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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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御曹司、不採用になる




朝の陽光が煌めくリビングで、

星野 蓮(ほしの れん)は鏡の前に立ち、

完璧にセットされた髪を軽く撫でながら満足げに微笑んだ。



世界は今日も、自分を中心に回っている



そんな感覚に浸るのに、これ以上の朝はない。




「うむ……完璧だ。」



自分の彫りの深い顔立ち、

整った眉、そして澄んだ瞳を一瞥し、

蓮は小さく頷いた。



まるで名画の主人公が鏡の前で自分を愛でるかのようだ。



服はもちろん高級ブランド。


スーツのシルエットは彼の筋肉を程よく引き立て、

ネクタイの結び目は絶妙な角度。




すべてが計算された「蓮仕様」だ。




コーヒーを口に運びつつ、彼は窓の外を見やった。



高層ビルの向こうに広がる都会の景色も、

自分の輝きに嫉妬しているかのように見える。





「今日も世界は俺を称えるに違いない……」




だが、今日の予定はいつもと少し違う。




父・達彦の命令で、彼はスタートアップ企業の面接を受けるのだ。


もちろん、自分がスーツを着て面接を受けるなど、

正直、少し滑稽に思えた。


だが、こういうときこそ「俺の輝き」を見せつけるチャンス。




鏡の前でポーズを取り、軽くウィンクする。


「これで完璧。社長も俺を見れば、一目で『この人材は採用しないわけにはいかない』って思うはずだ。」


だが、心のどこかで蓮は、

面接官に気を遣う必要があることを理解していた。


だからといって、自分を飾るのをやめる理由にはならない。


彼にとって、自分を最大限に輝かせることこそが、

他者に媚びる唯一の手段だった。




「さて……今日も俺という才能の前に、世界がひれ伏す瞬間が訪れるわけだな。」



コーヒーを飲み干すと、蓮は軽やかに肩を回し、

スマートフォンで自分の横顔を撮影した。



SNSに上げるかどうかはまだ迷い中だが、

撮影の瞬間さえも、自己陶酔の時間として楽しむのが彼の日課だった。




玄関に向かう途中、

蓮はふとスーツの袖を直しながら、深く息を吸い込んだ。


「よし、今日も俺は無敵だ。」



その言葉は、まるで世界に向けた宣戦布告のように響く。



蓮にとって、この瞬間こそが一日のハイライトだったのだ。







時は遡って数日前。




シャンパンタワーが、俺の一言で崩れ落ちた。



「もっと派手にやれよ!」


取り巻きたちが笑いながらグラスを掲げる。


煌びやかなクラブの一角、光と音と香水が渦巻くなか、

蓮はその中心に立っていた。


金ならある。


友人もいる。


夜遊びに困ったことなど一度もなかった。



…はずなのに、どこか物足りなさを感じていた。


派手な照明の下、

笑い声に混じる自分の笑顔がどこか虚ろで、

心の奥で退屈がうずいた。



これが「自由」だと思っていたのに、何かが足りない。


そんな漠然とした感覚が、

酒の香りと混ざり合って、妙に心に残ったのだ。






翌朝、蓮の住む高級タワーマンション。

俗にいう「億ション」。


頭痛とともに目を覚ますと、

秘書からの着信履歴が画面いっぱいに並んでいた。


慣れた指先で画面をスワイプするが、

胸の奥に嫌な予感が広がる。


恐る恐る電話を取ると、

抑揚のない声が告げた。



「坊ちゃま。社長がお呼びです。本社まで、至急」


父...。

星野グループ社長、星野達彦。


蓮が子どもの頃から、彼が笑った姿を見たことは一度もない。


鋭い目つきと冷徹な判断力、

常に威圧感を放つその存在は、

蓮にとって畏怖の対象であり、

また唯一絶対の権威でもあった。





星野グループ本社。


広大な執務室に足を踏み入れると、

いつも通り無表情のまま父がデスクの奥で蓮を見下ろしていた。


巨大なデスクの向こう、父の椅子に座る姿は、

まるで山の頂上に君臨する神のようで、

蓮の心臓は少しばかり高鳴った。


「お前には、ある会社で働いてもらう」


「……は?」


「スタートアップ企業だ。面接を受け、正式に採用されろ」


思わず笑いが出そうになった。


(冗談だろう? 俺が? どこの馬の骨とも知らない会社で働くなんて? 高級車に乗り、夜を遊び尽くしてきた俺が? それに、働くって何だ? 俺には社員教育も、社内会議も、営業も、ましてや朝の満員電車など想像しただけで耐えられそうにない。)


「ちょ、ちょっと待てよ。俺が? 本当に? 働くの?」


父は一瞬だけ目を細め、冷たい声で言い放った。


「できなければ、お前にグループを継がせる気はない」



その瞬間、世界が逆さまになったような感覚が走った。



人生のすべてを手に入れ、

遊び尽くしてきた蓮の居場所は、ここにはなかったのだ。


豪遊の日々も、名声も、

すべて父の掌の上で動く駒にすぎなかった。


蓮の人生は、この瞬間から大きく狂い始めた。





そして、現在に至る。



スーツをビシッと着こなした蓮は、

港区にある高層ビルの受付を通り、

担当者に軽く挨拶をする。


ガラス張りの会議室に通された蓮は、深く腰掛けた。


財閥の御曹司。


そう名乗れば、誰もが一目置く。


それが世の常識だと思っていた。



ドアが静かに開き、現れたのは若い女性だった。


黒髪ショートの髪が自然に揺れ、

幼い顔立ちからは24歳とは思えないあどけなさが残っている。


小柄で華奢な体つきだが、その目は芯の通った強さを宿していた。


「本日の面接官を務めます、桜庭です。」


名乗った声は、本来なら柔らかく澄んだ印象だろう。


しかし、資料に目を落とすその姿勢、

静かに座る佇まいから、

言葉の柔らかさとは裏腹に、

こちらの心を強く試すような鋭さが滲み出ていた。


思わず笑いそうになる。


「……あんたが社長? ずいぶん若いな」


彼女は微動だにせず、表情も崩さない。


ただ静かに資料を見つめ、蓮を見上げる。


小さな顔立ちからは想像できない圧が、会議室に静かに張り詰める。


「では、志望動機をお聞かせください」


俺は胸を張り、少し大げさに手を広げた。


「志望動機? そんなの簡単だ。俺は何でもできる。経営の基礎は父から学んでいるし、人脈もある。正直、この会社を大きくするのに俺は不可欠だと思うぜ」


会議室に沈黙が落ちる。


小さな顔と童顔からは想像できない、冷たい視線がこちらを射抜く。


黒曜石のような瞳。


その瞬間、胸の奥がぞわりと震えた。


「……あなたに必要なものは、ここにはありません」


思わず声が裏返る。


「は?」


「当社が求めているのは、肩書きでも、家柄でも、人脈でもありません。現場で汗を流し、結果を出せる人材です」


「お、俺は結果だって...。」


「結構です。これ以上の面接は不要ですね」


立ち上がった彼女の姿は小さく華奢だが、

歩くたびに会議室全体に存在感が満ちていく。


「本日はお越しいただき、ありがとうございました」


本来なら柔らかく響くはずの声が、

完璧に礼儀正しく、かつ冷徹に響いた。


蓮の言葉は、完全に切り捨てられたのだ。







会議室を追い出されるように出てきた蓮は、

無意識に拳を握りしめていた。


「……ふざけんなよ」


これまで、俺を拒絶した人間なんていたか?


金も、地位も、人脈もある。


何不自由なく育ち、世間は常に俺を中心に回るものだと思っていた。


誰もが俺の言うことに耳を傾け、笑顔を向け、従った。


だが…あの女社長は違った。


たった一度の言葉で、

俺の誇りも、肩書きも、豪遊も、

すべてを一瞬で切り捨てたのだ。


エントランスホールに立ち尽くす蓮を、

受付の社員たちがちらりと見る。


「あれが落ちた人?」


「見た目はすごいのにね……」


ひそひそ声が、耳に刺さる。


心の奥がむずむずと痒くなるように、悔しさがこみ上げた。


「……クソッ!」


思わず声に出してしまった。


情けなさに頬が熱くなる。


(俺は何者でもないのか…?)


そう胸の奥で叫んでいた。




ふと手元を見れば、名刺入れも高級時計も、

何もかもが虚しく映る。


これまでの人生で当たり前に思っていたものが、

すべて意味を持たない


そんな感覚に、心が揺れる。


タクシーに乗り込むと、スマートフォンが震えた。


画面には「父」の文字。


背筋に嫌な予感が走る。


「どうだった?」



無機質な声が耳に届く。


父は笑わない。


喜怒哀楽の表情が見えない。


だが、その声には、どこか含みのある響きがあった。


「……不採用だ」


言いながら、俺は視線を窓の外に向ける。


街を走るタクシーの灯りが、

流れる景色と重なり、心の奥にある焦燥感を映し出す。


短い沈黙の後、父の声が微かに含み笑いのように響いた。


「それでいい」


意味が分からなかった。


どうして「それでいい」のか。


理解できない。


だが、胸の奥で直感した。

この一件が単なる試練ではないことを。


父は蓮に、何かを試しているのだ。


いや、試すだけではない。


蓮を変えさせるために、未知の世界へと突き落としたのだ、と。


拳を握る手のひらが、じんわりと汗で湿る。


悔しい。情けない。


でも、心のどこかで、刺激的な予感がくすぶっていた。



「……くだらない、だけど……面白そうだ」


この敗北感をバネに、いつかあの女社長を見返してやる


そんな衝動が、胸の奥で小さく燃え始めていた。








「……不採用、か」


報告を受けた父


星野グループ社長、達彦は、

重厚な執務室の奥でゆっくりと目を閉じた。



外光の差し込む窓、革張りの椅子、

そして壁一面に並ぶ書棚。


どれもが達彦の威圧感を際立たせ、室内に緊張を漂わせている。


側近の秘書が、小さな声で問いかける。


「よろしいのですか? 御子息が門前払いを受けたとあれば、世間体にも影響が...。」


「構わん」


低く響く父の声に、空気が震えた。


揺るがぬ、絶対の決意。


秘書は一瞬、息を呑む。


「むしろ好都合だ。あの会社の女社長は、力のある者に媚びぬ。だからこそ利用価値がある」


秘書の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


「……買収計画を、ということですか」


父はゆっくりと頷き、机上の資料に視線を落とす。


そこには、スタートアップ企業の成長曲線、

次々に集まる投資家の名前、

そして資金調達のスケジュールが整然と並んでいた。



「そうだ。だが正面から仕掛ければ、あの女社長は必ず反発する。強者ほど、挑戦を受け入れず、己の信念を貫くものだ」


秘書の呼吸が一瞬止まる。


父の目には、冷たく光る計算の輝きが宿っていた。


「だからこそ、息子を使う」


「……まさか……御子息を、社長の懐に入り込ませるおつもりで?」


「そうだ。恋でも、友情でも構わぬ。彼女が心を開いた瞬間、その会社は我々のものになる」


父は静かに手を伸ばし、資料の一枚を指でなぞった。


スタートアップの成長曲線が、

まるで戦略の青写真のように目に映る。



「彼が拒絶され、そこから這い上がれば、女社長は必ず揺らぐ。人は、敵意を向け続ける相手に心を許すことはない。だが、努力し続ける者には、知らず知らず情を移す」


秘書は息を呑み、言葉を失った。


戦略の残酷さに、軽く震える手を握りしめる。


「息子にとっても、悪い話ではないだろう」


父の声に、わずかに柔らかさが滲んだ気がした。


「本物の経営を学ぶ機会だ。金や肩書きでは決して得られぬ、現場の厳しさと、人心の読み方を……身を以て学ばせるのだ」


室内に沈黙が広がる。


革張りの椅子、重厚な机、静かに時を刻む時計の針。


そのすべてが、父の計略の深さを象徴するかのように、

空気を圧迫していた。


秘書は視線を伏せ、ただうなずくしかなかった。


父の目の奥には、冷たくも確かな確信が光っている。


「これで、息子も、会社も、我々の掌の内だ……」


達彦の低い声が、執務室に静かに、響き渡った。






夜の街を一人で歩くのは、いつ以来だろう。


取り巻きもいなければ、高級車もない。


煌びやかな照明も、肩書きも、今は何の意味も持たない。


ただ、冷たい風が頬を打ち、

街灯の光に映る自分の影が、どこか小さく見えた。


あの女社長の言葉が、頭の中で何度も反響する。


「あなたに必要なものは、ここにはありません」


悔しかった。


初めて、俺は誰かに否定された。



財閥の御曹司としての誇りも、

これまで築いてきた人脈も、

何も通用しなかった。


世界が自分を中心に回ると思っていた蓮にとって、

あの一言は重く、鋭く胸を貫いた。


でも同時に、胸の奥で小さなざわめきが生まれていた。


「じゃあ……俺に、本当に必要なものって、なんだ?」


今まで考えたことのない疑問。


答えは出ない。


ただ、心の奥で問いかける声が、

無視できないほど大きくなっていた。


取り巻きや肩書きに守られ、

これまでの人生を

どこか安穏と過ごしてきた俺にとって、

この感覚は新鮮で、少し怖かった。


足元の路面に映る街灯の光が揺れ、

風が冷たく首筋を撫でる。



孤独のなかで、

自分自身と向き合うことの重さを、初めて痛感した。


拳を握りしめ、爪先に力を込める。


「……見てろよ。次は必ず、認めさせてやる」


そう心のなかで誓う。


御曹司としてではなく、俺自身として。



誰かの後ろ盾や肩書きではなく、

自分の力で、結果を出す。



あの冷徹な女社長に、

「必要な男だ」と思わせるために、

俺は這い上がる。


夜の街の冷たさが、

なぜか背中を押してくれるように感じた。


失敗は痛い。


悔しい。


でも、それが初めて、俺の血を熱く流した。



初めての挑戦が、

ようやく俺の人生を動かし始めた。


そんな気がした。


そして、心のどこかで期待している自分もいた。


「……次に会うとき、俺は絶対に、あの女に負けない」


夜風に混ざって、自分の決意が静かに広がっていく。


孤独だけど、少しだけ、自由な感覚だった。


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