ファントム ep2
ファントムの続きです。
これで完結します。
マーガスの命令
「おい。生きているか?」
ローズはコンテナに寄り掛かりながらシオンに話しかけた。
「一応な」
シオンは這いながら、ローズの横に座り、息を吐いた。
「お前、相当タフだな。昨日からの連戦でまだ生きてやがる」
「俺が死んだら、お前やケイは悲しむからな」
「ぬかせ」
「なぁ。どこまでがトリスタンの計画なんだ?」
「知らねー。少なくともウチらがボコられるのは計算内だろ」
「そうか」
リナとジョーは、想像を絶するスピードで、銃弾をお互い躱し、一進一退の攻防が続いている。
もう人間の限界をとうに超えていた。これが“SNB”を打った者同士の闘い。
シオンが体力的に万全だったとしても、この闘いの間に入る余地はなかった。
それほどまでの高次元の闘いだった。
「シオン。すまなかったな。ウチの連中とやり合った時、手を抜いてくれて」
「何のことだ?俺はそんな器用じゃないぞ。それにステルスを使うヤツなんてどこで拾ってきた?」
「フフッ。稀に見る才能のだろ?あの子はちょっと訳ありで、今はウチで預かっている。もし、お互い生きていたら話してやるよ」
「ああ。そうだな。お互い積もる話もあるだろうからな」
二人はコンテナに寄り掛かりながら、世紀の頂上決戦を見守る事にした。
「さすが被験者0521。かなりのスピードだ。俺でも追い付けんか…」
ジョーはリナのスピードに翻弄されて、的確に急所を狙って来る銃弾を完全に躱すことが出来ず、頬や腕、太腿に銃弾がかする。
だが、パワーも体力も俺の方が上。ヤツがあのスピードを維持し続けられるとは到底考えられない。疲れさせ、足が動かなくなってきた時が勝負だ。
ジョーは勝負所を定め、長期戦に持ち込もうと企む。
リナはフェイントを入れつつ、動き回り、ジョーの隙を狙っていたが、なかなかそうはいかない。
ジョーが長期戦を狙っているのはリナも勘付いている。だが、リナには時間が無い。これ以上の身体の負担は死が近付くだけ。多少のリスクは負わなければならない相手だった。
リナは距離を取り、コンテナの影に隠れた。
「何を考えている?自分に命の時間が無いと分かっていて、敢えて時間稼ぎをする。罠か?」
ジョーはチップを埋め込んでいるおかげで、あらゆる事態の想定を瞬時に導き出せる。
右か、左か、前か、後ろか、周囲を警戒しながら、狭いコンテナの間に入っていく。
ジョーはコンテナから顔を出し、左右をキョロキョロを見渡し、リナを探したが、見つからない。
「どこに消えた?」
銃を構え、先へ進む。
すると銃声が聞こえたと同時に、銃弾がコンテナに当たり、キンッと甲高い音が響き、ジョーのこめかみに銃弾がかすった。
「跳弾?いかん!」
さすがのジョーも何処から銃弾が跳ね返って来るかまでは予想が付かない。
急いで狭いコンテナの間から脱出しようと走り出した。
まだ銃声が鳴り、どこからともなく跳弾が飛んできた。
ジョーは頭を低くし、開けた場所に転がり出てきた。
それこそがリナの狙いだった。
跳弾に気を取らせ、周囲の警戒心が薄くなったジョーの顔面に、回し蹴りを喰らわした。
攻撃の手を緩めないリナは、パンチ、キックの応酬。
接近戦で一方的にジョーを蹂躙し始めた。
リナは女性として小柄な方だが、“SNB”を射たれている分、そこら辺の大男よりもパワーはある。
二十発、三十発と撃ち込んで行くが、リナはダメージがあまり入っていないと気付いた。
「あまり調子に乗るな!!」
ジョーが大声を出し、強引にパンチを繰り出し、リナは吹き飛んだ。
しかしリナは空中でクルリと回転し着地。回転したことで、力を上手くいなしたが、思った以上のパワーで、さすがにノーダメージと行かなかった。
「なぁシオン。知っているか?チップは感情的になると機能低下するんだぞ」
「知っているよ」
「ケイから聞いたのか?」
「ヨハンとコルから聞いた」
「そうか。やっとジョーが感情的になってきた。隙いるチャンスが来たぞ」
「いや。逆だよ」
「逆?どういう事だ?」
「初め、ヤツがここに現れた時、俺に対して激昂していた。だが俺をボコボコにして、スッキリしたんだろう。冷静さが戻った。俺は元々これを狙っていた」
「何?」
「本当は感情的になっている時に、少しでもダメージを与えておきたかったんだが、一方的にやられてしまった。そこが俺の計算の甘い所だ」
「一歩間違えれば、お前死んでたぞ」
「俺たちの命令は「ジョーを殺すこと」。“SNB”を射ったジョー相手に多少の犠牲は覚悟の上だ」
「……」
「俺ではジョーを倒すことはできない。だがリナなら出来る」
「相当信用しているんだな」
「現にリナはほとんどダメージを受けていない。だがジョーはかすり傷だが、銃弾を受けている」
ローズはハッとした。確かにその通りだと。
「その理由がこれから分かる」
リナは銃を使わず、接近戦の肉弾戦に持ち込んだ。
何故なら、銃のような飛び道具だと、当たり所が悪ければ一瞬で決着が付いてしまう。
だが、リナの恨みはそんな軽いモノではなかった。自分の拳で思いっきり殴り殺したかった。
自分を愛してくれた世界で唯一の人を、殺してしまった罪悪感、虚無感は、人の心を壊すのに十分だった。
そんな地獄以上の地獄をこの四年間、シオンに支えられ耐えてきた。
そしてマーガスを殺させた張本人ジョーには、生ぬるい死に方で終わらせる訳はなかった。
無表情だが、一発一発の拳は、最大の憎悪が込められていた。
ジョーもリナの誘いに乗り、拳で応戦するが、全て受け流れてしまう。
「なぜ当たらない!」
ジョーは一旦後ろにステップし、距離を取り、銃を撃った。
しかし、リナは銃弾を躱しながら距離を詰めて、また殴り掛かって来た。
「バカな!この距離でも当たらないだと?」
また強烈な一発を喰らい、タフさに自信があるジョーもよろけた。
リナは素早い動きで、後ろに回り込み、回し蹴りを入れ、サンドバック状態。
撃っても躱され、蹴っても殴っても受け流され、圧倒的な強さを見せつけていた。
それを見たローズは「マーガス…」と無意識に呟いていた。
「そうだ。あれは俺たちのリーダー、マーガスだよ」
「なぜナイトメア・レディとマーガスがダブルんだ?まさかチップが入っているのか?」
「チップは入っていない。リナは純粋過ぎる。マーガスを想う心が強すぎて、チップ無しでもアイツの思考や行動が手に取るように分かる。そして目を瞑れば、声や笑顔、口癖、良いことも、悪いことも全て見えるそうだ。リナはそこまでマーガスを愛している」
ローズの目から涙が一筋流れた。
「なんだよ、それ…。そんなヤツに私なんかが勝てる訳ねーじゃん…」
「ローズ…」
「情けないな。私は…」
「だからトリスタンとケイはお前にチップを渡さなかったんだ。渡せば、必ずお前はチップを自分自身に埋め込もうとする。そうなれば、ローズ。脳に負荷がかかり過ぎ、お前はお前で無くなる」
「だとしてもマーガスを近くに感じたかったよ…」
「お前もリナに負けず劣らず純粋過ぎる」
「うるせー!」
「恋は盲目とよく言ったものだ」
ローズは涙をグッと堪え「それでも…。私はナイトメア・レディが許せない。私の…私たちのマーガスを殺したんだ…」
「それは結果論に過ぎない。マーガスは自らの意志で死を選んだ。リナを殺すのなら自分が死のうと」
「分かっている!頭では分かっている。けど…理屈じゃ無いんだ…。惚れた男が他の女に取られても、幸せになってくれれば諦めもつく。だが…いなくなっちまった」
「ローズ、すまない。あの時、俺が止めていれば…」
「たらればの話こそ、結果論だぞ」
「そうだな」
シオンはローズの気持ち全てを理解した訳ではないが、少なくともその悲しみだけは共有できる。
そして、悲しみの奥にあった感情の矛先をリナに向けてしまっただけのこと。
ジョーがチップに頼っている間は、マーガスの思考や行動を読めるリナに攻撃が当たる事は無い。
しかもチップ無しで、マーガスを体現出来るとなれば、リナは無敵だった。
だから今の内に、銃を使いジョーに致命傷を与えるべきだった。
だが、リナは頑なに銃は使わず、肉弾戦を挑み続けた。
そして、リナ自身の体力だけが消耗していき、パンチ、キックの精度が下がりはじめ、ジョーに躱されはじめてきた。
ジョーもリナの精度、パワーが下がって来たのは感じていたが、いかんせんこっちの攻撃が全く当たらない。
体力には自信があるジョーでも、さすがに殴られ続けているとイライラが募っていた。
そして、そのイライラが爆発した。
「この小娘がー!!」
ジョーは巨漢の身体を使って、頭から突っ込み、タックルを仕掛けてきた。
リナはタックルしてくるジョーに対し、捕まれる瞬間にカウンターで、膝で下顎を跳ね上げた。
ジョーの顔は上に跳ね上がり口から血吹雪を上げた。
しかし、ジョーは止まらず、リナにタックルした。
リナもこの巨漢に対して踏ん張りが効かず、押し倒されてしまった。
「捕まえたぞ!小娘!」
ジョーの目は血走っており、完全に怒りに支配され、チップは完全に機能していなかった。
ジョーはリナに馬乗りになり、思いっきり拳を振り上げ、顔面を殴った。
ボゴッと鈍い音が倉庫に響いた。
リナは一瞬白眼になり、意識が半分飛び、ジョーの顔にリナの返り血が飛ぶ。
続きざまに拳を叩きつけながら「殺してやる!殺してやる!マーガスを殺したお前を殺せば、俺が最強だ!」
ジョーは怒りに満ち、完全に我を忘れてしまった。
あるのは狂気に堕ちた闇そのものだった。
高揚感を得た笑みを浮かべ、何度も何度も殴り続け、リナはピクリとも動かなくなった。
ジョーはリナの血で染まった拳を止めた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「バケモノめ」
シオンはジョーの姿を見て呟いた。
あれだけの闘いをして、息も切らしていない。
「シオン、見たか?これがマーガスの力を手に入れた俺だ。グリムリーパー七人掛でも倒せなかったナイトメア・レディを俺は一人で殺した。分かるか?お前のこの四年間は無駄であり、なにも成し遂げられず、死ぬ」
ジョーがゆっくりとシオンに近づいてくる。
「ジョー。お前は何も分かっていない。俺は…俺たちファントムは死ぬ覚悟で闘っている。もし、死ぬならお前も道連れだ」
シオンがそう言うと、ジョーはその場でピタッと立ち止まり、ゆっくり後ろを振り向いた。
「お前は不死身か?」
ジョーは、まだリナが立ち上がる力があるのか?と驚きが隠せなかった。
リナは半分意識が飛んでいるように見えるが、確かに立ち上がっている。
リナは血だらけの顔で、天を仰ぎ、そこに誰かがいるかのように手を伸ばし「Strongest is me」と小さく呟いた。
その光景を見たローズは、目を大きく開け、ゾクッと全身に雷が走り抜けた感覚に襲われた。
「シ、シオン。あの台詞は、マーガスの…」
シオンは俯き「そうだ。マーガスの口癖だ。そして死の言葉だ」
「死の言葉?」
「リナはリミットを外した。もう死ぬまで暴れ続けるだろう」
「ま、まさか…今まで本気じゃなかったと言うことか?」
「本気だったさ。だがリミットを外すのは死ぬ寸戦に使えと言ってある。それが来たと言うことだ。元々、“SNB”の影響であと数日生きられるかどうかの所まで来ていた命だ。リナは死ぬ。これは変わらん」
「もし、これでジョーを倒せなかったら?」
「俺もジョーに殺されるだろう」
シオンはリナを見た。最後の姿を目に焼き付けるために。
「ローズ、目を離すな。リナの命は持って1分か2分だ。すぐ終わる」
ローズもこの決着の先を見守る事にした。
刹那
ジョーは指の関節をポキポキ鳴らし「なんか喋ったみたいだが、そのボロボロの身体で何が出来る!」
言い終わると、リナに飛び掛かった。
バゴン!
揺れ傾くような地響きが倉庫を走り抜けた。
顔面に拳がめり込み、強烈を通り越した一撃が、ジョーの顎を砕き、白眼を向いたまま、コンテナに叩き込まれていた。
ローズは震えながら「何が起きた?何が起きている?」
「これがオリジナルの“SNB”の力だ」
シオンは冷静に言った。
「ローズ、動けるか?巻き込まれる。ここを離れるぞ」
ローズを促そうとした時、ジョーの目に正気が戻り、狂気に染まったリナに「貴様〜!」殴り返し、暴れ出した。
負傷しているシオンとローズは逃げ場を無くし、コンテンの裏手に回る事が精一杯だった。
「ヴァガガ〜!」
リナの眼球は赫く染まり、口から血なのか?涎なのか?唾液を垂らしながら、もう人の言葉では無い、けたたましい咆哮を叫び、ジョーに突進して行く。
ジョーも完全に我を忘れ、リナに突進して行く。
もはや、暴力による暴力の世界だった。
二人には避けると言う概念は皆無。全て攻撃に特化した野蛮な殴り合いだった。
しかし、リミットを外し、規格外のパワー、スピード、さらに特質した戦闘センスの三拍子が揃ったリナは無敵だった。
次第にリナがジョーを凌駕していき、蹂躙する。ボキボキッと骨が折れる鈍い音が聞こえる。
これはジョーの骨を砕く音でもあり、リナの身体がパワーについていけず、自分自身の骨が砕けていく音でもある。
まさに命を賭けた闘い。
なぜだ!マーガスの知能と俺の戦闘力を併せ持っても、ここまで押されるだと?馬鹿な、そんな馬鹿な事があるのか?
圧倒的な力の差を見せつけられ、死がチラついてくる。心が折れかけてきた。
だがジョーは、それによって怒りや狂気といった感情が薄れ、逆に冷静さを取り戻してしまった。怪我の功名と言うやつである。
ジョーは一瞬の隙を突いて、落ちていた銃を拾い、突進して来るリナ目掛けて二発の銃弾を打ち込んだ。
避けると言う選択肢が無いリナは両腕にその銃弾を受けてしまい、血が舞った。
が、リナは止まらない。
そのままジョーに回し蹴りを喰らわせ、左腕をへし折った。
「グウッ」
ジョーに呻き声が漏れる。そしてもう一発、銃を放った。
今度は左足に命中し、リナは倒れ込み、怒涛の勢いが止んだ。
ジョーは、呻き声を漏らしながら、折られた片腕を反対の手で抑え、頭を地面に付け、ハァハァと息切れをし、うずくまった。
「舐めていた。オリジナルの“SNB”がここまでとは…。だが、両腕と足をやった。パワー、スピード共に、アイツの方が上だが、勝つのは俺だ。チップが、マーガスが俺に勝利をもたらせてくれた!」
そう言い、リナの方を向いた時、驚きの表情で「馬鹿な…なぜ立ち上がれる…お前は何者だ…」
リナはそこに立っていおり、その赫い目からは狂気に満ちた、人間に偽り、身を隠していた悪魔が、そこに立っていた。
ジョーはそう錯覚した。
「悪魔だろうがバケモノだろうが、俺の邪魔だてする奴は、全員殺してやる!そしてマーガスを殺したお前を殺せば、俺が最強だ!」
そう言い放ち、立ち上がろうとしたが、思ったよりダメージが大きく、両足から崩れ、膝をついてしまった。
リナは左足を引きずりながら、ジョーに近づき、撃たれた腕を伸ばし、ジョーの首に手を伸ばした。
が、手は首に届かず、ドサッとリナはそのまま前のめりの倒れ、動かなくなった。
「フハハハハ。死によった。死によったわ!時間切れだ!これで俺が最強だー!」
ジョーの勝利宣言は倉庫中に響いた。
「リナ!」
シオンがボロボロの身体でやって来て、抱き抱えながら、心臓に耳を当てた。
……動いていない。
「シオン。お前もすぐに後を追わせてやる」
ジョーが銃を構えようとしたが、なかなか腕が上がらない。
「クソッ」
それほどジョーも体力を消耗していた。
そこにローズもやって来て、ジョーに肩を貸し「大丈夫か?ジョー」
「すまん」
ローズに肩を借り、立ち上がった。
「では、シオン。お前も死ね」
ジョーは、なんとか銃をシオンに向けた。
リナを抱き抱えながら座り込んでいるシオンは、キリッと睨み「ジョー。お前、目が良いな。リナの攻撃をギリギリの所で急所から外していた」
「よく分かったな。チップのお陰で、目で見える情報を瞬時に脳に送れるからな。まぁ流石に攻撃が速すぎて、急所から少しズラす程度が精一杯だったが」
「そんな良い目を持っていても、見えない物がある。なんだか分かるか?」
そこにローズが口を挟み「黙れシオン!時間だ」
ローズは右手で着ていたシャツを思いっきり破り、ナイフを持った左手で、ジョーの目を刺した!
さらに素早くジョーの銃を奪い、右腕を撃ち抜いた。
「グォォォ」
ジョーが雄叫びをあげた。
シオンは隠し持っていた銃を二発撃ち、ジョーの両足を撃ち抜く。
「ガハッ」
ジョーは尻餅をつく格好で、倒れ込んだ。
「ローズ!裏切ったのか!!」
「ああ?馬鹿を言うな。私たちグリムリーパーはね、マーガスの命令は絶対なんだよ。マーガスがジョーを殺せって言ったら、あんたは死ぬんだよ。シオンも言っていただろ?七対一だって。私、シオン、ケイ、トリスタン、バルデラ、ナイトメア・レディ、そしてマーガス。多少の遠回りはしたが、この四年間、あんたを殺す準備をしていたんだよ」
「貴様ら〜!!」
ローズはジョーを見下ろしながら「言っただろ?“殺せる時に殺せ”って。最強とか言っているから、油断して足元をすくわれるんだ」
「だが、俺はまだ生きているぞ!死んでないぞ!」
「そうだな。じゃぁ死ね」シオンの言葉が合図だったように、リナの右足が一瞬黄色く輝き、ジョーめがけて地を這うよう、低空飛行でリナは飛びついた。
そして、ジョーの首に噛み付き、喉を喰いちぎった。
喉の部分から大量の血が吹き出し、ジョーはそのまま絶命した。
同時にリナも逝った。
海の中の光
パン、パン、パン。
拍手をしながら白いスーツを着て、金髪のオールバック、そして丸いサングラスを掛けたトリスタンが、どこからともなく姿を表した。
「いやいや、二人ともお疲れさま。素晴らしい結果だよ」
と、シオンとローズを労った。
「素晴らしい結果?こっちはボロボロだぞ」
ローズが皮肉を言う。
「それも計画通りさ。ジョーはとても警戒心が強いからね。特にシオンは、それくらい怪我をしてくれなと、ジョーは姿も表してくれないだろう。それにしてもローズの腕が生えたのには驚いたよ。シオンは知っていたのかい?」
トリスタンは手術とかで使う、透明のゴム手袋を手にはめながら言った。
「いや。俺も知らなかった」
ローズはいつもの赤黒いコートを拾い、羽織ながら「フン!ジョー相手に無策で挑めるかってんだ。しかしだトリスタン。もし、逆にジョーが勝っていたら、お前はどうするつもりだったんだ?」
「当然、君たちに加勢したさ。僕が怖いのはナイトメア・レディだけ。彼女が死ぬまでは動かないと決めていた」
「だろうな」リナをそっと抱き抱え、シオンは言った。
リナは静かに目を閉じている。
もし、天国と地獄があるのなら、リナは地獄へ行くだろう。
シオンは、この四年間でリナから生い立ちなどをいろいろ聞いていた。
別に同情した訳ではないが、少しでも救われて欲しかったのは確か。
ジョーを殺すことで、最愛の人を殺してしまった罪悪感が少しでも軽くなって欲しかった。
マーガスヘの愛が本物だと知っているシオンは、そう願った。
「さぁ送って行くよ。マーガスの元へ」
シオンは誰にも聞こえない、小さな声でリナに言った。
その時、バルデラの特殊部隊の連中が、列を成して小走りに入って来た。
それを見たローズが「シオン、行くぞ」
シオンは、どこに?という顔をした。
「お前の事だ。任務を遂行した後のことは考えていないだろうと思って、こっちで用意した。トリスタン。とっととチップを回収しろ!」
「はいはい。回収しますよ」
トリスタンは銃でジョーの頭を何発か撃ち、そして穴の空いた頭に指を突っ込み、血の付いたチップを取り除いた。
特殊部隊から嗚咽が聞こえる程、見てられない光景だった。
「あ〜あ。スーツにちょっと血が着いちゃったよ」
ゴム手袋を脱ぎ捨て、チップを小さなビニール袋に入れ、ポケットにしまった。
トリスタンが特殊部隊に合図を出した。
すると特殊部隊の一人が、シオンが抱き抱えているリナを奪おうとする。
「やめろ!触るな!」大声を出した。
「大丈夫だ。何もしやしないよ。ただ運ぶだけだ。腕を撃たれているお前じゃ運べないからな」
ローズがなだめ、シオンはリナを手放した。
「シオン。外で姉さんが待っている。さっさと行くぞ!」
「ケイが?」
シオンはボロボロの身体で立ち上る。
「トリスタン。後処理は頼むよ」
ローズはそう言うと、倉庫の出口に向かい、シオンも後に続いた。
外はまだ薄暗かったが、時期に日が昇るだろう。
「ローズ!シオン!こっちこっち!」
海の方からケイの声が聞こえる。
近づくと、小型ボートがあり、そこにケイはいた。
「さぁ、急いで乗って。日が昇る前には出発しないと行けないから」
ボートに、まずシオンとローズが乗り、最後にリナの死体が乗せられた。
「出発進行!ヨーソロー!」
ケイが元気よくボートを発進させた。
トリスタンはボートが無事出発したのかを確認し「バルデラもお疲れさん」
いつの間にかにバルデラがトリスタンの少し後ろに立っていた。そしてボートを見送っていた。
「ったく。金と弾薬武器に、うちの兵隊。どれだけ使うんだよ!お前は」
バルデラはタバコに火を付けた。
「まぁまぁまぁ。そう言わないでくれよ。僕も結構、身体を張ったんだから。ジョーのご機嫌取りに」
「フフフッ。そうだな。この四年間、何度もジョーにボコられていたらしいな。ケイが今日もトリスタンがボコられたって連絡して来てたぞ」
「チップの使用上、精神が不安定になるんだから、仕方がない。それもこれもマーガスの命令じゃ、僕に拒否権は無いよ」
「さぁ後片付けでもするか?」
「バルデラ。すまないね。二、三日で出て来れるから」
「今回、俺は何もしていない。シオンやローズに比べたら楽なもんだ」
バルデラはそう言って、倉庫の方へ歩いて行った。
トリスタンは、薄暗い海を一人でまだ眺めていた。
「どこへ向かうんだ?」シオンは大声でケイに聞いた。
スピードを出しているので、向かい風で大声で話す必要があった。
「沖に潜水艦がある。それで日本を離れるよ」
「潜水艦?」
「そう。ジョーは潜水艦を使って、ここまで来たの」
ケイが言った。
ローズが髪をなびかせケイに「ウチの連中はどうだった?」
「さすがだね。手際も良くて、連携も良かったよ」
「ウチの連中?ナンバーズか?」今度はシオンが聞いた。
ローズは沖の方を見ながら「潜水艦はジョーの移動手段でもあると同時に、アジトとしても使っていた。それを制圧する役目をナンバーズに命令してある」
「それもトリスタンの計画の内か?」
「そうだ。何もかもトリスタンとバルデラが用意した。潜水艦もな」
「そうか」
「お前の使っていたアジトの倉庫。あそこら辺一帯はバルデラの所有地でもある。だから多少暴れても、何とかなる。倉庫に最短距離で行けるはずの橋を爆破したのも、警察が来るのを遅らせる為でもあり、潜水艦で逃げる事を想定して、すぐボートが出せるあの倉庫をアジトとして使わせる」
「そして、全てバルデラが罪を被るってシナリオか」
「だが、実際にバルデラは手を出していない。捕まっても証拠不十分で直ぐに釈放って訳だ。アイツは東京観光をマジで楽しんでいたよ」
「とは言っても、みんなに大きな借りが出来ちまったな」
「それは言いっこ無しだよ」ボートを操縦しているケイが言った。
「だって、シカゴで話し合って決めた事じゃない。ナイトメア・レディに殺らせるって」
「私は賛成しない」ローズはムスッとしている。
「でも、ローズはそうした」
「ただ、私は…こいつにボコられて、体力的にジョーにトドメをさせなかっただけだ」
「そう言う事にしとくよ」
「ね、姉さん!」
ケイはフフフと笑った。
「なぁシオン。こいつはあの時、本当に死んでいたのか?」
ローズが問いかけて来たのは、ジョーの喉を食いちぎる前の事だ。
「確かに、心臓は止まっていたよ」
そしてシオンはリナの顔を見ながら「だが、心臓が動いて無くてもリナはジョーを殺すと思っていたよ」
「なんだそれ?」
「俺も分からん。だが、奇跡としか思えない事が起こったのも事実」
「ほら、着いたわよ」とケイは言った。
薄暗い海の真ん中で、ライトで誘導してくれている光が見えた。
「こっちでーす!」
04の声が聞こえた。
エピローグ
雨、雷、突風、最悪な天候の夜中。
車一台がやっと通れるほどの一本道。雑草が背丈まで伸びきった獣道。
人の出入りがほとんど無いような、真っ暗な道なき道を一台の車が、雨でぬかるんだ泥水を跳ねながらヘッドライトの光のみを頼りに進んでいた。
運転しているのはローズ。そして助手席には雨カッパを着込んだシオンが真っ暗な外をじっと眺めていた。
雨が車にあたる音と風で木々が揺れ、ぶつかっている音で、静寂とは程遠いが、二人にとっては静寂そのものだった。
車は獣道を抜けた、ちょっとしたスペースで止まった。
ここは高台である。高さ二十メートルはあるであろう断崖絶壁に大波が喧嘩でも売っているように暴れていた。
シオンは車から降り、後ろのトランクからスコップを取り出した。
そのままヘッドライトで照らされている、名も刻まれていない小さな十字架の墓標を掘り起こしている。
ローズは轟音と共に光る雷で照らされたシオンを、ただじっと見つめていた。
一メートルほど掘った所で、大雨の水を含んだ泥の中から、その棺は姿を現した。
そして躊躇なく棺を開けようと、力いっぱい蓋を横にズラし「元気か?遅くなってすまん」
そう棺の中身へ声を掛け、シオンは優しい笑みを浮かべた。
シオンは一度車に戻り、後部座席に横たわっているリナを抱き抱え、棺へ運んだ。
まだあれから二日しか経っておらず、身体に激痛が走っているはずなのだが、不思議とあまり痛みは感じなかった。
そして、棺の中にリナをゆっくり寝かせた。
「もうお前たち二人を邪魔する奴はいない。安心してくれ。さらばだ。リナ。そして、マーガスよ」
感想お待ちしております。
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