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【戦記企画ver.】ワルキューレ~死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭  作者: 瑞月風花
沙汰の行方

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6/8

エヴァン

 

 湿気た光が小窓から落ちてくる。だが、窓があるだけましではある。そこで、聖書も読めるから。

 そして木製の硬いベッドに座り、聖書を見るでもなく開いていたエヴァンは、力なく鉄格子を眺めた。

 エルバーグリークの文様が背中に大きく刺繍された上着を着ているのはここの看守だ。

 あの文様を見る度に、ここはセファゾドールではないのだな、と思い知らされる。

 しかし、なぜあの時、死神は俺の首を落とさなかったのだろう。

 感慨にふけっていると、エヴァンの思考はいつもそこに戻っている。


 なぜ、生かされたのだろう。


 そして、今度は埃を絡めた光を眺める。

 そうか、政に関わった者の調書くらいは取るのかもしれない。

 そんな風に、エヴァンは回らない思考を巡らせる。そして、いつも同じ道筋を通るエヴァンの思考は、ただ走馬灯のように流れ始めるのだ。

 家族は無事だろうか。

 いや、国王(ちち)王妃(はは)、兄二人は諦めている。

 そもそも、第二王子はエヴァンが捕らえられる前に、訃報を聞いているのだから、生きているわけがないのだ。ただ、十五になったばかりの妹のルシアと幼い弟二人のギルバートとジャイバンの無事を願っているのだ。


 まだ政に一切関わってもいないあの三人だけは……。


 戦火の中成人したルシア、まだ十ほどの弟二人は、贅を尽くしたお祝いなどしたこともないのだから。

 そんなふうに頭を抱え、願ってしまう。

 生まれたばかりの性別すらまだ知らない王太子の御子までも、……願いは尽きない。

 あの死神――ジャクリーヌが本当に伝えてくれているのであれば……と、本当に『戦乙女』としての役割があったのならば……汲み取ってくれているのならば、と聖書に祈ろうとした。

 それなのに、何も頭に入ってこない。集中できない。

 もちろん、単なる第三王女である彼女にはそこまでの力はないだろうことは分かっている。エヴァン自身に置き換えたとしても同じだ。

 敵国の為政者たる王の直系家族を生かして欲しいだなど、どだい無理な相談だ。

 なんと言っても、セファゾドールの民は、王を恨んでいたのだから。

 これをエルバーグリークがセファゾドールに攻め入った正当な戦の証とするならば、尚更、悪を取り除いた証明を盛大に知らしめたいと考えるが、常だろう。


 本当にバカな為政者だった。

 エヴァンは両親を思い、乾いたため息を聖書に落としていた。

 セファゾドールの王と王妃。彼らはあまりにも平和で無知な幼少期を過ごし過ぎたのだ。それ故に、税がどこからやってきているのかすら、本質が見えていなかったのだろう。

 しかし、両親の性格は穏やかだった。

 臣下が寒いと聞けば、自分の上着を容易く渡し、金に困っていると聞けば、宝飾品を喜んで渡す。

 欲しくなれば、また買えばよい。

 そんなことを平気で言うような。

 例年続く不作など気にも留めず、税をあげればよかろうと、平気で言うような。


 だからか、臣下には嫌われていなかった。エヴァンも同じだ。

 嫌われてはいなかった。むしろ慕われていた。

 無知だったのだ。

 そして、そんな無知な両親は、民が反旗をあげてやっとその重大さに気づき、謝りたいと言い出したのだ。

 謝る……。そんなことで許されることもないだろうに。


 石階段を下りる革靴の音が聞こえてきた。

 緑の長い上着を身に纏う、壮年の男だ。その男が看守に声をかけている。鉄の重なり合う音は、看守が鍵束を探っているからだ。

 エヴァンがその様子を見るともなしに眺めていると、壮年の男がエヴァンに声をかけていた。


「エヴァン・ファゾリナ。エルバーグリークの王であるアレキサンドル・ダランベール陛下がお呼びである」


 いったい何が起きたのか、……。

 エヴァンは突然の出来事にやっと現状を現実のものとして捉え始めようとした。


 水を運んできた小間使いの男と同じような衣服を渡されたエヴァンは、とりあえず、言われるがままその身を清めた。王座に出向くのだから、小汚い状態では非礼極まりない。

 そこは分かる。

 エヴァンに通達したあの壮年の男が『エヴァン・ファゾリナ』と敬称抜きで呼んだことからも、エヴァンの立場は、囚人に変わりない。


 謁見。


 身を清め、最低限での人扱いをされ始めると、その言葉の意味を探りたくなるのが、エヴァンの(さが)だ。

 放っておいても死ぬだろう男と、王が話をする。

 これは異常な事態なのではないか。

 王自らに切り殺されるようなことはしていないはずなのだが……。


 そこで、ふとあの死神――ジャクリーヌを思い出した。


 あの女が関係しているのか?

 あの時が思い出された。

 死神の剣が自身の首に向けられたあの時。

 全ての解答を得たような、諦観に満ちた感情が、エヴァンの中に冷たく流れたように思えた。


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