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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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虚しさのわだかまり






翌日。

酒の残り香をまとったまま出社した蓮は、

頭痛と重たい倦怠感を引きずりながら机に突っ伏した。


社員たちはちらちらと視線を向けたが、

誰も声をかけようとしない。


「……やべぇ、仕事。今日の案件……」


書類を広げても、文字がかすんで頭に入ってこない。



強がって書き始めたが、

まとまりのない文章、根拠の薄い数字。


それでも勢いで「完璧だ!」と優里に提出する。



数分後。

優里が会議室で淡々と指摘を始めた。


「……数字が合っていません。この部分、そもそも計算式が間違っています」


「ここの提案は、取引先の要望とズレています。」


会議室の空気が張り詰める。


社員たちが視線をそらすなか、

蓮だけが顔を真っ赤にして声を荒げた。


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺なりに考えて出したんだぞ!? いちいち細かいとこ突っつくなよ!」


優里は一瞬だけ目を伏せ、それから氷のような声で告げた。


「細かいところではありません。根本的に準備不足です」


蓮の胸に突き刺さる。


「……っ!」


会議後、廊下で社員たちの小声が漏れ聞こえる。


「やっぱり優里さんがいないと仕事が回らないな……」

「蓮様、やる気はあるんだろうけど、いつも空回りだな」


その言葉に、蓮の拳は震えた。


怒鳴り返すこともできず、

ただ背中を丸めて立ち尽くすしかなかった。



会議室を出てきた優里は、

蓮の方を一瞥しただけで、

すぐに蒼司と何事かを話し始める。


その姿は、まるで「信頼すべき相手は蒼司」という

答えを突きつけるようで。


(……優里の信頼まで、失ったのか……)


胸の奥で、ひときわ大きな音を立てて

何かが崩れていくのを、蓮は確かに感じた。



蓮が仕事の失敗と優里の信頼の喪失に

打ちひしがれていると、

廊下の隅で交わされる社員たちの会話が、

まるで追撃の矢のように飛んできた。



彼らは蓮が聞いていることに気づかず、

素直な感想を交わしていた。



「でも……蓮様だって頑張ってはいるんだよな」


「頑張ってるけど……子どもっぽいというか。御曹司らしさを勘違いしてるというか」


「そうそう。蒼司様みたいに、静かに、正確に仕事してくれればいいのに。社員の前で空回りされると、こっちが冷や冷やしちゃう」


クスクスと小さな笑い声が混ざった。


それは決して悪意のある笑いではなかった。


ただの職場の現実を語る声だ。


けれど蓮にとっては、

背中に氷を押し当てられるよりも冷たかった。


(……蒼司、蒼司、蒼司……。俺はいつも比べられて、笑われて……)


蓮の脳内は、蒼司との「対比」で真っ赤に染まった。



社員たちは、彼の命懸けの行動など見ていない。


彼らが評価するのは、

優里を支え、組織を安心させる「大人の能力」だ。


蓮は、自分の存在そのものが、

優里の安定を脅かすノイズであり、

蒼司の優秀さを際立たせる道化でしかないことを痛感した。



嫉妬と屈辱、劣等感が入り混じり、

蓮の心は限界を迎えていた。


部屋にひとり残され、ソファに沈み込む。


頭の奥で、優里の冷たい眼差しが繰り返しフラッシュバックする。


(……俺じゃ、やっぱりダメなのか)


胸の奥が焼けるように痛む。



蒼司なら信頼される。

蒼司なら頼られる。

蒼司なら隣に並ぶ資格がある。




(俺は何をしても、裏目に出てばかりだ……)



優里を支えたいと願っているのに、空回りする。


結果は常に逆効果で、彼女の苛立ちを買うだけ。


職場でも同じだ。


「蒼司さんの方がわかりやすい」

「蒼司さんならスムーズに進んだのに」


そんな言葉が刃のように突き刺さる。


(どうして俺なんか、優里の隣にいようなんて思ったんだろう)


彼女の笑顔を見たいから。

彼女に必要とされたいから。


それだけのはずだったのに、

気がつけば「俺じゃなきゃダメだ」と

無理やり証明しようとしていた。


そしてそのたび、彼女の心は遠ざかっていく。


(優里にとって、俺は……重いだけなんだろうな)


そう思った瞬間、全身の力が抜けていく。


自分の存在が、彼女を苦しめている。


……ならば、いっそ。


唇を噛み、涙が滲む。


だが声に出せるのは、かすれた呟きだけだった。


「……俺じゃ、だめなのか……」


部屋の静けさにその声が溶け、誰にも届かない。



優里のデスクの前で、

蓮は勇気を振り絞って声をかけた。


「……優里、この間は悪かった。俺、ちょっと言い過ぎたな」


優里は顔を上げることなく、

モニターを見つめたまま淡々と答える。


「別に。気にしてないから」


その声は冷たいというより、

興味すらなくしたかのように乾いていた。


そのあと、優里がふとこぼした言葉が、蓮の胸を突き刺す。


「……やっぱり、蒼司さんって頼りになるんだよね」


たった一言。


でも、蓮にはそれが「あなたじゃダメ」という烙印にしか聞こえなかった。


全身の力が抜け、笑って誤魔化そうとしても口元が引きつるだけ。



その言葉で、完全に心が折れた。



夜、やけ酒に付き合った晴人に、蓮はぐだぐだと愚痴をこぼした。


「なんで俺ばっかり……あいつばっかり評価されてさ……」

「優里も……蒼司のことばっかだ……」


グラスを乱暴にテーブルへ置くと、

氷がカランと虚しい音を立てる。


そんな蓮を見ながら、晴人は深く息を吐いた。


「……なぁ蓮。お前、正直見苦しいぞ」


「……は?」


「自分で勝手に落ちて、勝手に嫉妬して、勝手に潰れて。優里さんの隣に立ちたいんだろ?だったら、今のお前は一番遠ざかってる」


図星すぎて、反論できなかった。

胸の奥がじくじく痛む。


でも同時に、晴人の言葉を正面から受け止めるだけの強さもない。


(……もう、いいんじゃねぇか)


ふと、先日チヤホヤしてくれた女の子たちの顔が浮かんだ。

あの笑顔に包まれていれば、きっと楽になれる。


優里に冷たくされても、

蒼司と比べられても、そんなのどうでもよくなる。


「……よし、遊びに行くか」


その決意は、自分を誤魔化すための最後の逃げ道にしか過ぎなかった。


けれど、その瞬間の蓮には、

それが唯一の救いに思えた。


週末の夜、街はネオンの光で彩られていた。


酒場を出た蓮は、何人もの女の子に囲まれていた。


華やかな香水と甲高い笑い声。

腕に絡みつく細い手。


「蓮くんってさ、やっぱカッコいいよね~」

「うんうん、顔ちっちゃいし、やさしいし!」

「ねぇ、二軒目行こ?カラオケとかさ~」


口々に囁かれる甘い言葉に、蓮は作り笑いを返す。


(……ほらな。ちょっと相槌打てば、女なんていくらでも寄ってくる。俺にはこういう場所が似合ってるんだ)


そう自分に言い聞かせても、心は少しも晴れない。

むしろ、どんどん重く沈んでいく。


やがて、流れでホテル街へと歩き出す。

女の子が腕を引っ張り、はしゃいだ声を上げた。


「ねぇ、あそこ入ろ?ね、蓮くん~!」


街灯に照らされた看板が目に入る。

煌々と光る“休憩”の文字。

足が急に重くなった。


(……これでいいのか?)


頭の片隅に、優里の横顔が浮かんで離れない。


無表情に冷たく「付き合うつもりはない」と

言い切ったときの声。


でもその奥に、

誰にも見せない不器用な強さと孤独を感じた瞬間。



どうして、こんな安っぽい逃げ場に来てるんだ。


俺が欲しいのは、

目の前で笑うこの子たちじゃない。


優里なんだ。


「……っ」


思わず足を止めた。


女の子が振り返り、不満げに首をかしげる。


「どうしたの?早くしよ~。寒いんだけど」


「……ごめん」


蓮はかすれた声で呟いた。


「やっぱ……今日は帰るわ」


「えぇ!?なにそれ~。ノリ悪っ!」


女の子たちの不満の声を背中に浴びながら、

蓮はゆっくりと歩き出す。


ネオンの光がやけに眩しい。


胸の奥に広がるのは、

救いではなく深い虚しさ。


(俺は……何やってんだよ……)


結局、自分は優里の影から逃れられない。

誰と一緒にいても、心は優里を探してしまう。


夜風が頬を打つ。


蓮はポケットに突っ込んだ手をぎゅっと握りしめた。



夜の街を、蓮はひとり歩いていた。


繁華街の喧騒が少しずつ遠ざかり、

代わりに湿った夜風と遠くで鳴る車の音だけが耳に残る。


さっきまで女の子たちの笑い声や

香水の匂いに囲まれていたのが嘘のように、

世界は急に静まり返っていた。


(……何やってんだ、俺は)



アスファルトの上を乱れた足取りで進む。


靴の先が小石を弾き、カランと乾いた音を立てた。

その小さな音すらやけに胸に響く。



(女なんていくらでも寄ってくる。ちょっと愛想振りまくだけで、勝手に俺を持ち上げてくれる。……それで気持ちが埋まると思ったのか?バカだな、俺)



街灯の下で、蓮はふと立ち止まる。



コンビニのガラス越しに、

若いカップルが笑いながら温かい肉まんを分け合っているのが見えた。


肩を寄せ合い、なんでもない会話で楽しそうに笑っている。


その光景が、胸を鋭く刺した。


(俺が本当に欲しいのは、ああいうぬくもりなんだろ……)



思い浮かぶのは優里の顔だけ。



冷たくあしらう瞳も、ふと見せた柔らかな微笑も。


どんなに拒絶されても、消せない。


「……クソっ」



吐き出すように呟いて、夜空を見上げる。


高層ビルの窓に灯る光が星のように瞬いていたが、

その輝きは蓮にはどこか遠すぎて、冷たく見えた。


ふらつきながら歩を進めると、

足元に落ちた自分の影が揺れる。


(優里の隣に立ちたいって思ったのに……俺はまだこんなところで迷って、虚しさから逃げて、また同じこと繰り返そうとしてる。何も変われてねぇじゃねぇか)


胸の奥に広がる空虚さに、体の芯が冷える。


コンビニ袋を下げたサラリーマンが横を通り過ぎていったが、

その姿すら「普通の幸せ」に見えて眩しかった。



蓮はポケットに両手を突っ込み、

俯いたまま夜道を歩き続ける。


欲しかったものが手に入らず、

埋めようとした虚しさはさらに大きく膨らんで、

心を締め付ける。



ただひとつわかるのは、優里のいない世界で、

どれだけ女に囲まれても、

自分は満たされないという事実だった。


(……優里じゃなきゃ、意味がないんだ)


その答えに気づいてしまったからこそ、余計に苦しい。


街の明かりは煌々と輝いているのに、

蓮の心は夜の闇よりも濃く沈んでいった。


(……優里の前で、あんなにカッコつけて「俺じゃダメなのか」なんて言ったのに。結局、俺は何も証明できてねぇじゃんか)




「……優里……」



小さく名前を呼んでみても、返事があるはずもない。



家に帰って、ソファに身体を投げ出す。


ネクタイを緩め、額に手を当てると、

今日一日の重みが一気にのしかかってくる。


優里に拒絶された言葉。


社員に突きつけられた現実。


蒼司の優しさに揺れる優里の姿。


虚しさから逃げるように女たちに囲まれても、

何ひとつ埋まらなかった心。


全部が押し寄せてきて、蓮はソファの上で動けなくなった。


「俺……何やってんだよ」


かすれた声で吐き出し、天井を見上げる。




闇のなかで膝を抱え込むようにしてうずくまった。


広い部屋に、ひとりの男の浅い呼吸音だけが響いていた。


(……優里がいないだけで、こんなにも……空っぽになるのかよ)


その思いを最後に、蓮は疲れ果てて眠りに落ちていった。


けれど夢のなかですら、優里の姿ははっきりと見えず、

ただ遠く離れていく背中だけが浮かび上がっていた。






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