奇妙なお茶会③
エヴァンの目の前にはコレクションの鎧のようにじっと座っている、何かがいる。
いや、何かではなく、その中に在るのはポートマンの様子からしても、やはりジャクリーヌに間違いない。ポートマンは一瞬眉を上げただけで、その状況をすぐに飲み込んだらしい。
エヴァンはまた取り残されていた。
ジャクリーヌの前にあるカップにお茶が注がれると、一気に場が華やぐような甘い花の香りが漂った。王女主催で、しかも若い王女のためのお茶会とするならば、これ以上のものはないだろう。
なんと言っても、たとえやすい。
本来のお茶会であれば、その香りを褒め合う。そうだ、お茶を淹れる器だって、褒め合うのが礼儀。
こちらも、珍しいイチゴの意匠。熨斗目色の筆で描かれたそれは特注品かもしれない。
繊細でありながら雅やか。そんな言葉が思い浮かぶ。
たとえば、……。そう、姫君相手であれば、その香りを姫君の美貌に例える、が常套。目上なら、その器の優美さを彼らの気品に例える。
エヴァンは、懸命に王子であった頃を思い出そうとし、無理だ、と挫折した。
褒めるべき箇所が全く見当たらない。女性は褒めるべきものだ、と教わってはきていた。しかし、何を褒めればよいのだろうか。
目の前にいるのは、なぜかお茶を嗜む『鎧』なのだ。
この状況では、武骨な武人としてのエヴァンが勝ってしまう。いや、もういっそ無知を装い、本当に村人あたりになってしまった方が良いのではないだろうか。ヒューストンのように「姫さんは今日もご機嫌麗しゅう」くらいの言葉をかけた方が……。
なまじ王子なんてやっていたものだから、そんな思いにすらなってしまう。
どこか、失敗は許されないような……今や失われているはずの王族としての緊張感。もはや持たなくても良い矜持。
それでも、男児たるもの、と自分を奮い立たせ、相手を観察していた。
例えば、鎧であったとしても、その鶏冠にあたるプルームは赤や白、黒あたりがよく使われる。戦場に優しい色合いである桃色を選んでいるということは、女性らしさであり、褒めるに値すべき箇所かもしれない。
そう思い、慌てて否定した。
そこは、決して褒める箇所でもなく、褒められて嬉しい箇所ではないはずだ。
ジャクリーヌはそんなエヴァンの気持ちを知ってか知らずか、とても器用に面を少しだけ上げ、お茶を啜る。
いや、本当に器用だ。
エヴァンがじっとその様子を眺めていると、鎧がギチギチと震え出した。
ここの主であり、さらにはこの国の王女さまを凝視してしまうだなんて、非礼極まりない。エヴァンは、慌てて視線を下げる。
「失礼いたしました」
「どうぞ、お茶をお飲みください。せっかくのものが冷めてしまいますので」
ポートマンがエヴァンの思考を切り捨てるように、言葉を落とす。エヴァンも素直に従う。
「は……い。いただきます」
香りを嗅いで、一口入れる。
茶特有の香ばしい香りが口に広がり、鼻に抜けたところで花の香りが続く。
……まるで世界が華やぐようですね。
この感想を鎧相手に言っても良いのだろうか。
しかし、エヴァンが鎧に負けじとカップを優雅に揃いの皿に戻した、その時。
鎧が、喋った。
『ご、ご、ご』
と。
ごごご?
エヴァンは不敬と知りつつ、思わず奇妙なものを眺めてしまった。すると今度は鎧がぎゅいぎゅいと音を立てながら、震え出す。
いったい何なのだ?
取り繕うような咳払いをしたポートマンに倣い、エヴァンも自分の不敬を咳ばらいをしてごまかした。
「ご、ご、ご」
言葉に詰まるジャクリーヌに代わり、今度はポートマンが言葉を足していく。
「ご家族のことは」
「ごご、ご」
「ご心配なく」
そして、俯くジャクリーヌがまた「ご」を続ける。
「ご両親と王太子様であられたお兄様はわたくしでは、どうしようもなく……」
ポートマンが何の感情も込めずに、淡々と語る。そこでやっと『ご』の呻き声がなくなった。それにしても、『ご』と発語する度に、鎧が小さく見えてくるのがエヴァンの中で一番不思議なことだった。
そんなことを思いつつ、エヴァンは偽りなき言葉を彼女に伝えた。
「……いえ、妹と幼い弟たちを助けていただけただけで充分です」
そう、本当に感謝しているのだ。
ただ、この再会は、良くも悪くも、エヴァンの中のジャクリーヌを『華麗に戦った戦乙女』もしくは『死神』としての印象を大きく変えたのは確かだ。
そう、良くも悪くも。
エヴァンの中で『ジャクリーヌはよく分からない存在』を深めた。
そして、ジャクリーヌはその鋼鉄の両手でカップを包むように持ち、視線を落としたまま、再び鎧コレクションとなった。まったく動かない。
それはとても奇怪なお茶会だった。














