あなたの御髪は美しい
ポートマンはエヴァンの持つイチゴの籠を見つめる。
「ジャクリーヌ様はイチゴが大好きなお子様でした」
それはヒューストンからも聞いている。しかし、エヴァンは頷くだけで良いのだ。話の堰を切ったものは、その流れを止めないことをエヴァンは知っている。
「赤いイチゴを毎日でも食べたいと、それは輝かんばかりの笑顔で」
そんな彼女が『赤』を恐れるようになった。好物のイチゴでさえだ。
ポートマンの声が沈み顔が曇る。
『赤い髪は魔女なんだよ』
まさか、そんな他愛もない子どもの会話ひとつで、彼女の一生を深く沈めるとは誰も思わなかった。
『どうすれば髪が生えてこなくなるの?』と髪を切り落としてしまった少女が恐れるその稀有な髪色は、彼らの中では神聖なものだったのだから。
そう、父であるアレキサンドル王もポートマンと同じように思っただけだった。
理由を知った当初、彼も大らかに笑って『子どものことだ、すぐに忘れる』と言ったそうだ。
それが、その通りであればどれだけ良かったか。
皆が思ったことだろう。そして、彼女の淑女教育を仰せつかっていたポートマンは、誰よりも近くでジャクリーヌの恐れを見てきた。
彼女が『死神』と呼ばれるにいたるまでだ。
おそらく、ポートマン自身も胸を痛め続けていたのだろう。自分の無力を嘆いていたのだろう。
エヴァンは白いイチゴをやるせない色の瞳で見下ろすポートマンを見て、そんな風に感じた。
「初めて『人』に会ったと、仰っていました。あんな場所なのに、人でいられる『人』の願いを叶えたいと」
そして、視線がエヴァンに戻る。憎しみまでは感じないが、わずかに棘のある視線。
「貴方のことです。悔しいですが、ジャクリーヌ様の中で、貴方が唯一の人間として映ったのでしょう」
ポートマンのまっすぐな瞳とその言葉は、エヴァンに向けられているわけではない。彼女の視線のすべては、ただ忠誠を誓ったジャクリーヌへと続いている。その方がエヴァンにとってもありがたかった。
だが、人を求め人になりたがった死神は、どう間違えて俺を人だと勘違いしたのか。戦場で人を殺していたジャクリーヌが死神だったのなら、俺だって死神でしかない。
そんな風にしか思えないのだ。エヴァンは彼女の指針になるような人生を歩んでいるわけではないのだ。
その困惑を見抜いたようにして、ポートマンは「彼女の『ご』に続く言葉をご存じですか」と続けた。もちろん、エヴァンは首を横にする。
「あなたにお会いするときは、あの甲冑が御守りのようなものだったのです」
エヴァンが黙っていたので、ポートマンが再びジャクリーヌの言葉を代言する。
ご家族の皆様を助けられなくて、ごめんなさい。
ご兄弟の皆様を一緒にしてあげられなくて、ごめんなさい。
ごめんなさい。あなたのお城のお庭は、ないのです。
ごめんなさい。必ずお庭に集まれるようにしますので。
どうか信じて待っていてください。
ご兄弟に会わせられなくて、ごめんなさい。
私は『あなたという存在』を殺したも同然なのです。
謝りたくて、エヴァンをお茶に誘っていたジャクリーヌ。出てこない言葉の代わりにポートマンが様々な情報を付け加えた。
静かな謝罪は、あの震えとともに在ったのだろう。
しかし、すぐに後悔を口にするなど、戦いに散った戦士達の顔に泥を塗るだけだ。そんな奴は戦場に立つ資格などない。まして、指揮を取るなど……論外だ。
そして、国の上に立つ者もそうだと、エヴァンは思っていた。
だが、素直に謝ることができるのは、単純に『強さ』でもある。
兄含めエヴァンたちには受け継がれなかった、彼ら両親の純粋な強さ。
反乱の声を聞いたあの時も、謝りたいと言う国王を止めずに、謝らせていれば、何か変わっていたのだろうか。
あの国は、それで国王を許していたのだろうか。
「ジャクリーヌ様は二度と戦場に立たないそうです」
彼女は、あの戦地で持ち帰らなければならなかった『首』を持ち帰らなかった。
……斬り落とせば良かっただけなのに。
どちらにも進むことができなくなった彼女は、また別の仮面を被ろうとしたのだろう。王族としての地位も騎士としての地位も捨て、この辺境の土地を贖罪の意味でもらった。戦勝地としてではなく、地位を捨てる彼女へ王ができ得る餞別として、この土地が与えられたのかもしれない。
孤児院を建てるのだそうだ。この戦争で孤児となった者を分け隔てなく、助けが必要な者はすべて受け入れたいと。そして、いずれは戦没者の鎮魂のための教会も建てるのだそうだ。
この髪を思い出しながら、償いたいと。
決めたのだろう。
そのくせ、エヴァンにその髪を見られて血も涙もない『魔女』と言われると思ったらしい。鎧姿で『死神』と言われなかったからと、エヴァンの前ではあんな姿をしていた馬鹿みたいに怖がりなお姫さまが、あの鎧の中にいたのだ。
そして、ここに約束の庭を造りたい。約束を果たしたい。それだけでエヴァンは『庭男』なのだ。
あぁ、本当に純粋に『可愛らしい』お姫様なのだな。
ジャクリーヌからの『沙汰』は、エヴァンに庭を造らせること。
「おそらく、今日はもうお茶会には出てこられないと思います」
なんて身勝手な沙汰なのだろう。それなのに、エヴァンは怒りすら覚えない。それどころか、なぜか笑えてくるのだ。
もし、戦場の彼女とお茶会の彼女、そして可憐と言っても不自然でないあの彼女を見ていなければ、自分勝手で子どもっぽいだけの、大人になれないお嬢さんのイメージしか持たなかっただろう。
子どもの頃に言われた言葉に傷つき、自分の個性を嫌い、消そうとする。
結果、死神と呼ばれ、人になれない自分をさらに嫌おうとする。
庇われれば、それは自分が王女だからだと、その者すら信じられない。
誰にも会いたくないと、人を避けるようになるくせに、『人』を求めようとする。
そして、そんな自分が嫌で、やはり自分を傷つける場所に、自分を置いた。
まるで迷子のように道に迷い、魔女の言葉を恐れ、死神になり、勝手に庭造りを押しつけておき、次は聖女にでもなると言うのか……。
孤児達を受け入れるつもりなら、人との関わりは避けられないのに、と思いながら、なぜか不思議と優しい気持ちになる。
戦場に立たないのではなく、立ちたくないと気付いたというところか。
しかし、彼女の仮面が、今度は剥がれないようにしたいと思った。彼女の作る未来を見たいとも思った。
だから、ポートマンの顔を真っ直ぐ見つめた。
彼女に伝えてください。
あなたの御髪は、とても清らかで美しい、と。
きっと、『人』と信じてもらえている俺が言えば、素直な子どもは信じるのだろう。二度と死神にも魔女にもならないのだろう。
清らかな聖女として立ち続けられるのだろう。
彼女は馬鹿みたいに素直で、とても強い『人』だから。
まったく羨ましい限りだ。
そう、とても羨ましい。
エヴァンはただただ、彼女が羨ましかった。














