謁見
空の玉座を前に、跪く。手枷はないが、エヴァンのすぐそばには近衛兵が立ち、いつでも彼を仕留められる場所にいる。
金色の玉座に紅い座面。
エヴァンの国であるセファゾドールとの違いは、その玉座に埋め込まれている宝石が、緑に統一されていることだろう。
どれくらいの時が経ったのか。
三名ほどの足が、謁見の間に敷かれている石を踏む甲高い音が聞こえてきた。
国王がお越しになられたのだろう。
エヴァンは、ただ黙して沙汰を待つしかない。
そして、数秒が数分にも数時間にも感じられる時を経て、国王の声が謁見の間に響いたのだ。
「顔を見せてみろ」
「……はっ」
まさか、本当に国王直々に声を掛けられるとも思っていなかったエヴァンは、驚きながらもその声に従う。
盛壮の頃と思しきエルバーグリークの王は、緑の瞳を持ち、皴の深くなった眉間で、静かにエヴァンを観察しているように見える。両脇にいる近衛の兵と、大臣らしき男も同じくらいの熟れきった年格好だ。信頼以上に親友でもあるのかもしれない。
エヴァンにも、そんな親友がいた。間違いを諭しながらも、命をかけてエヴァンを守ってくれる者たち。国王達が臣下に慕われていたことで、その息子達には、垣根なく現状を正しく伝えるものも多くいたのだ。
だが、それも時代が遅すぎたのだろう。
第一王子が小手入れを始めたときには、すでに民は乾ききっていたのだから。
「娘と剣を交えたそうだな」
「はい、圧倒的に卓越したものを感じさせられました」
エヴァンは、言葉少なに彼女を褒めた。
実際は、もっと詳しく語れる。ジャクリーヌは、自分にはない優雅さを持ちながら、迷いのない剣の使い手だった。そして、馬との信頼関係も深く築いている。
あんなふうに土地を僅かな時間で見極め、すぐに応用する力も、馬を信じながらも、馬に無理をさせないように戦えるという余裕も、並大抵のものではない。
あれは、ほんとうに戦いの女神に愛されているのだ。不利を有利に変える力など、神に愛されていなければ、あの瞬時で活かせるとは思えないのだから。
だから、エヴァンは、戦場でなければ、もう一度手合わせをしたいくらいだとも思っていた。
そんなエヴァンの前に座する王は、黙っていた。そして、聞こえたのは別の声だった。
「沙汰を申し渡す」
ファゾリナ王家への沙汰は以下の通りである。
ひとつ、国王、王妃におけること。王都にて引き回し、首を示すこととす
ひとつ、王太子であったルーエンにおけること。斬首後、並べて示すこととす
ひとつ、第二王子であったルーベンスは戦敗死とす。
ひとつ、第三王子はエヴァンは所在不明、身分を剥奪するものとす
ひとつ、残るはすべての王権を剥奪し、エルバーグリーグ監視下に置くものとす。
ただし、幼き者たちにおいては、その身が無事に保たれるよう、信頼に足るものに預けることとする。
沙汰を聞いたエヴァンの心がざわめく。
第二王子までは納得できた。
そして、残りの者のくだりは、特に幼き者についてなど謝辞を述べたい思いに駆られる。
しかし、どうして。
――俺だけ……
置いて行かれた……。
そんな思いに辿り着き、思わず声をあげてしまった。
「お待ちください!」
発せられた声は縋る綱を切られてしまった、そんな絶望に近いものだった。
「慎め」
エヴァンと違い、深海のごとく波のない大臣の声がエヴァンを抑えようとするが、エヴァンは自身を止められなかった。
「陛下! なぜ、俺だけ」
政の中心にはいなかった。だけど、兵を率いるくらいの力は持っていた。政に関わっていなかった訳ではない。あの国が、どのような状況で、国王達が何を民にしていたのかを、知っていた。
そんな、成人男性が、お咎めなしだなんて。
王太子であったルーエンは、第二王子であったルーベンスは……。
エルバーグリーク陛下に追い縋ろうとするエヴァンは近衛兵に背後から拘束され、動きを止められ、頭を抑え付けられた。しかし、その後、なんの抵抗もできず、エヴァンの頭はただだらりと垂れ下がる。決まったことが覆る、そんなこと、起きるわけがないのだ。
あの庭で、木登りをしていた時と同じだ。
王城の庭で、家族揃ってのピクニックをしていた時と。
木登りを軽々する兄ふたりを追いかけようと、必死になってその太い幹にしがみつくだけだったエヴァン。そのエヴァンに父が言った。
『急がなくても良い。ゆっくり、慌てず、お前のペースで良いのだ』
どうして、いつまでも追いつかないのだろう。同じ責任を負わせてくれないのだろう。
そんなエヴァンを壇上から見下ろしていたアレキサンドル国王の口が徐ろに開いた。
「貴様への沙汰は娘が決める。貴様は死んだとはされていない。この意味を取り違え逃走しようものなら、我が許さぬ。決して」
それはエヴァンにとっての静かな止めだった。
そして、その時のエヴァンには、その言葉の真の意味が分からなかった。
ただ、死神の刃がまだ首に向けられたままだという絶望だけが、彼を深く闇に落とし込んだだけで。




