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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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未熟な劣等感





翌日、オフィスでは、社員たちの会話が活気を帯びていた。


昨日の笑顔が、どうしても頭から離れない。


オフィスのざわめきも、書類の音も、全部遠くに感じた。



「あの星野さん、優里社長の横に立つと妙に様になるよね」


「新人が社長に気を使うのは当然だろう。ただ、昨日の食事会でのあの距離感……ちょっと嫉妬心が見え隠れしてたな」


蓮はデスクに座りつつも、社員たちの声が耳に入る。


昨日の優里の横顔や、感謝の笑みが頭をよぎる。


(……昨日のあの笑顔……忘れられない……)


彼はふと自分のデスク横の鏡に映る自分の姿を見た。


髪を軽く整え、スーツの襟を直すその姿に、

少し自惚れ混じりの笑みを浮かべる。


だが、優里はその姿を見て、苦笑混じりに心のなかでつぶやく。


(……本当に、この人、自分に自信あるんだ。でも、もし私もあんな風に自分を信じられたら、今の状況も変わっていたのかな……)




蓮は優里のデスクへ向かう。


「桜庭さん、昨日はありがとうございました」


蓮は昨日の食事会のことを思い出しながら、

少し照れくさく声をかける。


「星野さん、昨日はお疲れ様です」


その瞬間、蓮の心はまたざわつく。



蓮にはもう、単なる付き纏いなどでは

済まされない感情が芽生えていた。


優里を守りたい気持ちと、

嫉妬や疑念が入り混じり、心を揺さぶる。


蓮は優里に目を向け、

つい少し嫌味交じりに口を開いた。


「たいそうモテたんでしょうね、桜庭さん」


ほんのわずか皮肉を込めて言う。


優里は一瞬、驚いたように目を見開くが、

すぐに小さく肩をすくめ、弱々しく笑った。


「……モテた、なんてことは……ないです。星野さん……」


蓮は眉をひそめ、少し首をかしげる。


「え……?いや、でも、昨日の食事会とか、取引先の社長とか……」


優里は視線を下に落とし、小声でつぶやく。


「私は……人が苦手なんです。自分の顔も、声も……好きじゃなくて……それに、誰と話すのも緊張して……だから、仕事以外のことで注目されることなんて……ほとんどありません」


蓮は一瞬言葉を失った。


思わずデスクの角に手を置き、優里の表情をじっと見つめる。


「……そ、そうだったのか……」


蓮の声は意外と優しい響きを帯び、

普段の皮肉混じりの口調とはまるで違った。


優里は小さくため息をつき、肩の力を抜くように息をつく。


「……だから、昨日も……心配してくれて、ありがとうございました。星野さん」


これまでの嫉妬や疑念が一気に溶けるような感覚が走った。


蓮は心の奥で、優里の弱音に触れた瞬間の

自分の感情を整理しようとする。


(……本当に、俺は何を考えてるんだ……遊び慣れた女だと思って、勝手に嫉妬して……でも、これが本当の優しさなんだな……)


優里は何も知らず、ただ自分の正直な気持ちを蓮に漏らしただけ。


だが、蓮にとってそれは、自分の心を揺さぶる衝撃であり、

同時に守りたいという感情を強める瞬間となった。





今日の取引先は大手企業で、社長自らが出席するという重要な会議。


優里は自分の机で資料を広げ、

何度も目を通しながらチェックをしていた。


蓮は隣で、「昨日の件、俺も手伝うぜ」と言ってみるが、

資料を渡すと社員たちに

「星野さん、これは違います」と即座に訂正される。


「え、ちょっと待って……なんでダメなんだよ!」


「基本的な数字の読み取りが甘いです」


蓮は思わず手を頭にやり、自己嫌悪に沈む。


普段なら簡単に片付けられることも、

今日はなぜかうまくいかない。


優里はそんな蓮をちらりと見て、微笑む。


「星野さん、焦らなくていいですよ。ゆっくりやれば大丈夫です」


蓮は苛立ちを抑えきれなくなった。


「どうせそうやって、いろんな人落としてきたんだろ!」


優里は驚きもせず、穏やかに答える。


「違います。私はただ、星野さんにもゆっくり休んでほしいだけです。では、私は先に行きますね」


軽やかに席を立ち、会議室へ向かう。


蓮はその後ろ姿を見て、

胸の奥でぐっと熱くなるものを感じながらも、

自分の苛立ちを引きずったままデスクに戻る。


このまま優里のそばにいたら、

酷いことを言ってしまうそうで怖かった。


生まれて初めて、誰かを傷つけたくないという感情が生まれた。


でも、蓮にはまだその感情の正体がわからなかった。


本気になったことなど、なかったから。





蓮はまだ昨日の自己嫌悪と嫉妬の余韻で怒りが抜けず、

参加を拒否していた。


「こんなお子ちゃまな態度でどうするんだ!」


社員たちは蓮に声を荒げる。


「遊びじゃねぇんだぞ、この会議は!」


(……うるせぇ、全部お前らの言うこと聞いてられるか)


蓮は黙ってデスクに座り、心のなかでやさぐれる。




その頃、優里は蓮の知らないところで取引先をフォローしていた。


社長に説明し、質問に答え、

社員たちの資料を整理しながら、会議をスムーズに進めている。


蓮がやさぐれても、優里は誰一人見放さず、

全体をまとめていたのだ。




蓮はまだ自分の苛立ちを引きずったままデスクで作業をしていた。


書類を乱暴に扱い、電話に出る手も荒っぽい。


そんなとき、松本が蓮の肩を軽く叩く。


「ちょっと来い」


「は……?」


蓮はいやいや立ち上がる。


松本が運転する車のなか、

蓮は完全に苛立ちを隠せなかった。


(…なんで俺がこんな目にあわないといけないんだよ)


蓮は星野グループの御曹司。

本社に帰れば仕事をしなくても、重役になれる存在。


そんな御曹司が仕事をする。


それだけでも、一歩前進のはずだったのに、

蓮が知らない世界は、

蓮の想像以上に生きることが難しかった。




松本に連れられた先は、ある会社の取引先だった。


会議室に入ると、優里は社長と真剣に話をしている。


しかし、ふと優里をみた瞬間、

社長の手が優里の頬に触れ、

柔らかく撫でているのを見た瞬間、蓮の胸はざわついた。


(ああいうのって、セクハラじゃないのか……。)


松本は冷たく言う。


「わかっただろ。社長は女の子だ。日本はまだ差別が大きい。あんな目に遭いながらも会社を守るために頑張ってくれているんだ。それを新人のお前が足を引っ張るようなことするなよ」


蓮はしばらく黙り込み、優里の姿をじっと見つめる。


(……そうか……俺がやさぐれても、優里は見放さずにそばにいてくれたんだ)


頭のなかで、昨日の自己嫌悪や嫉妬が整理されていく。


最も傷ついていたのは自分ではなく、優里だったのだ。


優里は笑顔で周囲に気を配り、

誰にも弱さを見せず、会社を守っていた。


(……俺は、優里の強さを知らなかった)


そして初めて、自分の心の弱さや嫉妬に向き合うことになる。


優里から視線を外せずにいる蓮の隣で、

松本が、突然、静かに告げた。



「蓮くん。実は、近々会社を辞めることになったんだ」


「 …は? なぜだ?」


「キャリアアップのため、アメリカにいくんだ。…社長には、俺からは言ってある。寂しくなるけど、仕方ない」


松本は蓮の目をまっすぐ見つめ、本題を切り出した。


「俺がいなくなると、優里を外の世界から守る人が一人いなくなる。…聞くけど、君はあの子を守りたい?」


蓮はすぐには答えられなかった。


松本の言葉が、妙に静かに響いた。


いつもなら皮肉を返すはずなのに、声が出なかった。


胸の奥で、何かが音を立てて動き始めた気がした。



優里は常に完璧で、冷徹で、

誰の助けも借りない「女王」のようだった。


(桜庭優里は完璧だ。何でも一人でできる。俺のような煩わしい存在など、必要としていないはずだ)


(…完璧な優里の隣に、俺は必要なのか)



その問いは答えのない迷宮のようだった。


(……俺が本気になるなら、まずは俺自身が変わらなきゃな……)


優里が誰よりも不器用で、

でも誰よりも一生懸命に会社を守っていることを知った今、

蓮の心に小さな覚悟が芽生えたのだった。





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