイヤー公爵夫人は言った。
「ああでも、たったそれだけの女性をバルトルトは愛してしまったのだったわね。そして浮気だけではなく、勝手な勘違いまでして、アメリアさんを傷つけて……信じられない失態ですわ。バルトルト」
「……いや……私は……」
「ここまで愚かなあなたは、このアルトマイヤー公爵家にふさわしくない、誰だってそう思うでしょう」
「っ、え?」
「呆けていないで話し合いを進めますわよ。まぁ、すでにわたくしの中ではあなたたちの処遇は決定しているのだけれどね」
アルトマイヤー公爵夫人はとても冷たい目で二人にそう言い放つ。
「そんな……母上っふさわしくないだなんて……た、ただ私は、た、たぶらかされて」
「は?」
とっさに言い訳を口にしたバルトルトに、フローラが低い声を出す。
「だって、お前のせいで私まで」
「私のせい……ですって?」
二人の間に、亀裂が入る。そんな様子を見ていたアルトマイヤー公爵は頬に手を添えてまたため息をついた。
呆れているのだろう。
「私に選ばれたって、喜んでたくせに。あなたが私に恋してることなんてずっと前から知ってたんだから、それなのに今更なに? 何が私のせいなの?」
「う、うるさいな」
小さな口げんかを始める二人は、話し合いが始まる前の仲睦まじい雰囲気など無い。
「お姉さまも、ずっと知ってたのに何もいわなかったなんてサイテー、本当に心も顔も不細工!」
邪険にされたフローラは、怒りに顔を歪ませてアメリアにも八つ当たりをする。
そんな彼女にアメリアは、ふっと笑みを浮かべる。
「あら、酷い顔をして、愛していると言った人を簡単に罵って、心の醜さもさらしているのはあなただわ。フローラ」
「っ~!」
言い返された言葉に、フローラは目を見開いて、顔を赤くする。
しかしパチンとアルトマイヤー公爵夫人が手を叩く。
「その通り、一度、覚悟を決めて添い遂げると誓ったのでしょう? それならどうあっても筋は通してもらうわ」
それから、話し合いという名の長い長い説教の後に、バルトルトは責任を持ってフローラと結婚するという覚え書きにサインをした。
元々このままアメリアとの婚約関係を続けられないほどフローラとバルトルトの噂は広まっている。
アルトマイヤー公爵家がフローラを受け入れないのならばそうするしかないのだ。
バルトルトが修道院に入れられ、フローラには浮気の末に捨てられたと言う噂と汚点が残る結末よりは一応ましな結末だ。
しかしぎゃいぎゃいと結局罵り合っている当人たちにとって増しな結末かどうかは正直わからないのだった。
アルトマイヤー公爵夫人には、後日きちんと謝罪をされて、バルトルトからも謝罪の手紙が届いた。
謝罪の手紙がどういう経緯で書かれたものかはわからなかったけれど、バルトルトの浮気相手が妹である以上、家同士の和解金の支払いなどは発生していない。
だからこそこうして形にしてあちらが悪かったということがわかるものがあると心の持ちようが違う。
そうしてきちんと話が落ち着いたのち改めて、それでもアルトマイヤー公爵家はアメリアのもつ美しさを何より買っていると言われた。
そして新しく跡取りに据えられたオリヴァーとの婚約を提案された。
もちろんアメリアは、アメリアの腕を買ってくれるのならば何より嬉しいことはない。
それに、他の誰でもない友人のオリヴァーとのことだ。彼ならば断りもなく裏切るようなことはないだろう。
もし、女性として大切に思う人が出来たなら、是非常識の範疇内でマナーを違反しない前提で、大切にしてくれれば良い。
一応そういう話はしておこうと意気込んでアメリアはオリヴァーに会いに来たのだった。
「え……私は、そう簡単に心移りしないと思いますけど」
彼は、アメリアの気持ちの説明を聞いて、ぽかんとして言った。
その言葉にアメリは、目を見開いてパチパチと瞬きをした。
心移りしないと思うなんて言われてしまうと、まるで今の心はアメリアにあるみたいじゃないか。
「こ、言葉を間違えていない? オリヴァー、それだとまるで……」
「まるで……あなたのことを想っているみたい……ですか?」
問いかけられてこくりとアメリアは頷いた。
なんだか居心地が悪くてソファーに座り直して彼の返答を待つ。
「……こんなタイミングで言うのは変だと思いますが、その認識で間違いありません。言おう言おうと気負えば気負うほど、関係ない話ばかりしてしまって、今まで言えていませんでした」
「……」
「男気がないと思われるかもしれませんが、私は、あなたのことが…………その…………大切です」
オリヴァーは言葉に詰まってまた、大切という言葉を言った。
その頬は恥じらうように桃色に染められていて、嘘ではないと直感する。
しかし、とっさにアメリアは言った。
「で、でも、私はっ……フローラのように美しくはないわ」
アルトマイヤー公爵の示す美しいという規定の中で自分になにが出来るかを考えて実践はしてきた。
しかしアメリアは男性に自分が選ばれるための美しさを持っているとは思っていない。
それ故にとっさに混乱して、飛び出た言葉だった。
「……」
「……」
オリヴァーはアメリアの言葉に少し考える。その間が酷く長く感じる。
「……私はあなたが一番私にとって素敵だっただけなんです。……あなたの存在が……私には美しく、なにを美しいと思うかは、人それぞれで良いのではないでしょうか」
「……」
その言葉はもっともで、アメリアの言葉に会わせてオリヴァーも美しいという言葉を使って答えてくれる。
そしてそれは、もちろんその通り、アメリアだってそう思う。
美しさにたった一つの正解などない。誰かが勝手にその定義を決められる物でもない。
それはわかっていたはずなのに、アメリアはそれを心の底では自分に適用していなかった。
「いけないことでしょうか」
心の奥底では、フローラよりも美しくない、彼女じゃない方であるという自分を無意識に形作っていた。
そういう思い込みが自分の中にもあったことを改めて自覚した。
「……いいえ。まったく」
そしてやっと、その思い込みを壊すときが来た。
アメリアが言うと、オリヴァーはほっとして笑みを見せる。
「よかったです。認めてもらえて……今まで言えなくてごめんなさい、でもこれからはたくさん、言わせてください」
彼の笑みに、アメリアの胸は高鳴る。
そうして、自分の心の指標をまっすぐに信じて、周りに影響されず貫く姿勢も、とても美しくて素敵な生き方だとアメリアは思ったのだった。
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