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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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粘り強い御曹司








夜のビルのエントランス。


蓮は来客用のソファにどっしりと腰を下ろしていた。


「……あの女、いつ出てくるんだ?」


時計の針はすでに21時を回っている。


周囲の社員はとっくに退勤し、

受付の明かりだけがぽつんと灯っている。


蓮は膝を抱え、天井をぼんやり見上げた。


眠気がじわりと襲ってくる。


「……ちょっとだけ、目を閉じても……」


あくびを噛み殺し、まぶたを閉じる。


だが、数分後にはストレッチをして

体を伸ばし、またソファに戻る。


寒さと座り疲れで体がだるくなる。


腕を回し、首をゆっくり回す。


「……このくらいで、諦めるわけにはいかない」


心のなかで自分に言い聞かせる。


数十分後、外はもう真っ暗で、

街灯の光だけが外の歩道を照らしている。


「……まだか……」


蓮は膝を抱えてうとうとする。


頭がふわりと揺れ、眠気が全身に広がる。


だが、目を閉じても優里は現れない。


ため息をつき、またストレッチ。


肩を回し、背筋を伸ばし、足首をぐるぐると回す。


「……ここで引くわけにはいかない。絶対、会ってやる」


眠気が襲う。


普段ならもうベッドでゴロゴロしている時間。


それでも蓮は腰を伸ばし、もう一度ソファに腰掛ける。瞼は重く、頭がわずかに揺れる。だが、心のどこかで、優里に会える可能性を信じている自分がいた。


冷たい夜風がビルの自動ドアから入り込み、蓮の頬をかすめる。

「……寒いな……でも、負けるもんか」

ソファに深く腰を沈め、蓮は再び目を凝らした。

優里が現れるその瞬間まで、絶対にこの場を動かない――そんな強い決意が、夜の静寂の中で彼を支えていた。


時間は刻々と過ぎていった。


蓮はエントランスの来客用の椅子に深く腰を下ろし、背もたれに体を預けた。


ただ待つ。ただ優里が出てくる瞬間を信じて。


「……遅いな」

 

オフィスビルからは次々と社員が出てきて、

仲間と談笑しながら駅へと向かっていく。


彼らの姿は、どこか自分とは別世界の人間のように思えた。






時は遡り数時間前。


蓮は今日も今日とて不採用を突き付けられた。


「俺様をこんなに侮辱した人間ははじめてだ…」


「いいだろう。宣戦布告だ、徹底的に粘ってやる」



蓮は来客用のソファーに、どかっと座る。


そして足を組んで粘り続ける。


あの冷徹な女社長がでてくるまで…。






そして、現在に至る。


眠気が押し寄せ、蓮は大きなあくびをする。


「ふぁ……。ちくしょう……」


自分がこんな場所で女社長を待ち伏せしていることが、

情けないのか、それとも馬鹿げているのか。


それでも席を立つことはしなかった。



身体を伸ばしてストレッチをし、

冷たい水を自販機で買い、無理やり眠気を追い払う。


それでも、瞼は重くなる一方だった。


22時30分。


さすがに限界が訪れ、

蓮はついに椅子の上でうとうとと眠り込んでしまった。


暗いエントランスに、彼の寝息だけが静かに響く。







柔らかな声が、夢のなかに差し込むように聞こえた。


肩をトントンと叩かれ、蓮の心臓がドクンと跳ねる。


「……風邪、ひきますよ?」



(……誰だ? 俺に優しくしてくれる声……?)


最近、そんな声をかけられた記憶なんてなかった。


父親からは冷たく突き放され、

会社からは拒絶され、仲間すら遠ざかっていった。


これは、夢に違いない。そう思った。


蓮はゆっくりと目を開ける。


そこに立っていたのは…桜庭優里。


コートを羽織り、

疲れの色を浮かべながらも凛とした佇まいの、

あの女社長だった。


「……優里……さん?」


思わず掠れた声で呼ぶ。


優里は小さく笑った。


「本当に待ってたんですか、ここで」


その瞬間、蓮の胸に押し寄せたのは、

夢ではないという現実の重みだった。




蓮は跳ね起きるように立ち上がり、頭を下げた。

 

「す、すみません……。でもどうしても、もう一度チャンスがほしかったんです!」


その言葉は途切れ途切れで、まとまりを欠いていた。


だが必死さだけは伝わる。


「俺……。あの日の面接、全部失敗しました。取り繕おうとしても、何もできなかった。今までの自分がどれだけ甘かったか、痛いほど思い知ったんです」


蓮の拳が震えていた。


「でも……それでも、俺はやりたいんです。この会社で、もう一度挑戦させてください。ここじゃなきゃダメなんです」


息を荒げ、言葉を絞り出すように続けた。


「御曹司だからとか、親のコネがあるからとか、そういうことを全部捨てても……。俺は、自分の力で働きたい。誰かに認めてもらいたいんです!」


優里はじっと蓮を見つめていた。


彼女の瞳には、驚きも、呆れも、

そして少しの同情も浮かんでいない。


ただ、すべてを見通したような冷静さがあった。


「……やっぱり、そう来ると思っていました」


淡々とした声。


だがそのなかに、かすかな温度が宿っている。


「えっ……?」


蓮は戸惑った。


優里は小さく息をついて、腕時計に目を落とした。


「あなたは言葉ではなく行動で示すタイプのような気がします」


「なので、恐らく粘り続けるのだろうと思っていました」


「エントランスにでも地蔵のようにいるのかなぁ~、なんて、思ってたら、予想が当たりましたね」


蓮の胸が熱くなる。


彼女は、自分がここに残っていることを“予測していた”。


「あなたが、本当に変わろうとしているのか。それとも言葉だけなのか。見極めるには……一番わかりやすい方法でしょう?」


優里の口元に、わずかに皮肉げな笑みが浮かぶ。


蓮は唇を噛みしめた。


「俺は……変わりたいです。いや、変わります。だから……」


彼の言葉は、もはや懇願に近かった。


優里はその必死さを黙って受け止めていた。


「……情熱だけで人を雇うわけにはいきません」


優里の声は、氷のように冷たいものではなかった。


むしろ優しい響きさえ含んでいた。


だが、その言葉の一つひとつは

鋭い刃となって蓮の胸に突き刺さる。


「私の会社はスタートアップです。毎日が勝負で、余裕なんて一切ありません。社員一人の判断が、明日の会社を左右することだってあるんです」


彼女の目は、曇りがなかった。


その眼差しは、社会の荒波にさらされ、

幾度も困難を乗り越えてきた者の強さを宿している。


「あなたが言う“やる気”や“本気”は、これまで私が何十人も聞いてきました。学生インターンから、経験の浅い転職希望者まで。みんな、口をそろえて同じことを言うんです。“やる気なら誰にも負けない”“どんなことでも挑戦する”……」


優里はそこで言葉を区切り、

蓮の顔をじっと見つめた。


その視線に、蓮は思わず息をのむ。


「でも、口先だけなら誰でも言えます」


その一言が、胸の奥を強く抉った。


「……俺は、違う」


思わず蓮は口にした。


「今までの俺は確かに、取り巻きに囲まれて好きに遊んでただけかもしれない。でも今は違う。本気で…」


「本気、ですか?」


優里の声は落ち着いていた。


挑発するでも、あざ笑うでもない。


ただ、静かに確認するように。


「もしそうなら、証明してください」


「証明……?」


優里は一歩、蓮に近づいた。


距離が縮まるだけで、

彼女の放つ圧に心臓が跳ねる。


「ただの情熱じゃなく、具体的な行動で示してください。あなたがどんな準備をして、どう工夫し、どうやって課題を解決するのか。それを私に見せてください」


蓮は目を見開く。


優里の言葉は、父から受けてきた叱責とも、

友人たちからの軽い助言とも違っていた。


曖昧さを排した、真っすぐな要求。


逃げ場のない現実が、そこにあった。


「……結果が出せなくてもいいんです」


優里は静かに続けた。


「でも、行動の筋道が見えなければ、あなたをチームに迎えることはできません。私たちは今、この瞬間にも走り続けているから」


蓮の拳は自然と固く握りしめられていた。


言い返したい言葉はいくつもあったが、

どれも空虚に響く気がして、喉の奥で消えていく。


「……わかりました」


しばしの沈黙のあと、

蓮はようやく絞り出すように答えた。


「やってみせます」


優里は、その表情を探るように見つめ、

やがて少しだけ目を細めた。


「期待はしていません」


あまりにも冷たい一言に、蓮は胸を突かれる。


だが同時に、その言葉の奥に、

ほんのわずかな余白を感じた。


「ただ……次に来るときは、私を驚かせてください。それができなければ、ここでの話はもう終わりです」


優里は背を向け、静かに歩き出した。



その背中には、若さに似つかわしくないほどの

責任感と信念が宿っているように見えた。


エントランスにひとり残された蓮は、深く息を吐き出す。


ただの情熱じゃなく、具体的な行動で示す。


これまで生きてきた二十数年間、

そんなことを真正面から問われたことがあっただろうか。




これまで俺に向けられてきた言葉は、全く逆だった。


「お前は星野グループの跡取りなのだから、堂々としていろ」


「余計なことはせずに、周囲の期待に応えればいい」


「考えるよりも、背筋を伸ばして立っていれば、人は自然と従う」


父も、親族も、取り巻きの友人たちも。


誰一人として、俺に“行動を見せろ”なんて言わなかった。


必要だったのは立場と肩書き。


俺自身じゃない。


その環境にどっぷり浸かっていた俺は、

次第に疑いもなくそれを受け入れていた。


鏡に映る自分の姿を磨き上げればいい。


ブランド物のスーツに身を包み、

高級車を乗り回し、

夜の街で豪遊していれば、

それが“俺らしさ”だと信じて疑わなかった。


だが……。


優里は違った。


肩書きも財力も、全く通用しなかった。


むしろ、そんなものは初めから眼中にないような態度で。


「証明してください」


その言葉は、俺という存在を裸にした。


御曹司という飾りを剥ぎ取り、

“星野蓮”という人間そのものを直視させられた。


……証明? 俺が、俺自身を?


そんなもの、今まで考えたことすらなかった。



父はいつも「できて当たり前」と言った。


友人は「さすが蓮だ」と持ち上げた。


だが誰も、「どうやって?」なんて問わなかった。


優里は、俺に初めて“やり方”を問うてきた。


情熱を口で語るのではなく、形にしろと。


その差は、恐ろしいほどに大きい。


心臓の鼓動が、妙にうるさい。


悔しいはずなのに、

不思議と逃げ出したい気持ちにはならなかった。


むしろ……この言葉に食らいつきたい。


否定されたからこそ、余計に。


「……やってやる」


俺は改めて呟いた。


その声は、いつもの虚勢ではなく、

初めて自分の意思からにじみ出たもののように思えた。




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