ファントム
初めて小説を書きました。
国語力は皆無なので、想像力と知っている言葉を
かき集め、文にしています。
駄文、ご容赦ください。
※文字数オーバーにより2回に分けます。
プロローグ
雨、雷、突風、最悪な天候の夜中。
車一台がやっと通れるほどの一本道。雑草が背丈まで伸びきった獣道。
人の出入りがほとんど無いような、真っ暗な道なき道を一台の車が、雨でぬかるんだ泥水を跳ねながらヘッドライトの光のみを頼りに進んでいた。
運転しているのは女。助手席には雨カッパを着込んだ男が、真っ暗な外をじっと眺めていた。
雨が車にあたる音と風で木々が揺れ、ぶつかっている音で、静寂とは程遠いが、二人にとっては静寂そのものだった。
車は獣道を抜けたちょっとしたスペースで、止まった。
ここは高台である。高さ二十メートルはあるであろう断崖絶壁に大波が喧嘩でも売っているように暴れていた。
男は車から降り、後ろのトランクからスコップを取り出した。
そのままヘッドライトで照らされている、名も刻まれていない小さな十字架の墓標を掘り起こしている。
女は轟音と共に光る雷で照らされた男を、ただじっと見つめていた。
一メートルほど掘った所で大雨の水を含んだ泥の中から、その棺は姿を現した。
そして躊躇なく棺を開けようと、力いっぱい蓋を横にズラし「元気か?遅くなってすまん」
そう棺の中身へ声を掛け、優しい笑みを浮かべた。
動き出した殺意
バン!バン!バン!
冷んやりとした朝暗い港で銃声が鳴り響いた。
「速い。思った以上に」
銃を片手にコンテナを背にした、黒のロングコートの男シオンは、ふと言葉が漏れた。
「薔薇には棘がある…か」
横にいる白いジャンバーでジーンズ姿のリナはセミロングの黒髪が風になびかれても、かき上げる様子もなく、無表情で真っ直ぐ前を見ていた。ただ前だけを。
「おいおいおい!俺たちが狙撃された?」
黒服スーツ姿の小柄な男は二丁の拳銃を持ち、コンテナの陰で周囲の様子を伺っている。
その隣にいる小さなジュラルミンケースを両手で抱えたショートカットで二十歳前後の童顔な女の子は冷や汗をかき、小声ながら強く「ヤバイっす」と呟く。
「あぁ…下手に動けば100%やられるな。相当な手練れだ」
女の子を挟むように黒服スーツの大柄な男が、今置かれている状況を冷静に分析した。
小柄な男は「95%くらいじゃね?5%くらい希望は残しておきたいね」
危機に瀕している状況化とはいえ、軽く冗談が言える度胸があった。
「100でも95でも、どちらでもいいですよ! 分かっているのは超絶ピンチってことです!今まで殺りあった中でも、群を抜いてヤバイ相手ですって!」
「03(ゼロスリー)さんよ、この状況を打開するビジョンあったりする?」
小柄な男が03と呼ばれる大柄な男に聞くと「あったらこんなに脇汗かいてねーっての」
「ですよね〜」
「02(ゼロツー)先輩、狙いはコレですよね?」
ジュラルミンケースを抱えながら童顔な女の子04(ゼロフォー)は小柄な男02へ言った。
「だろうな。しかし参ったな。全く気配を感じねぇから、どこに潜んでいるのか皆目見当もつかねぇ」
大柄な男03は銃倉を確認しながら「ありゃバケモンだ。引き金を引く瞬間まで気づかないなんて、今まで経験したことねぇぞ。とりあえず俺と02でヤツを惹きつけている。その間に04はブツを持ってボスの所へ向かえ!」
「下手に動けば100%やられるって言ったじゃないですか?しかも相手は完全に気配を消して、どこにいるのかも分からないし、相手も一人とは限らないし、情報が少なすぎて今動くのは危険です!」
「04のおっしゃる通り!」
02は冗談交じりの言い方で言った瞬間、真顔で「で、だから?」
危険な状況ではあるが悲観はしていなかった。
04は、ハァ〜っと、ため息を漏らしながら諦めた顔つき。
まだ朝暗い涼しい時間帯だと言うのに三人は額に汗が滲んでいた。
今まで幾度も命を危険にさらした修羅場を生き残ってきた02と03が、これほどまでに追い詰められている姿を見るのは初めてかもしれない。
いつもなら相手のちょっとした仕草や言動を観察し、実力を見定めるのだが、今回はたった三発の銃弾で相手のレベルが分かった。危険だと。
02は息を整えながら「しかしボスの情報が漏れるとは、やっこさんは情報戦も超一流と…。ではでは、そろそろ行きますか?03さん」
「ですな。02さん」
04を置いて、二人はコンテナの物陰から勢いよく飛び出た。
応接間の時計の針は午前十一時ちょっと過ぎを指していた。
持ち主が自慢したいのであろうツボやら絵画やらの骨董品がズラリと並んでおり、無言で権力を振りかざしていた。
室内でも黒のロングコートを脱ぐ事はなくシオンはソファニーに腰掛けていた。
白のジャンパーに手を突っ込んで、セミロングの黒髪が白い肌を一段と引き立てるリナは、後ろの壁に寄りかかる格好で無表情に立っていた。
他には、ここの主である小太りでいかにも悪者って感じが漂う不道時貞が、これまた自己主張が無駄に強い、大きい机の前に踏ん反り返って座り、不道のやや後ろ斜めに、いやらしい目でリナを見つめている用心棒が立っていた。
「で、偵察はどうだった?」
不道時貞は聞いた。
「あれは本物ですね」
「なぜそう言い切れる?」
不道はシオンの次の言葉を待った。
「初めはダミーかと思いました。護衛も無しに、たった三人で現れたので」
「三人?」
「世界がひっくり返るほどの殺戮兵器を運ぶにはあまりにも警備が薄すぎる。不自然すぎると。だが…そうじゃありませんでした。あの三人だからこそ、護衛がいなかったんです」
シオンは鋭い眼光で誰も座っていない対面のソファーを睨みつけ、続けてこう言った。
「あの三人…思った以上に厄介だ」
「ふっ…この世界で厄介事じゃない案件があるのか?」
タバコに火を付けながら不道時貞は聞いた。
「申し訳ありません。威嚇してヤツらの様子を伺ってしまいました」
シオンのその言葉に不道時貞はみるみる顔が紅潮しだし、やらしい目でリナを眺めていた用心棒も目を大きくし、シオンの方へ目線を向けた。
「威嚇って…?お前…偵察で撃ったのか?」
「………」
シオンの無言が答えだった。
「誰が偵察でドンパチして来いと言った!!!」
バン!と机を叩きながら立ち上がり、怒鳴り声が応接間に響いた「今後の計画に支障が出たらどうするんだ!バルデラの紹介だからと言って容赦はせんぞ!!!」
シオンが口を開いた。
「不道さん、ブツは計画通り必ず手に入れます。ですが、あなたの護衛を増やした方が良い。それに外出も控えて、信用ある者以外の面会は避けるべきです」
「それはお前が撃ったりしたからだぞ!お前が軽々しく余計なことをしたからだ!ふざけるな!!」
不道の用心棒がフッと人を馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「不道さん、俺の予想が正しければ、あの三人は…」
シオンの話を遮り「ビビったのか?」
後ろにいる用心棒を親指で指し「そこに立っている男は、そんじょそこらのヤツとはレベルが違うぞ。それなりに金も掛かる分、腕は折り紙付きだ。今の問題はそこじゃない!まだY/Mにバレる訳にはいかないんだぞ!」
シオンは無言を貫く。
不道はシオンの所まで早歩きで近づき、隣に座り耳元で怒りを込めて凄味の効いた口調でつぶやいた。
「いいかファントム。お前もそこそこ名が知れているかもしれんが、お前はお前の仕事をしろ。そして私に口を出すな。期日までに、私の前にブツを持って来い!ただそれだけだ!」
シオンは無言で立ち上がり部屋を出て行くと、その後を無表情のリナも続いて出て行った。
静けさと重苦しい空気だけが部屋に残り、不道はソファに深く腰掛け独り言のように呟いた。
「チッ ファントムだが何だか知らんが余計なことをしやがる」
シオンとリナは屋敷を出るなり、前に止まっていた車に乗り込むと同時に車は走り出した。
運転手はロシア系の透き通る白い肌が際立つ、ブロンド髪の青い瞳に丸いメガネを掛けた童顔のケイは、スピードを上げ、不動邸を離れた。
車内のイチゴの甘い香りは、ケイが飴を食べているせいだろう。
「ミスター不道のご様子はどうだったの?」
口の中で飴を転がしながら聞いた。
助手席のシオンは「不道は問題ない」
後部座席にいるリナは表情を変えず外の景色を見ていた。
「ケイ、あの三人がナンバーズか?」
「そうだよ。あれがナンバーズ。たった五人だけでアジアを中心に暴れているマフィア。三人を襲ったのがファントムだってバレるのも時間の問題じゃない?」
「そうか」
ナンバーズと言う組織は五人。その三人があのレベルなら残りの奴も、同等、もしくはそれ以上と考えるべきだな。
「ケイ。ちょっと行きたい所がある」
シオンはポケットから紙切れを出し、ケイに渡した。
「分かったわ。お任せあれ」
ケイは勢いよくアクセルを踏んだ。
扉のドアが開き、入ってきた男は笑顔で「今朝はご苦労だったな」
スーツにネクタイ、胸元にはチーフと、いかにも企業のお偉いさんと言った身なりの01(ゼロワン)が、02の前に座った。
ここは小さな事務所。
「お茶飲みます?」
04が奥の給水所から聞いた。
「ああ。頼むよ」
「兄貴も朝からお疲れ様です」と座りながら頭を下げた。
「03はどうした?」
「トイレっす。一度入ったら長いので、気にしないで下さい」
「そうか」
04がお茶をテーブルに置く。そして、テーブルにはジュラルミンケースがおいてある。
01は中身を確認し「これが例のブツか」
「で、今朝、襲って来たヤツの情報は?」
02は聞いた。
「そいつらは最近、不動が雇ったファントムだ」
「あれがファントム…」
お茶くみの04は、黙って聞いている。
「ファントムは男と女の二人組で、特に注意するのは、女の方だ。ナイトメア・レディと呼ばれていた元傭兵で、俺も痛い目に遭っている」
「マジっすか」
「まぁそのお陰で、俺はナンバーズにいるんだがな」
01は追想にふけ、微笑して言った。
「へぇ〜」
04が知らなかったと、軽く頷いた。
「とりあえず、ブツは俺が預かる。お前たちは今から不動を始末してこい」
「はい。速攻で片付けてきます」
02と04は、緩んだ顔から、マフィアモードに気持ちを切り替えた。
「それとファントムと出くわしたら…」と言いかけた時、ジャーと水を流す音と共に、清々しい顔をした03がトイレから出てきて、陽気に「01、おはようございます」とタイミングの悪い挨拶をした。
車はオフィス街のとあるビルの横に止め、シオンは用があるといって車から降り、今はケイとリナの二人だけ。
お昼時のオフィス街とあって、サラリーマンやOLが多く、笑顔でおしゃべりしている人、額の汗をハンカチで拭きながら足早の人、ミスでもしたのか、うなだれている人。
平和と言わんばかりの日常がそこにあった。
「はぁ。シオン早く帰ってこないかな」
ケイはハンドルに寄り掛かりながら独り言を呟いた。
リナは相も変わらず無言で窓の外を眺めている。
「アンタとこんな近くで二人っきりなんて、数年前は考えられないわ。しかも私の真後ろ。今なら確実に私を殺れるわよ」
シオンと話している時の陽気な口調と打って変って、鋭い口調でバックミラー越しに言った。
リナは聞いているのか、聞いていないのか、ただ外を眺めている。
「全く生きた心地がしないわ」
外の陽気な平和に対して、車内の二人の空間は別次元なほど、重い空気が張り詰めていた。
するとシオンが戻り、助手席に座る。
「どうだった?」
ケイは陽気な口調に戻っていた。
「あそこの大進飯店という中華料理屋から軽く火薬の臭いがした」
シオンたちの停めてある車から道路を挟んだ、斜め向こうに店があった。昼時というのもあるが、人の出入りが激しく人気店なのだろう。
「それしてもこのビル、何階建てだ?儲かっているんだな」
シオンは横にあるビルを眺めながら言った。
「薬品会社ってそんなもんでしょ?病気や怪我が無くならない限り、一生儲かる訳だし」
「確かに。それにしても人出が多い街だな」
「ここオフィス街だし、昼間は無理よ」
「そうだな。やるなら夜か」
「いつ乗り込むの?」
シオンはバックミラーに越しに、外を見ているリナを見た。
「とりあえず、不動の方を片付けてからだ」
「なるほど。今は一応、不動の部下だったわね」
「ケイ。不動はもう俺のボスじゃないんだろ?」
「あれ?そうだったかしら?」
「あいつはもう死ぬ」
「あれ?そうだったかしら?」
「今朝の事がファントムだとバレてるんだろ?そして、それに不動が関わっていることも」
ケイはフフッと笑みを見せ、何も答えなかった。
「邪魔が入ればトップを消すのが一番早い。アイツはそう考えるはず。さらに俺らが動いたこともジョーの耳に入る」
ケイは黙ってシオンの話に耳を傾ける。
「ケイ、もう後戻りはできないぞ」
「もともと後戻りなんかする気はないよ」
「そうか……」
シオンは憎しみを込めた感情で「命令を遂行する。ジョーを殺す」
その一言を発した時、後ろにいるリナの眉毛がピクリと一瞬動いた。
「そろそろいい時間だ。ケイ、戻るぞ。不動の死に顔を確認しに行く」
「イエッサー!」
ケイはそう言って車を発進させ、通りを駆け抜けていった。
それを二階の窓から覗かれていたことを、シオンもケイも気づいていたが、あえて口にはしなかった。
屋敷は不動のボディーガードたちが駆け回っていた。
いたるところの窓は壊され、小さなガラスが床に散らかり、血を流した死体が転がっている。
銃声や男たちの怒号があちこちから聞こえる。ここは日本なのか?と疑われるほど、派手に彼らは暴れていた。
用心棒カゲロウは応接室の両扉を少し開け、廊下の様子を伺った。
「不道さん、何者かが侵入したようですが、ご安心を。このカゲロウがあなたをお守りします。暴れ方は素人です。派手にやっているだけで計画性が無い。すぐに片付けます。万が一のため、奥に避難を」
「わ、わかった。あとは頼んだぞ」
不道は蒼白な顔で、素早く奥の部屋へ逃げ込んだ。
「オラオラオラ!死にてーヤツは前に出ろや〜!」
ヤクザ映画のチンピラが言う安いセリフを、大声で叫びながら02は堂々と一人、銃を乱射する。
乱射といっても一つも無駄玉はなく、キッチリ急所に撃ち込んでいた。
そして両開きの扉の所で数秒立ち止まり「ここか…」
その瞬間、思いっきり両扉を蹴り開け、応接室の中に入った。しかしそこには誰もいない。
「フン!隠れても無駄だっての」
02は奥に扉を見つけ、近づいて行くが、さっきまでシオンが座っていたソファの所で足を止めた。
いかにも高そうな赤黒い絨毯が轢いてはあるが「はは〜ん。ここね〜」
そう言うと不気味な笑顔を作り、奥の部屋へ近づいた。
ドアにはカード認証用のCAT端末が付いていた。
02は内ポケットから真っ白いカードを取り出し、カードをCAT端末に通すと、カチャっと、あっさり鍵が開く音がした。
「俺のポイントカード最強〜♪」と不敵な笑いをし、ドアを思いっきり蹴り開けた。
部屋は正方形の八畳くらいの部屋だった。そこには窓もないグレーの壁。不動が好みそうなアンティーク調の机と椅子。そしてノートパソコンがあるのみ。鉄檻が無い刑務所のような、至ってシンプルである。
額から大量の汗を垂らし、体全体で震えながら、アワアワと言葉にならない言葉を口にし、机の下でうずくまっていた不動に「お前が不動か?」
02は額の中央に銃口を突き付けて言った「テメー、ウチに喧嘩売るとは良い度胸だな!」
これまた安いセリフ。
「今更手を引いても、もう遅ーぞ。テメーはやっちゃいけねーことをやっちまった。自業自得だ」
「お、お前は誰だ?私が何をしたと言うのだ!用心棒!カゲロウ!どこだ?俺を助けろ!」
不動は真っ青な顔でブルブル震えながら、大声で叫んだ。
「ああ?用心棒だ?そんなの雇っていたのか?ここに来るまで目に入ったヤツ全員殺しちまったから、その中にいたのかもな。その用心棒様が」
「そ、そ、そんな…」
「俺様がここに来た理由はな、今朝、お前の所のヤツに喧嘩売られたんだわ」
「あ、あれはファントムが勝手にやったことだ。俺には関係ない」
「でもお前が雇っているんだろ?だったらお前に責任があるんじゃね?不動さんよ」
「あいつらは部下でも何でもない、知り合いに預かってくれと頼まれただけだ」
「知り合いって誰だ?」
「武器商人バルデラだ。俺を殺したらバルデラが黙ってないぞ!」
「そんなの俺には脅しにならねーぞ。それにだ。武器商人バルデラ?ファントム?お前しゃべり過ぎだな。命欲しさにベラベラと…」
一発の銃声と共に不道の額に穴があいた。
シオンたちの車が不道の屋敷の手前で止まり、車から降りながら屋敷の方を見た。
「意外と早かったな」
シオンは全てを見透かすようにポツリと言った。
「あらら。見事な暴れっぷりね。ねぇ一つ聞いていい?」
シオンは無言でケイを見る。
「あなたはどこまで先を見ているの?」
「俺はただ、“命令”を遂行するだけだ」
そう言ってリナの方を向き、改めて決意と覚悟を再確認した。
「ケイ、お前とはここでお別れだ。これ以上、俺たちと一緒にいるのは、いろいろ不都合だろ?」
「そうね。分かったわ。もうここからはノンストップよ。イレギュラーは何とか対処してね」
「イレギュラーだらけだと思うがな」
「そうそう。これ渡しておくわ。私からの餞別よ」
シオンは茶色い紙袋を渡され、中身は飴が大量に入っていた。
「ケイ。お前はどこまで先を見ている?」
「私はただ、“命令”を遂行するだけよ」
またケイの繰り返し返答。
「フフッ。俺の我儘に付き合わせてすまんな。どんな結果になろうと全てを受け止める覚悟は出来ているつもりだ」
そう言い残し、シオンとリナは足早に屋敷へ駆け出した。
「グッドラック。ブラザー」
ケイは小声でそう呟き、別れを惜しんだが、不敵な笑みを浮かべていた。
屋敷は静まり返っていた。奴らはまだいる。シオンは感じとっていた。
不道はもうこの世にいないはず。仕事は済んだはず。なのに逃げずにまだ屋敷にいる。
シオンは薄っすらと笑みを浮かべ、今朝の出来事を思い出していた。
今朝の偵察…不道の依頼では二つのブツが揃ってから奪うシナリオになっていた。
とりあえず、偵察では、一つ目の存在を確認するだけだった。
しかしケイから、ナンバーズが現れると聞いていた、シオンは知っておきたかった。
たった数人で東アジアを牛耳っているマフィア、ナンバーズの実力を。今後の為に。
偵察と言いつつ銃撃戦になったとしても、言い訳は何とでもなる。しかも計画では不動の死は確定済み。
もし、ナンバーズが殺さなくとも、シオン自身が殺すつもりだった。
そんな思惑の中、朝靄の掛かる港に、ナンバーズの三人が現れた。ただ歩いているだけにも見えるが、足音も無く、気配を消し、周囲の警戒は広範囲に気を配っていた。
それも三人共だ。シオンはつくづく世の中は広いと思い知らされた。
だからこそ確かめなくてはならなかった。三人の実力を。
「リナ。お前は女を狙え。俺はデカイ男と小さい男を狙う」
そう言うとシオンとリナは三人に向けて鉛玉を放った。
と、ほぼ同時に、二発の銃弾がこちらに飛んできた。
なんと反撃にあったのだ。
02は前に、03と04は後ろに飛ひ、体制の悪い状態で銃弾が飛んできたであろう方向に打ち返したのだ。もうそれは反射的に、本能的にとも言うべきだろか。
狙撃場所からすぐに移動していたシオンとリナはコンテナの陰で身を潜め、一呼吸し、そのままその場所から去ったのであった。
シオンとリナは屋敷の玄関前にいた。
「奴らの狙いは俺たちか。リナ、お前は裏口から侵入しバックアップだ」
シオンがそう言うと、リナは屋敷の裏口へ向かって走り出した。
シオンは身構え、扉を開け中に入った。
そしてその惨状を目にした瞬間、シオンはこの屋敷にいるのは紛れもないプロ中のプロがいる事を再確認した。
何故なら、すでに死んでいる不動のボディーガードたちの額には一発のみ銃弾が撃ち込まれていたからだ。
その数、おおよそ十人。見事なまでの腕前。もうこの屋敷の中で生きている者はいないだろう。
「ここまでとは。やるな。さぁヤツらの本当の狙いを確かめに行くか」
そう呟くと、不動の部屋へゆっくり向かうのであった。
リナは裏口から中に入り、廊下に転がっている死体には見向きもせず歩いていた。
それを柱の陰から見ていた03と04は青ざめていた。
「マジか。ここまでの化け物だとは思わなかった」
03は引きつった顔で「あれがファントムの一人。こりゃぁヤバいぞ」
04は恐怖というより絶望に襲われ、微動だにできずに硬直していた。それでも何とか口にしたのが「ウチらアレと殺るんですか?」弱々しく言う。
「ああ…01の情報だとファントムは二人組」ため息をつき「もう一人、あのレベルがいるのかよ」ぼやき気味に言う。
「03。あれは本当に人間なんですか?生気というか、覇気というか、なにも感じません。いるのにいない…」
「だからファントム(幽霊)なんだろう。04いいか?お前は常に逃げ道を考えて行動しろ。そして絶対に正面に立つな。いいな」
04はうんうんと頷くだけで、声が出なかった。
「あの女、02の所に向かったな」
「02、だ、大丈夫でしょか?無茶しなければ…いいけど…」
04は震えながら言った。
「無茶…」03は少し考えこみ「アイツは大人だから…無茶は」
03と04の目線が合い、二人同時に「するだろ!」「しますね!」
03と04の二人はリナから距離を取りながら、後をつけて行った。
不動邸の応接室は屋敷の中央にあった。敵の多い不動は万が一を想定して、どこから襲撃されてもここまでの距離を同じにし、同じ時間が掛かるような構造にしていた。
ある意味、用意周到でもあり、臆病とも言えた。
しかし今回は相手が悪かった。何十人ものボディーガードがあっさりと殺されてしまう程のプロが乗り込んで来たのだから。
その応接室の前にシオンはやってきた。
「さぁご対面と行こうか」
シオンも修羅場の数では負けてない。落ち着いている。
中に入る。
ほんの一時間前まで不動と話していた部屋だったが、その時とほぼ変わりはない。
シオンは部屋の中を警戒した。不動をやったヤツがどこかにいるはずだと。しかし部屋は静まり返っていた。
応接室の奥には、部外者は絶対に入ることができない厳重なセキュリティーが敷かれている不動の部屋がある。
シオンはその不動の部屋の前まで行き、ドアノブに手を回すと、あっさりドアが開きセキュリティーは掛かっていなかった。
銃を構え、部屋に入った。
そこには机の上で、足を組んで座っている02が待ち構えていた。
そして、その横で不動が血を流して死んでいた。
「初めまして。ファントムさん」
02は背筋にヒンヤリとした汗を垂らし、緊張していることを隠しながら挨拶をした。
何故ならリナを見た03と04と同様、シオンからも何も感じないからだ。普通、生きている人間なら多少の気配を発するもの。02も、それなりの修羅場も潜ってきた経験があるが、その経験値が“こいつとはやりあうな!”と身体中で警報を鳴らしていた。
だが02はあえてシオンの正面の位置を取った。さらに、この部屋の唯一の出入り口にシオンは立っている。完全に逃げ場が無い状況を自らわざと作り出した意図を、シオンに分からす為に危険を冒していた。
すなわち敵意は無いという事を。
“交渉する際は、交渉する側がリスクを負え”これがナンバーズのルールの一つである。
「敵意は無い。今回の仕事は不動の始末。お前たちと殺り合うのは仕事内容に入っていない」
02は手を挙げながら言った。
「ボスからの伝言を伝える」
「伝言?」
「ああ、そうだ」
「俺がここへ来ることが分かっていたような言い草だな」
シオンは02の一挙手一投足に気を配りながら聞いた。もし何かおかしい行動を取れば殺すという目をして。
「ウチのボスがファントムは必ず現れると言っていたもんでね」
「そうか。で、伝言というのは?」
「話が早いね。助かるわ」
「助かるかは伝言次第だ。内容によってはお前を殺す。決定権はこっちにある」
「まぁそう慌てるなよ。伝言を伝える前にちょっと話さないか?」
02は度胸だけはナンバーズ随一と自負しており、肝の据わった男であるが故の行動である。
「お前と話すことなどない」
シオンは銃口を向けたまま言った。
「この部屋の下に何があるか知っているか?真下だ」
牽制してきたか。なかなか喰えん奴だとシオンは思った。
02は笑みを浮かべ机からピョンっと降り、両手を広げながら、ゆっくりシオンに近づく。
「動くな」
02はそれでもゆっくりと近づき、シオンの構えている銃口に自分の額を付けて止まった。
02はシオンの目をじっと見つめ、次の一言で死ぬかもしれない状況下でも一歩も引く気がないその男は「なぁ、お前は誰の為に生きている?」
シオンは引き金を引いた。バンと部屋に銃声がこだました。
リナは銃声の音を聞き、走り出した。
その後を追っていた03と04は「アイツ死んだな」と03は胸に十字を切りながら言った。
「嫌な先輩でしたが、安らかに」と04は両手を組み、天を仰ぎながら02の死を受け入れた。
二人は数秒の黙祷を捧げた。
「なぁ俺、十字切ったけど、アイツってキリスト教徒か?」
「さぁ知りません。私にパシリをさせる嫌な先輩のことなんか」
「あっそう。じゃあ、本人に聞きに行くか」
そう言って二人は銃声の聞こえた方へ駆け出した。
「あれを避けるか」
シオンは不動の秘密の部屋から応接室まで押し返され、的にされないよう素早く横移動しながら02へ銃弾を放つ。
02も負けじと反撃し、銃撃戦が派手に始まっていた。
「クソッ。どうなってやがる。こっちはギリギリで避けるのが精いっぱいなのに、ファントムのヤローは最低限の動きだけで簡単に避けていやがる」
02はシオンの動きを目で追うのが精いっぱいの中、反撃をしていた。
一方シオンは、02の動きを正確に読んでいた。
銃口がどこを狙っているのか、身体の筋肉の動き、そして呼吸、全てを一瞬にして把握し、引き金を引く指の動きに合わせて、銃弾の直系数センチ分、横にズレれば、当たることはない。
とはいえそんな芸当、誰にでも出来る訳ではない。常人を超えた空間把握能力が必要とされる。だがシオンはそれが出来た。
「これがナンバーズ。思った以上の実力だ。センスがある。あいつが傍に置いておくのも分かる」
シオンと02はお互いソファーや机を利用し、的を絞らせない。
銃撃戦では分が悪いと分かった02は、シオンとの間合いを一気に詰めた。
シオンは02の考えを理解し、不敵に笑い、いい判断と思った。
「鉛玉が当たらねーなら、人間、最後の武器は拳だよな!」
02は銃を投げ捨て、拳を握りしめ、飛び掛かった。
しかしシオンは腕をクロスにし、重い一撃をガードした。
02の目は血走り、薄ら笑いで、さらに殴り掛かってくる。
そうか、こいつはそういう人種か。シオンは確信した。戦いを生き甲斐としている人種だということを。こういう人種は負けても決して諦めず、死ぬまで戦い続ける、一番厄介な人種なのだ。
シオンをバックステップし、一旦02から距離を取り、銃を構えた。
しかし02はそれでも構わず突っ込んでくる。
銃弾は02の頬をかすめ、血吹雪を上げた。
「チッ!本能で避けやがった!」
シオンは一定の距離を取ろうとするが、02がもの凄い速さで距離を詰め、プレッシャーを掛けてくる。
「どうした!ファントム!そんなに俺の拳が嫌か!」
02は接近戦が勝機とみるや、勢いまかせにシオンとの距離を縮める。
「そうでもない。むしろ得意だが」
シオンがその言葉を発したと同時に、02の目の前に一瞬で移動し、強烈なボディブローを浴びせた。
「グハッ!」
02の顔は悶絶し、勢いが止まった。
シオンはその隙に距離を取り、銃を02に向けた。
02は膝が崩れ、倒れ込む寸前で、シオンをもの凄い勢いで睨み付け、うおおお!と叫び、さっき投げ捨てた銃を素早く拾い、勢いよく銃を向けているシオンに向かってきた!
ここまでか。シオンが引き金を引こうとした時、02は急停止し、片足を踏ん張りながら回転した。
「しまった!狙いは絨毯!」
応接室の絨毯が02の足に絡み、回転しながら大きくめくり上がり、ソファーやテーブルが吹き飛ばされ、シオンと02の間に絨毯の壁がでた。そして02の姿を完全に見失ってしまった。
シオンはめくり上がった絨毯に足を取られないようにジャンプしながら、02がいた方向に銃を連射した。
「チッ!実践慣れしていやがる」
02が腹に手を当てながら、応接室から出ていくのをシオンは見逃さなかった。
「あのタフさ、そして冷静さ。やるな」
シオンも急いで応接室から出て、02を追った。
02が応接室から勢いよく飛び出し、廊下に出ると、向こうからリナが走ってきた。そして、その後を追うように03と04も走って来るのが見えた。
「クソ!今度は女の方かよ!」
だが、都合よく俺と03たちの挟み撃ちに出来ると02は判断した。時間を掛ければ後ろからファントムのヤローが追ってきて、今度は俺が挟み撃ちにあう。ここは一発で女を仕留める!そう意気込み02はリナとの距離を詰める。
「02先輩、生きてましたね」
「まだな。だが、アイツの目、ファントムの女を殺る気だぞ」
04は銃を取り出そうとしたが、03はそれを静止した。ここでの誤射は02にも危険が及ぶ可能性があるからだ。
それを見た02が「俺に構うな!撃て!」と大声で指示を出した。
「マジか!じゃお言葉に甘えて。当っても知らねーぞ!」
03と04は銃を取り出し、02も手で持っていた銃をリナに向けながら走る。
シオンも応接室から飛び出し、リナがナンバーズに挟み撃ちにあっていることを把握した。
その状況を見てシオンは「甘いな」と呟いたその瞬間、ドン!と大きな音と共に、02の顔は片手で抑えられ、床で気絶していた。
03と04は急停車し、一体何が起きたのか分からず、驚きよりショックを受けていた。
「バカな…何が起きた?」
確か02が銃を放とうとした瞬間、女が瞬間移動をしたように、一瞬で02に詰め寄り、そして顔面を掴み、その勢いのまま、床に叩きつけたのだ。
「なんだ…あの動きは…」
03は言葉が詰まり、さらに動くこともできない。
04も顔から血の気が引き、青ざめていた。
02を抑えていたリナがゆっくりと立ち上がり、無表情のまま、03と04の方を振り向いた。
目があった03は、身体の震えが止まらず、生まれて初めて死を連想させられた。目を見ただけで一方的に蹂躙された。
シオンはリナの所まで近づき、02を見下ろした。
完全に気絶している。
シオンは気絶している02に銃を向けた時、廊下に恐ろしい殺気が発生した。
「!!」
シオンは咄嗟に廊下の壁を背にし、周囲を警戒した。
だがリナはそのまま動かず、03と04の方に冷たい目を向けている。
見られている?誰だ?どこにいる?シオンは02に目をやったが、ピクリとも動いていない。03と04もさっきのショックで動いていない。
「リナ。ここは引くぞ」
そう言うとシオンとリナは呆然と立ち尽くしている03と04の横を走り抜けていった。
「なるほど。見張り役は二人だけじゃなかったか」
「ううう…痛って〜」
「目が覚めたようですね」
目の前に04がいた。ここは応接室のソファーの上だった。
「だいぶ暴れましたね」
04が周りを見て言った。
応接室は滅茶苦茶に散らかり、そこら中、銃弾の跡が残っていた。
「ファントムは?俺はどうなった?」
頭を押さえながら02は聞いた。
「ファントムの女に一発で気絶させられました」
「ああ?…痛っつつつ」
急に大声を出したので、頭に響いたらしく、手で頭を抑えた。
「あまりにも一瞬のことで、私もあまり状況を把握できていませんが」
04は苦笑いで02に答えた。
「そんでもって、ファントムは走ってどっか行っちゃいました」
「そうか。まぁお互い生き残って良かったな。命あってなんぼだもんな」
「ですね。いや〜生きた心地しませんでしたよ」
「俺はファントムのヤローに足も手も出ず、そして女の方には一発で気絶…」
02は黙り込んでしまった。
「おっ?02、気が付いたか」
03が応接室に入ってきた。
「今01に状況報告していた。そしてアイツ等のアジトが分かった」
02は俯きながら聞いた。
「俺はどれくらい気絶していた?」
「ほんのちょっとですよ。三分も経ってないくらい?」
04は答えた。
「じゃぁまだ間に合うな」
「え?ちょっと待ってください。追うんですか?今、命あってなんぼとか、生き残って良かったとか言っていたじゃないですか?」
「ああ。死ななくて良かったよ。アイツらに舐められた状態じゃ死んでも死にきれないからな!」
02の目は屈辱で怒りが爆発しそうだった。
「03、何とか言ってくださいよ!見たじゃないですか?あの女はマジヤバいですって!」
「確かにありゃ〜ヤバいな。勝てる気がしない。だが、俺たちはナンバーズだ。そうだろ?02」
「当りめーよ!ここで引き下がれるかっての!」
「でも今回の任務は不動を始末し、武器密輸の情報と武器の保管場所を探ることですよ?」
04はよっぽど怖いトラウマを植え付けられたようで、ファントムを追うのを反対した。
「04、よく聞け。ナンバーズの看板を背負っている俺らは、舐められるイコール、ボスが舐められると同意だ。お前はそれでいいのか?」
「それはダメです。絶対」
「だろ?じゃ行くぞ!」
02は勢いよく声を掛けた。
「だがその前に、武器の補給をする」
03はしゃがみ込み、床を叩きながら「この下が武器庫だ。とりあえず持って行ける物は持って行くぞ。それと03、01の兄貴はアジトの場所以外に何か言っていなかったか?アイツらに対抗する秘策とか?」
「問題ない。既に手は打ってある。しかし、01のことだ。こっちもそれなりのリスクと覚悟が必要だが」
03は不敵な笑みを浮かべる。
それを見ていた04は、この先輩方と一緒にいると命がいくつあっても足りないと、肩を落としながら天井を見上げた。
連続のイレギュラー
シオンとリナはフルフェイスのヘルメットを被ってバイクに乗っていた。運転はシオンで後ろにリナが乗っている。このバイクは屋敷の裏手で見つけた。
道路は意外と空いており、隠れ家に使っている港の倉庫に向かっていた。
シオンは02からの伝言を思い出していた。
「トリスタンが動いた」
はぁ〜と、ため息が出る気分である。トリスタンと言う男は、ジョーの側近あり、シオンの元いた傭兵時代の副リーダーでもある。戦闘能力は部隊の中では優秀の方ではなかったが、それを覆す程の策士であった。
そして性格が歪んでいる。
誰も思いつかないような奇襲を好み、本人曰く「自分が考えた作戦で人が混乱し、慌てる姿を見下ろすことが好き」らしい。それは敵味方関係なく。今までシオンも数え切れないくらい振り回されてきた。
だが、作戦をほとんど失敗したことがないのが、ある意味タチが悪い。
シオン含め兄弟全員が最強の策士であることは認めているが、もう少しスマートなことを考えられないのだろうか。
だからこそ「トリスタンが動いた」という伝言はシオンにとって凶報でしかなかった。ジョーを殺すという目的の前に、大きな障害となるのは確実だろう。
「トリスタン、邪魔はするな」と背中でリナを感じながらバイクは走る。
「地は我にあり!」
02たちは不動邸にあった黒塗りのワンボックスカーを拝借し、猛スピードでシオンたちを追っていた。
助手席の03はタバコをふかし「そりゃ〜ここは俺たちのホームだからな」
02はアクセルを全開に踏み込みながら「仕掛けるポイントはレインボーブリッジだ」
「だな。逃げ場を無くすなら同然だ」
「しかし先輩。逃げ場が無くなるのはウチらも一緒ですよ」
後ろの席で、不動邸の地下武器庫から拝借してきた、弾薬や各種武器をチェックしている04が言った。
「おいおい!男ってのは、リスクを背負ってこそ、真の漢に成長していくんだぞ」
「いや私、女ですから」
「お前冷めてるな…。まぁいいや。03は常に01の兄貴と情報を共有している。そして、任務の成功、失敗に関わらず、必ず保険を掛けている」
「ああ。スマホで遠隔操作できる何かをレインボーブリッジに仕掛けていると俺は予想する」
04は疑り深い顔で「本当ですか?」
「俺たちがどう動いて、どこで仕掛けるかも01の兄貴にはお見通しよ!リスペクトしまくりだぜ!」
02はドヤ顔で言った。
「それ、ただたんに01が凄いって事ですよね?」
「04それは言わんでくれ」03が涼しい顔で言った。
「アハハハ。いいか04。これはチームワークだ。仲間との信頼関係と経験から先を読む能力を出来るだけ早く身に付けろ!これはボスが理想とするナンバーズの姿だからな」
「まぁ…。ボスがそれを望んでいるのなら従います。以心伝心を。精進します」
04もボスの名前が出て来ては、何も言い返せない。渋々了承した。
「02、お前、口だけは上手いな」
「あの…一つ聞いていいですか。もし01の仕掛けが違う場所だったら?」
「それを言うな!01の兄貴を信じろ!チームワークだ!」
「はい!先輩方のチームワークを信じます!」
04は破れかぶれな返事をした。そして祈るしかなかった。
その時、02が得意げに「見えた!追いついた!」
シオンはもう少しでレインボーブリッジに差し掛かるところだった。
そして黒いワンボックスカーに付けられているのに気付いた。
「もしナンバーズだった場合、ここは場所が悪いな」
シオンもここが仕掛けポイントだと読んだ。しかし腑に落ちない点があった。
何故追ってきたのかが理解できなかった。これもトリスタンの策略なのか?シオンの頭からトリスタンが消えない。
舐められたからやり返すために追ってきただけだとは、思いもよらないシオン。
「仕方ない。リナ、後ろのワンボックスが橋で何か仕掛けてくる。用心しろ」
リナは後ろを向き、黒のワンボックスカーを確認した。
黒いワンボックスカーはどんどんシオンたちに近づいていく。
「04!橋に入る前に、かっぱらってきたランチャーでアイツらをブッ飛ばせ!」
「承知!」
02がサンフールの開くボタンを押した。
「02、いきなりランチャーをブッ飛ばすなんて、頭イカレてるな」
「ファントムを相手するなら、そのくらいやらないとな」
と02が言ったその時、運転している02と助手席の03の間にロケットランチャーの先端が現れた。
「へえっ?」
02と03が同時に拍子抜けした声を上げた。
ドカン!
爆音と共に車が大きく揺れた。
フロントガラスが粉々に吹き飛び、車は大きく蛇行し、危うく中央分離帯に激突する所を間一髪で回避した。
「テメー!車の中からランチャーをブッ飛ばすんじゃねー!」
02は真っ青な顔で怒鳴りつけた。
04はサンフールを使わず、車内からロケットランチャーをブッ放したのである。
その奇行は、先を読む能力を身に付けろとか先輩風を吹かした02と03の頭にも無かった。
「だってシートベルトしているし、もたもたしていたら橋に入っちゃうから…」
「イカれてるのは02じゃなくて、04お前だ」
03がそう呟くと、拳銃のグリップ部分で中途半端に残っているフロントガラスを割った。
フロントガラスが無くなり、風通しが非常に良くなり、まともに目が開けられなので、三人ともサングラスを掛けた。
シオンはサイドミラーでこっちにロケットランチャーが飛んでくるのに気づいた。
「な!なんてもん撃ち込んできやがる!」
シオンは急ブレーキを掛け、急停車を試みるが、スピードを出していたので、急には止まれず、車体は横向きになり、タイヤとコンクリートに摩擦がおき、火花が散るが勢いは止まらない。
ランチャーはスリップするバイクの三メートルほど先に着弾し、ドカーンと道路に穴が開き、コンクリートの破片が散り飛び、黒い煙を上げた。
バイクは横向きでスリップしながら煙の中に吸い込まれたが、体制を戻し、煙の中からバイクは抜けていく。
しかし飛び散ったコンクリートの破片で、フルフェイスのインナーバイザーに亀裂が入り、一気に視界が悪くなった。
リナは後ろを向き、ランチャーが着弾した煙を利用して、追いかけてくるナンバーズの車へ銃弾を放つ。
「うわぁ!」
銃弾が02の頬をかすめ、血が飛び散り、車がよろける。
「クソッ!煙で見えねー」
パキーン!パキーン!と車のボディに銃弾が当たる。
「向こうも煙で見えてない。抜けたら反撃開始だ!」
「任せとけ!」
03と04が反撃体制に入ったと同時に、ランチャーが着弾した煙の中に猛スピードで侵入し、一瞬で抜けた。
バン!バン!
銃撃戦が始まった。
何発も銃弾を撃ち込む両者。しかしお互いの運転手がアクセルとブレーキを上手く使い、的を絞らせない。
バイクのシオンとリナは橋に侵入し、約1/3ほど渡り切った。
「さぁ〜どうする?ナンバーズ。橋を渡り切ったら、俺たちはこんなに障害物が無い所には一生現れないぞ」
シオンはスピードを上げた。そしてナンバーズの出方を待つ。というか逃げ場がなく、待つしかなかった。
「このままだと橋を抜けられる。03やれ!」
「さぁ〜01はどんな仕掛けをしたのかな?」
03はスマホの遠隔操作で暗号を撃ち込んだ。
「ほらよ!」
その瞬間、橋の中央が閃光を発し、大爆発した。
それはあまりにも突然で、あまりにも予想外で、あまりにも破壊的な事象だった。
ロケットランチャーの爆発とは比較にならない、空間が揺れる爆音と爆風がシオンたちのバイクを吹き飛ばした。
ついでにナンバーズたちの乗っている車も巻き込まれる。
巨大な爆発のパワーで道路は波の様に、めくり上がる。そして下の海へ次々と落ちていく。
橋を支えているワイヤーは切れ、ねずみ花火のようにクルクルと回り跳ねた。
バイクごと空中に投げ出されたシオンとリナは、飛び散るコンクリートの破片を体に受け、熱にも似た強烈な痛みが体中に走る。
「クソ!息が出来ない」
爆発によって、酸素が燃え、息苦しいのだ。
その瞬間、シオンとリナはバイクを蹴り上げ、橋を吊っていたワイヤーを掴み、海への落下は防げた。
「ふぅ〜」
シオンはヘルメットを脱ぎ捨て、大きく息をした。
不幸中の幸いというのであろうか、大きく吹き飛ばされた結果、切れたワイヤーに手が届いたのだ。
しかしワイヤーは高熱を伴い、掴んだ手の平の皮が溶けていく感覚が分かった。
「まさかここまで大掛かりとは…。バルデラと不動の首だけで足りるのか?」
爆発により道路部分は完全に破壊され分断し、橋を吊っていたワイヤーと鉄骨がかろうじて残った橋を見下ろしながら、この計画の首謀者の顔を思い浮かべていた。
車ごと落下中のナンバーズメンバーたちは「クソッ!逃がしたか!」
02は高さ百メートルはあるであろう巨大な橋から落下しているにも関わらず、車から身を乗り出し、ファントムの行方が気になる様子。
「落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!」
04は悲鳴に近い甲高い声で大騒ぎ。
逆に03は全てを諦めたような冷静口調で「04うるせーぞ。“落ちる”じゃねー。“落ちてる”んだ。現在進行形だ。そういえば02、お前キリスト教徒か?」
「はぁ?」そして海に落ちていった。
橋のワイヤーに捕まって難を逃れたシオンとリナは、海へ落ちていくナンバーズの車を確認し、現状把握に頭を切り替えた。
「この爆発じゃ、無傷ってはいかないか」
シオンとリナはフルフェイスのヘルメットのおかげで、頭への衝撃は何とか最小限に防げた。しかし身体には火傷や負傷を負った。
シオンは考え込んだ。
リナにも負傷を負わせてしまった。これからナンバーズとトリスタンの奇行を掻い潜り、最終的にジョーの抹殺。それまでリナが持つかだ。リナには時間がない。今もだんだん死に近づいている。
ジョーを仕留める時まで、俺一人でナンバーズとトリスタンを相手にするしかない。
「リナ。お前は身を隠し、怪我の回復に専念しろ。あとは俺が何とかする」
ワイヤーにぶら下がるリナは表情を一切変えず、シオンを見つめている。
「大丈夫だ。必ずジョーを引きずり出す。そしてお前がトドメを刺せ。俺が見届けてやる」
シオンはリナの目をじっと見つめながら、優しくも力強く言った。
リナは沈黙を答えに、ワイヤーを掴んでいた手をゆっくり離し、シオンの目を見つめながらそのまま海へ落下していった。
時刻は夜の八時。
眠らない街東京の繁華街はこれからが本番。出勤するホステス、千鳥足でフラフラ歩くサラリーマン。ただただ意味もなくたむろする若者。東京に限らす、世界中どこに行っても夜の顔を持つ煌びやかな場所はいくつも存在するものだ。
大通りから一本入った、車が一台分ほどしか通れない、入り組んだ細道に面している「ARAK」という外国人がよく集まるバーがあった。細々と光る紫のネオンが看板の目印。
しかし、今日に限っては赤のネオンが光っていた。
これは常連客なら誰でも知っている、「本日は貸し切り」を意味するものだった。
さらに、裏路地の小さな店にも関わらず、黒スーツ姿のSPたちがインカムで連絡を取り合い、周囲を警戒していた。
貸し切りと知らず来客してしまった二人の客は、SPと何やら話し、説得され、残念そうに場から立ち去る。
そこに、黒髪を団子状態にまとめ、赤黒いロングコートを羽織い、スラッとした容姿端麗な左腕の無い女がヒールの甲高い足音を立て、店にゆっくりと近づいてきた。
女に気づいたSPたちが一斉に道を開けた。空気が重くなり、緊張が走った。
なぜなら女はSPたちに、笑顔で軽く会釈をすると同時に、鋭い黒い眼光で死の恐怖を植え付けていた。
慄き、嵐が通り過ぎ去るのをただただジッと待つ子猫のように、怯えたSPたちは生きた心地はしなかったであろう。
それほど女の佇まいは、存在そのものが狂気を連想させた。
誰かが「この世に存在していいレベルじゃない…」とポツリとつぶやいた。
女が店の前に来ると、内側からドアが開き、片目に大きな傷がある男が招き入れた。
「お待ちしておりました。お入りください。大佐がお待ちです」
女は無言で中へ入った。
店内は薄暗く、ミラーボールに反射した彩の光が壁を伝っている。
ソファーは三つ。立ちテーブとカウンター。そして一番目を引くのが端に白いグランドピアノがある。毎晩ピアニストを呼び、クラシックやジャズ、ロックなどジャンルを問われず演奏してもらっており、それ目当ての客も少なくない。
そして今、誰かがピアノを弾いていた。ショパンの「別れの曲」を。
店内には、ピアノの演奏者とカウンターに座っている、ラテン系の天然パーマを無造作に伸ばし、無精ひげの大男のみ。
先ほど女を招きいれた男の姿はもうなかった。
女は羽織っていたコートを脱ぎ、カウンターの男の隣に座った。
「ローズ、片腕生活は慣れたか?」
「うるせえ。この店は客が来たのに何も出さないのか?」
ローズの見た目はモデルでもやっていける絶世の美女だが、口は悪い。
「お前と合うって言うんでバーテンも席を外させている。だからセルフサービスだ」
「はぁ?バーにきて自分で酒作れっていうの?」
ローズは呆れ顔でカウンターに入り「一番高い酒はどれ?」
「ここは庶民的なバーだ。高い酒なんかねぇーよ。オーナーである俺でさえ安酒だ」
それを聞いてローズは諦め顔で適当に酒を造り出した。右腕しかないが手際は良い。自分で作った酒を持ち席に着くと「で、バルデラ。いつ日本に?」
「日本時間で昼過ぎかな。しかし着いたら着いたで、いきなり橋の爆発事故とは。お前らやり過ぎだろ?」
「そうね」含み笑いで口元が緩む。
「こっちも予想外の規模で面食らったわよ」
「ったく」
グラスの酒を一口飲み「今回、俺は手を出さない。が、順調なんだろうな?」
「ええ。今のところは。不動も殺してあるし、橋の爆発も不動が首謀者ってことにしてあるし、不動の武器密輸の件もウチに乗り換えても問題ないわ」
「不動?そういえばそんな小物も居たな」
バルデラはグラスの安酒に目線を落としている。
ローズも前を見てグラスの氷を見つめていた。そして、鋭い口調で「全てはアイツら次第」
ローズは一息つき「とりあえず業務連絡と状況の進捗を伝えるわ」
バルデラは安酒を一口し、耳を傾ける。
「早朝、指定の場所にて私の部下三名が薬品の方“SNB“を受け取りに行く。しかし何者から襲撃を受ける」
「襲撃された?“SNB”は?」バルデラは白々しく聞いた。
ローズはその三文芝居を横目に「 “SNB”は私の手元にある。襲撃犯は最近不動が雇ったファントムと判明。よって雇い主の不動を始末。それに伴いファントムと交戦。結果、橋爆破まで発展。こちらの被害は軽傷者三名。ファントムの安否は不明。現在捜索中。これがあなたが日本に向かっている時に起こった出来事よ」
「了解した」
「これから、作戦実行に移行する」
「了解」
バルデラは満足そうな笑みで答えた。
「それとチップだけど、まだこちらに届いていないわ。まぁそこはケイに一任しているんだけど。何かあれば連絡が来るわ」
「了解した。お前はそのまま“SNB”の量産に取り掛かってくれ。3枚のチップの所在は分かっているんだ。後回しでいい。それより問題はファントム…いや、あの女だな。お前には負担を掛ける」
「あら珍しい。私の心配をしてくれるの?」
ローズは悪戯っぽく言う。
「ナイトメア・レディだぞ?俺たちが唯一取り逃がしたモンスター」
「分かっているわよ。あんたがアイツに一発で気絶させられた、あの爆笑劇を」
「あ、あれは不意をつかれたからだ!」
バルデラの一生の不覚である。
ローズは珍しく昔の事を一瞬だが思い出していた。
ローズとバルデラの二人の空間に、唯一いることを許されているピアニストが奏でている「別れの曲」。その曲は傭兵時代に拠点としていた小さな村のバーでよく耳にしていた曲だった。それでオーバーラップしたのかもしれない。
しかし、すぐに現実に戻り「ナイトメア・レディ…あの“SNB”をチップ無しで生き残っている適合者。そしてマーガスを殺した女」
「私情を持ち込むな。あれはマーガス自ら死を選んだんだ。割り切れ」
「分かっている。でもね。あの女のことを考えると私の中にある狂気が暴れだすんだよね」
「ローズ。もう一度言う。私情を持ち込むな!任務を忘れるな!ナイトメア・レディはジョーに任すんだ」
バルデラはちょっと語気を強めた。しかしローズは意に介さず「ファントムの目的はチップと“SNB”を奪い、その流通を止め、根源であるジョーの抹殺。ジョーも近くにはいるんだろうけど、正確な居場所は分からないから、まずは私の手元にある“SNB”を狙いにくるでしょう」
「ここからはお前とファントムに掛かっている。慎重にな」
ローズは無言でグラスを一気にあけ、席を立ち、コートを羽織りながら小さな声でポツリと呟いた。
「Strongest is me」
バルデラには聞こえていない。
「まだ無茶はしないわ」
「よろしく頼む。それと今回の決着が付いたら、今度はこっちを手伝うんだからな。忘れるなよ」
「あいよ。それと…」
ピアノの方を見て「あのピアニスト、気に食わない。クビにしとけ!」
そういうと出口へ向かう。
ドアの前に行くと、今までどこに姿をくらましていたのか?店に招き入れてくれた片目に大きな傷がある男がドアを開け待っていた。
ローズは思い出したように「お前、ネバタの時も警護していたな」
「はい。わたくしバルデラ大佐のもとで第三特殊部隊隊長を務めさせてもらっているエルディと申します」
「エルディ。バルデラ大佐殿を頼む。あれでも一応、兄弟なのでな」
そういうとローズは羽織っているロングコートをなびかせ、大通りに待機させている迎えの車へ歩き出した。
ローズは車の後部座席に乗り込み、運転手の04に言った。
「首尾はどうだ?」
「01は“SNB”の解析の為、研究室に籠っています。02及び03は不動邸の武器の回収中です」
「そうか。04、怪我の方はどうだ?」
04の顔は絆創膏で応急処置が施されていた。
「すまんな。女の顔に傷が付いてしまった。痕が残らなければいいが」
橋の爆破に巻き込まれ、車ごと海に落ちるという大惨事に遭って、軽傷で済んだだけでも奇跡に近いのだが。
「大丈夫ですよ。これでも私、日頃の行いは、いい方なんですよ」
気丈の振る舞いを見せるが、04はちょっと涙ぐんだ。
「怖い思いをさせてしまったな。01が仕掛けた爆弾にトリスタンがあとから火薬を盛ったらしい」
「00(ダブルオー)わたし…わたし…グスン」
「分かったから泣くな。事務所に戻るぞ」
ローズこと00がそう言うと車は走り出した。
夜の街を見ながらローズは呟いた。
「役者は揃った。忙しくなりそうだ」
車は猛スピードで大都会を駆け抜いていった。
再会
シオンの負傷は思っていた以上に深かった。
幸い骨は折れてはいなが、打撲箇所が多く、身体中に痛みが走る。そんな状態で拠点として使っている港の倉庫まで戻ってきたが、夜まで時間が掛かってしまった。
この倉庫は、今は使われておらず、錆びついたコンテナが所狭しと何段にも積み重ねてある。多少埃っぽいが、身を隠すには持ってこいの隠れ家だった。
やっと一息つけると思い、重い鉄扉を開け、真っ暗な倉庫へ入ろうとした瞬間「誰かがいる!」
その時、倉庫の中から男の声が響いた。
「遅かったなシオン」
その聞き覚えのある声に、いや忘れる訳もないその声に、シオンは動揺が隠せなかった。
そして、この満身創痍の状態でヤツとの対峙は危険すぎる。
男の声はさらに「入って来いよ。いろいろ話がある」
シオンに選択肢は無かった。覚悟を決め、迷路のようなコンテナの細い隙間をすり抜け、声の主の前まで来た。
倉庫の中央は大きく開けているが、至る所に材木が転がっていた。
そこには小さな丸テーブルがあり、デスクライトが椅子に座っている声の主を照らしていた。
黒人で坊主頭、タンクトップから溢れる筋肉隆々のボディ。迷彩柄のズボンにブーツ。
抹殺対象のジョーが座っていた。
これはチャンスと捉えるべきなのか、それとも最悪と捉えるべきなのか、この状況の整理に頭をフル回転させていた。
「そう身構えるな。言っただろ?話があるって。しかも怪我をしているんだろ?今俺と殺やり合って勝てる可能性はゼロだ。とりあえず落ち着け」
丸腰であることを証明するため、両手を挙げた。
シオンはジョーの正面にある、転がった木材に座った。
「それでいい」
ジョーは満足そうな笑顔をシオンに向けた。
「久しぶりだな。四年振りくらいか?やっとお前の居場所が分かったから会いに来た」
ジョーは数年振りの再開に緩んだ表情を見せた。
シオンはジョーの話を聞きながらも周りを警戒していた。ジョー単独で動くことはない。大人数だと目立つので、少人数、しかも信頼のおける人物がどこかにいるはずだ。トリスタンか?ケイか?
「なぁシオン。戻ってくる気はないか?そうすれば今までの事は水に流してやる」
「答えはノーだ」
ジョーの眉毛はピクリと動いた。
「そうか。では、単刀直入に聞く。お前の目的は何だ?四年も雲隠れしておいて、急に動き出した理由だ。直接聞きたい」
殺気も無く、優しい口調で聞いてきたことから察するに、ジョーは建設的な話し合いの場にしたいらしいが、シオンはここでの中途半端な嘘は死を意味すると理解していた。家族だろうと仲間だろうと、敵と判断すれば殺すことに躊躇はない人物だと知っているからだ。
シオンは覚悟を決めなくてはならなかった。
「“SNB"の破棄…そしてジョー、お前を殺すことだ」
ジョーは笑みを浮かべ、うんうんと頷いた。
「とりあえず俺の話を聞いてくれ。シオンにはきちんと話してなかったな。俺の最終目的を。それを聞いてから、再考してくれ」
ジョーはシオンの目をジッと見つめ、両手を組み、話だした。
「俺は身寄りのないガキを拾い、傭兵として育てあげ、アフリカや中東に派遣している。ある時、奇跡的な偶然が重なり、とても優秀な傭兵が七人同時に誕生した。マーガス、トリスタン、マーヴェリック、バルデラ、ローズ、ケイ、そしてお前シオン」
シオンは黙って聞く。
「お前たち七人は、どんなに危険な任務も完璧に遂行し、素晴らしい功績を残した。そして、いつしかお前たち七人は「GR グリムリーパー 死神」なんて、呼ばれるようになった。その噂はすぐ各国に広まり、数多の国や組織から大金をチラつかせ依頼が殺到した。俺はそれにより大金を手に入れ、あの研究施設を作り、完成と同時にお前たち七人に傭兵を引退させ、研究の手伝いをさせることにした。正確にはマーガスだけ研究の手伝いをさせるつもりだったが、マーガスが研究を手伝う条件に、七人全員を傭兵から足を洗わせるというものだった。俺はその条件を飲んだ」
シオンはジョーから一切目を離さず、鋭い目で話を聞く。
「なぜなら俺にはマーガスが必要だからだ。俺が知る限り、アイツを超えた人間がこの地上に存在しないからだ。そしてアイツの身体能力をベースとした強靭な傭兵を作り上げるため、“SNB”という薬の開発に力をいれた。傭兵派遣稼業として、効率よく金儲けをするためだ。しかし開発は失敗続き。そして、ようやくそれなりの“SNB”の形が見えて、被験者0521が“SNB”に適合し、その能力を手にした。だが能力実験でマーガスは…」
ジョーはうつむき、震えた声でこう言った。
「死んだ…」
シオンもあの惨劇の記憶が昨日の出来事のように蘇った。そして目線を下に落とし、目を瞑った。
「へ〜そんな事があったんだ?」
カゲロウとケイは、倉庫の屋上で、仕掛けた盗聴器で二人の会話を聞いている。
「興味ない」
ケイはそっけなく答えた。
「冷たいな〜。死んだマーガスってのはお前たちのリーダーで、シオンは兄弟同然の仲間なんだろ?もっとこう、感情的なのないの?」
ケイは夜の港をジッと見ているだけで、何も答えなかった。
「本当にジョーの命令でしか動かないだな」
「それがグリムリーパーよ。そう育てられた」
ケイは油の匂いと海の塩の匂いを運んでくる風で髪が乱れながら、夜中の港に煌々と光る幾つものライトを寂しそうな目で見つめ、ジョーとシオンの会話を静かに聞いていた。
「なぁシオンよ。なぜマーガスは死んだ?なぜ被験者0521に無抵抗だったんだ?そしてなぜ、マーガスはあの時、笑った?」
ジョーの頬には一粒の涙が流れた。そして急に怒りにも似た感情を爆発させて言った。
「俺には分からない。マーガスとは何だ?あいつは一体何者なんだ?天地に無敵の選ばれし人間なんだぞ?その気になれば世界を掌握できる逸材だった。なぁシオンよ。なぜマーガスは死ななくてならなった?」
ジョーは深く深呼吸した。自分を落ち着かせるように。
「だから俺は決めたんだ。マーガスがいない、この世界に復讐すると。そして罰を与える」
「世界に復讐?罰?マーガスが死んだのはお前が“SNB”を作ったからだろ!」
「だとしたら、この俺をこの世に誕生させた事を後悔させてやる。そして、その罰を与える」
「バカげている。マーガスが死んだ原因を世界のせいにするな」
「違うぞ。シオン。元を正せば、なぜ俺たちのような人間が存在するんだ?その答えはな…。富と地位、権力に憑りつかれた、自己欲、独占欲に歯止めが効かない支配者層が戦争屋を介し、俺たちを作り、利用している。お前だって、それくらい分かっているだろ?俺やマーガス、お前たちGRも、最初から殺人マシーンに作られなければ、全く違う人生があったはず。ヤツらのせいで俺たちの人生は破壊された。残念ながらそういうヤツらは人の法が通用しない。だから暴力という恐怖で、罰と後悔を与える。死をもってな。だが安心しろ。俺は一般人には手を出す気はない。ぶっ殺すのは支配層の一部だ。戦争を起こそうとしている訳ではない。あくまでも俺たちを利用している、生きるに値しないヤツらがターゲットだ。だがしかし、向こうも軍隊を動かしてくるなら、戦争になるかもな。まぁそれが人間の本能だが」
「人間の本能?」
「よく考えてみろ。そもそも人間というのは戦闘民族だ。歴史上、戦争が無かった時代はない。いつでも世界のどこかで争いは起こっている。人間は何かと戦っていないと生きていけない生き物だ。人間は全ての事象で戦っていないと生きていけない。これは人間が生まれ持っての本能だ。俺はただただ本能のまま生き、本能に逆らわずに、力という方法で罰を与える。そして今、その準備が最終段階に入った」
「“SNB”の完成」
「そういうことだ。“SNB”と、その制御チップさえあれば、お前らGRと同等、もしくはお前らを超える兵士が量産できる」
「兵士?違うだろ?マーガスを、だろ?」
「それは誤認だ。確かにチップはマーガスの思考や能力をベースにしているが、マーガスを作る気はない。模しているだけだ。なぁシオン。分かるだろ?マーガスの、あの戦闘能力!まさに最強!そして、それは“SNB”の能力を最大限に活かせる!」
ジョーは立ち上がり、両手を広げ、今度は子供のような笑顔で“SNB”とチップの融合した時の相乗効果を体全体で表現した。
「その考えには賛同できん」
「お前の気持ちも分かるぞ。マーガスの冒涜だと言うんだろ?だが違う。だいたいマーガス本人もこの研究に賛同していたじゃないか」
ジョーの話は嘘だとは思わないが、本音でもない。シオンはここでジョーに、仕掛けることにした。確かめなくてはならない事があった。もし失敗すれば死ぬ可能性もあるが、ジョーが目の前にいるこのチャンスを活かせねば。シオンは覚悟を決め問いかけた。
「なぜそこまでマーガスに固執する?嫉妬でもしているのか?」
ジョーの笑顔がみるみる消える。
シオン、正直すぎる!その挑発は危険よ。イヤホンで会話を聞いていたケイは冷や汗をかきながら耳を傾ける。
ジョーは目にも留まらぬ速さで、シオンとの距離を詰め、右足を振りかぶり、横蹴りの体制に入った!
シオンも素早く腕を十字に組み、クロスアームで直撃を免れた。
しかしジョーのパワーは凄まじく、大きく吹き飛ばされ、コンテナに叩きつけられ、呻き声を上げた。
ジョーは吹き飛ばされたシオンを見て、ハッとした。
「すまん、シオン。そんなつもりじゃなかった。違うんだ!違うんだ!」
ジョーは蹴りをいれてしまった事に動揺し、手を口にし、申し訳なかったと謝った。
シオンは直撃こそしなかったが、口からは血を流した。
ジョーはシオンに肩を貸し、元いた位置に運び、また材木へ座らせた。
「本当にすまない。お前を傷つける気はなかった。本当だ」
ジョーは本当に申し訳なさそうに謝った。
「ジョー。戯言はもういい。お前はただ単にマーガスに嫉妬し、妬み、あの強さが欲しいだけで“SNB”を研究した。俺たちのようなクズを作ったヤツらに復讐し、罰を与える?笑わせるな。お前はマーガスに勝ちたいだけだ。マーガスを超えたいだけだ。だが、お前はマーガスには勝てん。絶対にだ!」
ジョーは、またみるみる怒りに満ちていく。恐ろしく狂気に満ちた殺気を帯びて。
だがシオンは、それを気にもせず、続けた。
「もう一度言う。お前はマーガスに勝てん。茶番は終わりだ。ここに来た目的はなんだ?俺を殺しに来たか?」
シオンは鋭い目つきでジョーに言い放った。
ジョーは凄みを増し、低い声を出した。
「全く、お前というヤツは、本当に…ムカつくヤローだな!」
「お前はイカレている」
「確かにイカレているな。だが過去の偉人たちも大抵はイカレているぞ?戦争や革命を起こそうとするヤツなんて、イカレていないとその発想すら無理だ」
「やはりお前は危険だ。生半可にそれが出来てしまう可能性があるお前は、この世に存在してはならない」
「それは残念だ。意見の相違だな。だがお前の兄弟たちは賛同してくれたぞ?」
「なっ!?」
「あいつらも作られ、利用され、意思も尊重もない、人として人権が与えられなかったこの世界に、復讐という罰を与えるのに抵抗は無いと」
さっきまで顔を赤くし、狂気に満ちた殺気は消え、笑顔に戻っている。
「それと俺の事をイカレているとか、死ぬべきだとか言って、鬼畜以下な物言いだが、それでもお前たちとの約束は守っているぞ」
「約束?」
「マーヴェリック」
シオンはその名前を聞いた瞬間、いつ飛び掛かってもおかしくないほどの殺気を放ち、ジョーを睨んだ。
「安心しろ。ヤツには手を出さないって」
ジョーは両手を広げ、宣言した。
「お前に鬼畜以下な扱いをされても、線引きは出来る。ダメなものはダメってな。表の世界に行ったヤツに、手を出すほど俺は堕ちていない」
シオンは一旦、深く呼吸し、その言葉は信じることにした。もし約束を破れば、GRはジョーから離れ、敵になるからだ。そんなリスクを負うほどジョーはバカじゃない。
「ちょっと断線してしまったが、これが俺の最終目的。俺がここまで損得なしに本音をさらけ出したのは久々だぞ」
ジョーは恥ずかしそうに頬を掻いた。まるで思春期の青年のように。
「シオン。なぜ俺を殺そうとしているのかの理由も聞かんし、そこまでお前を突き動かす動機も聞かん。だがこれだけはもう一度聞く。戻ってくる気はないか?お前の兄弟もいる。お前がいれば俺も心強い」
「ジョー。お前を殺す」
「残念だよ」
「本気で俺を迎える気など無かっただろ?見え見えだ。お前は俺を許すことは無い」
「まぁいいか」
ジョーは頭を掻いた。
「お前の口から聞けただけでも良しとするか。確かに許す気はない。俺からマーガスを奪ったお前をな!」
ジョーは両手をポケットに突っ込み、体中から殺気が溢れ、狂気が漏れた目つきで一言、言い放った。
「やっぱりお前は敵だ」
「敵だってよ」
倉庫の屋上にいるカゲロウはケイに問いかけた。
「あっそ」
「ああなったジョーは、いつ見てもおっかないぜ。この前もパワーの実験とか言って、数人の大男を素手で殴り殺していたし。頭蓋骨が粉々だったらしいぜ。青ざめた顔でヨハンが言っていた」
「あっそ」
「お前さぁ、これから兄弟が殺されるかもしれないって時に、あっそってのは無いんじゃないか?」
ケイは無言を貫いた。
「まぁジョーが自ら手を出さなくとも、俺がシオンを始末してもいいんだけどな。今やグリムリーパーも言うほど強いと思わないし」
「そのジョークは面白くないわよ」
「あれ?気に障った?」
「満身創痍のシオンに対して、こっちはほぼ最高戦力。なぜだと思う?」
「憶病だからだろ?勝てる状況じゃなきゃジョーが動く訳ない。研究所の奴らはみんな知っていることだ。あの警戒心の強さは異常だぜ」
「そうよ。だから私たち三人なの。負傷している今がベストタイミングなの。でも、私ならトリスタンも連れてきたけどね」
「兄弟だからって、それは買い被りだ。今や俺たちに、いや、俺に勝てるヤツは存在しない」
「“SNB”を打って、チップも埋め込んで、強さを手に入れたとしても、相手の強さを見極められないのね」
「ああ?俺がシオンに勝てないとでも言いうのか!いいか、ケイ!俺がその気になれば、いつでもジョーを殺すことも、お前を殺すことも出来るんだぞ」
カゲロウはケイに向かって威嚇した。
「忠告しておいてあげる。あまり“SNB”の力を過信しないことね。確かに“SNB”によって驚異的な力が手に入ったみたいだけど、私から見れば、あなたは素人同然よ」
「ああ?上から目線、気に入らねーな」
「足を引っ張られるのは迷惑だから忠告したまでよ」
「テメー!」
カゲロウは銃を取り出し、スライドを引きカチッと音と共に、ケイに銃口を向けた。
「あんたって人は…」
ケイはため息を付いた。だから素人は嫌なんだ。
「そろそろ私たちも準備しないと。これから下が慌ただしくなる」
ケイはカゲロウにそう言うとイヤホンに集中しながら、あなたはそのままピエロを演じてればいい。
チッと舌打ちし、カゲロウは不服な顔付きで、銃を降ろし、イヤホンに耳を傾けた。
シオンはカチッと鳴った銃のスライド音を聞き逃さなかった。
ジョーの護衛は上か。こんな素人のようなミスをするのはもう一人のヤツか。トリスタンとケイなら、どんな小さな音でも、周囲の音に紛れ込ますからな。
だが、今は上にいる護衛の事を考えている場合じゃない。この状況をどう生き抜くかだ。
「シオン。被験体0521はどこだ?」
なるほど。狙いはリナか。そしてジョーもリナの居場所を掴めていない。
そしてシオンは質問に答えなかった。答えられなかった。本当にリナがどこにいるか知らないからだ。
「まぁそうだよな。お前が口を割るはず無いよな。そう教え込んできたから」
ジョーはゆっくりシオンに近づき、丸太のような腕で胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。
怪我をしているシオンには、抵抗する力はほぼ無かった。もし万全の状態でも、この強靭な力には抵抗できなかっただろう。それほどの力だった。
「お前には感謝している。どうやったかは分からんが被験者0521を今まで生かさせてくれたことに。今までの実験ではチップを埋め込まなければ十日も持たずに死んでしまっていたからな。だが、アイツの命もそろそろ限界なんだろ?」
そこはさすがにバレバレか。“SNB”を作った張本人なら尚更か。
「もうお互い、お喋りは終わりにしよう」
ジョーはそう言うと、シオンのみぞおちに強烈な一発を浴びせた。
シオンの体は、くの字に曲がり、言葉にならない一言が漏れた。あまりの一撃に一瞬記憶が飛ぶ。
それからはどこを殴られたのか、何発殴られたのか、サンドバック状態のシオンは記憶が飛び飛びになりつつも、必死に意識が消えないよう堪えていた。
ジョーが目の前にいるこの状況を無駄には出来ない。少しでも情報収集しなければ。そう思い、殴られながらジョーを観察した。そして今ここにリナが現れないように祈っていた。
「あの女、現れねーな」
カゲロウとケイはいつ銃撃戦になってもいいように、臨戦態勢で周囲を警戒していた。
「もう一度言っておくわ。被験体0521が現れても絶対に距離を詰めてはダメよ。そして正面に立ってはダメ。一瞬で距離を詰められる」
「フンッ。分かってるって。トリスタンにもきつく言われている。だが女が来る前にシオンの方が先に殴り殺されるじゃね?」
「死ねば、それはそれよ」
「クール」
「近くにはいないか」
ジョーは拳を止め、周囲を見渡しながら呟いた。
シオンは殴られ続け、顔の原型が変わってしまうほど、腫れあがっていた。
「予想は外れたか」
ジョーは手を離し、シオンは冷たいコンクリートの床に倒れ、ウゥ〜と呻き声を上げた。 いつの間にかにケイとカゲロウが、ジョーの後ろに立っていた。
そして、カゲロウは近づき「お前タフだね〜。まだ死んでないとは」
人をあざ笑うかのような笑みをしているカゲロウをシオンは見逃さなかった。
もう一人の見張り役は、コイツか…。
倒れているシオンにジョーがしゃがみ込み、顔を近づけた。
「まだ生かしておいてやる。被験体0521をおびき出す餌としてな」
そう言うとジョーは出口の方へ歩き出した。カゲロウもそれに続く。
「痛そう」
ケイはクスクスっとカゲロウのそれとは違う、笑みかけてきた。
「じゃあね」
そう言って、ポケットから小さな茶色い紙袋をシオンの横に置いて去っていった。
シオンは何とか体を動かし、あお向けになり、大の字で大きく息を吸った。
身体はボロボロで上手く動かすことは出来ないが、意識ははっきりしていた。そして、分かった事が幾つかあった。
ジョーは“SNB”を打っている。そしてチップも埋め込んでいる。あの蹴りはマーガスの蹴りだ。殴り方もソックリだ。だが殺さないよう手加減していたようだが、あのパワーは今までのジョーの比ではない。
さらに、あの感情の起伏…笑顔になったり、怒ったり、涙を流したり、あれはチップを脳に埋め込んだ副作用だ。それは研究段階の時から、ヨハンとコルが予想していた事と一致している。
そしてカゲロウの存在。不動に雇われているだけの雑魚だと思っていたが、ジョーの護衛をしていた。相当な手練れでなければジョーが近くに置くはずがない。
目を瞑り「ふぅ〜。そうか。ジョーはリナを探している」
シオンは、状況整理と次の一手を模索した。
・リナとは離れ離れで、居場所も不明。
・ジョーはリナを探している。
・カゲロウの存在。
・“SNB”はナンバーズが持っている。
・チップの方は行方も分かっていない。
・策士トリスタンの奇行
「フフッ。最悪だな」
シオンは笑ってしまった。そういえば、傭兵時代にも危機的状況で笑ったことがあったのを思い出した。
しかしまぁ、今まではジョーの邪魔をして、怒りを買い、そして、誘き出そうとしていたが、今は逆に俺を使ってリナを誘き出そうとしている。
これはトリスタンが俺の考えを読んで、弄んでいるのだろう。
しかし、今はこれを利用するしか無い。
だが一つ腑に落ちないのが、「なぜジョーはリナを探しているのか?」だ。
ジョーの言っている事が本心なら、“SNB”とチップは完成している。だったら“SNB”とチップの量産を急ぎ、復讐とやらの準備をすればいい。リナを探す必要はどこにもないはずだ。
多分これは個人的な部分だろう。個人的に執着する理由があるのだろう。遠回りをしてでも。これは完全に個人的なエゴ。
いろいろ面倒な事が起きているが、最終目的はリナがジョーを殺す事。これは変わらない。
とりあえず、リナとの合流を急いだ方がいい。
「さて、どうするかな」
トリスタンが今の俺の状況をあざ笑っていると思うと、腹が立つが、今はそんな気力も無い。
そして、さすがに身体が悲鳴を上げだし、急激な睡魔に襲われ、目を閉じるのであった。
白い時間
翌日の夜、ケイは一人鼻歌を歌いながら、スキップでもしそうな軽快な足取りで、真っ白な長い長い通路を歩いていた。
上も下も壁も白。汚れのない白。ちょっとした近未来感のある作りである。ケイはこの空間が好きだった。
ケイの人生は先の見えない深い闇が常に付きまとっていた。傭兵時代は来る日も来る日も、人を殺し続けた。返り血を浴び続けた。心が、精神が闇に堕ちかけるたびに、兄弟が手を差し伸べて、救ってくれた。その時は必ず白い光の中から救ってくれた。だからケイにとっては白というのは救いであり、特別であり、そして惹かれていた。
およそ百メートルはあろう、白い通路には監視カメラが数メートル毎に取り付けられ、侵入者を許さなかった。
通路の丁度真ん中でケイは立ち止まる。そこには厳重にセキュリティの掛かった扉がある。横にスライドするタイプの自動ドアである。この白く長い通路に唯一ある部屋である。
ケイはさっきまでの上機嫌は消え、扉のオートロックの暗証番号を素早く操作し、プシューと音と共に扉は横にスライドし、開いた。
部屋の中は、通路と同様、白く色塗られており、十二畳ほどの小さな部屋。四隅には監視カメラが四台。天井に小さな空気孔。殺風景な部屋だ。
そこには、うずくまっているリナがいた。床にはパンとペットボトルの水が置かれていたが、手を付けた形跡はない。
ケイが部屋へ入ると、スライド式の扉は閉まり、監視カメラの一つに向かって、人差し指を左右に振った。
すると監視カメラが作動している時に付く赤いランプが消えた。これでここでの出来事や会話は一切、外に漏れることは無くなった。
ケイは腕を組み、扉に寄りかかり、じっとリナを見つめる。
二人に静寂の時間が流れる。一分。二分。どれくらい時間が経ったのだろう。この二人だけ時間が止まったかのように。無、そのもの。
この静寂を破ったのはケイ。
「まいった。私の負け。黙り勝負でもアンタには勝てないのね。なんだったらアンタに勝てるのかしら」
ケイはふて腐れる。
「それにしても随分と大胆な事をするわね。敵の所に逃げ込むなんて。トリスタンでも考えないわよ。灯台下暗しってこの事ね」
ケイは心底感心した。時にはこういう柔軟な思考が戦場で生き残る手段だったのかと。
「ねぇ。怪我の方は治ったのかしら?って聞いても答えてくれないか」
ケイが部屋に入ってから、リナは一切動いていない。多分、ここに来てからもずっとこのままなのだろう。
「アンタが喋らないのは知っているわ。“SNB”は全身の血液が目まぐるしく循環し、一時的に超人的な身体能力を付与する劇薬。それを制御するには脳にチップを埋め込み、情報処理を超光速化させる事によって正気を維持させている。まぁ寿命は多少短くなるけどね。だけどアンタが投与された“SNB”は、初期段階の物。改良に改良を重ねた今の“SNB”とは全くの別物。正真正銘オリジナルの“SNB”。普通なら正気を保つなんて事のできる品物じゃないはずなんだけど、アンタは視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚の五感、特に感情を捨て、脳へ負担を最低限まで減らし、超人的な身体能力をそのままにコントロールしている。その強靭な精神力は驚嘆に値するわ。いや…執念かしら…」
リナが聞いているのかも分からない状態でも、淡々と話し続けた。
「シオンがジョーに半殺しにあったわ」
リナが一瞬、ピクリと反応した。そして、ゆっくり顔を上げた。鋭い目がケイを突き刺し、緊張が走った。
その目は狂気に冒され、もしこの世に悪魔がいるのだとしたら、そんな目なのだろう。既に人間の目ではなかった。しかし、その目を見るのは初めてではない。
傭兵時代、ジャングルや市街地で何度も何度もこの女、ナイトメア・レディと対峙し、超超距離での狙撃を試みて気付かれた時も、罠を張って躱された時も、接近戦が得意とする彼女との撃ち合いの時も、常にその目をしていた。
たった一人で、私たちグリムリーパー七人に立ち向かって来る強さに、いつしか見惚れ、そして尊敬してしまった自分がいたのも確か。
だからマーガスもそんな彼女に惹かれたのかもしれない。
「私はアンタに何の恨みもないわ。アンタも命令に従い、私たちも命令に従った。戦争だったんだから目の前に現れれば殺し合うのは当たり前。だけどね…」
ケイはゆっくりとリナとの距離を詰めた。
「アンタを恨んでいる人間もいるって事を忘れないことね。特にローズには。不器用な女だから」
そう言うと、ケイはくるりとリナに背を向け、扉の方へ歩き出した。
「恋する女は怖いわよ。さて、私はこれでお暇するわ。アンタの怪我の様子と…命の時間を見に来ただけだし」
オートロックの暗証番号を押し、扉が開き、振り向きざまにこう言った。
「アンタがここを選んだのは正解よ。ローズは不器用だけど、アンタを恨んでいるけど、私たちにとって、マーガスは絶対だから」
扉が閉まると、リナはまた下を向きうずくまった。
襲撃
シオンは夢を見ていた。
自分でこれは夢だと客観的に認識しているが、そこに出てくる自分は意思が効かず、そのまま夢は進んで行き、ただただそれを見ているだけだった。
傭兵時代。澄み切った夕方だった。任務途中に市街地で敵に遭遇し、交戦し、全滅させ、瓦礫の中で座り込み、小休憩を取っていた。
その時、誰かが、もう一人敵がいる!と叫び、シオンはすぐさま銃を取り、臨戦態勢を取った。
向こうからゆっくりと歩いてくるのはナイトメア・レディ。シオンは照準を合わせ、銃を撃ったが、ナイトメア・レディはほんの数センチ横に動いただけで、銃弾を交わした。
シオンが二発目を放とうとした時、後ろからマーガスがやってきた。
「シオン。俺、あいつにプロポーズしてくる!」
そう言うと、マーガスは銃も持たず、走ってナイトメア・レディに近づき、そして膝を付き、プロポーズをした。
ナイトメア・レディは手を口にあて、喜びの涙を浮かべ、プロポーズを受け入れた。
もうそこにはナイトメア・レディはいなかった。リナ・バレンティナという、恋する女性だった。
夕日も二人を祝福しているかのように、美しいオレンジのグラデーションを描き、リナの幸せそうな笑顔と、光る小さな涙は、ダイヤモンドも霞む美しさだった。
シオンはその光景は微笑みながら眺め、心の底から祝福の拍手を送っていた。
その時、周囲が一瞬で闇に覆われ、何が起こったのか?周囲をキョロキョロ首を動かしたその先に、座り込んでいたリナと、そして膝元にマーガスが横たわっていた。
リナは血の涙を流し、怒り狂った目でシオンを睨んでいた。
リナの憎悪は段々大きくオーラのように纏い、そのオーラがシオンに向かって飲み込むと同時に目が覚めた。
「なかなかリアルな夢だったな」
シオンは呟いたと同時に、身体中から悲鳴が上がった。
昨日は爆発に巻き込まれ、さらにジョーに半殺しにあったのだから、身体が丈夫なシオンといっても、そう簡単に回復する訳ではない。
痛たたたた…と言って、身体を起こし、周りを見回した。
「何時間寝ていたんだ?」
もう外は夜だった。そして、シオンの横に、見慣れない茶色い袋が置いてあった。そうだ、昨日ケイが置いていったんだ。
シオンは袋の中を確認した。大量の飴の中に注射器と鎮痛剤のモルヒネ、ビニールテープに巻かれている四角い物体などが入っていた。
「全く…。俺の身体を労わる気はなみたいだな」
シオンはコンテナに寄り掛かり、天井を見上げ、目を瞑った。
「マーガスもとんでもない任務を命令するよな」
シオンはちょっと笑ってしまった。
「とは言っても、任務を難しくしたのは俺だがな」
そう言うと、モルヒネを打った。
時間は深夜一時を回っていた。誰もいないY/M薬品ビルの最上階にある特別な研究室で、白衣を着たケイと04が、夜食として大進飯店の出前を食べていた。
この研究室に出入りする人間は、原則として白衣の着用が義務付けられている。
「ああ?なに知ったか言ってんだテメー……」
ローズは、ちょっと離れた所で乱暴な口調で電話をしている。
「ケイさん。本当に今夜、ファントムは来るんですか?」
04は聞いた。
「さぁ。来なかったら今夜の残業は意味無しだね」
屈託のない笑顔でそう言った。ケイは04の事を妹のように可愛がっている。
「夜更かしはお肌に悪いんですよ!ケイさん、ちゃんとお手入れしています?」
「それなりにはしているよ。ローズが美容液とかいろいろ送ってくるから」
「00は美容にはうるさいですからね。私もいろいろ勉強させてもらっています。それにしても00のお肌ってスベスベで綺麗だな〜」
04は電話をしているローズの方を見て、羨ましそうな眼差しを送る。
「うるせー!そして死ね!」
突如ローズが大声を出して、04はビックリした。ケイは何事も無かったかのように、慣れない箸と格闘しつつ、中華料理を食べていた。
「ところで04ちゃん。記憶の方はどう?何か思い出した?」
「いや全然。でも前に酔っぱらった01さんに言われたんですけど、【記憶、記憶って言っていたら、記憶に憑りつかれるぞ。記憶が全てじゃない。それよりも大事なのは今だ】って」
「わお!男前〜」
ケイは茶化した。
「だから、もう無理に思い出さなくてもいいかな?って最近思っています。だって今は楽しいですもん。尊敬する00がいて、変な先輩方もいて、毎日が退屈しません。これって幸せじゃないですか?」
04は笑顔で返した。
「裏の世界に生きている私たちが幸せって、ちょっと変かもしれないけど、私も傭兵時代の人を殺す、あの地獄の日々と比べらたら、今はまさに幸せの絶頂ね」
ケイは04の記憶は戻らない方がいいと考えていた。
もし思い出せば、きっと自分が自分でいられない程の地獄を思い出すということだからだ。
彼女は“ARK GAIA”という、裏の世界では超有名な戦争屋で、特殊訓練を幼少期から受けていた。その過激すぎる特殊訓練の果て、記憶を無くしてしまった。
ケイたちグリムリーパーもジョーの“SHINOBI”で特殊訓練を受けていたので、同じ境遇の04のことが気になっていた。
とはいえ、新しい妹が出来たお姉さん的な感情の方が強いが。
ちなにみ、この事を知っているのは、ローズ、トリスタン、ケイの三人のみ。
ようやく電話を終えてローズが戻って来た。そしてシュウマイを一つ口にする。
「ケイ、今夜は戻って来なくていいってさ。ここで準備に備えろ、だと」
「トリスタン?」
「アイツ、次会ったら殺す!マジ殺す!」
「ローズ。みんな一生懸命なの」
ケイは優しい口調でローズをなだめる。
「でも、アイツ、いつもいつも上から目線でムカつく!やっぱアイツはクビだ」
ローズは何かに八つ当たりをしたかったが、ここは研究室なので、何とか抑えた。
「で、トリスタンは他に何て言ってた?」
ケイは聞いた。
「昨晩、ボコボコにしたから、ヤツは今夜動くはずだって。そんなにボコったのか?」
ローズは料理を食べながら聞いた。
「ええ。ジョーがね。でもシオンはそれを上手く“いなし”てたわ。とは言え、ダメージは蓄積されているからボロボロなのは間違いないかな」
「なら動くか…」
「00、そんなにボロボロなら動けないんじゃないですか?」
04はセオリー通りの質問をした。
「だからだよ04。どう見ても動けない状況だと、誰もが思うからこそチャンスなんだ。そして相手は油断し、隙が出来る。そこを付いて来るのがプロだ」
ローズは04に教えるように説明した。
「でも、ここに来るとは限らないんじゃ?直接ジョーを狙うとか」
ローズはニヤリとした。
「いや。ここに来るよ。必ず」
「え?」
「今のシオンには、もう打つ手がないの。本当なら“SNB”とチップを、どう奪うかを緻密に計画し、行動を起こすはずだったんでしょうが、その前にジョーに半殺しにあった。要は先手を打たれちゃったのよ。だから強硬手段で、あがくしかないの。そしてアイツの手札は “SNB”がナンバーズの手元にあるという情報だけ。だからここに乗り込んでくるわ。あとはタイミングを見て、ナイトメア・レディとの合流かな」
シュウマイをパクリと一口。
そしてローズは04の目を見て「04。これから本気のシオンが来る。覚悟を決めなさい」
ローズの目は既に臨戦態勢に入っていた。
「わ、わかりました。私は、私の出来ることをやります」
「それでいいわ」
そう言うと、ローズは席を立ち「私は事務所に戻る。二人はここでシオンを迎え撃つ。まぁここまで登ってこれたらの話だが。それと04、武器の補給をしたからワンに料金を払っておいてくれ」
ローズはエレベーターの方へ向かった。
「04ちゃん。今夜は一緒だね」
ケイは、両手を頬に付けニッコリ笑みで、嬉しそうに言った。
ローズはエレベーターのボタンを幾つか押した。これは地下三十メートルにある地下通路まで降りるための暗号である。当然、地下通路の事はY/M薬品の一般社員は知らず、ナンバーズのみが使用を許されている。
「トリスタン…お前の計画通りなんだろうな?」
エレベーター内で独り言を漏らした。
三年前、アメリカのネバタ州の小さな劇場に、グリムリーパーのメンバーが集められた。
そしてトリスタンの口から、今回の計画の全貌を聞かされた。
グリムリーパー内にはいくつかのルールがあり、その一つに「一度決定したことは、最後までやり遂げる」というものがある。決して途中で辞めることは許されない。
とはいえ、ルールを破ったとしても罰則があるわけでもないのだが、グリムリーパー
の兄弟たちはルールを破るようなことは絶対にしない。なぜなら、ルールを作ったのが、リーダーであるマーガスだからだ。
法を破り、人を殺し、世の中からして見れば、害でしかないグリムリーパーだが、リーダーが決めた、身内だけの小さなルール、約束事くらいは、絶対に守ろうと誓い合ったのである。
エレベーターの扉が開いた。
ローズは真っすぐな真っ白な廊下を歩く。ここはY/M薬品ビルとナンバーズの事務所がある小さなビルが地下通路で繋がっていた。
白い廊下の先に扉があり、開けるとそのまま階段となっており、二階へ上がるとナンバーズの事務所がある。
お世辞にも広いとは言えないが、いろいろ条件がいい。例えば、事務所にいる誰かが狙撃されようとも、ある一点の場所からしか狙えない立地であるため、そこからだけ注意していればいい。当然、窓は防弾ガラスではあるが。
さらに道路を挟んだ向こう側には、ナンバーズの武器が保管してある大進飯店もある。
ローズは自分の席に座り、タバコに火をつけ、大きく煙を吐き出した。
「四年も掛けて外堀を埋め、いつ実行に移ってもいいように準備をしてきた。そして…その日が来た。シオンよ、いつでも来い!決着を付ける時だ」
ローズは高揚していた。
時刻は深夜二時過ぎ。
シオンは真っ暗な地下鉄の線路を歩いていた。既に終電も終わり、電車が通ることはない。時折ある信号機は黄色に点灯しており、数メートル間隔に小さなライトを頼りに、“SNB”が保管されているY/M薬品のあるビルに向かっていた。
そのビルは地下四階から地上二十四階建てで、四階から上をY/M薬品がオフィスとして使い、地下一階から地上二階にかけては飲食店、美容院、スポーツクラブなど色々なテナントが入っており、社外の人も利用できる。しかも地下鉄の駅と直通しており、交通の便も良い。
シオンは真っ暗な駅のホームへ到着し、線路からホームへ上がった。
この駅は線路を挟んで、向こう側にもホームがあるタイプらしい。
そしてホームの真ん中くらいで足を止めた。すると急に電気が付いた。
シオンは周囲を警戒したその時、後ろから声がした。
「ご無沙汰しております。ファントム」
シオンが振り向くと、そこには黒のスーツ姿で、手を後ろで組み、黒ぶち眼鏡を掛けた男が立っていた。
「お前は…クゥ・フェイ!」
思いがけない男と再会してしまった。シオンは香港で、このクゥ・フェイが率いるマフィアと殺り合ったことがあった。その時はまだリナが“SNB”を完全にコントロールできておらず、暴走したリナがそのマフィアを壊滅してしまった過去があった。
そして、その唯一の生き残りが、目の前にいるクゥ・フェイである。
「ファントム、いやグリムリーパーのメンバーに名前を憶えてもらえて至極光栄。そしてナイトメア・レディの実力をこの身で体験できたことは、非常に貴重だったよ。まぁ大怪我はしたが」
暴走という無策の大暴れとはいえ、あのリナと対峙して生き残れる程の実力があるのは確か。
「なぜ、お前がここにいる?」
シオンは聞いた。
「前の組織はナイトメア・レディに潰されてしまったので、転職して今はここで働いている」
そう言って、名刺をシオンに渡した。
名刺には【Y/M薬品 代表取締役 神楽坂 蓮】と書いてあった。
「今は神楽坂 蓮と名乗っている。ナンバーズの01でもあるが。以後、お見知りおきを」
そう言うと、深々とお辞儀をした。
「では本題に入るが」
シオンはバックステップで少し距離を取り、内ポケットの銃を掴んで身構えた。
「さすがファントム。その位置は俺の間合いじゃないな」
「お前ほどの実力者がナンバーズに成り下がるとは」
「おいおい。ウチのボスはお前の兄妹だろ?そんなことを言ったら怒られるぞ?」
その時、反対側のホームに絆創膏や包帯を巻いた02と03がいつの間にかに立っていた。
「部下の尻ぬぐいは上司が行うもの。これ、常識!」
その言葉が言い終わると同時に、ホームの反対側から銃弾が放たれた。
シオンは死角からの銃撃に対応し、くるりと回転し、クゥこと01に銃弾を撃ち込んだ。
01も実力者。素早く横に飛び、躱すと同時にシオンへ反撃に出る。
「三対一の数的不利か」
シオンはホームの所々に建っている柱の陰に隠れ、三人の位置を確認し、銃を撃ち込む。
「うらあああ!第二ランドだ!」
反対側のホームにいた02が線路にジャンプし、こっち側のホームへやってきた。
その02に銃を向けると、向こう側のホームに残っている03が援護する。
今度は01が死角から現れ、銃撃。
シオンは避けるのが精一杯。
「怪我をしていると聞いていたが、なかなかいい動きだ」
01は素早くシオンの死角から銃弾を撃ち込んでくるが、シオンもギリギリで躱し、常に三人の位置を気にしながら反撃する。
「02!接近戦はダメだ!適度の距離を保ち、退路を断つぞ!」
「兄貴、任せな!」
このままでは埒が明かない。
「とりあえず向こう側にいるデカいヤツを何とかするか」
防戦一方のシオンは、ホームの蛍光灯に銃を撃ち込み、光を断った「これであのデカいヤツがこっちのホームに来れば!」
「クソ!電気を消された」
03はファントムの姿が見えづらくなり、線路を渡ろうとした。
「動くな03!見えづらくとも、そのまま援護射撃だ!」
01は大きな声で指示を出した。
「さすがはクゥ!戦況を分かっている」
誘いに乗ってこないナンバーズに苛立ちを覚える。
その時、02がシオンに突進しながら連射してきた。
「接近戦はダメなんじゃないのか!」
シオンは横に避けながら柱の陰に向かって走る。
「一人ならな!」
02が叫んだ、その後ろからジャンプした01が現れた。
「チビは陽動かっ」
01の銃弾がシオンの頬をかすめ、血が飛び散る。
なんとかギリギリの所で柱の裏に隠れたが、そこは03から丸見えの場所。
すかさず03の援護射撃が飛んでくる。シオンは呼吸を整える時間さえ与えてもらえず、常に動き回っていた。
これだけ動かされると、モルヒネの鎮痛剤の効き目が切れるのも時間の問題。鎮痛剤はあくまでも一時的に痛みを和らげるだけであり、痛みを全く感じない訳ではない。しかも身体の感覚も麻痺している。早めに決着を付けるしかない。
今度はシオンが01に接近する。しかし01は後ろに飛び、距離を保つ。02と03の援護射撃が来るが、シオンは上手く避ける。
「なんで当たらん!俺たち三人がかりだぞ!」
「02!慌てるな!時間を掛けてもいい!確実に仕留めるんだ!」
03が声を掛ける。
シオンはいいチームワークだと、こんな状況化だというのに感心していた。
「その余裕が命取りなんだよ!」
01は叫びながら殴り合いの接近戦を挑んできた!
シオンもそれに応戦する。シオンも01もパンチ、キックを繰り出し、避る、受け流す、お互い一歩も譲らない。
02と03は銃を構えているが、撃つことは出来ない。万が一01に当ってしまう可能性があるからだ。しかし、さっきまでの高速で動き回っていたのとは違い、はっきりとシオンの動きが見える。殴り合いの接近戦の狙いはそこにあった。
01が隙をみて、回し蹴りを繰り出した。だが、シオンはそれを受け止めるが、体制が崩れた。
それを見て01はバク宙をした。空中で体をそり返した両手には二丁の銃が握られていた。そして銃弾を放った。それと同時に02と03も銃弾を放った。
シオンは回し蹴りで体制を崩されており、四つの銃弾に狙い撃ちされた。
だがその時、シオンの足元が一瞬、青い稲妻のような光が発生したと思ったその瞬間、シオンはその場から消えていた。
「なんだ?」
01が驚いた顔をしている。
そこには壁に当った銃弾の跡だけが残されていた。
02と03が01の元にやってきて、周りをキョロキョロしてシオンを探している。
「兄貴、何が起きた?アイツはどこに消えた?」
01は呆然と立ち尽くし、大きく息を吐き、二丁の銃をしまって言った。
「逃げられた。あれが本気のグリムリーパーだ」
「いいもん見せてもらった」
カゲロウは不敵に言った。
襲撃2
シオンは地下鉄の駅から地上に出て、街路樹の下で息を切りながら座り込んでいた。
「全く、とんでもない連中だな。まさか“閃光”を使う羽目になるとは…」
ここはオフィス街。しかも真夜中とあって、昼間の賑やかさとは真逆の静けさ。そしてY/M薬品のビルが目の前にある。
シオンは立ち上がり、街路樹を見上げ、そして登り始めた。そこには以前、ケイに車で連れてきてもらった時に、飛び道具を隠しておいたのだ。
木から、ぴょんと飛び降り、飛び道具を手にしたシオンは、そのままビルに沿って裏に回り込んだ。
シオンの隠していた飛び道具とは、先端に大きな矢が付いており、ワイヤーと繋がっている、ボーガンに似ている銃だった。さらにモーターも付いており、ボタン一つで巻き上げることも可能な、高い場所へ侵入するには持ってこい品物。よくスパイマンガとかに出てきそうなアイテムだ。
「ここがいいな」
そう言うと、矢の付いた銃をビルの壁に向かって撃った。矢は五階の窓のほぼ真横の壁に刺さり、しっかり刺さっているのを確認したところで、スルスルと空中に飛び上がった。
「ほう…そうか逃げられたか」
ローズは真っ暗な事務所で、外を見ながら01から連絡を受けていた。
「00、アレは何ですか?尋常ではないスピードでした」
「アレは我々グリムリーパーのとっておきだ。それを使わせるなんて、お前たちも成長したな」
「そう言われましても、任務は失敗です。申し訳ありません。追いますか?次の指示をお願いします」
外に一人の男が歩いている。カゲロウだ。
カゲロウは立ち止まり、ローズと目があった。そして立ち去った。
「00、どうしました?」
電話口から01の声が漏れる。
「三人とも怪我はないか?」
「大丈夫です。かすり傷程度で、今後の任務に支障はありません」
「では、三人ともビルに戻り、警備にあたれ。だがビル内での発砲は禁ずる。お前たちはやり過ぎる感があるからな。特に02には釘を刺しておけ。“SNB”はケイと04に任せておけ」
「分かりました。直ちにビル内に戻ります」
電話が切れた。
ローズは椅子に座り、深く息を吐いた。
ジョーたちの動きとしては、シオンの監視を基本的にカゲロウにやらせ、戦い方やスタイルを覚えさせる。ケイは“SNB”とチップの担当と言いつつ、ナイトメア・レディの動向を探る。そしてトリスタンはジョーの傍で、言葉巧みに動かす…こんなところか。
ローズは失った左腕の所を摩りながら、滾る自分の衝動を抑え込むのに必死だった。
「まもなくだ。宴の時間は近い」
シオンは非常階段を素早く登って、最上階を目指していた。
さすがに息を切らし、まだ十五階と、壁に描かれている緑色の文字を確認した。
すると下の階から足音が微かに聞こえて来た。
「ナンバーズがもう追いつてきたか」
シオンは階段を上がって行った。
「クソ〜…階段はキツイ…」
シオンを追い、一階から階段で上がってきた02は、肩で息を切らし、言った。
「じゃんけんは時に無慈悲だぜ…」
ジャンケンで一番負けた02が階段を上がる係。次に負けた03はエレベーターで最上階に上がり、そこから階段を下りる係。そして勝者の01は二十階のフロアに待機となっていた。
その時、無線で04から連絡が入った。
「十八階に侵入者。監視カメラにて確認。繰り返します。十八階に侵入者。監視カメラにて確認」
「十八階かよ…今は何階だ?」
02は急いで階段を登り始めた。
シオンは暗いフロアをウロウロしていた。非常階段を登っている時に、強烈な薬品の匂いがしたので念のため、侵入したのだ。
「別に怪しい物はないな。薬品を作っている研究室でもなさそうだ。だが匂いだけはする…」
このフロアはただのオフィスだった。きちんと整理整頓されている机もあれば、いろいろ資料が散らかっている机もある。働いている人間の性格が表れていた。
「ここで暴れられると困るんだが」
シオンは急に声を掛けられ、ハッとし、声がした方に銃を向けた。
「クゥ・フェイか」
「クゥ・フェイは前の名前。今後は神楽坂 蓮か01と呼んでくれ」
01は二十階のフロアで待機していたので、十八階にはいち早く来れた。
「銃を下ろせ。ここは普通の会社だ。暴れられると困る」
「普通の会社だと?裏では治外な薬やらウイルスを製っているとしても?」
「それは研究での産物に過ぎない。だが働いているのは堅気の人間だ。俺たちのような裏の人間が、堅気に手を出すのはルール違反」
ドバン!と非常階段へ通じる鉄製の扉が勢いよく開き、警棒を持った03が入ってきた。
「01、無事か?」
「大丈夫だ。まだ始まってない」
01の無事を確認した03は、ゆっくりとシオンの後ろに回り込む。
「02はどうした?」と01は聞いた。
「多分どっかで、へばっている」
「だろうな」
01は鼻で笑った。
「さぁファントム。どうする?またさっきみたいにピューっと消えるか?」
シオンはクゥ・フェイと03の位置を確認しつつ「銃を使わず、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「挑発か?常套手段だが、安いな」
そう言うと、銃を向けられている01は、ゆっくりとした足取りでシオンに近づく。
「動くな!」
01はシオンの指示に従った。ここでの戦闘は出来るだけ避けたい。オフィスが滅茶苦茶になると、代表取締役の俺が一番大変なことになる、という個人的理由もあった。だから地下鉄の駅で足止めしたかった。
「デカいの!お前も動くな」
03も従った。内心、勝てるわけないと思いつつも、警棒を握り直し、いつでも飛び掛かれる体制を一応とってはいる。
「ファントム、だいたいお前、ここに何しに来た?“SNB”を奪うつもりか?計画性も無く、こんなデカいビルに侵入して、偶然見つけましたって。そんな奇跡あるはずねーだろ!第一、そんな大事な物、こんな所に置いておく訳ないだろ、お前がここに来ることが分かっていた状態で」
「確かに、俺が来ることが分かっていて、“SNB”をここに置いておく程、ローズはバカじゃない。だがお前たちは勘違いしているぞ」
「勘違い?」
「誰が“SNB”を奪いに来たと言った!誰もそんな事、言っていないぞ!そもそも“SNB”自体を見たこともない。どんな形か、どんな容器に入っているのかさえもな!俺が知っているのはそれをナンバーズが持ち去ったという事実だけだ」
「01!嫌な予感がする」
03は変な汗をかきながら言った。
シオンは続けて言った「俺がここに来た目的の一つは、“SNB”じゃなくて、それを培養するこの研究施設だ!」
シオンは素早くポケットから小さなボタンを出し、押した。
ドドドドドドーン!と、けたたましい爆発音と共に、十五階のフロアで爆発がおき、ビルが大きく揺れた!
今いる二十階の窓ガラスも一斉に割れ、真っ赤な炎と黒い煙が周囲に燃え広がる!ビル全体から警報音が鳴り響き、天井のスプリンクラーから水が噴き出る。
真夜中のY/Mビルが一瞬にして火の海に飲み込まれて行った。
「なんてことをしやがる!」
ローズは事務所の窓から炎に包まれるビルを見上げて言った。
その時、机の上にあるスマホに電話が掛かってきた。ケイからだ。
「ケイ、無事か?04は?」
「こっちは大丈夫だよ〜。もう外に避難していたから。04ちゃんも怪我一つないよ」
「避難していた?」
ローズは素早く窓の外を見ると、こっちに手を振っているケイが見えた。傍には呆然としている04の姿も確認できた。
「いや〜マジで凄い威力の爆発だったね〜アハハハ」
「笑っている場合か?何が起きた?シオンの仕業か?」
「この爆発はね、プラスチック爆弾だよ。私、前にさぁ。トリスタンからシオンに渡せって言われてて、渡しておいたんだ。でも実際に使うとは思わなかったよ」
ローズは絶句し、フラフラと椅子に座る。
「私はちょっと用事があるから行くね。04ちゃんはそっちに戻るように言っておく。それじゃあ現地で!」
そういうと通話が切れた。
ローズは頭を抱えていた。そうか…そういう事か。だから不動の密輸武器の引継ぎをこっちに回したのか。その儲けでビルの修復金にあてろって。
そして、段々怒りが込み上げてきた。
「トリスタンのヤロー…足元見やがって!やっぱアイツは殺す!マジ殺す!」
その時、04が帰って来た。
「ただいま戻りました」
04の顔見て、ローズの怒りは一瞬にして消えた。
「04、大丈夫か?怪我は無いか?」
「私は大丈夫です。ケイさんが、爆発の前に避難させてくれましたので」
「そうか」
「でも先輩方は、大丈夫でしょうか?」
「まぁアイツらなら大丈夫だろ。それより04。車の準備だ。三人が戻り次第、出発する」
「分かりました!」
そういうと事務所から出て言った。
ローズは椅子をクルリと回し、窓からビルが焼けていくのを見た。
見誤った。シオンの狙いは、最初から“SNB”でもチップでも無い。そもそもシオンは一度も奪おうとしていない。
ジョーの邪魔をして、おびき出すこと。ヤツはそれを一貫して貫いていた。
チップを埋め込んでからのジョーは、精神が安定していない。しかもちょっとのことでも怒りが爆発する精神状態だ。もうトリスタンの抑えも効かない。この爆破でジョーは怒り狂うなんてレベルじゃないだろう。必ず自分の手でシオンを殺そうと動く。
そして、裏の世界の人間は何かと面子を気にするという、心理を上手く利用し、研究所をビルごと吹っ飛ばされた我々ナンバーズは、その報復としてシオンのアジトに乗り込む。
もしここで動かなければ、世界中の笑いものだからな。
シオンの一つ目の狙いは、ジョーとナンバーズを一カ所に集めること。
そして二つ目の狙いは、ナイトメア・レディへの合図。さすがにこの爆発なら、どこにいても耳に届くだろう。
完全にシオンの思惑通りに動かされた。
だが、それはシオンにとってリスクでしかない。私たちナンバーズとケイ、トリスタン、カゲロウ、そしてジョーを相手に、いくらナイトメア・レディが化け物でも、勝てる勝算は限りなくゼロに近い。
シオンはそこまで頭の回らないヤツじゃない。しかし、それでもやらざるを得ない理由がある。
それはナイトメア・レディの死が、そこまで来ているということ。
誘いに乗ってやるよシオン。
「マーガスよ。こここからは誰がそっちに行くか分からんよ」
シオンとバルデラ
ここのビルの屋上からは、勢いよく燃える炎が、高層ビル群の窓に反射し、暗い夜と幻想的なコントラストを描いている。
「大佐、ミスターシオンがお見えになりました」
黒のスーツ姿のエルディは敬礼しながら言い、そして回れ右をし、その場から去った。
バルデラは爆発のあったビルの方を向いたまま、タバコを吹かしている。
エルディと入れ違いに、コートに焦げた臭いを纏い、顔に黒い墨が付いたシオンが隣に立つ。
「よう兄弟。派手にやったな」
バルデラは爆破のあったY/Mビルの方向を見ながら言った。
「バルデラ。呼び出してすまない」
「立場上、俺たちは敵対しているから、誰かに知られたら不味いんだがな。ところで、お前一人か?アイツは?」
「今は別行動だ。と言っても、俺もどこにいるのか分からない」
「おいおい。大丈夫なのか?」
「まぁなんとかなる」
シオンは軽く笑いながら、そう答えた。
「今回の件、全てお前が罪を被るんだろ?不動の死も、橋の爆破も、あのビルの爆破も。武器密輸組織セブンスと不動組の抗争ということで」
「あのビルの爆破は予定にはなかったが、そういうシナリオらしいな」
バルデラは燃え上がるビルの方を見ながら言った。
「トリスタンらしい計画だ。汚れ仕事は全て他の奴らにやらせて、自分は高みの見物ときた。だが、そう悪い話だけじゃないぜ。俺を怒らすとどうなるか、世界にアピールできた」
バルデラはニヤリと笑い、話を続けた。
「武器の密輸組織を作り、戦争屋を見張れってマーガスからの提案…と言うか、ほぼ命令だったが、ここまでデカい組織になるとは思わなかったわ。全くウチのリーダーはどこまで先を見ていたんだか」
バルデラは愉快そうに笑った。
「全くだ…」
二人は少し沈黙した。
ビルの屋上とあって、多少風は強く、焦げ臭いロングコートがなびく中、シオンとバルデラは、久々の再会を喜んでいた。
幼少期から共に傭兵になるための特殊訓練を受け、そして、数多の死線を潜り抜けてきた兄弟。敵対しているとはいえ、血の繋がりは無くとも、兄弟は兄弟なのだ。
沈黙を破ったのはバルデラだった。「シオン、何が聞きたい?」
シオンはビル群の窓に反射している赤い光を見ながら「聞きたいことが二つある。カゲロウってヤツは何者だ?」
「俺もよくは知らんが、AG出身の傭兵で“SNB”の適合者の一人って話だ」
「AG!?ARK GAIAだと?」
シオンは思わず大声が出てしまった。
「それじゃ…リナ…」
バルデラはシオンを遮った。
「トリスタンの話じゃ、完成形の“SNB”の適合者は何人かいたらしい。そこでジョーは適合者全員で殺し合いをさせ、カゲロウはその生き残ったヤツだ。実力は俺たちに匹敵するってさ。それと、ジョーと馬が合うらしい。用心深く、負ける戦争は決してしない性格らしい」
そういうと、バルデラはタバコを捨て、足で踏みつけた。
「ジョーは世界最大の戦争屋ARK GAIAと繋がっている」
チッっと、シオンは舌打ちをした「ジョーを殺した後は、AGが敵になるのか…」
「だから俺がいる!」
バルデラは満遍な笑顔で笑いかけた。
「問題ない。AGは俺に任せろ。だから、お前はお前のやるべき事をやれ」
「お前は本当に俺の敵なのか?」
シオンは笑ってしまった。例え兄弟だとしても、今は完全に敵対している。なのに敵の背中を押す。昔から変わらない、バルデラの優しさにシオンは心が緩んだ。
バルデラはまたタバコに火を付け、煙を吐いた。
「で、もう一つの聞きたい事とはなんだ?」
シオンは、緩んだ心をしまい込み、その場に座り、金網のフェンスに寄り掛かった。
昨晩からの連戦で、体力の限界はとうに超えている。鎮痛剤で痛みは和らいでいるとはいえ、少しでも体力の回復を図りたかった。
「ジョーの本当の目的だ。何故リナに執着する?」
バルデラもその問いが来るだろうと予想はしていた。消防車のサイレンが鳴り響いている夜空にタバコの煙を吐き出した。そしてゆっくり話し出した。
「ナイトメア・レディの名前はリナって言うんだったな」
「ああ。リナ・バレンティナだ」
バルデラはタバコの煙を肺の奥まで吸い、深く息を吐いた。
「ジョーは “SNB”とチップを使って、世界に復讐をするとか言っているが、そもそも“SNB”とチップを使って兵士を作る気なんてない」
冷たい風がロングコートをなびかせ、バルデラは静かに続けて言った。
「全てはマーガスを“超える”為だ」
シオンは、寒空の星々に目をやりながら、その言葉が返ってくることを、五年前から知っていた。
だがそれをグリムリーパーのメンバー達が知っているかを確認したかった。
そして、この“超える”という言葉は重い。
ジョーが言う“超える”とは、マーガスを殺して、自分の方が強いと誇示する意味であるからだ。
しかし、マーガスは既に死んでいる。これは紛れもない事実である。
「ジョーはマーガスが死んでもなお、能力、技術、カリスマ性、全てに嫉妬している。異常なまでに。ありゃもう病気を通り越している」
「だろうな…」
シオンは静かに呟いた。
「元々ジョーは、自身に “SNB”を投与し、自分の手でマーガスを“超える”計画だった。だがマーガスは、研究途中の“SNB”適合者0521であるナイトメア・レディに殺された。だがマーガスを殺したナイトメア・レディが、まだ生きていることを知り、狙いをナイトメア・レディに変更したのさ。ジョーは最初から自分のことしか考えていない」
シオンは無言で聞いていた。
「なあシオン。教えてくれないか?どこからどこまでがマーガスの描いた計画なんだ?俺はあの場に居合わせなかったから分らないが、あの場にいた、お前とトリスタンなら少なくとも知っているはずだ。あの日、マーガスが死に、その直後に起きた研究施設の爆破、そして、爆破に生じてマーガスとナイトメア・レディを連れ去る。どう見ても計画されたとしか思えん。だがその証拠は見つからなかった。トリスタンも何も知らないの一手張りだ」
その言葉にシオンはフッと笑ってしまった。
バルデラは目を大きく開き「何がおかしい?俺はおかしなことを言ったか?」
「いや。すまない。何もかもがマーガスの言った通りだなと思って。俺たちは今、マーガスの掌の上で転がされている。全てな。だが、ただ一つマーガスの計画と違う所は、“リナがジョーを殺す”という一点だ」
「お前がネバタで言っていた事か」
「ああ。あれは俺の提案であり、ガキの我儘だ」
バルデラはシオンが話そうとしない事を悟り、諦め顔で「まぁいい。あまり時間もない事だし、時間がある時にでも話を聞かせてくれ」
「そうだな。全てが終わった時、生きていたら話すよ。お前達は全てを知る義務があるからな」
その言葉を聞いてバルデラはこう言った。
「シオン。ジョーは想像以上に強いぞ。もう人と呼んでいいのか分からんくらいの化け物になっちまった」
「らしくないな。バルデラ」
バルデラという男は、狙撃の腕も超一流であるが、巨大な身体から溢れるパワーを活かした、ゼロ距離戦の格闘を得意とした。どんな強敵だろうと相手との距離を一気に詰め、グリムリーパー一、危険な仕事をこなす勇猛果敢なソルジャーである。そんな彼が化け物と称するとは。
「だが、“SNB”には弱点もある」シオンは、そう静かに言った。
「弱点!?」バルデラは驚きざまに聞いた。
「チップのせいで感情が不安定になる。そして感情を爆発させると、思考能力が感情に飲み込まれ、チップの機能が低下する」
バルデラは豪快に笑った。
「お前、どこまで知っているんだ?本当に四年も雲隠れしていたとは思えないな。正解だ。チップは“SNB”の能力を最大限発揮させるためだけの道具に過ぎない。人間の感情を抑えつけることまではできない。所詮、人間は感情によって動いている」
「だからリナは、自らの感情を無くすことによって、“SNB”の力を最大限活かしている」
「確かにチップ無しで“SNB”に適応しているナイトメア・レディはスゲーよ。だがなシオン」
バルデラは座っているシオンの前にしゃがみ込み「ジョーは強さだけを、マーガスを超えるだけを、何年も求めてきた男だ。そう簡単には倒せんぞ」
「分かっている。だから命を賭ける」
シオンはバルデラの言いたいことが痛いほど分かっていた。
そして、少し昔の事を思い出していた。
五年前、ドイツ ミュヘンのバーに俺とトリスタンはマーガスに呼び出された。
待っていたマーガスは、俺たち二人が来ると同時に【ジョーを殺す計画】を話した。
だが、実行のGO!がマーガスの口からは出なかった。
なぜなら、育ての親であるジョーを殺すのに抵抗があり、数か月間、葛藤していた。
その迷いが、その優しさが、マーガスの最初で最後のミスであった。
マーガスは自分がジョーの傍にいれば、ジョーの注意を引き、そしてマーガスもジョーを監視できると踏んでいた。
もしジョーが何かを起こせば、自分一人で始末すればいいと。
だからある程度、野放しにしてしまった。
その結果、リナは囚われ、被験体になり、リナと対峙することになり、そして自分のミスが取り返しのつかない事に気づき、絶望し、そして死を選んだ…。
世界でたった一人、心の底から愛した、最愛の人を殺す事は、マーガスには出来なかった。
そして、死に際に「シオン、すまない。リナを隠し、ジョーを殺せ」と笑いながら最後に言った。
あの時、マーガスはどんな気持ちだったのだろうか、本当に死しか選択肢はなかったのだろうか。
シオンは自問自答を繰り返したが、結局答えは見つからなかった。
だが、やることは分かっていた。リーダーであるマーガスの計画を遂行するということだけは。
そして、その時が来た。
シオンは深く息を吐いた。
「バルデラ。俺達はジョーを殺す。いや…リナがジョーを殺す。必ずな」
「そうか。分かった」
バルデラは立ち上がり、また高層ビル群の窓に反射している、赤い炎を見つめる。
「バルデラ。お前には感謝している。敵対していても、お前はいつも俺を助けてくれる。この借りは必ず返す」
「了解した。ブラザー」
シオンは立ち上がり、消防車のサイレンが遠ざかりながら鳴り響いているのを耳に、その場から立ち去ろうと歩き出した時、バルデラは聞いた。
「なぁ、チップの在処は聞かないのか?」
「興味ないね」
そう言うと、シオンは振り向きもせず、ただ手を上げて立ち去った。
バルデラはまた、燃えているY/Mビルの方を見ながら「興味ない、か…」と呟く。
そしてコートのポケットからスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。
「俺だ。今、シオンがそっちに向かった。………ああ。問題ない。あとナイトメア・レディの所在はシオンも本当に知らないようだ。………了解した。トリスタン、あとは頼むぞ」
電話を切る。
「さぁ誰が生き残り、誰が死ぬのか」
バルデラはタバコの煙を都会の夜空に大きく吐いた。
それぞれの思惑
「以上が今回の作戦の全てだ」
真夜中のハイウェイを猛スピードで駆け抜けているワンボックスカーの一番後ろに座っているローズが、この一連の出来事について、包み隠さずナンバーズ全員に話した。
そして、これから起こる事、それに対しての作戦、その結末と今後の事について。
ローズの前に座っている01は腕を組み、ジッと何かを考えている様子で無言。
助手席に乗っている03は作戦を全うすると言う覚悟で、銃の手入れを始める。
そして01の隣にいた02は、「00、それは危険です。大変申しにくいのですが、あの女は…その…強いと言うか…いえ、00が負けるとかではないんですが…次元と言うか…何もかもが…その…」
02は歯切れの悪い言葉でハッキリとは言えず。
「そんな事、十分承知している。だが、みんなには本当の事を黙っていたのは申し訳なかった」
「謝らないで下さい。自分らは00に比べたら何もかもヒヨッコです。考えあってのことじゃないですか」
「そうです」
01が割り込んで来た。
「我々ナンバーズはあなたの意思で動くコマ。そのような気は使わなくても結構です。それに02と04は特に顔に出やすいですから、知らない方がいい時もあります」
02は、え?という拍子抜けした顔をし、03はウンウンと頷く。
04は運転に集中して平静を装ってはいるが、これからの作戦の事よりも、ローズから飛び出した「Y/M薬品の新社長は04」と言う言葉が脳裏から離れない。
01は改まって00を向き、こう言った。
「よろしいんですね?ヤツを殺して」
「ああ。シオンが死んだら死んだで、それまでのこと」
ローズは流れる都会の光を眺めながら、冷たい口調で言い放った。
「分かりました。こちらは四人の数的有利な状況であり、ヤツは手負いです。00の望む結果に期待して下さい」
01は02に目線をやり、02もそれに同調するように頷いた。
ローズは無くした右腕をさすりながら「何度も言うが、これだけは絶対守るんだよ。あの女、ナイトメア・レディだけには近くんじゃないよ。絶対だ。04!聞いているかい?」
「は、はひぃ!分かりました」
急に振られた04は、声が裏返ってしまった。
「ナイトメア・レディに何かしようものなら、その瞬間、死ぬ。本当02は運が良い」
「運だけで生きているようなもんですから」
02は軽く冗談を言う。
「ふふ。お前のそう言うポジティブな考え方に、私は今まで随分助けられたな。感謝している」
ちょっと弱気と捉えられる発言がローズから溢れ落ちた。
間髪入れず、01が「00!そう言うことは言わないで下さい」
「そうですよ!」
「すまん。すまん」
ローズはそう言うと、目を閉じ、心を落ち着かせる努力をした。
実はローズの心情は、弱気とは逆に、復讐心で今までにない程、怒り狂っていた。
そして、遂にナイトメア・レディをこの手で葬る事ができる事に興奮もしていた。
しかしそれと同時に、この中で一番死に近いのも。
「あと5分ほどで到着します」
04の言葉に、誰も反応はなかった。
少し時間は遡り、Y/Mビルの爆破により、消防車や救急車がサイレンを鳴らし、集まって来ていた。
その時、ケイはあの白い通路を一人歩いていた。
そして、あの部屋の前で止まり、オートロックの暗証番号を素早く押し、扉が開いた。
「いや〜外は大事よ」
他人事のように軽い気持ちで言い放った。
相変わらず、うずくまっているリナは微動だにしない。
ケイはため息がてら、リナに近づき、見下ろしながら「シオンが呼んでいるわ」
リナは無表情のまま、ゆっくり立ち上がった。
その一動作に、ケイは戦慄を覚えた。
ただ、立ち上がっただけの動きのはずなのに、彼女の生い立ちを物語る、一分の隙も無かった。
そして、無表情の中に、殺意が篭っていた。
そんな彼女の目の前に立っている自分が、なぜ生きているのか?と錯覚するほどの恐怖が襲ってきた。
昔の若気の至りの勢いとはいえ、よくこんな化け物と命の取り合いをし、生き残れたと冷や汗をかいた。
「まずは武器の新調よ。この先にナンバーズが囲っている武器屋があるの。付いてきて」
ケイはそう言うと、部屋から出ていき、白い通路の突き当たりのドアの方へ向かった。
ドアを開けると、人一人が通れるほどの狭さの階段があり、上がると大進飯店の裏口に繋がっていた。
店はもう閉店しているので、照明は点いておらず、薄暗かったが、髪の毛が若干薄くなってきている店主ワンと、住み込みで働いているボブカットの女性従業員の高橋知英が、寝巻き姿のまま、外の騒ぎを窓席から呆然とビルの炎を見上げていた。
「こんばんわ。ちょっといいかしら?急用なの」
ケイはワンに声を掛けた。
「ケイ!何が起きている!?」
ワンは状況が把握できておらず、慌ててケイに近寄ってきた。
「ただの爆発よ。まぁ平和な日本にしたらちょっと刺激が強かったかしら」
「中国でも、アメリカでも、爆破なんて刺激は強いだろ!」
店の外を消防士の団体が走り回っている。
その内若い消防士が、店の入り口の自動ドアをドンドンドン!と叩いてきた。
知英が自動扉のロックを外し、手で両サイドに開けた。
すると若い消防士が「こちらにはお二人だけですか?」
え?と後ろを振り向くと、そこには店主ワン一人だけが立っており、ケイとリナの姿は無かった。
「は、はい。二人だけです」
知英が答えた。
「見ての通り爆発事故が起きています。もし火を使っているのなら直ちに消して下さい。そしてガスの元栓を閉めて下さい。危険なので絶対に外には出ないで下さい」
そう早口で言うと、若い消防士は早々と去っていった。
知英は扉を閉めた。
「で、要件は何だ?ケイ」
さっきまで姿を消していたケイとリナは、そこにいた。
「今すぐ彼女に武器を用意して欲しいの」
「この女は?」
ワンはリナを見ながら聞いた。
「知らない方がいいわよ。それに直に死ぬし」
ケイがそう言うと、ワンはふ〜んと顎を摩りながら、ケイに目線を送った。
「今は爆破で外が騒がしいから武器庫には案内出来ない。そこの下にある物だけで何とかしな。おい!知英」
知英はまだ窓からビルの炎を見ていたが、面倒臭そうに厨房の方へ歩き出した。
「ケイさん、こっちです」
厨房の下にある床下収納を開けると、銃と弾薬が並んでいた。
「今用意できるのはこれだけです」
「助かる」
するとリナは、そこにある銃を後ろ腰にしまった。
「代金はローズでいいんだろ?」
「ええ。ローズからで。ちょうど大口の取引があったから、ワンさんも大儲けできるはずよ」
不動が取り扱っていたバルデラからの武器密輸の引き継ぎのことである。
「そりゃいいことだ。お互い支えあって生きていかなきゃな」
ワンは和やかに言った。
シオンはバルデラの部下である、エルディが用意してくれたバイクで港にあるアジトに使っている倉庫に戻ってきた。
夜明けまで、まだ二時間程ある。港で働く人達が来る前には決着を付けなくては、騒ぎになってしまう。
少なくとも死人は出る。それが誰なのかは分からずとも。
エルディの話では、余計な邪魔が入らないよう、倉庫の周りにバルデラの率いる武装集団が警備をしているらしい。
本当は警備ではなく、現場処理班という掃除屋だろう。そんな事を考えながら、シオンはバイクを止め、ヘルメットを取り、周りを軽く見渡した。
「さすがはバルデラ。なかなか洗練された部隊のようだな。無駄が無い」
シオンは独り言を呟いた。
そして、倉庫から三十メートル程離れている所に、黒のワンボックスカーが止まっていた。ナンバーズの車だろう。
シオンはワンボックスカーに近づき、こう言った。
「出てこいよ。そこにいるんだろ?」
「さすがにバレるか」
ワンボックスカーの影からカゲロウが現れ、そのまま車に寄りかかった。
「俺の周りをウロチョロしているが、AGの人間が何故俺に付き纏う?」
「ほう。もう知っているのか。まぁいいか。遅かれ早かれバレるのは時間の問題だったし」
カゲロウは腕を組み「とりあえず今言えるのは、俺はトリスタンと取引をしているだけだ」
「トリスタン?」
「そんなことより、中でお待ちかねだぜ」
カゲロウは親指で倉庫を指し、言った。
使われていないはずの倉庫は電気が点いている。ナンバーズが待ち構えているのだろう。
「邪魔はするな。俺たちの狙いはジョーだけだ。お前はそこで大人しくしてろ」
シオンはそう言いながら倉庫へ向かった。
そんなシオンの後ろ姿を見ながらカゲロウは呟いた「ファントムに勝ち目は無いのに、なぜ死に急ぐかね?」
怪訝な顔をし「そう思わないか?ローズ」
するとワンボックスカーの後部座席の窓が少し開き、ローズの顔が現れた。
「あまり調子に乗るなカゲロウ。チップのデータだけの人間が!!」
ローズが眉間にシワを寄せて、威嚇した。
「おぉ怖ッ」
カゲロウは茶化した。
シオンは倉庫へ歩きながら不安を感じていた。
トリスタンだが、結局一度も俺の目の前に現れる事は無かった。
そして、そもそも本当にジョーは現れるのだろうか?
もし、このタイミングでジョーが現れなければ、リナの命は次まで持たないだろう。
さらに、ローズも気になる。リナの顔を見たら、我先にと言わんばかりに襲い掛かるのが予想できる。
「フフッ」
シオンはまた笑ってしまった。昨日から状況が全く進展していないからだ。
「慣れない事はするもんじゃないな。マーガスやトリスタンの様に作戦を立てたり、組織するのは、俺にはハードルが高すぎる…」
如何に自分に向いていないかを痛感した。
だが自分なりに、やる事はやった。
そして、倉庫の扉を開け、中に入った。
リナ・バレンティナと言う女
「待ちくたびれたぞ!」
02は三メートル近くもあるコンテナの上からピョンっと軽々と飛び降りた。
そこには01と03もいる。
「三人?女はいなのか?」
「ああ?なに余裕ブッこいてんだ?」
02はガンを飛ばし、シオンに近づこうとしたのを01が静止した。
シオンはナンバーズから目を離さず、周りを警戒した。
ジョーはまだいない。それにリナも。
「それにしても、お前らタフだな。あの爆発に巻き込まれていながら、こうして俺を目の前に現れ、殺そうとしている」
「テメー!」
02は顔を真っ赤にして、飛び掛かりそうな勢いだが、03が後ろから羽交締めで押さえている。
「02、落ち着け」
03が02を諌める。
01が一歩前に出て「あの爆破による損害は非常に大きいが、まぁ個人的な事を言うと、私は感謝しているよ」
「感謝?お前の会社なのに?」
01はニコニコした顔で「まぁまぁそんな話は終わりにして…」一気に殺気を放ち「殺し合いましょうか?」
その言葉が合図のように、01は銃を取り出し撃ってきた。
シオンは素早く横っ飛びで躱す。
いつの間にかに02と03はシオンを挟むように移動しており、銃を放つ。
銃弾がコンテナに当たり、カン!カン!と音を鳴らし、火花が散る。
それなりの広さがある倉庫といっても、コンテナがあちらこちらにあり、しかも何段にも積み重なり、その圧迫感から、あまり広さを感じない。
それどころか、この空間で、ナンバーズという三人の猛者を相手にしなければならい。
位置を把握するだけでも、相当な集中力が必要とされ、さらにジョーにやられた怪我、駅での銃撃戦、ビルの爆破もあり、モルヒネを打っているとはいえ、シオンの身体はもう限界を超えていた。
本命のジョーがまだ現れていない今、これ以上のオーバーワークは死に直結する。
「なぁナンバーズ!俺たちファントムの狙いはジョーただ一人だ!お前たちは関係ない!しかもローズは俺の兄弟でもある!ここは停戦しないか?」
シオンはコンテナを利用し、銃弾を避けながら大声で叫んだ。
「この状況では勝てないと分かってビビったか!?この腰抜けヤロー!」
02が大声で返した!
しめた!引っ掛かった!
シオンは“閃光”を使って素早く移動した!
シオンはわざと大声で発言し、返ってくる返事の声の反響音を利用して、相手の位置を知るための罠を仕掛けたのだった。
シオンは完全に02の後ろを取った。これで一人目!
銃弾を打ち込もうとした瞬間「クソッ」と愚痴り、またコンテナの間に身を隠した。
そして今シオンがいた所に銃弾が撃ち込まれ、カン!と音と火花が散った。
「声の反響で02の位置を探ったみたいだが、お生憎様!バレバレだ!」
01はシオンの思考を読み切っていた。
「兄貴!助かりました」
02は冷や汗をかいて、01にお礼を言った。
「まったく…。お前は腕っ節は強いが、頭が悪い。相手は百戦錬磨の化け物だ。安い挑発に乗るな!」
01はそう言いながら、銃弾を補給する。
「すみません」
02はうなだれる。
「反省会は後だ。今はヤツを引っ掻き回せ。相手は満身創痍だ。そのうちガソリンが切れる」
「了解です!」
02は元気よく返事をした。
「あれが00の言っていたグリムリーパーが使う“閃光”!?」
04は倉庫の屋上からロープに振り下がり、アサルトライフルを構えて01たちの銃撃戦を俯瞰で見ていた。
「この離れた距離で見ないと追う事は出来ない凄いスピード。目の前で“閃光”を使われたら、消えたと錯覚するのも分かる。だけど、“閃光”を使った後、ちょっと動きが鈍くなっていた。多分、あれは足に相当な負担が掛かるから、次の動き出しに数秒のタイムラグが出来るんだわ。そこを狙えば何とかなりそう」
04は冷静に分析し、アサルトライフルのスコープを除き、狙撃のチャンスを待つことにした。
シオンはコンテナの間に身を寄せ、息を整えていた。
「クゥ・フェイか。まったくもって厄介だ。それにデカいヤツのサポートが上手い。いつも嫌な所にいやがる」
ふぅ〜と深く息を噴き出し、シオンは動こうとした時、03が銃を連射しながら狭いコンテナの間を突っ込んできた。
シオンは体勢を低くし、素早く先のコンテナの間に逃げ込んだ。
しかし、その先には02が待ち構えていた。
仕方なくシオンは、またすぐに横の間に避難。
今度はクゥ・フェイが銃を構えて待っている。
「アイツら一定距離を取りながらストラテジック・トライアングルで仕掛けて来ていたが、今度は距離を詰めて来やがった!」
シオンは狭い通路を走り、反撃しながら、この状況の打開策を考えていた。
「しまった!」
シオンはナンバーズの誘いに乗ってしまっていた。
いつの間にシオンは壁側に追い込まれ、逃げ場がなくなった。
その時、02が銃を構えながらシオンに突っ込んで来た!
「死ねや〜!」
02が銃を連射した。
シオンの頬に銃弾がかすめ、血が飛び散ると同時に、シオンの両サイドからクゥ・フェイと03が現れ、銃弾が飛んで来た。
チビは陽動。本命はこの二人か!
シオンは意を決し、“閃光”を使い、正面から来る02の真横をすり抜けて、コンテナの奥へ消えた。
その動きを唯一捉えている04は、来るチャンスに緊張した。
“閃光”の動き止まりが勝負!
スコープを除き、シオンを追う。そして、シオンがコンテナを背にし、止まった。
バシュー!
04は引き金を引いた。
銃弾は見事シオンの左肩に命中し、大量の血吹雪が舞った。
シオンは一瞬04の方を睨み付け、片腕を抑えながらコンテナの影に消えた。
「04!どうだ?やったか?」
01がワイヤレスの無線で聞いてきた。
04からの反応が無い。
「04!聞こえるか!応答せよ!」
04はハッと我にかえり「こちら04。左肩に命中しました」
「良し。作戦通り、お前は直ぐにこちらと合流だ」
「了解しました。そちらに向かいます」
04は身体が震え、青ざめ、汗が止まらない。不動邸でリナを見た時の恐怖は絶望だったが、今のシオンの目は狂気だった。
「あ…あれが…グリムリーパー…」
シオンは座り込み、コートの端切を切り、撃たれた腕にキツく巻いて応急処置を施した。
「ステルスだと?ローズ、そんなヤツどこで拾って来たんだ?とんでもない切り札を隠し持っていたもんだ」
シオンにとって、ここで撃たれるとは想定外だった。別にナンバーズを舐めて掛かっていた訳ではない。
本気で集中していた。
だが、殺気を込まずに、引き金を引ける“ステルス”が出来るヤツがいるという考えは、頭に無かった。
感情を完全に抑え込んでいる、あのリナでさえ、引き金を引く時は、若干の殺気は漏れる。
ステルスを使えるヤツがマーヴェリック以外にいたとは。
だが、これでナンバーズの戦力が分かった。クゥ・フェイの指揮と戦略、チビの度胸とセンス、デカのサポート、女の狙撃。
そして、さっきの壁側に追い込まれたのも、女が上から俺の位置を伝え、上手く誘導したのだろう。
“閃光”もあの距離から見れば、目で追えなくもない。“閃光”の強みは至近距離でやって初めて効果がある。
「クッ」撃たれた腕に痛みが走る。
「もう“閃光”は使えないな。これではあのスピードに対し、バランスが取れない。まぁ体力もあと何分持つか…」
シオンは立ち上がり、細いコンテナの間を歩き出した。
倉庫の入り口で04は01たちと合流した。
「アイツ、お前の狙撃に泡くっていただろ?」
02はニヤリと04に聞くが、04はこわばっていた。
「04、どうした?」
その様子を見て、01を心配した。
「大丈夫です。問題ありません」
04は気丈を装った。
「相手は00の兄弟であるグリムリーパーだ。恐怖を感じるのは当たり前だ。そのくらい臆病の方が生き残れる」
01は02の方を向いて言った。
「確かに02は無鉄砲の所があるからな。一番死ぬ確率が高いのは確実に02だな」
03は02の肩に手を回して言った。
「ふん。言ってろ!」
02は不貞腐れる。
ここで01が全員に声をかける。
「いいか。相手は手負いがだ、決して油断するな。全員でヤツを潰す」
01は腕時計に目をやる。
「あまり時間も無さそうだ。行くぞ!」
ナンバーズの四人は、銃を構え、倉庫に再度入って行く。
その時、海の方角が一瞬光った。
そしてキーンと甲高い音と共に、光が夜空に弧を描きならが倉庫に近づいて来る。
その異変に気づいたローズが、急いで車から飛び出し、光の方を見て叫んだ。
「トリスタンのヤロー、何ミサイルなんかブッ放してんだ!」
側にいたカケロウは「こりゃ、ヤベエ」と急いで車の後ろに隠れ、爆発の衝撃に備える為、かがみ込んだ。
ミサイルは倉庫横に並んでいるコンテナ群に直撃し、轟音と共に爆発し、高熱の爆風が襲い掛かった。
そして幾つものコンテナが最も簡単に吹き飛び、こっちに向かって落下して来るが、ローズは微動だにせず立っている。
ドカン!ドカン!と大きな音を立ててコンテナが落ちてくる中、頭を守りながらカゲロウが叫んだ。
「ローズ!どうなっているんだ!約束が違うぞ!倉庫にはアイツがいるんだぞ!」
「大丈夫だ。アイツらはこんなもんで死にやしない。それに倉庫に直接ではなく、あえて倉庫横に着弾させている」
黒煙は上がっているが、炎は広がっていない。飛び道具でなんかで終わらすのではなく、あくまでもジョー自らの手で決着を付ける気満々が見て取れる。
この騒ぎでバルデラの武装集団が、負傷者の確認や、被害状況などの情報を集めるため、慌ただしく動いている。
その時ローズは、ハッと後ろを振り向き、暗闇の港に、目を細め凝視した。
そこを物凄いスピードで走り抜ける影を見逃さなかった。
「カゲロウ!」
ローズが大声で呼んだ。
「お前は本来の仕事へ戻れ。約束は守る。そのチップは特別製なんだから死ぬんじゃないよ」
ローズはそう言うと赤黒いロングコートを風になびかせて倉庫へ向かって走り出した。
「みんな無事か?」
立ち上がった01は声を荒らげ、状況確認をした。
倉庫横には大きな穴が開き、近くにあったコンテナと共に吹き飛ばされたのだ。
その穴を見て、壁とコンテナが無かったら爆発に巻き込まれ、全員あの世行きだった。
「私は大丈夫です!」
04は顔にかすり傷はあるものの、大事には至らなかった。
「01!何が起こった?」
03も無事だった。
「分からん」
01も困惑していた。
「痛たたた。最近、爆破に巻き込まれ過ぎだろ」
02は自分の服の埃を叩きながら言った。
「おい、気を抜くな。近くにファントムがいるかもしれんぞ!」
01のその言葉に、また緊張が走り、四人で背中合わせの円陣を組み、周りを警戒した。
黒煙が倉庫内に入り込み、視界は悪く、綺麗に陳列されていたコンテナがバラバラに散らかっていた。
「これはファントムの仕業ですかね?」
04は誰かに聞くまでもなく呟いた。
それに答えたのは01。
「いや。その可能性は低い。ここに来た時、倉庫の中、そして周辺は調べてある。あの規模の爆弾物は無かった。ましてや俺たちがここにいると知っている00やあの武装集団でも無い」
02はピンと来た。
「と、言うことは…」
「ボスのボスだな」
03が先に言う。
「03!俺が言おうとした事を先に言うんじゃね!」
パキン!!
ナンバーズたちが立っている真上の柱に、銃弾が当たり、火花が散った。
と、同時にナンバーズの四人全員が上に向けて、銃口を向けた。
しまった!と01は反射的に銃口を上に向けてしまった事を後悔した。
これは罠だ!と。
その一瞬の間に、コンテナの影から現れたシオンは、完全に無防備になったナンバーズに突進して行った!
が、しかし、シオンの体力がもたず、バランスを崩し、片足を着いてしまった。
それを見たナンバーズは、素早くシオンを囲い、四人全員がシオンの頭に銃口を向けた。
そして、シオンは片足を着いたまま、01の額に銃口を向けている。
お互いの距離、わずか数センチ。
シオンはハァハァと息を切らしており、頭から血も流していた。さっきの爆発に巻き込まれて傷を負ったもよう。さらに04に左腕も撃たれている。
明らかにシオンはもう戦えない状態だった。銃の引き金さえ引ける力が残っているのかも怪しいほど、シオンは疲弊していた。
01は自分の方が絶対に引き金を引く方が早いと確信していたが、それをすることはしなかった。
いや、しなかったではなく、今、動いてはダメだった。
そう言う状況だった。
何故なら、無表情だが恐ろしい殺気を放ったリナが、シオンの背中越しに立ち、大の字の様に両腕を伸ばし、左腕で04の頭に銃口を向け、さらに申し合わせたように現れた、赤黒いロングコートのローズにも、右腕で銃口が向けていた。
当選、ローズもリナに銃を向けている。
「ふぅ〜」と目の前の山積みの問題に、シオンはため息を吐いた。
「シオン、この動けない状況をどうする?」
ローズが聞いた。
「どうするも、こうするもない。俺はもう動けない」
そう言うと、シオンは01に向けていた銃口をゆっくり下ろした。
「情けないね。それでも私の兄弟かい?」
「言ってくれるぜ」
シオンは呟く。
01に向けられた銃口は降ろされたが、汗を垂らしながら、02と03に目線を送り、絶対に動くなと訴えた。そして、シオンから目を離すな!と。
04は至近距離でリナに銃口を向けられ、目が泳ぎ、シオンに向けている銃口が小刻みに震えており、01の目線には全く気付いていない。
01は、”ナンバーズの全滅”という最悪なシナリオが脳裏を横切った。
01が組織していた香港マフィアが、リナ一人に一方的に殺された惨劇は、今でも忘れることは出来ない。
さらに00が所属していた、あのグリムリーパーの七人が仕留め切れなかった唯一の人物。
それが今、手が届く距離にまで接近させられてしまっている。
これは、シオンが動けないとか以前の問題である。
マズイ。01には直面している難問を解くことが出来なかった。
ローズは01が動揺している事に気付き「しかしシオン。お前も焼きが回ったな。つい数年前まで、殺し合っていた相手に助けられるとは。ファントム、お前たちの負けだ。数的有利ってヤツだ。銃を下ろし、大人しく死ね」
ローズは01を落ち着かせるように、冷静な口調で言った。
「それにしてもローズ、変わったな」
「なに?」
シオンの知っているローズなら、辺り構わず、一方的な恨みのあるリナに攻撃を仕掛けていたはずだ。そういう性格だった。しかし、ローズは撃たなかった。
もし、今この状況でリナを撃っていれば、ナンバーズの何人かはリナの道連れになっただろう。
ナンバーズという仲間の命と自分のエゴを天秤に賭け、仲間を選んだということだ。
昔は手の付けられない程、好戦的だったローズが、ここまで丸くなるとは。
いい仲間を持ったんだなと、ちょっと安心した自分がいた。
だからシオンは提案した。
「この状況を打破できる方法は無いことも無いが…。お前が話を聞く耳を持っていればだが」
ローズは少し考え込み「……聞こうか。その方法とやらを」
ローズは思った以上に、このナンバーズが大事なようだ。
シオンが口を開こうとした時、ローズが「おっと。シオン。悪いな」
シオンはチッと舌打ちを鳴らした。
「少しでも体力の回復を図ろうと、長話でもしようと思ったんだろうが、問題が解決した」
「……そのようだ」
突如、リナがローズと04に向けていた銃を下ろした。
それと同時に、ローズもリナへ向けていた銃を下ろした。
「お前たち。銃を下ろしな」
ローズがナンバーズに命令した。
01らは、思いがけない命令に「えっ?」と一斉にローズの方を向いた時、その命令の意味が分かった。
倉庫の入り口からジョーがニヤニヤしながら入って来たからだ。
「兄貴、何とか生き残りましたね」
02は、ゆっくり銃を下ろしながら、安堵した顔をしている01に話しかけた。
「お前はこの女の事を、何も分かっちゃいない」
最悪のシナリオからは何とか脱出しが、01の汗は止まらない。これから起きる事を考えると。
04はブルブル震えながら、その場に崩れ落ち、03が声を掛けている。
今回のナンバーズの任務は、大前提に“ジョーが来るまで”という時間制限があった。
そして、ファントムの標的はジョー。ナンバーズと殺り合う理由も特に無い。
「さぁお前たち、ミッションSへ移行しな」
ローズがそう言うと、地べたに座り込んでいる04を03が「ほら、行くぞ」と立ち上がらせて、入り口の方へ走って行った。
「00、あとは頼みます。ヤツを殺さなければ、我々もあの世行きですから」
01はそう声を掛けて、ジョーを横目に倉庫から出て行った。
ジョーはそれを見て「ローズ、いいのか?お前の仲間は行っちまったぞ?」
「ああ。さすがにアイツらではナイトメア・レディの相手は荷が重すぎる」
ジョーは納得した様子。
「やっと会えたな。被験者0521」
野太い声で言った。
「俺とお前はお互い殺し合いたいと言う、相思相愛の仲なんだが、シオンがウロチョロ回りくどいことをするから、会うまでに時間が掛かっちまった」
リナは無表情だが、憎悪の塊の殺気を隠そうとしなかった。
「お前が俺を恨んでいる気持ちはよ〜く分かるぜ。なにせ、最愛の人を殺させたんだからな。本当は違った結果が欲しかったんだ。俺はマーガスにお前を、最愛の女を殺させたかったんだ。そして、マーガスをこっち側、全てに幻滅した、こっち側に来させようとしたんだ」
「外道が」
シオンは呟いた。
「だがマーガスは自らの死を選んだ」
ジョーは気づいているのだろうか?ローズがリナを睨みながら怒りで震えていることに。
「あの死の代償は高いぞ」ジョーが大声を出し「俺の計画の根底を揺るがした代償はな!」
声が倉庫にこだまする。
「だがな、被験者0521。お前を殺す前に、やることが出来ちまった。なあにすぐ終わる。なぁシオン!」
ジョーは殺気をシオンに向けた。
シオンは撃たれた腕を抑え、フラフラと立ち上がった。意識はハッキリしているが、血を流し過ぎたのか、視界がぼやける。
「まずはお前だ、シオン。お前はやり過ぎた。“SNB”を培養する研究所の爆破だと?貴様はどこまで俺を怒らせば済むんだ!」
ジョーがやっと怒りで我を忘れて来た。ここに来た時は、意外と冷静だったのが気になっていたが、やはり感情の起伏は激しい。この弱点を突かなければ、無尽蔵の体力を使って長期戦になれば、こっちが不利。いくらリナが強くても、こちらには時間が無い。
シオンの計算では、リナがリミットを外し戦える時間はもって数分。その時間が過ぎれば、力尽きる。
「ローズ。俺がシオンを始末するまで、被験者0521の相手をしていろ。二対二だ。と言っても一人は虫の息だが」
「七対一の間違いじゃないか?」と、シオンは言った。
「ん?血の流し過ぎで、計算も出来なくなったか。安心しろ、すぐに殺してやる!」
そう言うと、ジョーは怒り狂った目をして、シオンに突進する。
そこにリナがシオンを庇うように立ち塞ぎ、銃を構えた。
「お前の相手は私だ」
ローズはリナに回し蹴りを入れるが、両腕でガードし、直撃を逃れた。
その時、ジョーは大きく飛び上がり、ローズとリナを飛び越え、拳を振りかぶりシオンに襲いかかった。
シオンはアームクロスでジョーの拳を受け止めたが、踏ん張りが利かず、吹き飛んだ。
いや、逆に、吹き飛んだおかげで、力を上手く受け流せた。
シオンは素早くコンテナの影に隠れ、ジョーの視界から消えた。
ジョーの目は真っ赤に充血し、怒り狂ってシオンを追いかける。
あんなデカい体で、よくもあんなに素早く動けるもんだとシオンは思った。それだけ“SNB”の威力は強大だとも感じた。
しかし、シオンの思惑通り、怒りという感情に支配されているジョーの動きは、力を使いこなしているのでなく、力に振り回されているだけの道化。
折角マーガスの行動データのチップを埋め込んでいても、宝の持ち腐れでしかない。
シオンは、体力的にもうほとんど動くことはできないが、コンテナを利用して、ジョーの視界から消えるだけなら、何とか時間稼ぎは出来ると踏んだ。
その間に、リナがローズを片づけ、こっちに加勢してくれれば勝機はある。
そう考えたシオンは「ダセェな俺は…。結局リナ頼りかよ」
そんな消極的な自分に、だんだんと怒りが湧いてきた。
腕を撃たれた?体力が限界?目が霞む?俺はいつからそんなヘタレヤローになった?昔はもっと生きる事に必死だっただろ?
履き違えるな!リナの為にジョーを殺すんじゃない!これは俺自身のマーガスの弔いでもあるだろ!
人を超えた力を持った相手だろうが、慄くな!
心の色を無くしてまでも戦い続けるリナに、全てを背負わせるな!
シオンはコンテナの影から勢いよく飛び出し、ジョーめがけて、思いっきり殴りかかった。
ローズは閃光を使い、動き回り、リナに的を絞らせないよう自分の距離感で隙を伺っていたが、リナはそれの上を行っていた。
「クソッ」
全く無駄な動きが無く、センス、戦術、経験と数々の戦場を生き抜いてきたのは、やはり伊達じゃない。
逆にローズは左腕を失っている。リナレベルの相手には、このハンディは大きい。
だが、ローズという人間は、相手が強ければ強いほど燃えるタイプでもあった。
“死を意識すると生を実感する”これに快感を覚える、根っからの戦闘狂だった。
「私はこの四年間、お前に勝つことだけを考えて来た!さぁ決着を付けようじゃないか!」
その時!圧倒的不利なローズは左右に不規則なステップを踏み、狭いコンテナの間をスルスルっと駆け上がり、リナの正面まで接近した。
初めてリナの表情が変わった。
そしてローズの拳がリナの顔面に直撃し、リナは吹き飛ばされ、バコン!っと倉庫の壁に背中を強打した。
ローズは、すかさず畳み掛ける。
倒れ込んでいるリナに向かって、銃を連射しながら突っ込んで行く。
それを見たリナは、まだ使いたくない力を使う事にした。
両足に黄色い稲妻が絡まったように光り、その瞬間、もの凄い勢いでジャンプし、壁とコンテナを高速で駆け回った。
ローズもリナの動きが目で追えず、キョロキョロをするしかなかった。
「マジか!閃光より早いだと?これが“SNB”を打ったナイトメア・レディの機動力…」
ローズは冷静に状況を飲み込み分析した。
このスピードでは標準が狂い、銃を撃つことは出来ない。よってパンチかキックの体術で仕留めに来る。その瞬間が反撃のチャンス。
ローズも修羅場の数はリナにも劣っていない。勝負は一瞬。
目を瞑り、半径1メートルに全身の神経を集中させた。
来た!
リナはローズの後ろを取った。そして腕の無い左側に回り込みながらパンチを繰り出した。
当然、ウィークポイントである左側から攻めるのがセオリー。
ローズもそんな事は百も承知。
ローズはリナの機動力を止めるべく、回し足払いを繰り出そうと、大勢を低くしゃがみ、勢いよく体を回転させた。
が、リナは素早くジャンプし、回し足払いを躱した。
そして、今度はジャンプしていた、リナの回し蹴りがローズの顔面を捉え、もの凄い勢いで吹き飛び、コンテナに衝突した。
「グハッ」
ローズは吐血し、呻き声をあげた。
リナの猛攻は続く。
ローズの襟元を掴み、立ち上がらせ、強烈な拳を顔面に何度も何度も撃ち込んだ。
ローズは滅多打ちに合い、意識が飛びそうになった時、突如拳の雨が止んだ。
そしてリナはゆっくり後ろを振り向いた。
「さすがのローズでも、被験者0521は手に負えないか」
ぐったりしているシオンを引きずり、ジョーはそこに立っていた。
リナはローズを離し、ジョーの正面を向いた。
ローズはスルスルと床に落ちた。鼻血が垂れ、口からも血が流れ、髪の毛はボサボサに散らかり、モデルのような出で立ちとはほど遠い、無惨な姿に変わり果ててしまった。
そんな状態で「殺したのか?」とローズが聞いた。
「いや。まだ殺してはいない。これから被験者0521を、完膚なきまでに叩きのめす所を見せてやろうと思ってな。まぁ親心ってヤツだ」
「ジョー。あんたは前線から何年も離れ、忘れちまったみたいだね。“殺せる時に殺す”。じゃないと足元をすくわれるよ。これは私からの忠告だ。覚えておきな」
ジョーは笑いながら「参ったな。確かにその通りだ。しかしだ。それは、こいつらにも言えることだ」
ジョーはシオンを軽々と放り投げ、それをリナがキャッチした。
「リナ、すまん。少し時間をくれ…ウッ」
シオンは血を吐いた。
「俺が“SNB”とチップを完成させる前に殺すべきだったな!シオン。四年は長すぎだ」
リナはシオンをゆっくり降ろすと、無表情のままジョーの方へ歩き出した。
「さぁ来いよ!被験者0521。どっちが最強か決めようや!」
ジョーは両手を広げ、挑発した。
その瞬間、リナが消えた。
実際には消えてはいないが、驚異的なスピードで消えたように見えた。
そして、ジョーの左頬に渾身の拳を叩きける。
ジョーはそのまま大きく吹き飛ばされる。
始まった。
決着の時が。
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