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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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誰も知らない涙









蓮が嫉妬の炎に焼かれ、

優里と蒼司のイチャラブ妄想を繰り広げている隣で、

現実の蒼司は静かに佇んでいた。


蒼司は優里を抱きしめる腕を解かず、

穏やかな笑みを浮かべているものの、

その眼差しはどこか鋭く、

まるで優里の一挙手一投足を計算して観察しているようだった。


そして、蓮には決して聞こえない、

優里にだけ向けた声で、静かに囁いた。



「君がこんなふうに誰かのために動揺する姿、初めて見たな」



優里は、蓮が命の危機に晒されたことで、

冷静さを失い、感情を露わにした。



蒼司は、その希少な優里の姿を冷静に評価していた。


「悪くない。 むしろ……可愛いくらいだ」


優里は、蒼司の計算された言葉に眉をひそめ、

「……変なこと言わないでください」とだけ返した。


彼女は、まだ自分の感情を理解できずにいる。



優里の冷静な返答と蒼司の囁きの実際の会話を知る由もない蓮は、

優里の横顔を見て、全く違う方向に暴走していた。



(なんだ、あの親密な距離は!? 優里の戸惑いの表情は、蒼司の強引な告白に対する純粋な乙女の反応に違いない!)



蓮の嫉妬と妄想は、病院の病室を愛憎渦巻く修羅場へと一変させた。




【妄想:病室愛憎劇場】


蒼司は、優里の顎を強引に掴み、真剣な眼差しで見つめる。



「優里、君は俺のものになる運命なんだ」


優里は、目を潤ませ、葛藤に満ちた表情を浮かべる。


「ち、違う…!私には蓮が…!命を懸けてくれた人がいる」


蒼司は、蓮が横たわるベッドを一瞥し、冷笑する。


蒼司「フッ。あんな無神経で軽薄な奴に君は任せられない」


蒼司は、蓮の命懸けの献身を一蹴し、優里を強引に抱きしめる。


優里は抵抗しながらも、蒼司の魅力に抗えない。


蓮は、背中の火傷の痛みも忘れ、

ベッドの上でシーツを握りしめ、半狂乱になった。




「ぎゃああああああ!!! 俺の前で修羅場始めるなあああああ!! しかも俺の悪口言いながら奪おうとするなあああ!!!」



蓮の魂の叫びは、病室という公共の場で、誰にも届かない、

ただのノイズとして虚しく響き渡るのだった。




蓮が背中の火傷と優里の冷たい制裁に耐えながら、

優里と蒼司の修羅場妄想に溺れている隣で、

蒼司は、蓮の悲鳴には一切動じず、優里の肩をそっと支えた。


「君は、もっと大事にされるべきだ」


「俺なら、君を必ず守れる。仕事でも、人生でも」



蓮は、病室ということを忘れ、

シーツを握りしめて大騒ぎした。


「だ、だって今あいつ、君を“人生ごと守る”とか!もうほぼプロポーズじゃねぇか!!!」



蒼司は、蓮の騒ぎのなかで、

優里の肩をより優しく、力強く支えた。


優里は、その低く響く声に、わずかに揺れるのだった。


蒼司の落ち着いた態度と、優里の微かな動揺。


この二人の間の親密な空気が、蓮の妄想を最終的に爆発させた。


(ダメだ! あの肩を支える仕草!あの角度!次は見つめあってキスだろ!!)


蓮は、背中の痛みを再び無視し、

ベッドの上で全身を震わせた。




ベッドの上で半身を起こして抗議しようとした蓮は、

蒼司の鋭い視線が自分を射抜いたのを感じた。



蒼司の目は冷ややかに、

まるで格下を見るかのような優越感に満ちていた。


「蓮。君はしばらく安静にしてろ。……現場で守れなかったんだから」


その言葉は、蓮の胸をぐさりと突いた。


(か、格下認定きたぁぁぁぁ!! なにこの“戦力外通告”みたいな言い方!!俺は命懸けで守ったのに、結果論で無力だったことにされてるぅぅ!!)




蓮は、自分の献身が、

蒼司の冷静な評価の前では何の価値も持たないことを突きつけられた。


さらに蒼司は優里を見て、低く囁いた。

その声は心底心配している響きを持っていた。


「心配させやがって。 無事で本当に良かった」


優里の頬が、わずかに赤らんだ。


それは、蒼司の落ち着いた優しさが、

極度の緊張から解放された優里の心に響いた証拠だった。


蓮は、その光景を見て理性を失う。


(やめろやめろやめろ! それ俺のセリフだろ!? なんでちょっと照れてんの優里!? 俺の命懸けの覚悟より、アイツのイケメンボイスの方が効くってのかよ!!)



現実の蓮は、ベッドの上でシーツを握りしめ、

目をひん剥いていた。


優里は、自分の横で繰り広げられる騒動に心底呆れ、

冷めた目で一言。


「……なに暴れてんの」



蒼司は優里の肩を軽く抱き寄せながら、

わざとらしく蓮のほうを一瞥した。


その視線には、憐れみと確信が混ざっている。


「……蓮。君みたいに“勢いだけ”で突っ走る奴がいるから、彼女は危険に巻き込まれるんじゃないのか?」



蓮の頭に鉄槌を食らったような衝撃が走った。



(い、今なんつったコイツ!? 俺の存在そのものが事故原因みたいな言い方したよな!?)


蓮は背中の痛みを忘れ、

思わずベッドの柵を掴んで身を乗り出す。


「な、なに言ってんだよ! 俺は……!」


だが、蓮の必死な抗弁は届かない。

言葉の先を、蒼司が低い声で遮った。


「……優里は俺が守る。 君には、もう任せておけない」



その低い声は、まるで決意表明のような響きを持っていた。

優里の目が一瞬だけ大きく揺れた。


(うわああああ!? 本気トーンだコレ!! なんで俺が“クビ宣告”されてんの!? 守るのは俺だろ!? ていうか俺の病室で告白するなやぁぁぁぁ!!)


「……蓮。君が本気なら、証明してみろ。」


蒼司は、挑戦状を叩きつける。


「彼女を守るに値する男だってな」


(証明? いいだろう。受けて立つ!)



蓮は絶対にこの“イケメンライバルフラグ”へし折ってやる、

とベッドの上で固く決意するのだった。









蓮が病室で妄想と嫉妬に大暴走している頃、

優里は静かな病院の通話可能エリアにいた。


彼女の顔は、冷徹なビジネスモードに戻っていたが、

その目の奥には緊張感が張り詰めている。



優里が通話している相手は、

他でもない星野グループ本社の社長、

つまり蓮の父親だった。



優里は深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。



「申し訳ございません。私のせいで、蓮様に……」



電話の向こうの星野社長の声は、冷静沈着だった。

感情は一切感じられない。


「蓮の容態は?」


「軽度の火傷で、今日中には帰れるそうです。ご心配をおかけしました」


「そうか」


「君も、わかっていると思うが、うちが君の会社を買収しないのは、君の会社に蓮がいるからだ」


「蓮は星野グループの御曹司で、将来は星野グループを継ぐ存在。いまは、蓮が君の会社にいるから手を出さない。要は人質のようなものだ。だが、その期間が終わればどうなるか……蓮が星野グループの陣営に戻ってきたときにはどうなるか…忘れるなよ」



優里の低い自己肯定感と、

過去の厳しい経験からくる恐れを刺激する、

完璧な脅しだった。


「……はい」



優里は、それ以上言葉を続けることができず、

ただその圧力に耐えるしかなかった。



優里が通話を終え、スマホを下ろした瞬間、背後に気配を感じた。


そこには、冷静沈着な蒼司が立っていた。


優里が星野社長と話していることを

知っていたのかどうかは不明だが、

蒼司の表情は優しさに満ちていた。



「大丈夫か?」


「蒼司さん……」



優里の名前を呼ぶ声には、

助けを求めるような響きが混じっていた。


蓮が無力な「子供」に見える一方で、

蒼司は「大人の男」として優里の重荷を理解し、

受け止めてくれる存在に見えていた。


「顔色がひどい。……なにがあった?」


蒼司は視線を落とし、優里の手に目を留める。

まだ震えている指先。

彼はためらいなく、その手を包み込むように取った。


「……っ」


一瞬、呼吸が詰まる。


その温かさが、冷たい恐怖をじわじわと溶かしていく。

優里の心は、抵抗する前にほっとしてしまっていた。


「無理に話す必要はない。ただ、辛いときは、俺を頼れ」



蓮がいつも勢いで言葉をぶつけるのとは違う。

蒼司の声には落ち着きがあり、重さがあり、

心を絡め取るような確信があった。




「……私……」


言いかけて、言葉を飲み込む。


これ以上弱さを見せたら、戻れなくなりそうで……。



しかし蒼司は彼女の躊躇いを見抜いたように、

少しだけ口元に笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。君は一人じゃない」



その一言が、心の奥深くに沈んでいく。


蓮には絶対に言えない弱さを、

この人の前ならさらけ出してしまうかもしれない。

そんな危うさに、優里自身が気づいてしまう。


(どうして……蒼司さんの前だと、心が……)



救済のように差し出されたその言葉と温もりが、

優里の心を揺さぶり始めていた。


まるで、彼が本気で、

蓮から自分を奪いに来るかのように。








しばらくして、優里は蓮の病室に戻ってきた。


蓮は、優里が戻ってきたら、

まるで動物園の飼育員が戻ってきたかのように

興奮する動物のようだった。


優里は、蓮の暴走と病室での騒ぎに、心底呆れていた。


「ねぇ、いい加減にして。 軽症だって言われたんだから、大げさに暴れるのやめてくれない?」


蓮は、優里の冷徹な一言にぐさりと胸を刺される。


(俺の命懸けの覚悟は、優里にとっては「大げさな暴れ」でしかないのか……)


蓮は、妄想から引き戻されたショックと、

優里の無関心によって、一瞬で撃沈した。


ベッドに力なく沈み込み、うつろな目で天井を見つめる。


そんなとき、看護師が部屋に入ってきた。


「星野様、火傷は軽傷ですし、本日はもうお帰りいただいて大丈夫ですよ」


「…へ?あ、あの入院とかは?」


「軽度の火傷で入院するやつがどこにいんのよ。」


優里のぶっきらぼうな言葉がいつも以上に刺さった。


嫉妬と屈辱で頭がぐらついた状態で、

彼は病室の外へ出たのだった。



廊下には、エントランスでの事件の報告と、

御曹司の容態を確認するために駆けつけた社員数名が、

心配そうな顔で立っていた。


蓮は、「俺が優里を守ったヒーローだ」

という妄想の余韻を引きずったまま、

社員たちに勝利者の笑みを向けようとした。


「お、お前たち、心配をかけたな。この程度の傷、俺にかかれば……」


しかし、社員たちは蓮の英雄的な

自己評価には一切乗ってこなかった。


彼らの視線は、蓮の命懸けの行動への安堵と同時に、

優里を巡る状況への冷静な分析を帯びていた。




「やっぱり、優里さんには蒼司様みたいな落ち着いた方の方が……」


「蓮様は、まだ…その…子どもっぽいところが……」


蓮の耳に、その残酷な現実が突き刺さる。


「な、なんだと!? 俺だって優里を…!」


蓮は空回りしながら反論しようとするが、言葉が続かない。


「……でも正直、あの優里さんを支えられるのは、蒼司様のような人だと思います」


蓮は、この冷徹な「戦力外通告」に完全ノックアウト。


嫉妬と劣等感で、頭がグラグラと揺れた。



蓮が社員たちの現実に打ちのめされているそのタイミングで、

蒼司が現れた。


蒼司は、自然な動作で優里の肩に手を置いた。



「無理するな、優里。 今日のことは、すぐに俺が片づけさせる」



その言葉は、優里の安全と会社の重荷を、

全て自分が背負うという明確な決意表明だった。


「すぐに片づけさせる」というビジネス的な強さと、

「無理するな」という個人的な優しさが、

絶妙なバランスで優里に届けられた。



優里は、一瞬だけ視線を落とした。



「な、なんだよ! みんなして蒼司蒼司って! 優里は俺のだろ!? 俺だって守れるし、支えられるし、かっこいいし……だしっ!」


必死に叫ぶが、社員たちは一様に気まずい顔で目をそらす。

完全に子どもの癇癪だ。



さらに蓮は、蒼司の手が優里の肩に触れているのを見て、

火山のように噴火した。


「こらああっ! その手を離せえええええっ! 優里は俺の専属ナースで、新婚生活の嫁で、俺が毎朝おはようってキスする相手なんだぞおおお!」


「な、何を言ってるんですか蓮様!」


「落ち着いてください!」


社員たちが慌てて止めるが、

もはや暴走列車は止まらない。


すると、優里が大きくため息をついた。


「……もういい、来て」


「え、優里?」


腕をつかまれる。

次の瞬間、蓮は、ぐいっと廊下の奥へ引っ張られていった。



社員たちが呆然と見守るなか、

蓮は心のなかでガッツポーズを決めていた。


(やったあああ! 二人きりだあああ! これ、絶対“惚れ直した”パターンだろ! きゃー、優里さん強引! 俺のことそんなに好き!?)



病院の片隅、

誰も来ない休憩スペースに押し込まれた時には、

頬を真っ赤にしていた。



「優里……ついに俺たち、二人きりになっちゃったな……」


にやける蓮。

両手を広げ、今にも抱きしめようとする勢いだ。


………だが。


「蓮」


優里の声は、氷のように冷たかった。


「……私は、蓮と付き合うつもりはないから」



……ズガーンッ!


雷が直撃したような衝撃が、蓮の脳天を貫いた。


「えっ……」


笑顔が固まり、口がぱくぱくと開閉する。

まるで金魚。


「そ、そんなこと言って……ほんとはツンデレだろ!? 俺のこと好きなくせに! さっき手を引っ張ったのも、“私から離れないで”って意味だろ!? な!? なぁ!?」


「……違う。あまりに騒ぐから、人前で恥をかかせないように連れ出しただけ」



トドメの冷徹な一言。


「ぐはぁっ……!」


胸を押さえて崩れ落ちる。



優里はそんな蓮を一瞥し、淡々と続けた。


「蓮。私がそばにいるのは“守られるため”じゃない。私は一緒に働いている仲間。勘違いしないで」



その瞳は強く、どこか切なさを帯びていた。


蓮は床に座り込みながら、

ただただ打ちのめされるしかなかった。


蓮は、床に座り込んだまま膝を抱えた。


さっきまでの浮かれた妄想は吹き飛び、

代わりに胸の奥からせり上がってくるのは、

抑えきれない思いだけだった。



「……なんでだよ」


蓮はゆっくり顔を上げ、真正面から優里を見据える。


「俺じゃ、ダメか? 真面目が良ければ俺だって真面目にする。蒼司みたいなやつが良ければ……俺だって、蒼司みたいになる。努力して、背伸びして、どんな姿にでもなる。それでも……それでもダメなのか?」



声は震えていたが、瞳は真剣だった。


御曹司としての仮面も、軽薄なチャラさも剥ぎ取られて、

ただ一人の男としての叫びがそこにあった。



しかし優里は、まるで氷の彫刻のように表情を崩さない。

冷えた瞳で、突き放すように口を開いた。


「……私には、恋愛自体めんどくさいの」


「勝手に言い寄ってきて、勝手に盛り上がって、イメージと違うって勝手に離れていく。結局みんな、自分が恋愛してるっていう事実に酔ってるだけ。相手のことなんか、本気で見てない。私は……誰かの身勝手な感情に、もう振り回されたくない」


「そんなこと……俺は違う。俺は優里を……」


「あなたも同じ」


「最初は“好きだ好きだ”って騒ぐけど、そのうちすぐに飽きる。落としたらそれで満足。あなたみたいな人はそういうものだって、散々見てきた」



蓮の顔が凍りつく。

心臓をわしづかみにされたような痛みが走る。


「あなたがこれまで何人の人と関係を持ってきたか、どれだけ女好きだろうが、私にはどうでもいい。……けどね、私はあなたと付き合うつもりは、これっぽちもないの」




息が詰まった。

声にならない声を漏らし、唇を噛みしめる。


冗談も、妄想も、御曹司の仮面も。

今はどれも役に立たなかった。



ただ、目の前の優里が突き放すように背を向けようとするのを、

必死に追いかけたいのに、足が動かなかった。


……胸が、痛い。

こんなに呼吸が苦しいなんて、思ってもみなかった。



優里の言葉が頭のなかで何度も繰り返される。


「あなたも同じ」「落としたら満足」「これっぽちもない」……。


全部が鋭い針みたいに胸に突き刺さって、抜けない。



俺は、遊んできた。

それは否定できない。


夜の街で女の子に囲まれて、笑って、褒められて、求められて。

そのたびに、自分が誰かに必要とされてるんだって錯覚してきた。

その空虚さに気づきながらも、やめられなかった。


気づけば「御曹司だから」「顔がいいから」なんて理由で

寄ってくる女の子ばかりで、俺もそれに甘えていた。



確かに、俺は飽きっぽかった。

飽きてるわけじゃなくて、

ただ……本物がどこにあるのか、わからなかったんだ。



でも優里に会って、初めて思ったんだ。

ああ、この人は俺の全部をひっくり返してくれる。


飾らない。媚びない。欲しがらない。


俺の御曹司の肩書きなんてどうでもいい顔をして、

俺の言葉をスルーする。


だからこそ、本気で追いかけた。




でも……やっぱり、俺は“同じ”に見えるんだな。

あいつらと。


口先で「好きだ」って言って、勝手に盛り上がって、

最後には投げ出す男たちと。



違うんだ、優里。

俺は、違うんだ。


違いたいんだ。

もう、俺は前みたいな軽い男じゃない。

守るって、心から決めたんだ。


命だって張れるって、証明しただろう。



……なのに。

どうして俺は、まだ“子ども”扱いされるんだ。

どうして蒼司みたいに、優里に信じてもらえないんだ。


蒼司……。

あいつが優里の隣に立つ姿を想像するだけで、胃が捻れる。

優里の弱さを知っていて、優しくフォローする。


落ち着いてて、頭もよくて、周りからも認められて……。

優里にとっては、俺よりずっと「安心できる存在」なんだろう。



くそ……。

俺じゃダメなのか?

俺がいくら必死に足掻いても、優里の心には届かないのか?


今まで何でも手に入った。

お金も、女も、立場も。

欲しいと思えば、手を伸ばせば、それでよかった。


なのに、優里だけが、どうしても掴めない。



優里。

俺は、どうしたらいい?


優里に、俺はどう映ってるんだ?

“また遊び半分で騒ぐガキ”にしか見えないのか?



俺は……本気で愛してるんだ。

それすら、届かないのか……?




蓮はその場に座り込むように腰を下ろし、肩を落とした。

言葉を発しようにも喉が詰まって声にならない。

胸の奥が焼けるように痛い。


(……やっぱり、そうだよな。俺なんて、最初から信用されるはずがないんだ。)


(遊びで女に声をかけて、軽口ばっかり叩いて、笑わせて。気が付けば、深いことを何一つ残してこなかった。)


(本気なんて、俺には似合わないって……俺自身、ずっと思ってたくせに。)


(なのに、優里にだけは本気で……なんて。笑えるよな。誰より信用のない俺が、誰かを本気で好きになったところで……)



拳を強く握りしめる。

爪が手のひらに食い込み、

痛みが走っても心の空虚さは埋まらない。


目の前の優里は、自分に視線すら向けていない。



小さく、彼は膝に額を押し付けた。

周囲の音が遠のく。

ただ、自分の浅はかさと過去の自分の軽さだけが、

頭のなかで反響していた。




そのとき。


「……優里」


静かに名前を呼ぶ声がした。


振り返ると、蒼司がそっと立っていた。

彼の目は、蓮には一瞥も向けない。

ただ、優里だけを真っすぐに見つめていた。


「大丈夫か? 無理、してない?」


その声音は驚くほど柔らかく、

優里の張り詰めた表情を少しだけ和らげた。


彼はためらわず、彼女の肩に寄り添うように立ち、

さりげなくその距離を近づける。


まるで「ここにいるから」と伝えるように。


優里は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


それは彼女が誰かの支えに身を預けることを

ためらっている証でもあり、

同時に……完全には突き放せない弱さを抱えていることの表れでもあった。


蒼司は、それ以上何も言わなかった。

ただ隣に立ち、優里の沈黙に寄り添う。


その姿は、打ちひしがれて孤独に沈む蓮とは、

あまりにも対照的だった。




休憩スペースの冷たい床に座り込んだまま、蓮は膝に顔を埋めた。


優里は蒼司という名の揺るぎない支えと共に去り、

蓮の孤独だけが残された。


胸の奥からせり上がってくるのは、

激しい痛みと、どうしようもない劣等感だった。


(……分かってる。 分かってたはずだろ)




「あなたも同じ」「落としたら満足」「これっぽちもない」。


彼の軽薄な過去は、優里の心に巣食うトラウマによって、

永遠に乗り越えられない壁となっていた。




蓮は顔を上げず、静かに涙を流し始めた。

それは、人前で決して見せることのない、

御曹司の仮面も、妄想の鎧も、

すべてを剥ぎ取った「星野蓮」自身の涙だった。


軽々しく流してきた涙とは重みが違った。


いくら本気で優里が好きでも、

優里が安らぐのは自分ではない、あの落ち着いた大人の男性。



嫉妬なんかしても、優里の目の前ではしゃいでも、

優里が心を許すのは自分ではないほかの人。


蒼司の優しく、確信に満ちた支えは、

蓮の命懸けの行動よりも優里の心を深く揺さぶった。



(俺は、命を張って優里の体を守った。でも、蒼司は優里の心を、人生を、静かに守ろうとしている)



どんなに努力しても、優里が蓮を見ることはない。


蓮が真面目になろうと、背伸びしようと、

優里の目には「騒ぐガキ」と

「飽きっぽい軽薄な男」の姿しか映らない。


その決定的な差に、蓮は絶望した。




これまでの蓮は、周囲の承認と愛されたいという空虚な渇望を、

女性関係と無責任な明るさで埋めてきた。


だが、優里だけは、

その空虚さを見抜き、容赦なく拒絶した。


その拒絶の痛みが、初めて蓮を「本物」の悲しみに触れさせた。


命を懸けた献身が、

愛する人の心には何の効力も持たなかったという事実が、

彼を絶望の底へと突き落とす。



彼の頬を伝う涙は、御曹司のプライドでも、

コメディの芝居でもなかった。


それは、初めて真実に恋をし、

そして失恋した一人の男の、

深く、純粋な痛みの証だった。



蓮は、誰にも見られていないこの静寂のなかで、

本当の自分をさらけ出すかのように、涙を流した。




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