桃色鶏冠の王女さま
「赤い髪は魔女なんだよ」
そんな声とともに、ジャクリーヌは、硬い簡易ベッドから飛び起きてしまった。
息が荒い。
背中には冷たい汗が流れていた。
ゆっくりと、手を頬の傍へ持って行き、そこにある髪を触る。
――短い……
大きく息を吸い込んだ後、彼女は鏡の前まで急ぎ裸足で歩いていき、今度は安堵のため息を付いた。
……大丈夫
長かった髪をバッサリと切り落としたのは、ずいぶん昔のことだった。
当時、エルバーグリーク王である父アレクサンドルが開いた貴族の集まりの日。ジャクリーヌにとっては、はじめての社交界デビューでもあった、そんな日。同年代の公女・公子と共にお喋りをしたあの日。
珍しいジャクリーヌの桃味を帯びた金髪が話題になったのだ。おとぎ話の魔女の絵本に重ねて。
おとぎ話に出てきた魔女は、赤い炎のような髪を持ち、国を亡ぼす厄災として描かれていた。ジャクリーヌは第三と言えど、王女としての身分を持つ。
そんな者が国を亡ぼす『魔女』になるかもしれない髪を持つと言われた。幼い彼女は、両親に嫌われるのではないか、自分が大切な国を滅ぼしてしまうのではないかと思ったのだ。その恐ろしさから、ジャクリーヌは髪を切り落とし、魔女というものの対岸にあるだろう『剣』に打ち込むようになった。声を出すことを恐れ、必要な言葉以外を発することを自ら封じた。それらすべてが、騎士道という点で、とても都合がよかったのだ。
今はあのおとぎ話が作り話だということも知っている。
だけど、今もそれが恐ろしい。
赤が怖い。
それが、ジャクリーヌの真実なのだ。
だから、ジャクリーヌは、ただここで剣を振るうことで己自身を守っているのだろう。
私は魔女ではない。人に危害を加えるものではない。
たとえ、死神の異名を授かろうとも、私は、国を守るために働く、人間なのだと。
そして、今ジャクリーヌがいるこの場所は、隣国セファゾドールとの境目を越えた野営。
あちらの砦はあと一つ。
敵国の最後の砦とも言われる男――敵国の第三王子エヴァン・ファゾリナ・イル・セファゾドールの首を刎ねる、それが、今のジャクリーヌに課せられた、使命だ。
赤には届かない桃色。
そんな桃色の鶏冠が付いた鉄仮面をかぶり、彼女は戦場に立っている。




