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【戦記企画ver.】ワルキューレ~死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭  作者: 瑞月風花
沙汰の行方

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8/8

屋敷に集う人々

 

 玉座を後にしたエヴァンが兵に連れられ、肩を落として歩いていると、恰幅の良い白髪頭の男が現れた。

 恰幅はよいが、武術をしているなどではないのだろう。健康的に焼けた顔に刻まれている皴は、険しいものだが、命のやりとりをしてきたようなそんな者ではない。

 そして、付き添いの兵がその男の前で立ち止まり、エヴァンを彼に引き渡した。

「この男がエヴァンだ」

 男はわずかに頷いただけで、まったく別の質問をエヴァンに投げかけた。

「あの黒馬は、あんたのもんか?」

 黒馬、そう聞いて思い出すものは一頭しかいない。


 クラウディアという女性の名を(ルシア)に名付けられた、牡馬(ぼば)である。確か、兄弟に女の子がいないからという、あの馬には関係のない理由だったが、綺麗な毛艶を持つあのクラウディア……いや、クロウは、美しさという点だけにおいては、よく似合う名でもあった。

 いや、仲間内で言えば、エヴァンに対するからかいの対象として存在する名だった。だから、エヴァンはクロウと呼び始めたという経緯すらある。ただ、そんな思い出も、今のエヴァンの中では、ただ自分を深く沈めてしまうものでしかない。 


「えぇ……」

 エヴァンの力のない答えを聞いていたのか、聞いていなかったのか、その男がエヴァンの瞳の奥をじっと見つめ、ぶっきらぼうに挨拶を返した。

「ここから、三十日ほど歩く旅になる。食いもんなどはもう乗せてある。……あぁ、わしは、庭師のヒューストンじゃ」


 本来なら慌ただしいはずのそんな出立を、エヴァンは流されるように、よく言えば器の大きいヒューストンの背中について、エルバーグリーク城を追い出されたのだ。

 そして、あの死神との奇怪な再会が待っているとも知らず、エヴァンは、誰もエヴァン・ファゾリナ・イル・セファゾドールと呼ぶ者のいない世界へ、歩み出したのだ。



 ジャクリーヌが新しい屋敷と土地を拝領し、こちらに移り住み始めたのは、三カ月ほど前だった。すでに、全ての沙汰がおり、滞りなく進められた後、彼女はエルバーグリークとセファゾドールとの境にある元セファゾドール領を褒賞として受け取っていた。

 ジャクリーヌが住んでいる場所は、かつてセファゾドールの貴族が建てた屋敷だった。王女の身分のままでの拝領であったのならば、建て直しただろう屋敷。

 いや、……。

 そこで、ポートマンは思った。

 いいえ、ジャクリーヌ様はおそらく、権威の象徴として屋敷を建て直そうとだなんてされなかったのでしょう。


 ポートマンがそのように思うのには理由があった。

 あのセファゾドールの第三王子エヴァンを捕虜として捕らえた後、ジャクリーヌが単身王城へと駆け戻ってきたのだ。

 そして、皆が止めることを聞かず、父である陛下に嘆願に上がったのだ。

『父上、お願いがあります』

 と。

 久しぶりに発せられた王女としての声は、掠れてしまっていたが、かつての涼やかさを失っていなかったと言う。


 彼女は三日三晩、陛下に嘆願しに上がった。

 時に袖にされたとしても、時に怒りをぶつけられたとしても、彼女はたった一つを望み続けた。


「どうか、彼を殺さないでください。命を狙った私に『ありがとう』と言ってくださった方なのです。私を死神とは呼ばなかった方なのです。生き残っている家族も……どうか」

「はじめて、『人』というものに出会ったのです。あんな戦場にあって、人でいられる彼との約束を守りたいのです」

「どうかっ」


 ――お父様っ


 振り向かない陛下に向けての叫びは、喉が切れるのではないかと思うほどの叫びだったという。

 その叫びがどのように陛下に響いたのか、それは誰にも分からない。


 しかし、もしその嘆願がなければ、セファゾドール城に攻め込んでいた反乱軍をエルバーグリーク軍が止めることはなかっただろう。

 王城地下にあった彼の妹と幼い弟たちが自害をしようとしている瞬間に、止める者があったかどうかも分からない。


 もし、ジャクリーヌがあの第三王子を連れた隊と共に王城に戻ってきていたら、間に合っていたかも分からない。


 だから、何があろうとも、たとえ敵国の者であったとしても、ポートマンはジャクリーヌの気持ちを第一に考えて行動することに決めていた。


 たとえ、身内を殺した相手かもしれない者だとしても。

 もう二度と、ジャクリーヌが心を閉ざさないように。


 ポートマンが立ち上がる。そろそろジャクリーヌの起床の時間なのだ。そして、叫び声が聞こえた。


「ポートマンっ。赤が……赤が、わたしを……」


 本来のジャクリーヌは『赤色』を本能的に嫌っている。

 それなのに、その赤が多く流れる場所に身を置くことになったのだ。

 ただ、自身が魔女になりたくないがために。

 そして、人になりたいがために、彼を生かしたいがために、王族除籍という処分まで拝命したのだ。


 だから、ポートマンは慌てて自室を飛び出した。


 ポートマンがジャクリーヌの部屋の扉の前に立つ。

 とても静かだった。

 落ち着かれたのだろうか。

 そう思い、息を吸い込む。

「ジャクリーヌ様、ポートマンが参りました」

 返事はないが、彼女はそのままジャクリーヌの部屋の扉を押し開ける。


 寝間着のジャクリーヌはベッドに座り込んだまま、か細い両手で顔を覆っていた。

 あのか細い手で、剣を握っていたのだ。

 そう思えば、ポートマンの胸が締め付けられた。

「どうなさいました?」

 極力ゆっくりと、できる限り穏やかに彼女に近づく。

「…ポートマン……」

 ジャクリーヌがゆっくりとポートマンに視線を向ける。


 国王様と同じ緑の瞳。

 お子様の誰よりも美しい子だと、とても大切にされていた末姫さま。

 あんなことがなければ。

 あんなことを気にするだなんて……。


 桃色の金髪は、王の家系にまれに生まれる、とても貴重で喜ばれるものだったはずなのに。


 あの子に罪があるとすれば、私自身かもしれない、そんな風に国王に言わしめてしまった、ジャクリーヌ様。


 縋るように手を伸ばすジャクリーヌの手をポートマンはしっかりと掴んだ。

 しかし、気づいたのだ。

 寝間着に滲む『赤』に。

「わたし、赤に呑まれるの? 起きたら、……魔女の赤が、どんどん広がって……」

「いいえ」

 ポートマンはジャクリーヌの手をもう一度握り返した。


「いいえ、ジャクリーヌ様、これはジャクリーヌ様が誰かの命を奪う魔女や死神ではなく、命を育む者として認められた印なのです。もう、怯えなくても良いという、……そんな祝福の印なのですよ」


 そのポートマンの言葉に緑の瞳が丸くなる。

 そんなジャクリーヌの瞳は信じられないと、信じたいが入り混じって震える。

 ポートマンはそれを信じさせてやりたかった。そして、信じてもらいたかった。

 だから、ジャクリーヌの頭をそっと抱き寄せる。その印は、ジャクリーヌの極度の緊張が解けた印でもある。


「ジャクリーヌ様、おめでとうございます」


 そして、ポートマンに頭を預けたまま震えが止まらないジャクリーヌに「お召し替えをなさいましょう」と優しく囁き、少し伸びてきたジャクリーヌの髪を、そっと撫でた。



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