サヴォタの町は変わらない
春の日差しが柔らかく畑の野菜にも差し込み、広がり始めた葉が、朝露に輝いている。エヴァンも世話をしている畑である。その中にはあの奇妙なお茶会で用意されていた小物の絵になっていたイチゴもあり、もう少しで収穫期にあたるそうだ。
ヒューストンは、それをとても大切に育てており、エヴァンにイチゴには何種類も種類があることを教えてくれていた。
イチゴは、妹のルシアの好物でもあったが、そんなに種類があるなど、エヴァンは露も知らなかった。
そもそも、生のイチゴなどほとんど口にしたことがない。
そして、あれ以降も何度かあの奇妙なお茶会に誘われたエヴァンだったが、やはりジャクリーヌは毎回、鎧姿のまま現れ、『ご』を発した。本当に、あの鎧と『ご』に何の意味があるのだろうか。
エヴァンは、不思議で仕方がない。まさか、あれが一国の王女である彼女の一張羅というわけでもあるまい。
そして、ジャクリーヌはあのお茶会以外、エヴァンの前に姿を見せない。
それも変わらない。
姿を完全に見せないことにも疑問があったが、姿を見せる時だけ『鎧姿』の『ご』発言。
謎は深まるばかりではあるのだが、それも少し慣れてきた。
そういうお姫様なのだろう。
おそらく。
イチゴの種類があんなにあるのだから、『姫』にも多くの種類があるのだろう。それが彼女の場合『鎧』のカテゴリーだっただけで。ただ、エヴァン自身が知らなかっただけで。
そうやってエヴァンは無理やりに落としこもうとする。
見た目が鎧なだけで、エヴァンにとっての害はないことが分かったのだから。
もちろん、エルバーグリーク王の言う『沙汰』の意味も分からない。
『ご』が沙汰なのだろうか……。確かに呪いの言葉にも思えなくもないが、やはりエヴァンは理解できないまま『庭男』を務めるしかなかった。
だが、クラウディアの世話もジャクリーヌがしてくれているらしい。あのよく手入れのされていた白馬――ブロンという名はヒューストンから聞いた――を見れば、クロウがよくしてもらっていることは、目に見えて分かるというものだ。
だから、そのジャクリーヌのお使いで、ヒューストンに付き合いを頼まれたのだ。
「お前さんは、馬のブラシに詳しいか?」
「えぇ、まぁ……」
そう答えたがために、今エヴァンは、屋敷から馬で一時間ほどの場所にある町、サヴォタにいる。もちろん、クロウを操り、ヒューストンを馬に乗せて走らせたのは、エヴァンだ。
そして、お使いのブラシを買い終わり、肉や野菜の買い足しに向かったヒューストンを、町の入り口で待っている状態である。
きっと、ここで待たされたのはクロウを気遣ってくれたのだろう。
元来、町中を走るような馬ではないのだ、クロウは。
元はセファゾドールの統治する町だったサヴォタは、エルバーグリークが治めるようになってからも、同じように商いが盛んな往来の町のようだ。
民は統治者が変わろうと、何一つ変わらない雰囲気を醸している、そんな風にエヴァンには思えた。
それは、エルバーグリーク王が民を尊重しているからなのだろう。そして、エルバーグリーク軍がセファゾドールの町を破壊しなかった、に尽きる結果だ。
町にはセファゾドールが誇る毛織の絨毯も、銀食器も店先に自然に置かれており、そこに書かれている文字も変わらない。
エルバーグリークから仕入れているだろう鉄製品のナイフやフォークにスプーン。そして、エルバーグリークが誇るエメラルドの装飾品。
それらも、昔からここでは取り揃えていた。
そう、変わらないのだ。
なにも……
活気に溢れている町の中、エヴァンは羽織っていたマントのフードを目深に下ろす。このマントはヒューストンがエヴァンに貸してくれたものだ。
まだ肌寒いじゃろうが、あの毛織じゃ、暑い季節じゃからな、と。
本当は、別の意味が含まれていたのかもしれない。
王族の顔などほとんどの民は知らない。しかも、第三という微妙な立場であったエヴァンが、この格好であれば、解る者など皆無だろう。
だが、エヴァンは顔を隠したくなったのだ。
何も変わらない民。そして、彼らに強いてきたこと。
その一部に加担していたこと。
エヴァンへ向けられる視線のすべてが、まるでエヴァンを知っているかのような、あざ笑っているかのような、非難されているような、そんな感覚になってしまう。
――やはり、断るべきだった。
クロウが鼻を鳴らす音で、ふと意識が戻った。
「クロウ、痒いのか?」
クロウが鼻を鳴らす時は、首を搔いて欲しい時。
「もうすぐ、ヒューストンさんが帰ってくるから、あと少し待ってような。そうだ、さっき買ったブラシは、お前用にと、ジャクリーヌ様が買ってくれたそうだぞ。お前、大事にされてるな」
エヴァンはクロウに話しかけることで、自分の存在を肯定しているのだ。
まるで子どものようだな、……。
そんな風に自己を守るしかできない自分自身を慰めるようにして、エヴァンはクロウの首を掻きながら、ヒューストンの帰りを待った。














