イチゴが好きなお姫様
初夏を思わせる春の暮。もう上着など必要のない季節になってきていた。ジャクリーヌの屋敷にあるイチゴ畑には、色素の薄い白いイチゴと赤いイチゴが、その光を余すことなく浴びて輝き、花の時代には受粉を手伝っていたミツバチすら、その甘い匂いに誘われてくるようだった。
屋敷の厩舎には黒馬と白馬が隣り合っている。
白馬がブロン。黒馬がクラウディア、通称クロウ。
春の日差しから彼女を守るためにあるつばの大きな白い帽子に、紺色のエプロンドレスは、ジャクリーヌが馬の世話をする時に、必ず身につける作業服のようなものだった。
厩舎の掃除を終えたジャクリーヌは、彼らの朝食になる牧草をリヤカーとフォークで餌箱に入れ、新しい水を井戸から汲んでくる。
そして、彼らのケアをする。二頭を厩舎から出して、日当たりの良い場所につなぐ。
まずはここの先輩馬である、ブロンから。
ジャクリーヌはそう決めて、ブラシをかけている。ブロンの体はしなやかで、ブラシをかければかけるほど、光を吸い込んでいくかのように、白が輝き始める。
そして、その輝きが自身の誇りでもあるかのようにブロンは目を細め、気持ちよさそうに背中や首筋を掻かれて過ごす。
しかし、ジャクリーヌがクロウの体にブラシをかけ始めると、ブロンは怒ったように鼻を鳴らす。それも毎回同じだった。
「普段は仲良しなのに、不思議ね。もう少し待ってるのよ」
ジャクリーヌはブロンに声をかけながら、クロウの毛並みに艶を出すようにしてブラッシングをする。クロウの気性は穏やかだ。ブロンがこうして焼きもちを妬いても、全く動じない。
それは、どこかエヴァンに通じるものがあるようにも思える。
そんなことを思いながら、クロウのブラッシングを続ける。クロウは筋の通った整った顔をしている。気ままさが気高くも見えるブロウとは違う。そして、クロウは、背中よりも首筋を掻かれることを好む馬だ。しかし、その艶を深めるためには、背中の汚れもしっかりと落としてやらなければならない。
ただ、
「クロウは、何をしても嫌がりませんね」
ジャクリーヌは少し寂しそうに、クロウの顔に触れた。
まるで、自分の国が負けたということを静かに受け止めているかのように思える。
クロウの本名である『クラウディア』が彼の妹によって名付けられたということは、ヒューストンから聞いて知っていた。ルシアという娘は、十五になったばかりだったと言う。今年十六になるのであれば、縁談のひとつやふたつ出てくるだろう。おそらく、そうなるのだろう。
監視という意味合いで言えば、その方がエルバーグリーク王家であるダランベールの負担減にもなるのだから。だからこそ、そのルシアが養子先の家でどのように扱われているのかが、気になったのだ。
よくしてもらっているかしら……。
だが、無茶な嘆願を通し、王家と断絶されてしまったジャクリーヌには知る由もない。
だからこそ、ここに庭を、と思うのだ。
お父様は、約束を守ってくださる方だもの……
――きっと伝えてくださっている。
ブロンがジャクリーヌの手が止まっていることに気付き、抗議するような鼻音を立てた。
と、その時。
「あ」
――帽子が……
春の風に煽られたジャクリーヌの帽子が、そのまま風に乗って空高く飛ばされてしまったのだ。
ジャクリーヌが慌てて駆け出したその様子を、白黒の馬がじっと見つめていた。
※
エヴァンがサヴォタから帰ってきて一か月ほどが経っていた。
朝早くは野菜の収穫、そして午後からはイチゴの収穫をするらしい。収穫が終わると、イチゴの弦を伸ばすための準備に入る。
あのお茶会の前だな……。
そして、今からはこの低木の剪定。
それが本日のエヴァンの仕事である。
ヒューストンの規則正しいハサミの音に目を向けながら、ヒューストンの説明を聞く。
脇芽を切って、まっすぐに育てるのだそうだ。
「お前さんもやってみ」
「はい」
ハサミを交代したエヴァンが、見様見真似で、ヒューストンと同じように枝を切る。脇芽であれば若い芽も要らない。
ふと、セファゾドールを思い出す。
要らない……かぁ。
そう言えば、ここの主ジャクリーヌはイチゴが好きらしい。だから、イチゴの収穫をするのだ。そしてそこに植えられているイチゴの種類は、多くある。
小粒のものはよく見たことがあるものだ。そして、すこし大粒の食べ応えがありそうなもの。それから、アルビノ種だと言っていた白いイチゴが主として育てられていた。
とても珍しいものだそうだ。
そこは、さすが王女の庭だ。
しかし、同じくイチゴが好物だったルシアはどうしているのだろう、と思い出し、苦笑いした。
知る由もないな。
あの『ご』しか言わないジャクリーヌが、そんな複雑な言葉を教えてくれるとも思えない。
もちろん、話せないわけではないだろう。
戦場でははっきりとした言葉を聞いたのだから。
「姫さんはな、可愛らしい方なんじゃよ」
エヴァンは思わず自分の口をふさいでしまった。もしや、聞こえていたのではないかと思ったのだ。その様子にヒューストンが豪快に笑った。
「お前さん、姫さんのこと悪く考えておったな?」
「いえ、滅相もない」
はい、まったくその通りです。
とは、口が裂けても言えない。
そして、慌てて切り落とそうとした枝に注意を受けた。
「違う違う、脇芽はこっちじゃ」
「申し訳ありません……」
ヒューストンは「まだまだじゃな」と笑いながら、イチゴとジャクリーヌを一つ教えてくれた。
「姫さんも昔は赤いイチゴが大好きじゃった。それから白いイチゴは、アレキサンドル王の最後の贈り物なんじゃ……」
首を傾げたエヴァンに、ヒューストンはそれ以上語らず、エヴァンもそのまま仕事に集中することにした。














