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僕と先生と私 ~私の初恋!?~

作者: 月迎 百

どうぞよろしくお願いします。

「先生! 次の授業は3年生ですからね!」


 僕は先生に念押しする。


「ああ、3年生だな。A棟だったか?」

「違います! B棟です! 学年に対しての講義なのでB棟のホールですよ!

 いいかげん覚えて下さいよ!」

「すまんすまん、まだこの学校に来たばかりなのでな……」

「僕だって同じですよ!」


 先生はぼさぼさの黒髪をガシガシかいて「そうだったな。同じ1年生か……」と呟く。


「同じじゃない! あなたは先生で、僕は入学したばかりの新1年生です!」


 僕はため息をついた。

 確かに隣国からいらして、この学校の先生になったばかりと聞いているので、この学校の先生1年生かもしれないけども。

 本当の1年生である僕がここまで係を、しなきゃいけないってのも……。


「もうちょっと、覚える気で生活して下さいよ……」

「いやいや、すまん。

 でも、オーランドのおかげで俺は大きな失敗もなく『先生』ができてるよ。

 本当に感謝だ。ありがとう」


 マーレイン先生がふんわり微笑む。

 うわ、反則!

 僕は赤くなり目を逸らす。


「じゃ。僕は友人を待たせているので行きます!」

「ああ、明日はここで一緒にランチを食べないか?」


 突然の誘いに驚く。


「えっ? そこまで僕をこき使う気ですか!?」

「いやいや、たまにはお礼をと……」

「……お礼か。わかりました。明日はランチの約束をしないでここに来ます」


 先生がまた微笑む。


「楽しみにしてる」


 だから、反則だっての!!


「失礼します!」



 僕は先生の研究室を出て、食堂に向かう。


 食堂手前の中庭でステファン兄様を見つけて手を振り駆け寄る。


「お待たせしました!」

「そこまで待ってないよ。はい、食券」

「わっ! 限定定食のじゃないですか!?

 並んでくれたんですかっ!」

「ふふ、オリーのためならね」

「……ちょっと、ステファン兄様、僕はここではオーランドです」

 

 僕は声を潜めて言い返す。


「オーランドの愛称がオリーでもおかしくないだろ?」

「ダメです。

 本当のオリーがいるんですから! 絶対ダメ!

 ちゃんとオーランドと!」


 ステファン兄様はふっと微笑んで「御意」と言った。



 4月の入学式がもう遥か昔のようだ。

 まだ5月、やっと1ヶ月無事に経ったところ。

  

 まあ、無事……なんだろうと思うけど。




 ◇




「オーランド、ノートを部屋まで頼む」


 マーレイン先生の授業が終わり、先生が係の僕に言いつける。


「はい!」


 僕は自分の教科書を手早く片付け、教卓の上の回収されたノートを抱えた。

 先生は自分の資料が入ったカバンと掲示してた大きな紙を丸めた物を持っている。


 教室を出ようとするとステファン兄様が廊下をやって来た。

 あれ、昨日のうちに今日のランチはパスって言っといたのに。


「オーランド、大丈夫か?」

「……大丈夫ですよ。

 係ですから。今日のランチは誘われてますのでって、昨日話しましたよね?」


 先生がちらりとステファン兄様を見る。


「君は……、確か2年生の?」

「2年騎士科のステファン・カーライルです。

 オーランドは親戚であり幼馴染であり、親友なんです」

「ほう。オーランドは係をよくやってくれているよ。

 実にしっかりしている」

「頼りすぎじゃないですかね?

 他の学年にも係がいるでしょう?」


 なんだ、ステファン兄様?


「今は1年生の僕のクラスの授業だったんだから、僕が手伝ってるのは当たり前だろ!

 先生、行きましょう!」


 先生は無言だ。

 なんだ?

 先生の部屋に着いて、ノートを先生の机の上に……。うわ、なんだ、この荒れ具合い!?


「……先生、どこに置けば?」

「すまんっ! とりあえず、ここに!」


 先生に示された本棚に置く。

 本棚がスカスカ。

 使ってないの?

 大丈夫なのか? 忘れ去られないよな?


「……いつもランチはあの2年生と食べているのか?」

「ステファン兄様ですか?」

「兄様?」

「あ、親戚の兄みたいな感じで。子どもの頃から兄様と呼んでいるんです」

「兄か……。まあ、そんな感じか……」

「そうですね。友達というよりは弟という感じで気にかけて頂いています」

「そうか、ステファン・カーライル、だったな」

「はい、騎士科の2年生です。学年の授業だと会っているんじゃないかな?」

「ああ……」

「……今日のランチはここで?

 先生のおごりですよね?

 僕、なにも用意してないんですけど」


 先生はにっこり笑って「ここでな……。すまん。では行こうか」と言った。


 食堂に行くと先生がなんかもたもたしてるので、僕がお金を預かり食券を買いに行った。

 先生はオムライスと言っていたので僕も同じにした。


 空いているテーブル席を探し、お金を返して座っていてもらって、オムライスを二皿、フォークとスプーンを持って戻る。


「水貰ってきます」

「それぐらいは俺が! オーランドは座っていなさい!」


 大丈夫かなあ?

 僕は心配して先生を見送る。

 見守っていると、先生は無事に二つのグラスに水を入れて持ち帰ってきた。


「わあ、無事に戻れましたね」

「俺をなんだと思っているんだ!?」

「いや、もう子どものような?」

「お前が俺の教え子のはずだよな?」

「あー、そうでしたね……。

 僕にしてみたら、先生は僕の……」


 はたと言葉に困る。

 うん、子ども? 生徒? なんだ? どの言葉もしっくりこないな?


「なんだ?」

「……うーん、しっくりくる言葉が思い当たりません。

 心配でもあるし、先生がちゃんとしているとよしよしとうれしくなるし、でも、先生が上手くやってるとさすがにやる時はやるんだなと思う気持ちとなんだよって思う時もあるし……。

 そうですね、ぴったりな言葉が見つかったら教えます。

 ではおごりのオムライス、いただきます!」

「どうぞ、お礼のオムライスな」


 食べているとテーブルの横に人が……。

 目を上げるとステファン兄様だった。


「オーランド、放課後迎えに行くから。

 オリアナの見舞いに行く」

「んっ! わかりました。

 放課後、どこで?」

「1年の教室で待っててくれ」


 僕は頷いた。

 ステファン兄様はマーレイン先生に会釈して去って行く。


「……オリアナ? 御家族が病気?」

「はい、双子の妹です。

 今年の3月、流行っていた風邪に罹ってしまって、予後があまり良くなく家で療養しているんです。

 もう、だいぶいいんですが、体力が落ちてしまっていて。

 リハビリって言うんですかね。

 家で少しずつ以前の生活水準まで戻すために体力作りみたいな感じです」

「……それは心配だね。

 妹さん、早く回復されるといいね」

「はい」

「そうか……、オーランドがしっかりしているのは兄であるということもあるんだな」

「そうですかねー。

 のんびりしているとは言われますけど」

「妹さんに?」

「あ、そうです。妹やステファン兄様に、ですね」


 

 ランチを終えて先生の部屋に戻る。


「あ!?」


 僕が急に気がついて声を上げたから先生がびっくりする。


「どうした?」

「忘れてました。今日は5時限目、休講でした。

 歴史のバスチウ先生、お休みで……。

 1時間、どこかで時間を……」

「ではここにいたらどうだ?」

「えっ?」

「俺は5時限目はその、3年生のどこのクラスだ?」

「ははは、先生。今日は3年普通科のAクラスですよ。教室です」


 先生は苦笑いしてまた髪をがりがりかいた。


「とにかく、居場所がなかったら、ここにいればいい」


 僕は周囲を見回す。

 うん、片付けたい……。


「その間、ここ片付けしててもいいですか?」

「いいけど……。またステファン君とやらに文句を言われそうだな」



 先生を授業に送り出し、僕は再び、ひとりでじっくりと研究室を見回す。

 うーん、どこから手をつけるか!?

 よーし! とりあえず、机の上に積まれている資料や本を本棚に並べよう。

 クラスノートを机の上の方が忘れないだろうし……。


「よーし! やりますか!」


 僕は上着を脱いでシャツを腕まくりすると、机の上の本をなんとなく分類しながら本棚に入れていった。

 本の間から一枚紙がひらりと落ちた。

『オーギュストへ。愛を込めて』と書かれている。

 取り上げてひっくり返すと写真だった。

 きれいな若い女性の写真。ポートレイトとか言うんだっけ?


 マーレイン先生の名前はオーギュスト。隣国から留学生ならぬ留学を兼ねていらした先生だ。


「恋人……かな? きれいな人」


 少し……、心がチクチクした。


 机の上に写真を置く。


 本棚の上にきれいに本が並んで、机の上はかなりきれいになり、クラスのノートと写真を並べておいた。1年の他のクラスのノートも出てきたので、ふた山あるよ。

 まあ、この時間じゃ、こんなものかな?


 先生が戻ってきて、入ってくるなり机の上に手に持った資料をどさっと置こうとするので慌てて止めた。


「先生、大切な物でしょ?」

「んあ?」


 先生が机の上を見て一歩後退った。


「これは!?」

「……本の間から出てきましたけど。

 恋人さんですか?

 本の間に挟んだままなんて……。彼女に知られたら大変ですよ」


 先生は机の上と本棚と視線を彷徨わせ「あ、本棚に整理してくれたのか……」と呟いた。


「ええ、本は本棚に! 写真は写真立てに入れた方がいいですよ!

 それでは、1年普通科の提出したノートはここに! 忘れずに見て返して下さいよ。

 では、失礼します!

 ランチ、ごちそうさまでした!」


 僕は荷物を持ったまま、わたわたしている先生に挨拶して、上着をつかむとドアから横を素早く通り抜け廊下に出た。




 ◇ ◇

 



「それでマーレイン先生の部屋を出てきたのか?」


 兄のオーランドがベッドの上に座っている。

 髪の毛が私より長い。同じ色味の金髪なんだけど、兄はさらさらしている髪で、私は少しうねりがある。長いとうねりが目立つかと、今はバッサリ短くしている。

 私はオーランドの代わりに学校に行っているわけで、一応あったことは毎日報告しているのだ。


「ああ、彼女かな?

 きれいな人だったよ。

 写真立て、持ってんのかな?

 明日持って行こうかな?」


 私の言葉にすぐ傍の椅子に腰かけているステファン兄様が笑う。


「何よ」

「いや、ずいぶんマーレイン先生に世話焼いてるなと思って」

「うーん、なんかほっとけないんだよね。

 係になっちゃったというところもあるんだけど」

「……あんまり関わると、入れ替わった時にオーランドが困るんじゃないか?」


 ステファン兄様の言葉にオーランドが頷く。


「そうだな、オリアナ。あんまり深入りしないように気をつけてくれよ」

「わかったよ。

 1学期だけって約束だしね。

 今の感じだと、夏休み後にはもう大丈夫そうだね。

 2学期は違う係になるようにすればいいよ」


 私は苦笑いした。

 ステファン兄様が「明日は私とランチでいいんだよな?」と聞いてくる。


「はい、今日はいろいろお手伝いしているお礼でランチをおごってもらったので!」

「……お礼ね」


 ん?

 ステファン兄様、何か言いたそうだな。


 オーランドが新聞をバサッと広げた。

 私はその1面の写真に目が引き寄せられた。


「あ! この人だよ! 先生の恋人!」

「え?」

 

 オーランドが慌てて畳んでベッドの上に置いた。

 ステファン兄様と私が覗き込む。


 写真は隣国の第2王女だった。今、20歳なんだ!


「第2王女?」


 ん? 

 恋人というより……、元恋人かも?

 身分差であきらめた恋とかかもしれない。

 失恋して、傷心で隣国に来たのかもしれない……。

 それなら、写真を置いといたのは、良くなかったか?

 でも、そうとは限らない……?


「……どういうことだろうな?」


 ステファン兄様が考え込む。

 オーランドも首を傾げる。


「王女となると……、マーレイン先生も隣国の貴族?」


 私とオーランドはこの国のペンデュラム子爵家の長男と長女になる。

 ちなみにステファン兄様はカーライル侯爵家の三男だ。


 親戚で幼馴染みたいな兄弟みたいな関係。


 オーランドが王立学園の普通科に入学が決まり、準備をしていたところでたちの悪い流行り風邪を引いて、寝込んでしまった。

 治ったが医者の見立てでは体力や気力を戻すのに3カ月くらいかけてじっくり取り組んだ方がいいとなり……。入学から3カ月も休学したら、留年になる。もしかしたら入学取り消しになってしまうかも。

 ということで、双子の妹である私が兄の身代わりに通うことになったのだ。

 16歳だけど、兄とはまだ体格も顔もよく似ているからできたこと。

 普通科ということもあったし。

 ひとつ上のステファン兄様は騎士科でひとつしか違わないのに、もう全然体格が違う。

 17歳だったら、入れ替わりは厳しかったかもしれないな。

 それに、1学期が終わり、長期夏季休暇もあるからね。

 そこでオーランドは学校に復帰できるというわけだ。

 父も母も最初は渋ったが、やはりこの学校に入学して卒業したという実績がかなり重要で……。

 ステファン兄様がフォローする! とかなり乗り気で勧めてくれたこともあり、納得している。

 ま、3カ月ぐらいのことで、残りの2年半以上はオーランドがきちんと通える予定だしね。

 

 新聞によると我が国の王太子の結婚式が2週間後にあり、その結婚式に出席するために隣国のエレオノーラ第2王女殿下が国賓として早めにいらしてるというニュースだった。

 

「へー、あ、学校にも視察に来るぞ!」


 オーランドが興奮したように言った。


「えー、男子校に視察!?」


 私が驚いたように言うとステファン兄様が笑った。


「一応、我が国の一番上の学校だしな」


 まあ、そうか。

 王立学校は16歳から18歳の優秀な男子が教育を受ける学校。

 そのまま、国の行政や中枢の仕事に就く者が多い。

 まあ、そういう学校なら、隣国の王女様が視察に来てもおかしくないか。



 次の日、私、いや僕は早朝、先生の研究室を訪れた。

 鍵は開いているのに先生がいない。

 僕は持参した写真立てを机の上に置いて、メモを残した。

『写真立てです。使って下さい。オーランド』


 一応気を遣って、飾ることもできるし、ケースのように閉じてしまうこともできるタイプにしたぞ。


 そのまま、1年の教室に行った。

 今日は先生の授業は1年生ないし、オーランドと話したように、あんまり親しくし過ぎると、だよね。

 今日はこのまま、先生と会うことはないだろうと思っていたら、担任の先生から伝言メモを渡された。

 

 マーレイン先生から『ノートを返すので昼休みに取りに来るようにと』との伝言。

 うーん、ステファン兄様に先にランチに行ってもらうか?

 いやいやノートをクラスに持ち帰らなきゃいけない。

 ざっとどう動くか考える。

 昼休みで時間指定がないのだから、ランチを早く切り上げて寄ればいいか!


 昼休みになり、食堂でステファン兄様とランチを食べる。


「ステファン兄様は友人とは食べないの?」

「ああ、気にするな。

 家族と食べてるようなものだと説明している」

「ああ、家族ね」

 僕は苦笑いする。

 下の兄弟のお守りをする兄か。


 僕はあまりクラスメイト達と仲良くならないようにしている。

 まあ、オーランドの夏休み明けデビューを邪魔しないようにという心づもりもあって……。

 それもあって、マーレイン先生の係にかこつけて忙しくしているのが便利だったりした。


「もう行くのか?」


 食べ終わり用事があると告げて、早く席を立とうとするとそう言われる。


「ごめん、係の用事で先生のところにクラスのノートを取りに行かなきゃいけないんだ」

「マーレイン先生?」


 僕は頷く。


「……マーレイン先生は、オーランドが男だと思ってるんだよな?」

「当たり前だろ。ここ男子校だよ」

「あ、まあ、そうなんだけど」

「じゃ、明日!」

「あ、オーランド、クラブは決めたか?」

「え、そういう話はしてない」

「じゃあ、私が入っている弁論部に入らないか?」

「……それは、オーランドに聞いて!」

 声を潜めてステファン兄様の耳元でそう言った。


 顔を戻して「じゃ、明日!」と行こうとしたら、ステファン兄様の顔が赤くてびっくりした。


「何でもない……」


 ステファン兄様が右手で顔を隠して、左手を行けというように振った。

 僕は肩を竦めて「じゃ!」と皿とグラスを持ってその場を去った。


 

 マーレイン先生の研究室に寄ると「遅かったな」と言われて招き入れられた。


「ランチの帰りに寄ればそのまま、教室にノート持って帰れますし」


 机の上にあの写真立てが閉じた状態で置いてあった。

 あ、やっぱり、失恋系?


「ノート頂いて行きますね」


 僕はノートの山を抱えようとすると先生が言った。


「その写真立ても持ち帰ってくれないか?」

「……はい」


 手に取ってノートの上に載せようとすると「あ、ちょっと、あ、置いといても……」と先生が言い、僕はどうしていいかわからず、手を止めて先生を見た。


「あ……、すまない」

「……いや、そうですよね。僕は失恋したことはないですけど、いい思い出として思い出すこともあるんじゃないですか?」

「ん? 何のことだ?」

「えっ? あ、すみません。昨日、新聞で、写真の女性が誰か知っちゃって……。

 その隣国の王女様なら、先生との、そのお付き合いに支障があって、お別れしちゃった系なのかなと……」


 先生は顔を歪めてから笑い出した。


「そう見えるか!?

 俺は逃げてきたんだよ」

「逃げて?」

「エレオノーラ殿下は……、なぜか俺を気に入ってね。

 文官……として王城にいたんだけど、専属の文官になれって言われて……。

 その……、上官がおかしいと気づいてくれて、隣国に研究者の仕事を世話してくれたんだ」


 王女殿下に気に入られたのなら、それはいいことなんじゃ?

 私は首を傾げた。


 あ、僕だ。

 気をつけなきゃ。


「王女には婚約者がいてね。

 その婚約者殿にも理不尽なことを言われるようになって……、耐えられなくなってね」

「そ、それは大変でしたね。

 先生は、その王女殿下に気持ちは……」

「気持ちはない。

 お断りしていたのに、あの写真とか、贈り物とか勝手に俺の荷物に入れてきて……。

 どこに行ったとか、行くとかどうやったのか把握していて……。

 包囲されるというか、外堀を埋めていくというか……。

 仕事で泊まりに行った時は……、恐ろしい思いもしたよ」

「そ、それはストーカー!?

 えっ? 今回、我が国にいらして、この学校に視察に来るのも!?」

「……ああ、何か考えているかもしれないな……」

「それは、大変じゃないですか!」

「ああ、彼女が視察に来る時……、一緒にいてくれないか?」

「は? 僕が!? なんで?」

「こんなこと、誰にも打ち明けられない……」

「って、僕に打ち明けてるじゃないですかっ!」

「なんでだろな? 君には誤解したままでいて欲しくなくて……」


 なんか沈黙……。

 確かにそんな人に追いかけられてたら、怖いか……。

 まあ、一緒にいることで抑止力になるなら……。


「いつですか? その視察は?」




 ◇ ◇ ◇




 私はオーランドとステファン兄様には簡単に伝えていた。

 先生には悪いけど、僕はオーランドでもあるので。


 オーランドは首を傾げた。


「マーレイン先生の言うことは信じられる?」

「……うん、それだよね。

 先生の言葉だけで、本当かどうかは確かめられない。

 周囲に聞きまくるわけにはいかない理由だし」


 そうなのだ、王女殿下の秘密の恋? しかも婚約者もいるのだから……、大事おおごとにはできない。


「とりあえず、オーランド、もう入れ替われば?」


 ステファン兄様がイライラしたように言って、オーランドが驚く。


「ちょっと待ってよ。

 まだそこまで回復はしてない!」

「ダメか……。じゃあ、私も一緒に……、あ、だめか……」


 そうなのだ。

 ちょうど視察の日が騎士科の練習試合の日なんだよね。

 その練習試合を見に来るって感じで、教科の先生方が案内とか説明とかに駆り出されるみたいで。

 マーレイン先生も隣国出身だから、声が掛かったそうでお断りはしたそうだけど……。

 その日は試合と視察があるから休むってこともできないらしい。


 どうしても整理しなければいけない資料とまとめる文書の締め切りがあるとかなんとか言って、授業以外は研究室にいられるように配慮はしてもらえたらしい。

 たぶん、絶対駆り出されるね。


「オリーは研究室に?」

「あ、授業があるからね。でも、午後は騎士科の試合を見に行けるように全員休講だし。

 視察も午後からでしょ。

 午後は先生と研究室にいようかと」

「逆に人目がある試合会場に来ちゃったら?

 私の友人達に一緒にいるように頼むが」


 ステファン兄様が余裕のない様子でいろいろ言うのが……。

 オーランドが笑った。


「あはは、ステファン兄様、なんか必死だな。珍しい」

「なんだよ、オリーが心配だろが!」


 私は考えてから言った。


「まあ、試合を見に行っちゃうのはいいアイデアかも。

 先生に話してみる。

 でも、研究室に何かされるんじゃって、先生気にしているんで……」

「それなら、うちのカイルでも研究室の見張り番させとくか?」

 

 オーランドが提案してくれた。

 カイルは我が家のオーランドの従者、学校に従者を連れて行くのは高位貴族の家だとよくあることだけど、子爵家だと……。

 でも、何か理由があれば……。


「そうだな、忘れ物でもして届けてもらうか……」

 

 私は重々しく宣言した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 練習試合をマーレイン先生と見に来ている。

 ステファン兄様は選手なので、ステファン兄様に頼まれたと友人達が一緒にいてくれた。

 いったい、どう頼んだんだ?


 研究室には僕の忘れ物を届けてくれたカイルが、そのまま待機している。


 来賓席に隣国のエレオノーラ第2王女様がいらした。

 まあ、男子ばっかりだからね。

 きれいなお姉さんは大歓迎だ。


 マーレイン先生は帽子を被っているのですぐにはばれないだろう。

 クラス対抗でもあるので、ステファン兄様のクラスカラーの青い帽子を被って応援なんだよね。

 僕は青いスカーフを身に付けている。

 そうステファン兄様に言われたからだ。


 決勝は2年のステファン兄様と3年の先輩だった。


 優勝者にはエレオノーラ殿下からの頬へのキスが贈られると発表され、会場がどよめいた。


 3年の先輩は了承したけど、ステファン兄様が何か言っている。

 話を聞いていた先生が苦笑いして離れたのが見えた。


 突然、その騎士科の先生がこちらの方へ来て「オーランド・ペンデュラムはいるか!」と叫んだのでびっくりした。

 兄様の友人達が僕に立ち上がるように促す。


「はい! 僕がオーランドです!」

「来てくれ、ステファンがご指名だ」


 指名? なんの?


 僕は首を傾げて試合場へ降りて行く。


 騎士科の先生と並んで行く時に「妹さんがいるのか?」と聞かれた。


「はい、双子の妹がいます」

「そうか、兄ちゃんとしては辛いな」


 何が?


 ステファン兄様の所まで行くと突然、ひざまずかれてびっくりする。

 みんな、シーンとした。

 なんだ!?


「オーランド・ペンデュラム子爵令息!

 私が優勝したら、君の妹君に婚約を申し込む名誉を!」


 は?

 私は意味がわからず固まった。


「ほら、オーランド、返事を!

 妹さんの意思は後で聞けばいい、まずお前が味方するかどうするかでいいんだ」


 騎士科の先生に促されるけど、そ、その返事は妹君からの返事としてステファン兄様は……。


 うわ! 断ったら盛り下がるし、はいと言ったら、婚約を受け入れたことになっちゃう!!


 あわわ……。僕はステファン兄様を見た。


「それは……、オリアナに確認しないと、お返事できません!」


 僕はしかめっ面で言った。


「なら、優勝したら、頬にキスを!」


 なんだよ。

 そう、オリアナに言えってのか!?

 まあ、ここじゃなく、家でということだよな。

 それなら、まあ、頼めなくもないか?

 自分がオーランドなら、オリアナにステファン兄様が優勝したから、祝福のキスを! ぐらいなら言える?


 私は渋々頷いた。

 あ、僕だ、オーランドなんだから。


「約束だぞ!」

 

 ステファン兄様が念を押してきて……。


「ああ、家にいるオリアナに話す」


 そう言うしかなかった……。



 試合の準備が始まり、僕は来賓席に案内されてしまう。

 エレオノーラ王女殿下のそばだ。


「ペンデュラム子爵令息?」


 王女殿下のお付きに言われた。


「はい、オーランドと申します。この学校の1年生です」

「あなたもかわいい感じね。

 妹さんもそうなんでしょう」


 エレオノーラ殿下がコロコロと笑いを含んだような声で話しかけてくる。


「あのステファン君はあなたの妹さんに恋されてるのね」


 うおっ!?

 そういう話なの?

 でも今はそれどこじゃなく……。


「でも、妹の気持ちは僕にはわかりません……。

 ステファンのことは、兄のように見ているのを知っていますし……」

「兄のようにね。

 兄と妹……、そういう思いで育ってきたとしても、血がそこまで濃くなければありじゃないかしら?」

「……んー、そう簡単に気持ちはですよね」

「私にも本当の兄ではない『兄』がいますの。

 私は兄とは思っていないのですが、向こうはそうは思っていないようで……」


 何? 何の話?

 僕は戸惑ってお付きを見た。


「王女殿下……」


 お付きが諫めてくれたよ。良かった。


 試合が始まり、かなりいい試合。

 僕としてはステファン兄様を応援したいけど、なんか、負けて欲しいような気もする。

 相手は3年生だしね。

 ここで優勝してもらって、エレオノーラ王女殿下にキスしてもらって盛り上がって終わる方が大成功だろ。


 その時、青い帽子の男性がこちらに来ようとしているのが見えた。

 まさか、マーレイン先生!?

 なんで!? おとなしく隠れてなよ!


 試合は佳境に入り、みんな試合に見入っている。


「ほら、ステファン君! 頑張っているわよ!」


 王女殿下が私に叫ぶ。

 いや、僕だ。

 もう、いや、変にドキドキする。


 その時、手をつかまれた。


「行こう」


 マーレイン先生!?


「……ギーヴ兄様!?」


 エレオノーラ王女殿下が呟いた。


「エレオノーラ王女殿下。

 俺はもう臣下に下ったが、君の思いには答えられない。

 彼にちょっかいを出すのはやめてくれ。そして、私をもう追いかけるのはやめてくれ」


 な、な、何が起きてる!?


 エレオノーラ王女殿下が顔を歪めた。


「そこまで嫌われていたとは……。この後、話を……」

「話はありません」

「私にはあります。きちんと話を聞いて!」


 エレオノーラ王女殿下がそう言った時、試合場から歓声が上がった。

 見るとステファン兄様が……、勝った!?


「行こう!」

 

 マーレイン先生が私を力ずくで引きずって行こうとする。


 えっ? ちょっと待って!?

 いろいろ、えっ?


 私はエレオノーラ王女殿下の手をつかんだ。


「一緒に!!」


 エレオノーラ王女殿下がびっくりした顔をしたが、微笑んで「そうね!」と一緒に駆け出してくれた。


 私が素直についてきたと思ったらしいマーレイン先生が振り返ってぎょっとする。


「なんで!?」

「先生の話しか聞いていない! ちゃんと両方から聞かないと!」

「なんで!? もうこうなったら、最後まで俺のそばから離れるなよ!」

「まあ、とりあえず、先生を守ればいいんだろ!」


 3人で走っていたら楽しくなってきて、私はエレオノーラ王女殿下に微笑んでしまった。


 先生の研究室に到着したら、カイルがなんかびっくりしてた。


「ごめん、ステファン兄様に研究室にいるって伝えてきて!」


 そうお願いすると慌てて出て行ってくれた。


 エレオノーラ王女殿下に上座に座ってもらい、向かい側に私とマーレイン先生が並んで座った。


 エレオノーラ王女殿下はマーレイン先生を見てため息をついた。


「お兄様、ずっと謝らなくてはと思っていました。

 私、お兄様に恋していて、少し……、というかかなり、そのすごかったわね。

 父王にそれでお兄様が本当に嫌がっていて、隣国へ行ったと聞いて……。

 最初は、お兄様が私のことを思って離れることを決めたのだと……」

「そんなことはない!

 エレオノーラのことは妹としてしか見ていない!

 申し訳ないが、本当にそうなんだ!

 妹としても、本当に普通の妹で、その……」

「ふふっ、わかったわ。

 何がきっかけになるかわからないわね……。

 なぜかお兄様が隣国の学校の先生をしてるって聞いて、その、そこまで私から逃げようとしてるってことに気がついて愕然としたの。やっとね。

 そこで、恋は終わりました。ええ、終わった。

 今まで、追い回して、外堀を埋めようとして……、その既成事実を作ろうといろいろ変なことをして、ごめんなさい。

 最後に会って、それだけ伝えたかったの」


 マーレイン先生は机の引き出しから写真を持って来て、エレオノーラ王女殿下に返した。


「返します」

「あら、やっと見つけてくれたのね」

「ええ、彼が見つけてくれました」


 エレオノーラ王女殿下が私を見た。


「お兄様が私のことを話した……、特別な人なのね」

「いえ、先生の科目の係なので、それだけです」


 私の答えにエレオノーラ王女殿下は目を見開いてから、笑った。

 その時、ドアがノックされて、ステファン兄様と隣国のお付きの人や学校長が勢ぞろいしていて……。


「ごめんなさいね。久しぶりにお兄様にお会いして話をしてみたくなって我儘を。

 ……ステファン君も優勝おめでとうございます」


 エレオノーラ王女殿下はステファン兄様の頬にキスをした。

 

「なっ!?」

 

 ステファン兄様が頬を押さえて叫び……。


「私のキスで我慢しておきなさい。

 無理に外堀を埋めようとすると嫌われるわよ」


 は? 

 ステファン兄様が外堀を埋める?


「お兄様、オーランド様、お話しできて楽しゅうございました。お元気で」


 エレオノーラ王女殿下は颯爽と歩き去り……、学校長やお付きの人もばたばたついて行ってしまった。



「オリー! なんで逃げた!」


 ステファン兄様!?


「僕はオーランドだ!

 あ、優勝おめでとう。

 エレオノーラ殿下からキスも貰えたし、……オリアナからは、なしでいいよね」

「それとこれとは話が違うだろ!?」

「話は帰ってから、オーランドじゃねえ、オリアナと一緒に聞きますから!

 ほら、早く試合場に戻って! カイル! 付き添いを!」

「オリーがここにいるって言ってきたんだろ!」


 あ、そうだった。


「そうか、振り回してごめん。

 心配するかと伝えるだけのつもりで……」

「そりゃ心配するよ! オリーは私の……」

「妹ですね。

 私はステファン兄様は本当の兄様のように思っています。

 だから……、婚約の話は聞かなかったことに」

「オリー!!」

「帰ったら、ちゃんと話しますから!

 今は、授業に、試合会場に戻って!」


 ステファン兄様は不安そうにマーレイン先生を見てから、頷いた。


「では、子爵家で」



 あれ、ふたりっきり!?


 急に研究室がしーんとなった。


「オリー?

 オリアナとオーランド?」


 マーレイン先生の声がやけに響いて……。


 私はため息をついて、見えないドレスを着ているように持ち上げる仕草で令嬢の礼をした。


「ペンデュラム子爵家長女、オリアナ・ペンデュラムです。

 あなたは……」


「俺は……、オーギュスト・マーレイン。

 隣国のマーレイン公爵になったばかりだ。

 元は前王の王子で、今の王は私の叔父になる……。

 王は父とは母が違うのだが……、ご自分の子ども達と私を分け隔てなく、御自分の子どものように扱ってくれて……。

 君もいろいろ……、秘密がありそうだな。

 話を聞かせてくれるか?」


 私はにっこり微笑んだ。

 先生は私にとって何なのか?

 言葉が見つかりそうな予感がした。


読んで下さり、ありがとうございます。


他視点で話を組み立てても面白いかな? と最初は思っていたのですが。

書いていたら、兄と自分の使いわけで、わたわたドキドキするオリアナがかわいくてずっとオリアナ視点で書いちゃいました。

楽しんでいただけたらうれしいです。


たぶんオリアナの初恋はマーレイン先生ですね。

この初恋が育つといいなぐらいで、おしまいということで。


評価をして頂けたらとてもうれしいです。

どうぞよろしくお願いします。


※主人公の名前が過去作と同姓同名でした……。ちょっと混乱するかもと、こちらの主人公の姓を少し変えました。確認不足ですみません。10/12

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