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御曹司なのに不採用!? ~冷徹女社長と始めるゼロからの恋と成長録~  作者: 優里


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近づくほど遠い真実








朝のオフィス。


キーボードの音と電話のベル。


優里の笑顔の奥に、

ほんの一瞬“疲れ”が見えた。


それに気づいたのは、

社内でたった一人、蓮だけだった。





蓮はまだ慣れないデスクワークに取り組みつつ、

周囲の社員たちの視線を意識していた。


「桜庭社長、おはようございます!」


「今日の会議資料はこちらに!」


若手社員たちが次々と優里に声をかける。


彼女は淡々と指示を出しながら、

誰に対しても同じ距離感を保っていた。


その横顔を見つめながら、蓮は小さく唸る。


(やっぱり、カリスマだよな……)


だが、ふとした瞬間。


笑顔の裏で伏せられたまつげが、影のように揺れた。


それを見て、蓮は胸の奥で呟く。


(あれは……“疲れ”か、“孤独”か?)


オフィスの空気がいつもよりざわめいて感じられた。


プリンターから資料を受け取った蓮は、

冷蔵庫の前で立ち止まる。


優里が立ちっぱなしで会議をしているのを見て、思い出した。


(……この人、昼食もほとんど取らずに動き続けてる。)


気づけば、手が勝手に動いていた。


缶コーヒーを一本取り出し、優里のデスクへと向かう。


「社長、これ。冷えてます」


「あ、ありがとうございます。ちょうど喉乾いてたんです」


優里は自然な笑顔で受け取り、

一口すするとほっと息をついた。


その瞬間、蓮の胸が不覚にも温かくなる。


だが、背後から小さな囁きが漏れた。


「なあ、見た? 星野さん、また社長にコーヒー持っていってた」


「狙ってんじゃないの? 御曹司だし、余裕あるんだろ」


その声が、蓮の耳に刺さる。


(……は? 俺は別にそんなつもりじゃ……!)


心臓がドクンと跳ねた。


優里は何も気づかず「ありがとうございます」と微笑む。


だが、周囲の視線だけが妙にざわついている。


(ちげぇんだよ……! なんで俺が狙ってることになってんだ!?)


苛立ちと戸惑いが胸を掻き乱す。


「星野さん?」


「……いや、なんでも」


優里は気づかず、いつもの調子で微笑んだ。


その無邪気さが、逆に蓮の胸をざわつかせた。


(……これは仕組まれてるのか? そうやって男を油断させるのか?)


そう思いながらも、彼女の顔を見ると、本当に疲れている。


必死に体勢を立て直そうとしている、不器用な人間の顔。


「体調、気をつけろよ」


その声は、自分でも驚くほど掠れていた。


心のどこかで、自分だけを頼ってほしい思いがあった。




その夜、晴人と飲みに出た。


酒が回ってきた頃、

晴人が妙に含みのある笑みを浮かべた。


「なあ、蓮。優里さんと一緒に働いてどう思ってる?」


「どうって……有能な人だよ。間違いなく」


「だよな。けどさ、噂もあるんだよ」


蓮の手が止まった。グラスの氷がかすかに音を立てる。


「噂?」


「学生時代から知ってる人間に聞いたんだけど、優里さんって昔、年上の経営者とよく一緒にいたらしい。スポンサー的な人っていうか……まあ、業界じゃそういう話、よくあるだろ?」


胸の奥がざわりと揺れる。


優里が、そんな風に誰かに取り入る姿が頭に浮かぶ。


……いや、勝手に作り上げた幻だと分かっている。


けれど耳にした瞬間、信じてしまいそうになる自分がいた。


「……へえ」


乾いた声が漏れる。


「まあ噂は噂だ。けど、あの人は男に困らないタイプだろ。気をつけとけよ、蓮」


(……やっぱり、そういう女なのか? 俺みたいなのが本気にさせられたら、バカを見るだけだろ)


「俺は御曹司だ、成り上がりの庶民なんかに惚れるわけないだろ」


蓮は無理やり笑い飛ばすふりをしながら、

グラスを煽った。


だが胸の奥には、

重くざらついたものが残ったままだった。


 


 

 


翌日、社員数人が優里のデスクを囲んで談笑していた。


「社長、さすがっすね!」


「ほんとに頼りになります」


無邪気に笑い合う声。


優里は楽しげに応じている。


その輪の外から眺める蓮の胸に、黒い感情が湧き上がった。




(…なんだ、その笑顔は。俺には見せたことがない笑顔じゃないか。)



気づけば口が勝手に動いていた。


「……社長は、人気者ですね」


皮肉混じりに放った言葉。


空気が一瞬止まった。


優里はきょとんとした顔をしたあと、柔らかく笑った。


「星野さんって、そうやって本音を隠せないところがいいですね」


(……な、なんで俺を肯定すんだよ……余計ややこしいだろ……!)



心のなかで「危ない女だ」と再度言い聞かせるが、

妙に胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。 



けれど、彼女の声には悪意が一欠片もなかった。




夕方、会議室へ資料を取りに行った蓮は、

思わず足を止めた。


誰もいないはずの部屋から、小さな音が聞こえる。



……ガサッ。


覗き込むと、優里が一人、

椅子に座っておにぎりを頬張っていた。


背筋を丸め、口いっぱいにほおばっている。


疲れ切った顔で、どこか子どものような仕草。


その姿は、仕事中の完璧な経営者の顔からは程遠かった。


蓮は思わず立ち止まった。


普段の完璧な社長像とのギャップに、言葉を失う。


その姿に目を丸くした蓮は、思わず声が漏れそうになる。



(…可愛い。)


(……いやいや、何言ってんだ俺は!)


慌ててその場を離れたが、胸の鼓動はしばらく収まらなかった。






夜、自宅に戻った蓮はベッドに倒れ込み、天井を見つめた。


頭のなかで、優里の笑顔と、

晴人の言葉、会議室でのおにぎり。


あらゆる光景がぐるぐると回っていた。


(この女は危ない。俺を惑わせる。)


そう何度も繰り返し、自分に言い聞かせる。


けれど胸の奥底で、別の声が囁いていた。


(本当は、ただ惹かれているだけなんじゃないのか?)


答えを出せないまま、蓮は深い夜に飲み込まれていった。




翌日、朝の光が窓から差し込むオフィスは、

すでに活気に満ちていた。


コピー機がリズミカルに紙を吐き出し、

パソコンのタイピング音が一定のリズムを刻む。


電話のベルが時折響き、軽く緊張感を漂わせる。



そんな日常のざわめきの中心に、優里は立っていた。


資料を片手に、社員の一人ひとりに声をかける。


その姿はまるで、オフィスの空気を整える女神のようだった。


だが、蓮の胸の奥には、嵐が吹き荒れていた。


その柔らかい笑顔。


目に入るすべてが、胸の奥でざわつきを起こす。


(……なんでこんなに気になるんだ……?)


頭のなかでは、

「彼女は危ない女だ」という言葉を何度も繰り返す。


遊び慣れている、男を惑わす、

そうやって自分に言い聞かせなければ、

嫉妬心に押しつぶされそうだった。




「星野さん、大丈夫ですか? 顔色が少し悪いように見えますが」


優里がそっと近づき、小声で問いかける。


誰にも聞こえないように、

蓮の机に温かいコーヒーをそっと置いた。


「冷たい飲み物ばかりじゃ体が冷えますから」


その自然な気遣いに、蓮は息をのむ。


普段の優里の明るい笑顔とは異なる、個人的で繊細な優しさ。


(……やっぱり危ない女だ。俺を惑わそうとしてる……)


そう自分に言い聞かせるが、胸の熱は逆に増していく。


周囲では、社員たちが話していた。


「優里社長ってすごいですよね」


「人を安心させる才能があります」


「まあ、あの笑顔に騙されなきゃいいけどな」


蓮はその言葉に反応する。


(……騙される? 俺はもう……)


さらにその瞬間、晴人から耳にした情報が頭をかすめる。


「優里ってけっこうモテるらしいよ?」


蓮の心は急激にざわついた。


蓮の脳内は混乱する。


優里への嫉妬心と、なぜか胸を温める感情。


遊んでいる女と決めつけたはずなのに、

どうやら本当の優里は、純粋で不器用な女性らしい。





午後の打ち合わせでは、

優里が熱心に社員を指導する様子が続く。


蓮はその合間に、社員たちの細やかな仕事ぶりを観察する。


(……みんな、優里社長に惹かれてるんだな……俺もそうだ……いや、違う……)



夕方、オフィスが落ち着いてきたころ、

蓮はふと優里が社員一人ひとりに声をかけている姿を見た。


彼女の笑顔は柔らかく、けれど毅然としていて、

誰にでも平等に接している。


(……本当に、遊んでる女じゃない……)


しかし、知らず知らず惹かれている自分もいることに気づく。


(……わからない、どうしてこうなる……)




社員たちはまだ残業をこなし、

優里は最後まで目を配る。


蓮はその後ろ姿を見つめながら、

知らず知らず、胸のなかで小さな決意を固めた。



俺は、この女の本当の姿を知りたい。


そして、自分が惑わされているだけでは終わらせない。


窓の外では夕日がビルのガラスに反射し、

オレンジ色の光がオフィスに差し込む。


日常のなかで生まれる小さな波紋。


嫉妬、疑念、戸惑い、そして、ほんの少しの憧れ。


蓮はそのすべてを抱えながら、

優里の隣で立ち続けるのだった。



「俺、何やってんだ……」


ふと、おしゃべりな女子社員の声が耳に入った。


「ねえねえ、また星野さん、社長のそばで張り付いてるんだって!」


女子社員は書類を整理しながら、蓮をちらりと見て囁く。


「新入りが社長に気を遣うのは当然だが、見ていて滑稽だな」


蓮の胸のなかで、苛立ちと嫉妬が混ざり合う。


自分はただ優里のために動いているだけなのに、

周囲の視線は勝手に意味をつけてくる。




蓮は優里のデスクに近づいた。


「桜庭さん、ちょっといいですか?」


「はい、星野さん」


優里は顔を上げ、淡々と応じる。




その短い会話だけで、蓮は胸を高鳴らせる。


ああ、今日も敬語か、と考えながらも、

心は自然に優里の笑顔に引き寄せられてしまう。


二人の間に流れる微妙な距離感は、

社内の喧騒のなかでも特別なものに感じられた。





夕方、社内の喧騒が落ち着き、

窓から差し込む夕日がオフィスを黄金色に染める。


蓮は資料の整理を終え、ふと考える。


「……父さんの目論見も、俺をここまで押し上げるためのものかもしれない。だが、今の俺の動機は父の策略じゃない。相手は優里だ」


心の中でそう自覚した瞬間、

蓮は少し肩の力を抜き、自然に優里を見つめる。


優里は資料を整えながらも、ふと蓮に気づき軽く微笑む。


その無防備な表情に、蓮は胸を熱くする。


優里に微笑まれた瞬間、

胸がドキッと高鳴った。


もう、この感情を否定することはできなかった。







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