同窓会の攻防戦③
蓮が女性たちの誘惑を断ち切り、
優里への一途な想いを表明したその瞬間、
会場の奥でその様子の
一部始終見ていた優里の表情が、
ほんの一瞬だけ凍りついた。
優里はすぐに平然とした顔に戻したが、
その微かな眉間の動きを、
優里だけを見ていた蓮は決して見逃さなかった。
(…え?今、優里が…眉をひそめた?)
蓮の心臓は、まるでスタートの合図を
聞いたかのように跳ね上がった。
優里は、男たちに囲まれて
イラつく蓮の嫉妬には気づいていた。
だが、今、優里が見せたのは、
自分以外の女性たちに蓮が
囲まれていることへの反応だった。
蓮は、女性たちの群れを強引に突き抜けて、
優里のもとへと駆け寄る。
その顔は興奮で真っ赤に染まっていた。
「ゆ、優里!見たか!?今の俺の言葉!…じゃなくて、今の表情!」
蓮は、優里の顔を覗き込み、
興奮を抑えきれない声で尋ねた。
「あのさ、俺が他の女に囲まれてるの見て、ほんの一瞬だけ、ヤキモチ焼いただろ!?俺に!?」
蓮は、優里の冷たい態度で
何度も打ち砕かれてきた男だ。
だからこそ、優里の感情の微細な漏れは、
彼にとって最高の成果であり、
最大の希望だった。
優里が自分以外の何かに
感情を動かされることへの蓮の嫉妬と、
優里が蓮の周囲の女性たちに感じた
微かな動揺(嫉妬)が、
この瞬間、激しくぶつかり合ったのだ。
優里は、蓮のあまりの直球な質問と、
勝手な解釈に心底呆れた顔をした。
「勘違いしないで。あなたが煩わしい女たちに絡まれているのを見て、『また面倒事を持ち込まれる』と思っただけ。同窓会の雰囲気を壊すのはやめて」
優里は冷たく一蹴し、
蓮の浮かれた妄想をバッサリと切り捨てた。
彼女にとって、それは恋人への嫉妬ではなく、
社長としての冷静な判断に基づいた反応だと主張する。
しかし、蓮は優里の冷たい言葉を全く凹まない。
(ふふん……『勘違いしないで』だって?最高の照れ隠しだろ、これ!)
蓮の脳内では、優里の言葉が
「大好きだから、他の女に近づかないで(ハート)」
という甘い翻訳に変換されていた。
「わかってる、わかってるよ、優里!無理しなくてもいい!俺は優里が俺への愛を認めるまで、一生隣でデレデレしてやるからな!」
蓮は、優里の冷たい否定を
愛情の証と受け止め、
さらにテンションを爆上げさせた。
優里は頭を抱え、再びため息をつく。
「……本当に、あなたには何も伝わらないのね」
優里のその声には、冷たさに加えて、
どうしようもない諦めと、
わずかな諦念が混ざっていた。
その「諦め」こそが、
蓮の努力が優里の心の壁を
少しずつ崩していることの証明だった。
蓮は一歩踏み出し、優里の前に立ちはだかった。
目の前に迫る同級生たちの
挑発的な視線や触れようとする手から、
優里を守るためだ。
「優里から離れろ!」
蓮の声は、
普段の落ち着いた雰囲気とは違い、
震えるほどに真剣だった。
同級生たちは一瞬たじろぎ、
思わず笑みが消える。
優里も驚いたように蓮の顔を見上げる。
「な、なに……?」
優里の声は小さく震えていたが、
どこか安心したような響きがあった。
「俺は、優里の隣に立つ。誰にも渡さない」
蓮は目を逸らさずに、真っ直ぐに言い放つ。
周囲のざわめきのなか、
優里はふっと肩をすくめ、
微かに笑みを浮かべた。
蓮はそれを見逃さず、心臓が跳ねるのを感じた。
だが、まだ油断はできない。
「……しょうがないなぁ、でも、手荒なことしないでよ?」
優里が軽く言うと、蓮は思わず息を呑む。
その瞬間、蓮の頭のなかは
甘くコミカルな妄想ワールドに突入する。
優里の髪に触れようと手を伸ばす妄想、
肩に腕を回して守る妄想。
しかし現実では
両手は何とか自分のポケットに
押し込んで踏みとどまる。
「ち、近い……近すぎる……!」
心のなかで叫びながらも、表情は平静を装う。
だが目の端で優里の微笑みや視線を感じるたび、
理性がぐらつきそうになる。
優里は蓮の動揺に気づいているのかいないのか、
軽く肩を押して「行こう」と促す。
蓮は慌てて一歩下がり、
腕組みをしながらも心のなかでは…。
(ああ、この距離……完璧に俺の妄想ゾーンだ……!)
と、ひそかに悶絶していた。
周囲の同級生たちも、
さっきまでの挑発が嘘のように尻込みし、
ざわざわと離れていく。
蓮の全力の「優里守り」が功を奏した瞬間だった。
「……ありがとう、蓮」
その一言に蓮の心臓は跳ね上がり、
まるで天にも昇るような気持ちになった。
蓮は心のなかで誓う。
(優里を、誰よりも大切に守る。甘い妄想も現実も全部、この手で守るんだ)
二人の距離はまだ微妙に近く、
蓮は理性を保ちながらも、
胸の高鳴りを必死で抑えつつ、
優里に付き添い歩き始める。
会場内は熱気でムンムンとし、
壁際の扇風機もまるで追いつかないほどだった。
スーツの襟元がじっとりと汗で張り付き、
足取りも少し重くなる。
優里も暑そうに眉間に皺を寄せ、
ワンピースの第一ボタンを外す。
その仕草はあまりに自然で、
何気ないものだったはずなのに、
蓮の視線は一瞬で止まった。
(第一ボタンだけあけてる……!)
脳内にアラームが鳴る。
蓮は理性で「冷静に、冷静に」と唱えるが、
目の前の光景はそれを完全に無視する。
蓮の妄想ワールドは一気に加速した。
(第一ボタンの隙間から見える首筋……首筋に触れたら、優里の肌はどうだろう……)
(もし、この隙間から指を差し込んだら……いやいや、そんなことできるわけない!)
心のなかで必死に否定しながらも、
頭のなかでは優里の首筋に
そっと触れる妄想が展開され、
次第に肩越しに抱き寄せる妄想まで膨らむ。
(ち、近い……近すぎる……!この距離で香る匂いは……ああ、甘くて……!)
肌に触れた時の感触、わずかな鼓動の揺れまで、
蓮の脳内では誇張され、
完全に現実と妄想の境界が溶けていく。
会場の熱気に包まれるなか、
蓮は冷たい飲み物で喉を潤すことも忘れ、
ただ隣に立つ優里に意識を奪われていた。
(第一ボタン、開いてる……。)
そのわずかな隙間から覗く白い肌。
照明の光にほんのり浮かび上がる鎖骨のライン。
蓮は目を逸らそうとしながらも、
どうしても凝視してしまう。
(ちょ、ちょっと待て……落ち着け俺……!)
心のなかで必死に叫ぶが、
理性の声は一瞬でかき消される。
頭のなかは一気に妄想ワールド全開だった。
(もしこれが家だったら……。)
(ソファに並んで座っていて、ちょっとしたきっかけで押し倒してしまって……。)
(ベッドに倒れ込む優里。驚いた顔で俺を見上げる。)
(「な、何して……」と戸惑う優里に、俺は真剣な目で告げるんだ。)
(『絶対に傷つけない。安心しろ。』)
(そして、ゆっくりと、優里の同意を確かめながら……。)
そこまで妄想が膨らんだ瞬間、
蓮の頬は赤くなり、耳まで熱くなっていた。
会場の暑さのせいではない。
(やばい、こんなこと考えてる時点で俺、完全にアウトだろ!)
現実の優里は涼しい顔をして
グラスを口に運んでいるだけなのに、
蓮の頭のなかでは、
もはや恋愛ドラマ最終回レベルの
濃厚なシーンが展開されていた。
(……っ、落ち着け俺!ここ会場だぞ!?ここで妄想全開にしてどうするんだ!)
心のなかで自分を殴りながらも、
視線はどうしても優里の第一ボタンに戻ってしまう。
(お願いだから閉めてくれ……理性が死ぬ……!)
そう祈るように隣の優里を見ながら、
蓮は汗を拭うフリをして
自分の顔を必死で隠すのだった。
「……あのさ、優里」
「なに?」
「第一ボタン……閉めないの?」
優里は視線だけを蓮に向け、涼しい顔で一言。
「暑い」
その短い返答が、
蓮の理性を容赦なく打ち砕く。
(あ、開けっぱなしで行くのか!?いやいやいや、それ俺が死ぬやつ!)
しかも優里はほんの少し首をかしげ、
背の高い蓮を自然と上目遣いで見上げている。
その目線に射抜かれた瞬間、
蓮の頭のなかは真っ白になった。
(やばい、この角度、この距離、この表情……!なんなら俺が今すぐ閉めてやろうか!?)
妄想ワールドに突入する蓮。
頭のなかでは、
自分が「おい、無防備すぎる」と
言いながら優里の第一ボタンを指先で摘まむ。
優里が「ちょ、何して……」と驚いて赤くなり、
「黙ってろ」と俺が言いながら
ボタンをひとつひとつ丁寧に留めていく。
(くぅぅ……なんだこの至福シーンは!俺の手で優里を守ってる感……最高すぎる!)
さらに暴走は止まらない。
(いや待てよ、もし俺が顔を近づけすぎたら?ボタンを閉めるふりをして、優里と目が合って……「……近い」って囁かれて……!)
(やばい、これ絶対キスの流れじゃん!)
現実の蓮は隣で汗をかきながら、
必死に襟元を見ないように天井を仰ぐ。
「……ほんと、閉めた方がいいんじゃ……」
「だから暑いって言ってるでしょ」
優里の冷静な声が追い打ちをかけ、
蓮は頭のなかで叫ぶ。
(俺の妄想ワールドだけが熱帯気候なんだよおおお!!)
会場の熱気と自分の妄想の熱にダブルでやられ、
蓮はグラスの氷を
必死にかき混ぜて現実に戻ろうとするのだった。
そんなとき、会場の片隅。
グラスを手にしていた優里に、
背の高い元同級生の男が近寄ってきた。
「優里、久しぶりだな。……実はさ、昔から好きだったんだよ。高校のとき、ずっと言えなかったけど」
その言葉に、
周囲の同級生たちが「えー!」と色めき立つ。
しかし優里本人は眉ひとつ動かさず、
あっさりと返した。
「そうなの?……知らなかった」
淡々としたその一言で話を終わらせようとするが、
蓮の耳にはもう爆弾発言にしか聞こえなかった。
(はぁぁ!?な、なに言ってんだアイツ!?)
(“高校時代から好きだった”だぁ!?)
(絶対に、絶対あの頃の優里の制服姿に鼻の下伸ばしてたに決まってる!)
(な、なんだあのクソ野郎!今さら告白まがいなことしてんじゃねえよ!どうせ高校時代、優里に相手にされなかった負け犬だろ!今になって「社長」の優里に声をかけるなんて、魂胆見え見えなんだよ!)
脳内妄想ワールド、爆走開始。
(くそっ、あいつの目に映ってたのは、ブレザーの下の白シャツが少し透けた優里だろ!)
(夏の放課後、窓際で夕日を浴びながら髪を結ぶ優里を、アイツは背後からじっと眺めて……)
(「優里、手伝おうか?」なんて言いながら髪ゴムを差し出して……!)
(……いや待て、それだけじゃない。)
(きっと部活帰りにジュース買ってやったり、帰り道に「送るよ」なんて口にして……)
(最悪、制服のまま二人並んで歩いて……いや、寄り道してアイス分け合ったりして……)
(なななな、なんだよその甘酸っぱい青春エピソードは!俺の知らない優里がそこにいるじゃねぇか!)
蓮は、目の前の男の顔を睨みつけながら、
男が優里に触れていた過去を鮮明にイメージし始める。
ブレザー姿で、どこか初々しさと真面目さを残した優里。
その制服姿の優里が、
この男と二人きりで、教室の隅や放課後の校舎裏で……
「優里、好きだ」
「えっ……」
制服のスカートの丈や、ネクタイの緩みといった、
些細なディテールまでが、蓮の脳内で鮮明に再現される。
(制服着た優里とあんなことや、こんなことしてたんだろ!)
蓮の嫉妬は、過去の優里と、
自分が知らない男とのイチャイチャを想像し、
最高潮に達する。
優里の清純な制服姿と、男の馴れ馴れしい手つき。
そのコントラストが、蓮の胸を締め付ける。
(俺が優里を知る前の、俺が守れなかった過去で、優里が他の男に笑いかけていたなんて……許せるわけねぇだろ!)
蓮は、優里の制服のボタンを外そうとする男の手を、
自分の手で強引に引き剥がす妄想を繰り広げた。
「あのさ、俺の優里の制服姿に、お前なんかが触れていいわけねぇだろ!」
現実に、蓮は優雅にグラスを傾けている。
だが、そのグラスを握る指先は白く変色し、
その唇は激しい嫉妬で微かに震えていた。
優里は、目の前の男との会話に集中しており、
蓮の内なる修羅場には全く気づいていなかった。
蓮は、この場で雄叫びを上げて
優里を連れ去りたい衝動と、
優里の隣に立つために
冷静でなければならないという理性との間で、
激しくもがいていた。
優里はもう告白めいた言葉なんて忘れて
同級生に軽く挨拶を返していたが、
蓮の胸のなかでは修羅場の修羅場、
心拍数MAXの大戦争が繰り広げられていた。
(うわぁぁぁぁぁぁぁ!俺以外の男と制服優里を共有するな!この世界線消えろぉぉぉ!)
蓮は、元同級生の男が
「昔好きだった」と言った
一言がどうにも引っかかって仕方がなかった。
表面上は平静を装いながらも、
心の奥では嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっている。
気がつけば口が勝手に動いていた。
「……なあ、優里。高校のときの優里って、どんな感じだったんだ?」
問いかけた瞬間、
自分でも「あ、聞いちゃった」と後悔がよぎる。
だが、もう止まらない。
優里がぽつりぽつりと…。
「うーん、普通に真面目に授業受けてたし、友達とよくお昼食べてたよ」
なんて返すたび、
蓮の脳内では完全に妄想シアターが開幕していた。
高校の優里。
白いブラウスに濃紺のブレザー。
膝丈のスカート。
放課後、教室で友達と笑いながら談笑している姿。
いや、違う。
きっとその男もその教室のどこかで
優里を見ていたに違いない。
優里が窓際で風に髪を揺らしながら笑うたび、
鼻の下を伸ばしてたんだろう。
蓮の妄想はさらに暴走する。
(文化祭でお揃いのクラスTシャツを着て、無邪気に写真を撮られて……その男、ちゃっかり肩に手を回してたりしたんじゃないのか!?)
(ふざけんな!!そんなの絶対許さねぇ!!)
脳内で勝手に「高校時代の優里」と
「同級生男子」が仲良くしている
シーンが繰り広げられ、
蓮は完全に嫉妬で胃がキリキリしはじめる。
だが表情は必死に取り繕って冷静を装い、
質問を続ける。
「そ、その……制服って、ブレザー? セーラー服?どっちだったんだ?」
「え? ブレザーだけど?」
「……そ、そうか……ブレザーか……」
(想像できる、完全に想像できるぞ……っ!!)
優里の答えに、蓮の妄想は止まらない。
放課後の教室で、
ブレザーを脱いでカーディガン姿で窓際に立つ優里。
そんな姿を見たら、
あの男は絶対にドキドキしてたに決まってる。
しかも、第一ボタンを外して、
ネクタイをゆるめた姿なんか見せられたら……。
「……くっ、マジで心臓に悪い……!」
優里の隣にいるというのに、
蓮の脳内では
「もし高校時代に出会ってたら」という
妄想ワールドが全開で暴走していった。
優里が1年生、蓮が3年生。
校舎の階段で偶然すれ違う。
まだ初々しい制服姿の優里が、
小さく「すみません」と頭を下げて、
慌てて駆け下りていく。
その一瞬だけ見えた、あどけない笑顔。
(やばい……1年生の優里、破壊力がありすぎる……!)
ブレザーにまだ着慣れていない感じで、
袖口が少し長くて手を隠してしまっている。
小さな体で大きなカバンを抱えて、
友達と笑い合う姿。
そんなのを見てしまったら、
きっと上級生の男子なんて全員釘付けに違いない。
そして、蓮の妄想はさらに加速する。
放課後の図書館。
3年生の蓮がテスト勉強をしている横で、
1年生の優里がノートを広げて
真剣に問題集を解いている。
前髪を指で押さえながら、
眉間に小さなシワを寄せている優里を見て、
つい声をかけてしまう。
「わかんないとこあるのか?」
「えっ……はい、ちょっとここが……」
「見せてみろ。あぁ、これはこうやって……」
優里は目を輝かせながら
「すごい!わかりやすいです!」と笑顔を見せる。
(……くそ、なんで実際にはこんなシチュなかったんだよ!俺、絶対あのとき優里に惚れてた!)
さらに、文化祭の妄想へ飛ぶ。
クラスの出し物でメイド喫茶をする1年生の優里。
ぎこちなくエプロンを着けて
「お帰りなさいませ……」なんて
小さな声で言ってくる。
そんな姿を見たら、
3年の蓮は一瞬で撃沈だ。
(あの頃の俺、確実に通い詰めてたな……!いや、絶対に列に並んでただろ!)
(なんだよこれ……俺、完全に青春ラブコメの主人公じゃねぇか……!)
(やべぇ……これ、絶対に高校時代に出会ってたら手ぇ出してたな……!いや、俺、確実に人生狂ってた!)
「ぐぅあああああ!」
蓮は、あまりの嫉妬と妄想の破壊力に耐えきれず、
現実の会場の隅で頭を抱えて呻いた。
「なんで俺は、あの頃、優里がいる高校に入学しなかったんだ!俺の青春、優里の制服、全部損したじゃねえか!!」
周囲の同窓生たちが、
蓮の異常な様子に気づき、ざわめき始める。
優里は、まだ男たちに囲まれている。
蓮は、今の目の前の優里への愛と、
叶わなかった過去への嫉妬で、狂乱寸前だった。
蓮はまだ妄想ワールドから
完全に帰還できていなかった。
制服姿の優里と青春を謳歌する物語が
フルカラーで再生されている。
その余韻のまま、つい口が滑った。
「もし高校のときに優里と出会ってたら、俺……」
ぼそりと呟いた瞬間、
隣から優里がピタリと動きを止める。
「……え?なに?」
(しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
蓮の心臓が跳ねる。
「いやっ!その……えっと……!」
慌てふためいて手をぶんぶん振る。
優里は眉をひそめ、少し身を乗り出してくる。
「今、“俺……”って言ったでしょ?なに?最後まで言ってよ」
(やめろぉぉぉ!そんな上目遣いで迫るな優里!俺の心臓が死ぬ!)
「ち、違うんだ!ただ……その……!ほら、もし同じ高校だったら……俺、絶対、優里に数学教えてただろうなーって!」
「……数学?」
「そ、そう!俺ほら、数字強いから!絶対家庭教師ポジションでドヤ顔してたと思うんだよ!ははは!」
乾いた笑い。
自分でもわかる。
苦しすぎる言い訳。
優里は少しじっと見つめた後、
ふっと肩をすくめて笑った。
「なにそれ。勝手に先生気取り?」
「い、いや、そういうんじゃなくて!」
「……でも、ちょっと面白いかもね。もし蓮が先輩だったら、私、頼ってたかも」
その何気ない一言に、
蓮の脳内で爆発音が鳴り響く。
(やめろぉぉぉぉ!それは本編ルート直行のセリフだろ!?俺の妄想と現実がリンクしちまうじゃねぇかぁぁぁ!!)
蓮は顔を真っ赤にしながらグラスを握りしめ、
心のなかで
「耐えろ、俺!今ここで妄想を現実に持ち込んだら即・終・了だ!」と
必死に自制するのだった。
蓮は、優里の「制服姿」と「高校時代」を
巡る妄想の地獄から、
なんとか意識を現実の優里へと引き戻した。
「でも私、高校のときは全然モテなかったよ」
優里はアイスティーのストローを
軽くかき混ぜながら、
なんでもない調子でそう言った。
まるで今日の天気の話でもするかのように、
あまりにさらりとそう告げた。
彼女の顔には、謙遜や照れの色はなく、
本気でそう信じているような無関心さがあった。
その瞬間、蓮の頭のなかで
サイレンが鳴り響いた。
(……嘘つけぇぇぇぇ!!!!!)
内心、全力でツッコミを入れる。
(この、超絶鈍感お嬢様がぁぁ!モテなかった?この優里が?嘘だろ!俺がこれまで見てきた、世界中のどんな華やかなモデルや女優より、優里の方が圧倒的に光ってるんだぞ!)
(優里みたいな透明感の塊みたいな美少女が“全然モテなかった”だと!?どこの異次元の高校だよ!いやいや、絶対違う!優里が気づいてなかっただけで、廊下歩くだけで男子は全員振り返ってたはずだ!)
妄想ワールドが全開になる。
【蓮の心の大反論:優里が高校時代モテていた証拠】
容姿・雰囲気の破壊力: 高校時代、優里がどれほど地味な制服を着ていたとしても、あの凛とした美貌と孤高のオーラが隠せるわけがない。むしろ地味な制服姿だからこそ、優里の美しさは一点の光として、学校中の男の目を釘付けにしていたはずだ。
無自覚なSっ気: 優里の「めんどくさい」という突き放すような冷たい態度が、かえって男の征服欲を煽っていた。本人は鈍感だから気づいていないだけで、その無関心さこそが、優里の最強の魅力だったのだ!
(そうだ!絶対こうだった!優里は鈍感だから気づかなかっただけで、モテモテ学園ヒロインコースまっしぐらだったんだよ優里ぃぃぃ!!)
一方で優里は本気で信じ込んでいるらしく、
肩をすくめて「ほんとだって。」と笑っている。
蓮の拳が膝の上でぎゅっと握りしめられる。
「……おい優里、言っとくけどな」
思わず口を開きかけるが、
寸前で理性がブレーキをかけた。
(ダメだ!ここで“お前絶対モテてただろ!”なんて言ったら俺の妄想ワールドを垂れ流すことになる!そんなのただの痛い奴だ!落ち着け、冷静になれ俺!)
その必死の自制の横で、
優里はさらりと
「まあ、そういうの気づかない方が楽でよかったけどね」と
無自覚に爆弾を投下する。
(うおおおおおおおお!!気づかないどころか、爆撃級にモテてたのに本人は気づかないで涼しい顔してたんだろ!?なんなんだよこのギャップヒロイン!!!)
蓮の心拍数はMAXを振り切り、
妄想と現実の狭間でまたもや爆死寸前になるのだった。
(モテなかったんじゃない!お前が、周りの男に一切興味がなくて、全員を視界に入れてなかっただけだろ!俺がどれだけ苦労して、お前の視界に入ろうと必死になってるか知ってるか!)
蓮は、優里のその無自覚な鈍感さに、
嫉妬と愛しさが同時に爆発しそうになる。
「……そ、そうか。モテなかったのか……」
蓮は、表向きは優里の言葉を信じたフリをしながら、
優里の最強の天然モテ体質を目の当たりにし、
優里への愛がさらに深まるのを感じていた。
(よし、モテなかった(優里調べ)という過去は、俺がこれから圧倒的な溺愛で埋めてやる。優里は、俺が世界で一番愛する女だ!)
優里の「モテなかった」という嘘は、
蓮にとって「優里の心が誰も知らない場所にある」という、
更なる独占欲を刺激する燃料となったのだった。
「ふぅん。でも、蓮はさぞ高校時代はモテてたんでしょうね。星野グループの御曹司でしょ?お金も容姿もある。当時の制服姿の蓮なんて、さぞ華やかで、女の子たちに囲まれていたんでしょう?」
その一言が、蓮の額に冷や汗を滲ませた。
優里の言葉は、まるで彼の
「最も自慢できる過去」を
褒めているようでありながら、
実は蓮の「最も恥じている過去」を
正確に指摘していたからだ。
(や、やめろ!優里!俺が女遊びと御曹司の権力で、どれだけくだらない高校生活を送っていたかなんて、そんな清らかな瞳で見るな!)
蓮の脳裏に、自身の高校時代が鮮明に蘇る。
蓮の高校時代は、確かに優里の言う通りだった。
周囲の評価: 蓮の周りには、常に華やかな女性たちが集まっていた。「星野グループの次期後継者」「容姿端麗」「スポーツ万能」という肩書きは、磁石のように女性たちを引きつけた。彼は常にキャーキャーと騒がれ、優里が高校時代に経験しなかったであろう、無償の好意を浴び続けていた。
現実の行動: しかし、蓮の心は常に空っぽだった。彼は、その好意を真摯に受け止めず、御曹司という地位を利用して、夜な夜なパーティーや遊びに興じていた。女遊びは彼の日常であり、誰に対しても本気にならず、刹那的な享楽を求めていた。優里が必死に勉強に打ち込んでいた頃、蓮は札束と女に囲まれて時間を浪費していたのだ。
二面性: 一方で、彼は成績優秀者でもあった。遊びに明け暮れていても、生まれ持った頭の良さで学業はトップクラス。教師たちからは「憎めない奴」「どうにか後を継いでほしい」と期待される二面性を持っていた。その優秀さは、彼が本当に望めば、何でも手に入れられるという傲慢さの裏付けでもあった。
優里は、蓮の華やかな過去を疑いもなく口にした。
しかし、優里のその清廉な無関心さこそが、
蓮にとって最も痛い断罪となった。
(俺の高校時代なんて、優里という光と比べたら、ドブ川に映ったネオンみたいなもんだ!あの頃の俺は、優里の足元にも及ばない、浅はかな男だったんだ!)
蓮の冷や汗は止まらない。
優里が高校時代にモテなかったと
信じ込んでいる鈍感さに嫉妬していたはずなのに、
今度は、優里の「真面目さ」と
「清らかさ」が、
自分の「過去の汚点」を浮き彫りにする。
「そ、そんなことは……」
蓮は言葉を詰まらせた。
優里の隣に立つために、
今の自分は変わったと誇りたかった。
だが、優里に過去を美化されてしまうと、
その変わりようの価値が薄れてしまう気がした。
優里は、蓮の冷や汗など気にも留めず、
再び静かにグラスを傾けた。
「……俺が同級生だったら、絶対好きになってた」
気づけば言葉が口から滑り出ていた。
飲み込む間もなく、
耳まで真っ赤になった蓮は
(あ、やっちまった!)と内心で両手を突き上げる。
その瞬間、優里の顔から一瞬、全ての表情が消えた。
いつもなら、蓮が何を言ってもすぐに
「めんどくさい」と冷たく突き放すか、
呆れ顔で鼻で笑う優里が、
今回は違った。
優里の瞳に、暗く深い翳りが落ちたのを、
蓮ははっきりと見て取った。
その変化は、ほんの一瞬だったが、
蓮の心臓を締め付けるには十分だった。
(……え?今、なんだ?いつもみたいに“は?バカじゃないの”とか言って突っぱねると思ったのに……)
その違和感に喉が詰まる。
けれど優里はすぐに表情を取り繕った。
ほんの一呼吸の間に、
いつもの無表情と冷たい調子を取り戻す。
「……付き合うわけないでしょ、あんたなんかと」
そっけなく突き放す声。
だが、さっき一瞬見えた陰りが
脳裏にこびりついて離れない。
(……いや、なんかおかしい。俺の気のせいか?いつもの優里なら即答で鼻で笑うのに。ほんの一瞬だけ、違う顔をした……)
蓮は返す言葉を失い、
ただグラスを持ち直して口に運ぶふりをした。
喉はカラカラなのに、水が全然通らない。
蓮は、いつものように突き放されたはずなのに、
その言葉の冷たさの裏に、
何か隠された感情があることを感じ取っていた。
(今の「ありえない」は、「昔の遊び人の蓮なら、付き合うわけない」って意味か?それとも……優里にとって、高校時代にモテたという事実が、何か触れてはいけない過去なんだろうか……?)
蓮は、優里がその一瞬見せた
暗い表情の理由を、まだ理解できずにいた。




