《エピローグ》エヴァンジルの庭
国境にあるその教会には孤児院があり、かつて起きた『エルバーグリーク聖戦』で戦争孤児となった者たちが、分け隔てなく住んでいた。
いずれは住んでいた場所に戻り、失った家族の夢を叶えるために、彼らはそこで畑仕事をしたり、聖書を読んだり、読み書きを習ったりして過ごした。
時が流れ、孤児という言葉すら日常で聞かれなくなった今。
教会は様々な国の人達が、宗教も国も言葉も関係なく、ただ『見てみたい』の望みだけで観光に訪れられる場所になっている。
添乗員が伝える。
「英雄王アレキサンドルは、悪政に立ち上がった隣国の民衆のために力を貸し、民衆を解放しました。そして、戦後、ここに戦争孤児のための孤児院を建てました。初代の院長は第三王女であったジャクリーヌだと言われています。そして、その後戦没者のために建てられたものがこちらの教会です。あちらにステンドグラスがありますので、参りましょう」
ツアー客が添乗員に連れられ歩き出す。次に歩みを止めた場所は、色とりどりのガラスが嵌められたステンドグラスの絵の前だ。
「こちらのステンドグラスに描かれている女性、ジャクリーヌ王女は、希望の光を纏う聖女と呼ばれているんですね。だから今もたくさんの人が彼女を称えるために、ここに訪れています。聖女ジャクリーヌ。見るもの全てを魅了すると言われるほど綺麗な方だったそうですよ。では、皆さま、次は庭へと向かいます」
ぞろぞろと続く観光客は様々な髪の色をしていて、カメラとスマホを片手に、添乗員に続いた。
広がる庭で目を惹くのは、まず中央にある大きな樫の木。そして、変わったところで言えば、野イチゴが自生させてある。
「イチゴは誰でも自由に食べて良いそうですよ。あ、お腹に自信のある方だけにしてくださいね」
添乗員が、赤いイチゴを愛おしそうに見つめていた若い夫婦に伝えた後に、皆に続けた。
「こちらの庭がエヴァンジルの庭となります。庭師の名前『エヴァン』と福音を意味する言葉『エヴァンジル』を合わせそんな風に呼ばれているんですね。またこの庭はジャクリーヌがもたらした福音の象徴とされており、彼女が両国の平和を本当の意味でもたらしたと言われています。
だから、正式な名称は『エグリーズ・ドゥ・ラ・リュミエール・ドゥ・レスポワール』ですが、現地の方からは『ジャクリーヌ様の光の教会』と親しまれて呼ばれているんですね」
しかし、説明を聞きながら写真を撮る観光客が、彼の名前と庭の名前を覚えることはない。
ただ、太陽に輝く平和の中で、誰もが隣りにある相手を憎まずにその庭にいる。同じように庭を歩き、同じように語らい。子ども達が走り笑い。
手伝ってもらえば感謝し、ぶつかれば謝る。
皆が同じ場所に立っていた。
『お前は本当に鈍くさいなぁ』
『兄さま、それは可哀想ですよ』
『だってさぁ』
十歳になった弟は、必死に踵をあげて兄たちに追いつこうと、木にしがみついていたが、全く体が登っていかない。
そんな上の兄弟の様子を見ていた王様が立ち上がり、弟の足を支えてやる。
『慌てるな。ゆっくりで良い』
『はい』と答えた弟は、もう一度、兄たちを見上げて片手を伸ばす。次の枝にあと少しで手が届くのだ。
王妃は生まれたばかりの末の弟を両腕に包みながら、三つの妹がひとつになったばかりの弟に話しかけて笑う姿に、頬を緩める。
太陽の光が、全てをつつみ、輝きを滲ませた。
大きな樫の木が一本。その周りを囲む三名は、白い花束を持っている。
しゃがんだ一人は女性で小さな我が子二人の肩を抱き、もう二人は男性でその木肌に触れながら、雄大に広がる枝葉を眺めた。それから、男性二人は女性に向かい、『姉さま、兄さま達はここにいらっしゃるのですね』と呟いた。
『ゆっくり、慌てない。でも、必ずここに来るから。待っていて下さいね』
教会の屋根にある尖塔の窓には、そんな庭を眺めているふたりがいる。
「本当に素敵なお庭ですね。それなのに随分と時間を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」
長い桃色金髪のジャクリーヌの足元に跪いたエヴァンが、その頭を垂れた。
「いいえ。妹と弟たちの姿、しかと目に焼き付けました。このご恩に報いるには一生を掛けても足りぬことでしょう。しかし、ご恩に報いるためにも、この庭がこのままあり続けられるよう、これからも私めにその役目を努めさせてくださいませんか?」
ジャクリーヌの微笑みは、正しく清らかな聖女のものであったそうだ。
「よろしくお願いします」
彼らの見た過去、そして未来に祝福と輝きの光を。
彼女にもたらされた福音は、今の平和を伝えるものだったに違いない。
『ワルキューレ~死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭』(完)
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