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【戦記企画ver.】ワルキューレ~死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭  作者: 瑞月風花
戦場にて

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3/8

逃げた第三王子

 夜の帳が落ちた野営場は、静かなものだ。月明りと星明り。そして、見回りの兵が声を潜めて、蠢き合う。先日の急襲で、怪我をした者もある。一部は捕らえた者たちをエルバーグリークへ収容するための人員としてすでに発たせた。

 エルバーグリークに送ったほとんどが農民上がりか、商人辺りのただ駆り出されただけの民間人だ。ろくに戦えもしないし、連れて歩くだけで足手まといになる。しかし、人質として使えそうな捕虜は十ほどまだ残してある。


 しかし、あの男とは違う。今生かされている者は、もっと浅瀬の者たちだ。

 だから、雑兵の彼らはこの急襲で即座に剣を捨てたのだ。

 セファゾドールの民は、その国王の圧から逃れ、エルバーグリークに助けを求めたのだから。

 雑兵は極力生かし、捕虜として捕らえることにしている。


 それも父・アレキサンドルの狙いなのだ。(まつりごと)に明るい者だけを取り除き、従属する国とする。国土を広げたいわけではない。要するに、上手く使える国を作ろうというだけ。

 国政にも携わったことのない、正義感だけで立ち上がった民を祭り上げ、大きなこちらの駒とする。

 セファゾドールの民に重税を強いたあちらの王とエルバーグリークの何が違うのか……。


 ジャクリーヌは、(かぶり)を振って考えを振り払った。そして、すぐさま、野営に張った自身の天幕内で広げた皮製の地図に視線を落とし、残った敵陣の場所に石を置く。

 先日の急襲の功績に能うように、明日には兵が補充されるという。

 その数は、百五十だ。今残っている兵と合わせれば二百となる。

 一気に二百の兵を束ねる大将となったジャクリーヌは、野営に張った自身の天幕の中で肩を回しながら『エヴァン』を考えていた。


 あちらの王都へ攻め入るまでに残された敵陣は四つとされる。おそらくエヴァンも今頃、策を練っていることだろう。

 そのエヴァンはいったいどこにいるのか。完全に逃げたわけではあるまい。

 王都に近い場所なのか、それとも、こちらに近い場所なのか。

 残した少将あたりが何かを吐くのを待つべきか。

 この状況を打破すべく陣を敷くなら……。


 もっと、彼のことを知りたい。なぜかジャクリーヌは、彼にとても惹かれるのだ。


 そんなことを思いながら、ジャクリーヌが、人差し指を地図上の石に乗せた時、天幕の外で入幕を尋ねる声がした。

「姫殿下。入りますっ」

 背筋を伸ばした影がはっきりと映り、その後、小柄な兵が入ってきた。尋問を頼んでいたものだ。ジャクリーヌは顔を上げただけで、彼に応じる。

「敵将エヴァンの陣が分かりました」

 しかし、そう言ったすぐ後、彼がたじろいだ。

「姫さま、その……出直してまいりますので」

 そして、ジャクリーヌはふと自分の衣装に気がついた。


 そうだ、この後眠るつもりだったせいで、寝間着を身に纏っていたのだ。もちろん、いつでも出陣できる、皆と同じ、そんな寝間着だ。何も気にすることはない。だから、ジャクリーヌは迷わず『続けろ』と彼に告げた。

 その命令に、やはり彼はジャクリーヌから目を逸らしながら、報告を始める。

「姫さまへ、報告します」

 と言いながら、一度も目を合わせようとしなかった。

 彼の報告を聞きながら、ジャクリーヌはふたつのことを考えていた。


 ひとつは、そのエヴァンがこちらに近い陣を敷いていたということに関して。

 もうひとつは、自身の『性』に関して。


 侍女も小間使いも、皆、一様にして言っていたことがある。

『ジャクリーヌ様もきっといずれお印がやってきますわ。おそらく極度の緊張状態が原因だと、お医者も言ってますから。ですので、気を落とさないようにしてくださいね』と。

 そんな自分が、この兵の前で女性として映っていることが、そして、どうしてそれが『気を落とす』ことにつながるのか、とても不思議だったのだ。


 そして、小柄な兵の報告を耳に流していると、その言葉のひとつがジャクリーヌの耳に引っかかった。

 おそらくそれは相手を虚仮にしようとした言葉だったのだろう。だが、王子として、いや、大将として不可解な人格に思えたのだ。


「陣を去る際に、奴は言ったそうです。命を最優先にしろ。敵は俺が迎え撃つ、と」


 自信家で口先だけの者、この兵はそう言いたかったのだろう。

 奴は逃げたのだ。

 しかし、そんな逃亡者が、戦場の最先端というような場所に陣を構える。

 ジャクリーヌなら、決してしない。勝つために少しでも相手を減らすことを優先するだろう。

 もちろん、エヴァンには自信があるのだろう。『死神』と呼ばれていようとも、ジャクリーヌの筋力は女である。しかし、ジャクリーヌが見てきた国政に関わる者とは、別物にしか思えなかったのだ。


 たとえば、もしその言葉があったために、雑兵があんなに簡単に剣を捨てていたのだとすれば……。


『お前のような血も涙もない女に、エヴァン様の首は取れぬ』

 あの男の言葉の意味するところを、ジャクリーヌはもう一度考えていた。

 そこにほぼ民衆で形成されていた百ほどの兵を残した理由が、あるような気がしたのだ。


 そう、ジャクリーヌの兵がたった百だと知っての逃亡だったのならば、それは、こちらの思惑が見破られていたということではないだろうか。

 数十の剣を放棄しない兵だけを残した理由も、言わずもがな……。

 だが、そこでジャクリーヌは思考を止めた。


 人間である限り、己の死を前に誰かの命を守る選択などするわけがない。しかも、守りたいと思う者の命を敵兵に託すだなんて、あり得ない。だから、……。

 ジャクリーヌは胸の前でこぶしを握り、自身を思う。

 わたしは、国を守るために……生きている。

 それが人間としての在り方なのだと、国を守る王族の在り方なのだと、ジャクリーヌは前を向いた。


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― 新着の感想 ―
ある意味ジャクリーヌの結末を知っている状態での物語となりますが、こういう背景があったのだなあとしみじみ深まっていく感じです。 前作でも見え隠れしていた彼女の思いというか、自分の立場や国の在り方などにつ…
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