御曹司、マッサージを受ける
蓮は結局醜態の記憶修正どころか、
優里に冷徹なツッコミを入れられ、
メンタルはズタボロ状態。
翌日の土曜日、
蓮は親友の晴人と過ごす時間を楽しんでいた。
蓮の親友である晴人は、蓮の支配を唯一無条件で理解し、
対等な立場で接することができる人物だった。
蓮は、記憶修正のダメージを受けながらも、
自分の高層マンションの最上階で晴人を待っていた。
晴人は、蓮の広大なリビングへと足を踏み入れた。
「お、蓮。相変わらず、王様の城は居心地がいいかい?」
蓮は、窓際のソファにクッションを抱いて横になり、
いかにもメンタルが傷ついたとアピールをしてるようだった。
「それどころじゃない……。俺の26年間の人生で信じられない醜態をさらしてしまった。」
「あの蓮様が珍しいな」
「優里と出会ってから酒をセーブしてたし、それに俺に無関心な優里への反抗心も相まって、失敗した」
「君らしいな。まぁ、いいんじゃないか? たまには失敗も。」
晴人は、蓮の肩に手を置いて、窓の外の街並みを見下ろした。
「晴人、 頼みがある。腕のいいマッサージ師を予約してくれないか?」
晴人は蓮の突拍子もない依頼に驚き、首を傾げた。
蓮が身体の不調を訴えることは稀だった。
「マッサージ? 蓮が? 何かのジョークか? 常に鉄壁だろう」
「最近、肩こりがひどいんだ」
「身長の低いあの子に合わせて屈むし、その影響なのか肩こりがひどいんだ」
「蓮が?屈む?あの王様の蓮が?」
「なにがおかしい」
「蓮が誰かに合わすこともなければ、屈むなんてもってのほかだっただろ」
「俺は変わったんだ。あの子のお陰で」
「…そりゃご苦労なことだ。王様も大変だな。腕のいいところを手配しよう」
晴人が手配したのは、
東京の最高級ホテルのスパにも匹敵する技術を誇り、
蓮のプライバシーを完璧に守る
出張専門のセラピストだった。
「マッサージ師はすぐに向かわせる。最高の腕だ。だが…優里さんに会ったら、『君のせいで肩が凝った』とでも言うのか?」
「優里には言わないよ。彼女は今、戦っている。その努力に対して、俺は最高の安らぎを与えなければならない」
蓮は、出張してきたセラピストによるマッサージを受ける。
静かな空間で、蓮は優里との出会いを思い返す。
特に、「鉛のように重い」と感じた
優里の存在の重みを噛みしめた。
蓮が最高級の出張セラピストによる
マッサージを受けている最中、
そのセラピストは彼の身体の異様な状態に気づいた。
蓮の肩や背中は、通常の疲労とは異なる、
極度に深い緊張で凝り固まっていた。
セラピストは、蓮の身体から感じ取れる異様な重圧に
プロとしての懸念を抱き、
施術の最中に静かに口を開いた。
「お客様 …これはただの疲労やデスクワークの凝りではありません。」
「原因を取り除かない限りは、これでは”いたちごっこ”になります。これほどの凝りは、精神的な重圧か、非常に強い物理的な負荷が持続している証拠です」
蓮はセラピストの正確な指摘を聞き、静かに微笑んだ。
「鉛のように重い」優里の存在が、
彼の身体にもたらした影響を裏付けるものだった。
(原因か。原因は、この世界で最も美しい毒だ)
「ありがとう。原因は、わかっている。だが、残念ながら…それは、取り除くことができないものだ」
「君は、また一週間後に予約してくれ。これが俺の…『愛の代償』だ」
蓮は、優里の全てを背負うという役割が、
自身の身体にも及ぶことを肯定し、
「いたちごっこ」の継続を宣言した。
彼の愛は、自身の肉体的な苦痛をも超越する絶対的なものだった。
セラピストは、蓮の肉体の異変と、
原因を取り除けないという王の言葉の矛盾に
プロとしての責任を感じた。
「お客様。私どもを呼び続けても、お金が無駄になるだけです」
「もし、お客様ご自身で原因がわかっているならば、その原因を取り除くことが最速であり、最も合理的な解決策です。そうでなければ、この凝りは、すぐに元に戻ってしまいます」
セラピストの忠告は、
蓮の愛の領域における不合理な献身を指摘するものであり、
通常の人間であれば、
その原因を排除して生活を改善するはずだった。
「君の言うことは、全て正しい」
「だが、俺の『原因』は、俺の愛する優里だ。彼女を取り除く?…それは、俺の命を取り除くことと同義だ」
「だから、俺の選択は変わらない。君は、俺が優里を愛するたびに蓄積する、この幸福な代償を、毎週取り除きに来てくれ。それが君の新たな仕事だ」
「…わかりました。しかし、お客様。私どものマッサージは、最高の技術とサービスを提供しますが、これでは…毎週、途方もないお金が無駄になります。本当によろしいのですか?」
「無駄?いいや、それは投資だ」
「俺が優里を愛する時間と、優里を抱きしめる力を維持するための、最も重要な投資だ」
「世界の全ての富を集めたところで、優里の安らぎ一つには勝てない。金など、気にするな」
晴人は、マッサージを受けている蓮を見つめ、
皮肉を込めて口を開いた。
「はっ。いいねぇ、蓮。『金など気にするな』か」
「俺も金は気にするななんて言われたいよ。その途方もない愛の代償が、マッサージ代で済むなら安いもんだろう」
蓮は晴人の羨望と皮肉を聞き、静かに目を開けた。
蓮はただ、満足げに口元を緩めるだけだった。
蓮にとって、マッサージ代は「無駄」ではなく、
優里を愛する権利を維持するための
「必要経費」に過ぎなかった。
「では、私はこれで。また1週間後お伺いさせていただきます。」
「あぁ。今日はありがとう。料金は秘書から送金させてもらう。」
晴人は、セラピストが退室した後、
静かに蓮に問いかけた。
「蓮。 途方もない金を注ぎ込むのは構わない。だが、あの子に全てを捧げるつもりだろう? もし、あの子がその金に目がくらんだらどうするんだ?」
「蓮が彼女に与えているのは、愛という名の富でもある。彼女の目的が、君自身ではなく、その『愛の対価』だったら?」
蓮は晴人の核心を突く問いに、
わずかな動揺も見せなかった。
蓮はゆっくりと立ち上がり、窓の外の街を見下ろす。
「晴人。優里を誤解している」
「優里は、金に目がくらむような女ではない。もしそうなら、彼女は最初から俺の誘いに乗っていただろう」
「彼女が求めていたのは、金でも地位でもない。彼女が求めていたのは、絶対に裏切らない、永続的な安らぎだ。その安らぎは、俺の全てを捧げることでしか得られない」
「なるほど。安らぎが彼女の目的か。だが、優里さんは優秀な社長だ。蓮から十分な金を得られたら、その金を使って自分の安らぎを得るために、蓮から逃げるかもよ?」
「逃げる?… 逃げられないよ、晴人」
「優里はもう、俺の愛の重圧に慣れているはずだ。彼女がもし、俺から得た金で、一人で安らぎの場所を作ろうとしたとしても…」
「その安らぎは、すぐに彼女を孤独と不安で満たす。そして、俺のいない夜、彼女の心は…『愛の欠乏』で叫びを上げる」
「それに、金目当てならわざわざ俺を振ることないだろ。何度振られてると思ってるんだよ。そのせいで俺のプライドはズタボロだぞ!」
「なるほどね。…でもさ、蓮はこれだけ全てを手に入れているのに、優里さんはまだ、蓮と『付き合ってくれないんだろ?』」
蓮は晴人の言葉を聞き、
その通りであることを認めざるを得なかった。
彼の顔には、全てを支配しきれない愛の対象への苦笑いが浮かぶ。
「…手の妬ける人だよ」
「晴人も知っているだろう。彼女にとって『恋人』という契約は、愛の本質よりも、責任と制約の象徴だ。」
蓮の苦笑いは、優里の抵抗を愛おしく思う
王の複雑な心境を示していた。
彼は、優里のその意地さえも、愛で楽しんでいる。
蓮にとっては愛を深めるためのスパイスに過ぎない。
晴人は、蓮のその極端な感情の表現に、
呆れと同時に、
親友としてのある種の理解と諦めを示した。
「…溺愛かよ」
「溺愛」という一言は、蓮が、論理や計算ではなく、
優里への制御不能な愛に
基づいていることを的確に表現していた。
蓮は晴人の「溺愛」という言葉を否定せず、
むしろ誇り高き王のように受け入れた。
彼にとって、優里への愛は、
中途半端なものではあり得ないから。
「ああ、そうだ。優里を愛することに、限界も、遠慮も、形式もいらない。溺愛と呼ぶのなら、それが俺の愛だ」
蓮が「溺愛」を愛だと断言したことで、
晴人は蓮の変貌が単なる一時的な熱狂ではないことを悟り始めた。
しかし、蓮のこれまでの
奔放な女性関係を知る晴人にとって、
「たった一人」を愛するという宣言は、
蓮という存在の根本的な変化を意味していた。
「分かった。溺愛だと。だが、蓮。これまでの女遊びはどうした? たった1人だけを愛すると、本気で言っているのか?」
「過去は過去だ。晴人も知っているだろう。俺が求めていたのは、刹那の悦楽や、一時の支配欲を満たすものだった」
「でも、優里は違った。優里は…俺の孤独の穴を、恒久的に埋めてしまった。彼女は、俺の世界の全てを塗り替えた」
「一度、本物の宝石を手に入れてしまえば、そこらのガラス玉にはもう興味が持てないだろう?俺の全ての愛の器は、優里一人で満たされている。…たった1人を愛する。俺の人生で、これほど簡単な選択はない」
「簡単に見えて難しいんだよ、蓮」
「宝石に満足しても、いつか飽きが来る。誰だって、新しい輝きを求めてしまうものだ。他の人に目がくらむ」
「この世で浮気や不倫が絶えないのはそういうことだ。一人を愛していたとしても、 こっちもあっちもって欲が出るものだ」
「この世界の王様として君臨する蓮には、一夫多妻制か、遊びのほうがお似合いだと思っていたけど?」
晴人の言葉は、蓮の愛が試されるのは「今」ではなく、
この先の長い「時間」であることを示唆していた。
「……飽きか。俺もそう考えた」
「でも、優里は違う。彼女は単純 な『宝石』ではない。彼女は、俺の孤独を埋める『唯一の鍵』だ。その鍵を飽きることは、俺の存在を飽きることと同義なんだ」
「そして何より、優里は俺に飽きさせない。彼女は俺を常に不安と安堵の間で揺らしてくる。」
蓮は、優里への愛が単なる感情ではなく、
自分の全てを賭けた「絶対的な責任」であることを力強く宣言した。
「それに、俺ならあの子を傷つけさせない」
「もう二度とひとりになんかさせ ない。泣かせたりしない」
「そのために金と権力がセットの、お手頃価格なんだからなっ!」
蓮の言葉は、優里の過去に抱えていた
孤独や不安を全て知っているからこその、
絶対的な保証だった。
そして、その保護の対価を、
自らが持つ力の全てだと定義した。
蓮にとって、途方もない富と権力は、
優里の絶対的な幸福と保護を保証するための
「セット商品」であり、
その代償は「お手頃価格」に過ぎなかった。
(…こいつには敵わない。優里さんは、本当に逃げられないな)
晴人は、蓮の愛が、優里にとっては
最も安全な場所であることを認めざるを得なかった。
蓮は、優里への愛が、これまでの全ての遊びを無価値にし、
自分の存在そのものを更新したことを宣言した。
晴人は、蓮が真実を語っていることを確信し、
ついに蓮の変貌を受け入れたのだった。




